■後藤弘茂のWeekly海外ニュース■
GoogleのインターネットTV「Google TV」の狙いは? そして、Google TVは、パートナーであるIntelとソニーに何をもたらすのか。
先週、Googleの開発者向けカンファレンス「Google I/O」で、Googleは同社のTV向けソフトウェアプラットフォーム「Google TV」を発表。パートナーとして、ソニーがGoogle TVをプリインストールしたTVとBlu-ray Discプレーヤーを、Logitechがボックスを今秋から発売することを明らかにした。また、Google TVのハードウェアプラットフォームとしては、IntelのデジタルTV向けAtom SoC(System on a Chip)「Atom CE4100」がサポートされた。Google TVは3月頃からリークされていたが、これによって「Google-ソニー-Intel」という新しい軸が作られたことになる。
このストーリーにはいくつかの見方がある。戦略的に見ると、Webから外へと拡大するGoogleの戦略がTVという新しい市場に広がったこと。米国ではGoogle対Appleという流行の対決構図での報道が目立った。そこでは、再び垂直統合対水平分業、またはクローズドプラットフォーム対オープンプラットフォームという、ビジネスモデルの対決が重要なテーマに浮上した。しかし、インターネットTV自体は、過去に何度も花開かず終わっているアイデアであり、今回のGoogle TVがブレイクスルーになるかどうかは、まだわからない。
Google以外のプレーヤーを見ると、別な見方ができる。Intelは、これまで不発だったデジタル家電市場で、Google TVによって足がかりを築こうとしている。ソニーについては、クローズドな独自技術にこだわる戦略から、オープンソースへの転換が、Google TVでさらに明瞭になった。
家電向けのAtom CE4100 | リファレンスのプラットフォームブロックダイヤグラム |
●AndroidベースのTVのためのプラットフォーム
Google TVは、TV関連のデバイスのための、ソフトウェアプラットフォームだ。メインターゲットは、特にTVとWebを統合するインターネットTVにあると見られる。OSはAndroid 2.1(ネット経由でのアップグレードをサポート)で、LinuxベースのChrome Webブラウザが載っている。搭載デバイスは、ソニーのInternet TVとBDプレーヤー、Logitechのボックスとして、今年(2010年)秋に出荷される。
IntelはソニーとLogitechのGoogle TVに「Atom CE4100(Sodaville:ソーダヴィル)」が採用されたと発表している。IntelはAtom CE4100ベースの、メジャーな小売り商品が年内に発表するとアナウンスしていたが、今回、その正体が明確になった。Google TVの実現するものは、Intelが「Smart TV」と呼んでいたビジョンにほぼ等しい。
Atom CE4100の特徴 | Intelが提唱する「Smart TV」 |
Google TVの特徴は、統合されたインターフェイスで、TVとWebの両方のコンテンツをシームレスに楽しめること。もちろん、アプリケーションプラットフォームでもあり、Google TVのスペック拡張に対応したAndroid SDK(Software Development Kit)も提供される予定だ。Google TV自体のソースコードの公開は、来年(2011年)となっている。
Google TVでのAndroid Marketは、2011年の早い時期にサポートの予定で、Androidアプリケーションを走らせることができるようになる。AndroidアプリはDalvik VM(Virtual Machine)上で動作するが、ネイティブプログラムを開発するためのAndroid NDK(Native Development Kit)のGoogle TV版も将来は提供するとされている。ちなみに、WebからのAndroidアプリのダウンロードは、“公式”にはサポートされていない。
ざっと発表だけを見ると、Google TVとはこんなプラットフォームだ。ざっと見る限り、Androidモバイルの延長にある。
●今までのインターネットTVと同じストーリーここで興味深かったのはGoogleがGoogle I/Oで行なった説明だ。なぜなら、GoogleがTVデバイスに乗り出す理由が、どこかで前に聞いた話だからだ。
同社は、Google I/Oのキーノートスピーチの中で、Google TVの背景として3つの数字を挙げた。
・5時間/日
・700億ドル/年
・40億ユーザー/ワールドワイド
