■後藤弘茂のWeekly海外ニュース■
マイクロソフトは、Xbox 360の新マンマシンインターフェイス「Kinect(キネクト)」の、日本での価格と発売時期、同時発売タイトルを明らかにした。Kinectは、ジェスチャーと音声でXbox 360をコントロールできるナチュラルユーザーインターフェイスだ。専用のKinectセンサー(RGBカメラ+深度センサー+アレイマイク)をXbox 360に追加し、Kinectライブラリをロードする。Kinectセンサーに自社タイトル1本を付けたスタータキットの価格は14,800円。本体に同梱の場合は、Kinect分として約10,000円の価格アップとなる。発売は米国やヨーロッパよりやや遅い11月20日。発売時の対応ゲームタイトルは6本で、年内にあと4本が追加される。
Xbox 360 Media Briefing 2010でKinectの発表を行なった泉水敬氏(執行役常務、ホーム&エンターテイメント事業本部長、マイクロソフト) | Xbox 360とKinect |
Microsoftはすでに7月にKinectの米国での価格も明らかにしており、そちらも149ドルと日本と似たようなレベル(現在の通貨レートでは日本より割安)となっている。14,800円/149ドルというデバイス価格は、ゲームコンソールの付加デバイスとしては極めて高い。本体価格が安いゲームコンソールの付加デバイスは、99ドルを超えると普及が難しいと言われているからだ。しかし、Kinectの高価格の背景には、高価格に設定せざるを得なかったMicrosoftの、苦渋の決断がある。
マイクロソフトは東京で開催した「Xbox 360 Media Briefing 2010」でKinectの日本での価格や発売日程を発表した |
●土壇場でKinectのハードウェア仕様を変更
実は、Microsoftは土壇場でKinectのスペックを大幅に変更した。夏前まで、MicrosoftはKinectの認識処理のほとんどをXbox 360本体でソフトウェアで行なう仕様にしていた。その仕様でのKinectのCPU処理負担はかなり高く、Kinectを使う場合は、ゲームソフトウェア側が使えるCPUパフォーマンスが大きく削られてしまった。これがKinectでのゲーム開発の上で、大きなハードルとなっていた。
そこで、Microsoftは7月の価格発表前に、Kinectデバイスの仕様を変更することを決定した。変更後の仕様では、Kinectカメラ側にプリプロセッサを搭載し、認識に必要なプロセッシング処理の多く(全てではない)を実行するようになった。その結果、Xbox 360本体のCPU負荷が大きく減って、Kinectを使うゲームが開発し易くなった。その一方で、Kinectデバイスの製造コストがグンと上がり、当初予定していた99ドルよりデバイス価格を上げざるを得なくなった。価格増という犠牲を払って、ソフトウェア開発を容易にする、これが、Microsoftの下した難しい決断だ。
この仕様変更は、Kinect対応タイトルの動向にも影響を与えている。Kinectローンチからしばらくのタイトルは、Kinect仕様変更前に開発が始まっていた。仕切り直し版Kinectを前提としたタイトルの多くは、まだ開発中であり、ほとんどが2011年春以降でないと登場しないと言う。仕様を変更したKinectの真価が発揮されるのは、来春以降ということになりそうだ。
実際、年内タイトルは、ファミリ向けゲームやパーティーゲームが主軸で、ハードコアゲーマーに人気となりそうなタイトルが薄い。しかし、来春以降は、日本のハードコアゲーマーにも受け容れられる、コアなタイトルも登場すると言われている。Xboxで人気だったハードコアゲームの、Kinect仕様の続編も控えているという。逆を言えば、来年の春以降にならないと、Kinectの本当の実力はわからないことになる。
マイクロソフトはXbox 360 Media Briefing 2010でKinectの日本でのローンチタイトルも発表 | |
米国では6月のE3で11月4日に発売と発表 |
●デバイス側からXbox 360本体へとKinectの処理を移行
Kinectのハードウェア仕様は、紆余曲折を経ている。Microsoftが初めて「Project Natal」としてKinectを発表した2009年のE3の時点では、センサー側のカスタムプロセッサで全ての認識処理を行なう仕様になっていた。この時点では、Kinectの処理によるCPU負荷はほとんどないという説明だった。
だが、その後、昨年(2009年)夏から秋にかけてデベロッパに提供された初期開発キットでは、Kinectの認識処理はXbox 360のCPUを使うソフトウェアベースとなっていた。そのため、処理負担は重く、初期のバージョンでは、Xbox 360本体が持つ3つのCPUコアのうち、1 CPUコア分近くを占有してしまっていたという。CPU占有率は、今春までにライブラリの改良でかなり下げられたものの、まだ、それなりの負荷が残っていた。
そのため、すでに述べたように、Kinectを使うと、ゲームソフトウェアに割くことができるCPUパフォーマンスがある程度限られてしまった。この時点でのMicrosoftのスタンスは、「CPU負荷が大きいことは事実だが、その枠内でもアイデア次第で面白いゲームを作ることができるはず」というものだったという。だが、デベロッパ側にとっては、CPU性能が制限されることは、かなり厳しかった。ほかにも認識精度や長いレイテンシなどさまざまな問題があり、デベロッパにとってKinectゲーム開発はかなりの試練だったようだ。
