後藤弘茂のWeekly海外ニュース

AMDから分かれたGLOBALFOUNDRIESはなぜ急拡大しているのか



●AMDからスピンオフしたGLOBALFOUNDRIESの変貌

 AMDは32nmプロセスのCPU群を今年(2011年)中盤から投入して行く。AMDが半導体製造Fabを手放した時、AMDが先端プロセスでのCPUを製造する能力が弱まるという観測もあった。しかし、今のところ、AMDは依然として同じペース、つまり、Intelの1年遅れで新プロセスCPUをリリースし続けている。32nmプロセスの立ち上げの次は、22nmがすでに視野に入っている。そして、AMDの製造Fabを受け継いだGLOBALFOUNDRIESは、猛烈な勢いで製造キャパシティを増やし続けている。

 もし、AMDがフルに製造キャパシティを使うなら、PC向けのCPUを全て製造しても、充分にお釣りが来る計算だ。しかし、今では誰もGLOBALFOUNDRIESのキャパシティがAMDだけのものだとは考えていない。GLOBALFOUNDRIESは、幅広い製造ファウンドリとしての地位を築きつつあり、旧AMDの製造部門という面影は急速に薄れている。

 GLOBALFOUNDRIESが、最先端プロセス開発と製造キャパシティに膨大な投資を行なうことができるのは、背後にアラブ首長国連邦で最も富んでいるアブダビ(Abu Dhabi)政府が所有する投資企業Advanced Technology Investment Company (ATIC)がついているためだ。国富ファンド(政府系投資企業)の中でも最大規模のATICは、潤沢な資金を惜しみなくGLOBALFOUNDRIESに注ぎ込んでいる。

 その理由は2つある。1つは半導体産業の状況、もう1つはアブダビの事情だ。

●アブダビの国家としての生き残り戦略

 半導体産業では、新Fabと新プロセスの開発&製造コストが膨れ上がっているため、規模が大きな企業でなければ今後、先端プロセスの開発を継続できない。そのため、半導体メーカーは、今、生き残りを賭けた大型化競争をしている。GLOBALFOUNDRIESがひたすら巨大化&最先端を突っ走っているのは生き残りのためで、そのためにATICは資金を投入している。

 アブダビは石油と天然ガスで潤っている国だ。しかし、地下埋蔵資源はいつか枯渇する。そのため、アブダビは脱石油を目指して、新産業の育成を含めた国家戦略「The Abu Dhabi Economic Vision 2030」をスタートさせた。アブダビは、2030年までに自国のGDP(国内総生産)を2006年の5倍に高め、そのうちの64%を非石油産業にしようとしている。

 その戦略の一環として、アビダビが目を付けたのが、膨大な投資を長期的に必要とする半導体産業だ。長期ビジョンで巨額投資ができる強味を活かすことができるからだ。アブダビは、将来的に半導体産業を自国に確立するために、GLOBALFOUNDRIESを育成している。

 つまり、GLOBALFOUNDRIESが半導体産業で生き残るためには巨大化が必要であり、アブダビが将来生き残るためには半導体産業が必要という構図になっている。そのため、アブダビは資金を惜しまずGLOBALFOUNDRIESに注ぎ込んできた。AMDは自社Fabを手放した代わりに、資金面での心配がなくなったファウンドリパートナーを得たわけだ。

●うなぎ登りに上がる半導体産業の投資額

 そもそも、AMDが製造Fabを手放したのは、膨れ上がる投資負担に耐えかねたからだった。その背景には、プロセスが微細化するに連れて、新プロセス技術の開発と、新Fabの建設にかかる費用がうなぎ登りに増えている事情がある。現在は、短期間で数兆円規模の投資を行なうことができないと、先端プロセスに追従することができない。それだけの資金力と売り上げ規模がある企業だけが先端プロセスレースに残ることができる。

 では、どれだけの投資が必要なのか。昨年(2010年)6月に開催されたチップ設計カンファレンス「DAC(Design Automation Conference)」での、GLOBALFOUNDRIESのDouglas Grose(ダグラス・グロース)CEOが説明している。下の白いGLOBALFOUNDRIESのプレゼンテーションシートがそれだ。