5時間/日は、アメリカ人がTVの前で過ごす平均時間。700億ドル/年は米国で年間に費やされるTV広告費。40億ユーザー/ワールドワイドは、全世界でのTVユーザーの数。つまり、TVは依然として米国での娯楽の中心で、大量の金が流れ込む市場で、他のほとんどのデバイスより多くのユーザーを獲得していると。
GoogleのRishi Chandra氏(Senior Product Manager, Google Apps)は、キーノートスピーチの中で、TVの人気と市場の広さの理由を「つければすぐに動く。簡単で、信頼性がある」と説明した。他のテクノロジはどんどん変わっていってしまうのに、TVは基本的に同じで、それが人を安心させると。
だが、その一方で、リビングルームでのエンターテメント自体は、だんだんとTV以外のものへとシフトしているとChandra氏は指摘。WebはPCからのアクセスがメインであり、他のデバイスではWebの利用は限られている。その結果、TVとWebという2つの世界に分離されてしまった。だから、2つの世界を1つにしようと、それがGoogle TVの背景にあるモチベーションだという。
●何がこれまでのインターネットデバイスと違うのかぱっと見てわかる通り、このストーリー自体は、これまで、何度も繰り返されてきたものと、本質的に同じだ。同じストーリーに沿って、過去に、山ほどのインターネットデバイスが作られてきた。例えば、Appleからのスピンアウト組が作り、Microsoftに買収された「WebTV(MSN TV)」。十数年前に日本の家電メーカーが相次いで投入したインターネットTV群。家電メーカー各社は、それ以降、散発的にインターネットアクセスデバイスを投入している。また、PC側からは、MicrosoftとIntelが、何回ともなくPC上にTVを統合するソリューションを提案して来た。
しかし、どれもTVとWebを本当に融合させることに成功していない。こうした、累々たる失敗の上で、Googleはどうやって成功できると考えているのか。過去のソリューションがうまく行っていないのには3つの制約があるからだとGoogleは言う。
1つ目の制約としてGoogleが指摘したのは、これまでのソリューションがWebを単純にしようとしたこと。Chandra氏は、モバイル(携帯電話)でも同じことがあり、その手法ではスケールしないからダメだと学んだと語る。そして、Web企業であるGoogleは、Webで得られるものを、TVでも完全に得られるようにすることが必要だと説明する。
2つ目の制約は、これまでのソリューションがいずれもクローズドだった点にあると言う。Webの自由度を知ったユーザーは、後戻りできないから、オープンにしなければいけないと言うのがGoogleの主張だ。
3つ目の制約は、今のソリューションが、TVかWebのどちらかの利用を選ぶスタイルになっていることだと言う。TVとWebを同じように扱えるものとして統合しなければならないとGoogleは言う。
Google TVは、こうした考察から出てきたという。「TVとWebが出会い、WebとTVが出会う(TV Meets Web. Web Meets TV.)」がGoogle TVのキャッチフレーズだ。
Googleのこの主張が浮き彫りにしているのは、これまでのトライがWeb側からの発想ではなかったことだ。Web企業であるGoogleは、完全なWebを、さまざまな意味でオープンな形で、シームレスにTVに統合することがカギだと見ている。それが正解かどうかはともかく、これまでとの違いはそれらにある。
●対Appleが焦点になったGoogleこうしたGoogleの基本姿勢のため、Google TVでは「オープンネス」という部分がクローズアップされている。特にそのあたりに敏感なのは、米国でのGoogle TVに関する報道だ。例えば、報道では、Google TVをAppleとの対決軸で捕らえるものが多かった。AppleのApple TVは、米国ですらそれほど成功しているとは言い難いので、Google TV対Apple TVという図式はちょっと奇妙に見える。
だが、話はそうではなく、Google TVは、スマートフォン市場でのApple iPhone対Google Androidの衝突の延長にあるというとらえ方だ。つまり、iPhoneでスマートフォン市場を切り開いたAppleに、現在は、GoogleがオープンソースのAndroidで挑んでいる。そして、その延長で、タブレットやTV回りのデバイスでもGoogleとAppleが対決しているという視点だ。
そして、その視点は、多分に、ビジネスモデルとソフトウェア思想の問題に関わっている。Googleが、Google TVが取り外す制約をして挙げた3要素のうち、2つは対Appleにある程度当てはまる。Webの全てのエクスペリエンスをデバイスにもたらすという部分と、オープンさという部分だ。例えば、Google TVは、AppleがiPhoneから排除しようとしている、AdobeのFlashをサポートする。