実際、Xbox 360本体で認識処理を行なう場合、Kinectで作ることができるゲームは、現行のXbox 360よりかなりスペックを落としたものにせざるを得なかったという。特に、開発キットが出てきた当初は「Kinectを使うと、Xbox 360ゲームがWiiゲームと同じレベルになってしまう」と酷評する業界関係者もいた。これは誇張的な表現だが、本来のXbox 360レベルのゲームを作ることが難しかったのは事実だろう。
しかし、Microsoftは普及が容易な価格設定にするために、Kinectのソフトウェア処理は必須だと考えていたようだ。Microsoftは当初は米国で99ドル、日本で9,800円を目標価格としていたと見られる。実際、マイクロソフト日本法人はKinectのサイトで価格を公表したが、WebページでのKinectセンサーの価格は、更新直後は「9,800円」と間違えて表示されていた。このWebはすぐに14,800円に修正されたが、このあたりからも、Microsoftが想定していた価格ラインが透けて見える。
●Kinect側にプロセッサを載せるプランへと再度切り替え一方、MicrosoftはXbox 360本体で認識処理を行なうKinectを推進しながら、平行してハードウェア処理のソリューションも開発していた。ただし、このソリューションは、2009年のE3のデモ時の仕様とは異なる。2009年E3のデモのセンサーでは、コストの高いプロセッサを使っていた。そのため、2009 E3仕様のまま発売すると、Kinectセンサーの価格は199ドルに設定しなければならなくなる可能性があると言われていた。
しかし、センサーに搭載するプロセッサで行なう処理を軽くし、上位の認識処理をXbox 360側へと切り分けると、コストを下げることが可能になる。Microsoftは、このKinectオプションプランを平行して走らせつつ、様子を見ていたようだ。Microsoftが最終的にKinectの仕様変更を決断した理由はわからない。しかし、その原因が、Kinect対応タイトルの作りにくさにあったことは明確だ。
最終的に、Kinectでは処理をある程度センサー側のカスタムプロセッサに任せることになった。このチップは、最初のProject Natalデモの時のプロセッサより低コストだが、処理の切り分けでXbox 360 CPU側の負荷は極めて低く抑えられるという。本体側の負荷は、ゼロではないものの、もはやゲーム開発に支障が出るレベルではないと、ある業界関係者は言う。
とはいえ、プロセッサとメモリの2チップが増えることによるコスト増は避けられない。安くても数ドルの半導体チップに、テストや基板のコストも加わる。そのため、Microsoftはリテールプライスを149ドルへと引き上げなければならなくなったと推定される。Xbox 360本体に同梱の場合は、Kinect分の価格アップを約10,000円/100ドルに抑えることで割安にしているが、それは本体台数が増えることで、タイトルがより売れることへの期待込みの価格設定だ。
こうして振り返ると、Microsoftが6月のE3の時点で、なぜKinectの価格を発表しなかったのかがよくわかる。Microsoftは、おそらくソフトウェア処理で99ドルか、ハードウェア処理で149ドルか、その選択を6月の段階ではできていなかったと推定される。E3での反応を見てから決定するつもりだったのかも知れない。
こうしたMicrosoftの動きをまとめると、次のようになる。Microsoftは普及に必要なマジックプライスである99ドルを守るために、Kinectの認識処理をソフトウェア化しようとした。しかし、99ドルのソリューションでは、KinectではXbox 360らしいタイトルを作ることが難しいことがわかった。そのため、149ドルへと価格を引き上げても、Xbox 360らしいタイトルを作ることができる仕様へと変更したと推定される。
Microsoftは6月に米ロサンゼルスで開催されたE3で、Kinectを大々的にデモした。しかし、この時点では、まだ仕様は固まっていなかった |
●ゲーム開発にとってはいいが、マーケティングでは悪夢
ゲーム開発とゲーム自体にとって、Microsoftのこの決定はグッドニュースだ。ソフトウェア処理版Kinectでは開発が難しかったタイトルを作ることができるからだ。ゲームでのKinectの可能性は大きく広がったと言っていい。
しかし、この決定は、開発サイドにはよくても、マーケティングサイドにとっては悪夢だ。149ドルという価格でもKinectが欲しいと、エンドユーザーに思わせなければならないからだ。より悪いことに、Kinectのローンチ時点では、増えたハードウェアコスト分を正当化できるタイトルが薄い。Microsoftの決定が遅すぎたために、開発に混乱が生じてローンチタイトル自体が薄く、また、コアゲーマーにもデバイスコストに見合うと感じさせるタイトルが欠けているからだ。
こうした事情にあるため、Microsoftは、Kinectを成功させるためには、最初の困難を何とかして乗り越える必要がある。まず、開発での混乱をうまく収拾し、新生Kinectをフルに使うタイトルの開発を促進し、Kinect自体の普及を促す必要がある。もし、Microsoftがこうしたチャレンジを、うまく乗り切ることができれば、Kinectが魅力を出して普及し、タイトルも揃うというポジティブスパイラルを上ることができる。失敗すれば、Kinectは普及しなかった試みで終わってしまう。Microsoftは試練の時を迎えている。