 これを見ると、プロセス開発コストは2世代で倍額に、Fabの立ち上げコストは2世代で30~50%ずつ上がっていることがわかる。実は、これと同じチャートは、AMDがGLOBALFOUNDRIESの分社を発表した際にも、Grose氏が用いている。下の緑のAMDのプレゼンテーションがそれだ。この投資額の高騰こそが、AMDがFabを手放した理由であることがよくわかる。

GLOBALFOUNDRIESのダグラス・グロースCEODACでのプレゼンテーションGLOBALFOUNDRIES分社時のチャート

●新技術の導入がコストを押し上げる

 もう少し詳しく見ると、額の巨大さと、その理由が見えてくる。

 90nm~65nmプロセス(2003~2007年導入)ではR&Dコストは3億~4億ドルだった。巨額ではあっても、まだ、AMDもまかなえる範囲だった。ところが、45nm~32nmプロセス(2008~2011年)になると、R&Dコストは6億~9億ドルに跳ね上がる。2世代4年で、コストはほぼ2倍に上がった。この世代で、半導体メーカーはHigh-K/Metal Gate(HKMG)の導入や歪みシリコンの強化、液浸リソグラフィの導入などを行なっている。そうした技術改革が、いかに高くついているかがわかる。

 これが次の22nm~12nm(2012年以降)になると、さらにR&Dコストが13億ドルに膨れ上がるという。日本円にして1,000億円を軽く超える投資をしないと、最先端プロセスを開発することができない状況になりつつある。半導体ベンダーは、この世代で、トランジスタを現在の平面上のプレナー型から立体型へと切り替えようとしている。Grose氏は、昨年(2010年)5月の来日時に、3D FIN型トランジスタは20nm世代では使わないが、それ以降では使う可能性があると語っていた。10nm台への移行では、トランジスタ構造を根底から変えるための開発コストがのしかかるものと推測される。

 Fabのスタートアップコストの上昇は、プロセス開発の上昇と比べると大人しいが、元々の金額が大きいだけに負担増は大きい。90nm~65nmプロセス(2003~2007年導入)ではFabの立ち上げには25億~30億ドルが必要だった。ところが、45nm~32nmプロセス(2008~2011年)になると、コストは35億~45億ドルへとほぼ30~40%上がった。さらに、22nm~12nm(2012年以降)になると、Fabの立ち上げには45億~65億ドルが必要になるという。GLOBALFOUNDRIESは2012年後半にEUV装置を導入すると発表しており、高額のEUVの導入などのコストがのしかかっていると推測される。

Intelのプロセス開発の見積もり

 こうした金額はGLOBALFOUNDRIESだけの見積もりではなく、業界の共通認識のようだ。Intelも昨年(2010年)のInvestor Meetingで、Andy Bryant氏(Executive Vice President, Finance and Enterprise Services, Chief Administrative Officer, INTEL)が、似たような説明を行なっているからだ。IntelはFabに4.5B(45億)ドル、パイロット製造ラインに1B~2B(10~20億)ドル、プロセス技術開発に0.5B~1B(5~10億)ドルと見積もっている。

●ムーアの法則を維持するコストが上がっている

 こうして見ると、CMOSプロセスでのムーアの法則は継続しているものの、かなりの犠牲を伴っていることがわかる。ムーアの法則を維持するためには、これまで以上の技術革新が必要であり、そのために余計にカネがかかるのが現状だ。ムーアの法則を維持するためのコストが上がっている。

 プロセス開発やFabスタートアップのコストが跳ね上がると、その投資を賄うことができない企業が脱落する。これが、現在起きつつあることだ。これについても、GLOBALFOUNDRIES(AMD)とIntelがそれぞれ似たような説明をしている。下はAMDがGLOBALFOUNDRIES分社の説明時に示したプレゼンテーションだ。プロセスの微細化が進むに連れて、ロジックプロセスの微細化レースから大手半導体メーカーが脱落して行く様子が示されている。