ちなみに、Google TVを巡る報道の中で存在感がないのはMicrosoftだ。Microsoftはエンタープライズにシフトして、コンシューマ寄りの戦略が手薄になっている感がある。モバイルでもiPhoneとAndroidに押しやられているが、TVデバイスでも枠外になってしまっている。
●自社技術へのこだわりから脱却するソニーGoogle TVに乗ったソニーは、自社技術へのこだわりからの脱却が、より鮮明になった。
ソニーは、ソニー・エリクソンのスマートフォン「Xperia」で、Androidを採用。Androidに独自のソフトウェアを加えることで、ソニーらしさを出せることを証明した。フラッグシップ製品に、汎用でしかもオープンソースのOSを使うという路線を取ったのがXperiaだった。Google TVは、この路線をTVで踏襲するモデルということになるのかも知れない。ワールドワイドのTV市場で韓国勢に追いまくられているソニーとしては、Google TVベースにいち早く乗ることで、展開を変えようとしている。
その一方で、ソニーがかつて抱いていた、自社開発のゲーム機などの要素技術をデジタル家電市場にもたらすというビジョンが消えたことがはっきりした。つまり、ソニーのインターネットTVは、Cell Broadband Engine(Cell B.E.)プロセッサベースではなく、OSが独自OSでもなく、もっと明確に言えばPLAYSTATION 3(PS3)アーキテクチャとは全く関係がない。皮肉なことにCell B.E.アーキテクチャを使っているのはソニーではなく、SCEにCell B.E.開発に引き込まれた東芝だ。ゲーム機がリビングルームのエンターテイメントセンターになるという夢は、かなり前に色あせてしまったが、ソニーのGoogle TV採用はそれを象徴している。
●AtomベースのスマートTVへようやく進み始めたIntelGoogle TVでのプレーヤーの一角であるIntelの思惑は明瞭だ。Intelは、デジタル家電市場へのAtom浸透戦略を、ここで大きく進展させたい。
これまで、デジタル家電市場でのIntelは、鳴かず飛ばずに近い状態だった。TV向けに発売した90nm版Pentium M(Dothan:ドタン)コアのSoC「CE3100(Canmore:キャンモア)」は、ほとんど空振り。45nm版Atom(Bonnell:ボンネル)コアのSoC「Atom CE4100(Sodaville)」についても、これまでは大きな顧客を発表できていなかった。IntelはAtom CE4100の注文を受けたとしていたが、顧客については黙していた。今回のGoogle TV発表で、ようやくその成果を明らかにすることができた。
Bonnellダイの発展(PDF版はこちら) |
Intelは5月11日に米サンタクララで行なった投資家向けカンファレンス「2010 Investor Meeting」でも、Atomベースの「Smart TV」を強調していた。Intelは、インターネットアクセスのニーズが高まることで、家電でもIntelのチャンスが広がると予測していた。
「Smart TV」市場の拡大 |
これまで、Intelがこの市場で成功できなかった理由はさまざまだが、根源的な原因は、Intelが強味を活かせないことにあった。x86コードを走らせるというx86 CPUの利点が活かせないなら、単なる割高なSoCチップになってしまう。組み込みCPUに対してパフォーマンス面での利点があっても、コスト最重視の家電では、単にオーバーキルなスペックになってしまいかねない。そのため、Intelとしては、より高パフォーマンスを求め、x86コードが走るという利点をある程度は活かすことができるソリューションとパートナーを求めていた。
Intelが提唱するSmart TV戦略 |
ここでちょっと奇妙なのは、企業の性格上、x86にこだわりがあるとは思えないGoogleとIntelが組んだこと。Googleは、Web企業の雄として、Webベースでの分散化とコードのポータビリティにこだわりがある。x86ネイティブコードに固着させることでソフトウェアの囲い込みを目指すIntel x86戦略とは相容れない。ただ、ここで注意が必要なのは、Googleは、発表のどこでもGoogle TVがx86プラットフォームのみだとは言っていないことだ。最初の製品はAtom CE4100(Sodaville)だが、その後の展開はわからない。
Intel自身にもブレがある。伝統的にIntelが強いのは水平分業になった時。つまり、ソフトウェアスタックが標準化され、その下のプロセッサを水平に多数のベンダーに提供するモデルがIntelの強いスタイルだ。ところが、Intelは現在組み込みについては、垂直型のソリューションも提供しようとしている。OSからアプリケーションストアに至るまでのモデルで、路線の揺れが見える。