後藤弘茂のWeekly海外ニュース

MediaTekがIoTとウェアラブルへと舵を切る戦略を発表

モバイルからIoT/ウェアラブルへとシフトするチップベンダー

Ming-kai Tsai氏(CEO, Mediatek)

 MediaTekはIoT(The Internet of Things)に向けたチップ「Aster(アスター)」と統合プラットフォーム「LinkIt(リンクイット)」、エコシステム「MediaTek Labs」をCOMPUTEXで発表した。MediaTekを率いるMing-kai Tsai氏(CEO, Mediatek)は、Computex Taipei Summit Forum 2014の基調講演に登場。モバイルからIoTとウェアラブルへとシフトする同社の戦略を説明した。

 先週、台北で開催された「COMPUTEX TAIPEI 2014」の表の主役はモバイル機器。しかし、裏側のチップベンダーのフォーカスは、すでにウェアラブルとIoTへと移っている。ARMはほとんどウェアラブルとIoTについてしか語らず、MediaTekのスピーチも大半がウェアラブルとIoTについてだった。チップ/シリコンIPベンダーだけを見ていると、モバイルはすでに戦いが半ば終わった市場という雰囲気だ。

 特に、ここ数年のモバイルSoC(System on a Chip)の台風の目だったMediaTekがIoTへと舵を切った意味は大きい。MediaTekは低価格スマートフォン向けのSoCで中国市場などを征し、Qualcommの手が届かないローエンド市場を席巻した。QualcommがMediaTekに対抗して投入したCortex-A5ベースのSoCを相手に善戦し、昨年(2013年)は低価格タブレットにも地歩を築いた。調査会社のThe Linley Groupは、スマートフォンのアプリケーションプロセッサでは、2013年にはMediaTekが20%近いシェアを取るまでに成長したと4月に開催されたプロセッサカンファレンス「Linley Mobile Conference 2014」で分析している。

 言ってみればスマートフォンやタブレット時代のアプリケーションプロセッサの雄がMediaTekで、その企業が、今はIoT/ウェアラブルへと注力している。ちなみに、モバイルでトップを走るQualcommも、医療をテコにIoTとウェアラブルに集中し始めている。

AsterとLinkItによる統合的なソリューション

 IoT向けSoCのAster自体は、すでに1月のCES(Consumer Electronics Show)で発表している。今年(2014年)2月に開催された半導体カンファレンス「ISSCC(IEEE International Solid-State Circuits Conference) 2014」の基調講演でも、Tsai氏はAsterがIoTのキーデバイスになると説明している。COMPUTEXでは、Asterを包むLinkItとMediaTek Labsが発表された。

ISSCCでのMediaTekのウェアラブルのスライドでAsterが登場している
MediaTekの示したIoT/ウェアラブルエコシステム

 Aster「MT2502」は、ARM CPUコアにBluetoothやワーキングメモリとして2MBのSRAMとストレージ用フラッシュメモリを2MB統合している。組み込み向けLSIの通例通りメモリも統合したワンチップソリューションで、その点は、モバイル向けのSoCとは異なる。パッケージサイズは5.4×6.2mmと小さく、ウェアラブルデバイスにフィットする消費電力だという。メインストリーム市場を常にターゲットとするMediaTekらしく、ローコストなウェアラブル端末を狙う。

 MediaTek LinkItは、Asterの上に乗る統合的なプラットフォームで、その目的は「IoTデバイスの開発を手軽にするセミターンキー(半完成型)ソリューションを提供すること」だとTsai氏は説明する。MediaTekがAsterと通信モジュールを提供するだけでなく、その上に載せるソフトウェアモジュールやアプリケーションも提供することで、やっかいなソフトウェア開発の手間を減らす。さらに、ソフトウェアはOver-the-Air (OTA)アップデートで更新する。SDK(Software Development Kit)は「Arduino」と「VisualStudio」のプラグインで提供し、さらに「Eclipse」のサポートも計画している。

 MediaTek Labsは、こうしたMediaTekソリューションを包括するエコシステムイニシアチブという位置付けだ。サービスプロバイダやオペレータまで含めたエコシステムの確立を目指す。そして、MediaTekは、このエコシステムに他の企業を引き込もうとしている。

自社のエコシステムへと他企業を引き込む戦略

 COMPUTEX Taipei Summit Forum 2014では、冒頭でAcerの顔であるStan Shih氏(CEO, Acer)がスピーチ。AcerがIoTとクラウドに本格的に取り組む姿勢を「Build Your Own Cloud (BYOC)」ビルディンブロックと、その土台「Acer Open Platform (AOP)」として発表。その上で、AcerがIoT/ウェアラブルでMediaTekと提携することをアナウンスした。

Stan Shih氏(CEO, Acer)
壇上で握手をするMediaTekのTsai氏(左)とAcerのShih氏(右)

 AcerのShih氏の次に壇上に上がったMediaTekのTsai氏は、同社のIoT戦略の根幹を明快に説明した。Tsai氏はIoTという言葉自体はバカげているが、予想される市場規模が巨大であり、ゲームチェンジャーとなるという点では業界の認識が一致していると語った。そして、モバイルを主体とした「Cloud 1.0」から、ウェアラブル/IoTデバイスなどを主体とした「Cloud 2.0」へ変化しつつあると説明。ユーザー数は、モバイルの10倍以上に膨れ上がると予測し、また、IoT化はさまざまなサービスの細分化や個別化をもたらすとした。このあたりのストーリはISSCCでのスピーチでも語っている。