AMDが2008年に示したファウンドリのプロセス移行半導体企業はファブライト、ファブレスに向かっている

 では、どういった企業が生き残ることができるのか。Intelは、売り上げ規模を基準に明確なバーを示している。下のプレゼンテーションが昨年(2010年)行なった説明だ。最低1カ所の先端プロセスFabを維持して行くためには、70億から100億ドルの売り上げ規模がないと難しいというのがIntelの見解だ。

Intelが示した70億ドル~100億ドル規模の売上ライン

 生き残りライン以下にある企業には、ラインより上に拡大するか、先端プロセスは諦めるか、2つの選択肢がある。資金があるなら、投資を増やして製造キャパシティを拡大、生き残りラインの上まで企業規模を拡大する。資金がなく、拡張が難しいなら、先端プロセスの製造は超大手に委託して、自社は枯れたプロセスでの製造に集中する「Fabライト」に向かう。あるいは、Fabを持たないファブレスになる。

 もし、そうした方向へと進むなら、半導体メーカーは二極化して行くことになる。勝ち組は、膨大な投資を続けて、最先端のプロセスとFabを維持する企業だ。そうした企業は、脱落した半導体メーカーの顧客のうち、先端プロセスを必要とする顧客を捕まえることができる。また、レースから脱落した半導体メーカーも顧客となって製造を委託して来る。顧客が増えて、売り上げが上がると、さらに次の投資が可能となる。

●急拡張されるGLOBALFOUNDRIESの製造設備

 規模レースでの勝者だけが、より規模を拡大するチャンスに恵まれる今の半導体産業。そこで、GLOBALFOUNDRIESも一定以上の規模へと成長を急いでいる。下の図はGLOBALFOUNDRIESのFab群を整理したものだ。AMDからGLOBALFOUNDRIESが引き継いだ時に稼働していたFabは、ドイツドレスデンのFab36のみ。300mmウェハの中堅Fabで45nm SOIプロセスで製造していた。Fab36に併設された古いFab30は、200mmウェハから300mmウェハのFabへの大転換中で、稼働していなかった。

GLOBALFOUNDRIESの所有するFab群(PDF版はこちら)

 GLOBALFOUNDRIESは、AMDから引き継いだFab36とFab30を転換したリニューアルFabを統合してFab1とし、さらに空いている敷地に新モジュールを建設した。合計の生産量は、最終的には毎月8万ウェハ(80,000wspm)の巨大Fabとなる。

 さらに、AMDがニューヨークにFab建設用に買収しながら、資金難から手つかずだった土地に、GLOBALFOUNDRIESは新Fab8を建設し始めた。こちらは3モジュールのうち、最初のモジュール「Fab2 Module1」が来年(2012年)から製造に入る。1月に来日したCEOのGrose氏は、Fab2はフェイズ2でクリーンルームを30万平方フィートへと拡張して、最終的に毎月6万ウェハ(60,000wspm)のアウトプットとすると説明した。ニューヨークのサイトは、モジュール1で使うのは3分の1で、面積的には3倍に拡張する余裕がある。

Fab2は大きく拡張できる余地がある

 加えて、GLOBALFOUNDRIESは、2009年に大手ファウンドリChartered Semiconductor Manufacturingを買収。昨年(2010年)から旧CharteredのシンガポールのFab群もラインナップに加えた。そして300mmの大型Fab7を、新プロセスへと転換している。

 冒頭で触れたように、GLOBALFOUNDRIESの製造キャパシティは、現在の計画だけでも、AMD時代の数倍の規模に達する見込みだ。このキャパシティを埋められれば、先端プロセスゲームでの生き残りラインを充分に超えることができる。アブダビの資金によって、GLOBALFOUNDRIESはこれを実現しようとしている。

 そして、Grose氏は1月の来日時に、GLOBALFOUNDRIESがアブダビに土地を収用。ここに新たな半導体“エコシステム”を確立するための作業に入ったと説明した。では、最終的に、アブダビにGLOBALFOUNDRIESのFabが立ち、AMDのCPUを初めとしたチップが製造されるようになるのだろうか。実は、話はそれほど単純ではない。ATICが説明した青写真は、もっと深く、規模が大きいものだ。次の記事で説明したい。