MediaTekはCloud 1.0はモバイルの時代だと定義
Cloud 2.0はIoTの時代だとMediaTekは見る
Tsai氏はIoT(The Internet of Things)という言葉がバカげていると言う
各調査会社が予想するIoT市場規模の数値はばらばらだが、いずれも巨大
コンピューティングの時代が1つ進むとユーザー数が10倍以上になる(ISSCC時のスライド)
IoTでサービスやユーザーのユーセージも変わる(ISSCC時のスライド)

 その上で、Tsai氏はスマートフォンやタブレットとIoTデバイスには市場の特性に大きな違いがあると指摘した。まず、標準デバイスがなく、垂直に分かれた市場毎に異なるデバイスが必要となること。ソフトウェアがオープンプラットフォームではなく、組み込みのクローズドなシステムである点。そして、ハードウェアの多様性が大きく、現状ではディスクリートのマイクロコントローラ(MCU)を使っていることも設計を難しくしているとした。

MediaTekが指摘する現在のIoTの問題
IoTでのMediaTekの利点を示すTsai氏

 そこでMediaTekは、すでに述べたようなIoT向けに特化したSoCと、ソフトウェアプラットフォームLinkItを投入。現在は開発がしにくいIoTデバイスを、より簡単に開発できるようにしたとぶち上げた。

モバイルチップベンダーのIoT戦略

FreescaleのIoT向けMCU KL03

 MediaTekのIoT戦略のポイントは、MediaTekという企業だけの話に留まらず、IoTという巨大市場に半導体メーカーが切り込む際の、1つの典型を示している点にある。

 IoTは組み込みの延長にあるため、元々組み込み向けのMCUを中心に手がけてきた半導体ベンダーが注力している。典型は世界最小のMCU「KL03」をリリースしたFreescaleで、ARMはカンファレンスの度にKL02/KL03を紹介する。組み込み専業または組み込み主体のメーカーは、チップを小さく安く作ることに長けている。アプリケーションプロセッサSoCメーカーのMediaTekが、組み込み主力のベンダーとチップ設計自体で戦っても強味を発揮できる部分は少ない。

 そこでMediaTekが打ち出したのが、ソフトウェアスタックを含めたトータルソリューションLinkItと、それを軸にしたエコシステムの確立だ。これなら、アプリケーションプロセッサ開発を通じて培ったソフトウェア開発力をIoT市場に対しても武器として活かすことができる。また、ネットワークという新しい要素が加わって、組み込みよりも格段にソフトウェア開発がやっかいになったIoTデバイス開発に浸透することが可能になるというストーリだろう。

 MediaTekは、元々AV機器向けのASSP(特定用途向け標準製品:Application-Specific Standard Product)で伸びたメーカーだった。さらに元を辿ると、台湾ファウンダリ大手の一角UMCのディスクドライブ向けチップ設計部門がスピンアウトしたのがMediaTekだった。その意味では、本来はMediaTekは、組み込みのフィールドにいた。

 しかし、MediaTekは軸足を家電に移すに連れてソフトウェアサポートを強化。携帯電話/スマートフォンビジネスでは、安いだけでなく、相対的に整ったソフトウェアソリューションも提供することで伸びた。MediaTekは同じことをIoTでも繰り返そうとしている。そして、この戦略は、大なり小なり他のアプリケーションプロセッサ主体ベンダーでも同様となるだろう。ちなみに、現状ではMCUクラスの製品を持たないIntelも、IoT向けのソフトウェアスタックを整えることで浸透しようとしている。

ミッドレンジへとシフトするモバイルデバイス

 IoTを戦略的に推進し始めたMediaTekだが、彼らの戦略にも、まだちぐはぐな部分が少なくない。まず、Aster MT2502のCPUコアはARMと言っても旧世代の「ARM7EJ-S」で、Cortex-M系統ではない。ARMは、もちろんIoTにもCortex-M系を推奨しているが、MediaTekは異なる選択をした。彼らのソフトウェアスタックのためなのか、CPU選択の理由がまだよく見えてこない。

 また、昨年(2013年)までは順調だったスマートフォンやタブレットの市場でのMediaTekのシェアも、QualcommとIntelの反撃や、AllwinnerやRockchip、Spreadtrumといったよりローコストを狙うメーカーの躍進によって上下から挟撃されている。こうしたモバイル市場については、MediaTekはミドルクラス向けのメインストリーム製品に注力することで切り抜けようとしている。

 Tsai氏によると、現在、モバイルデバイスの最大の成長エリアは新興国で、それらの地域では中産階級が勃興していると言う。つまり、全世界的に見ると中産階級人口がどんどん膨れ上がっており、そこをターゲットとしたミッドレンジの製品の需要が拡大して行くとMediaTekでは見ている。

現在ローコストとハイエンドに2極化しているモバイル製品の市場の重心がミドルレンジに寄ってくると見ている
スライドではスーパーミッド市場は80%となっているがスピーチでは85%としていた

 Tsai氏は、最終的には市場の85%が、同氏がスーパーミッド市場と呼ぶ中産階級市場になると言う。MediaTekが狙う市場はここで、そのために、少し前のハイエンドの仕様を手頃な価格で提供することに注力しているという。こうした説明からは、ここに来て機能をどんどん強化しているMediaTekのモバイルSoCの戦略の意図が見えてくる。

(後藤 弘茂 (Hiroshige Goto)E-mail