大原雄介の最新インターフェイス動向

10GBase-Tその2



 さて、今回は10GBASE-Tが立ち上がらなかった事情に入るわけだが、その前に前回の記事の掲載以降で頂いたご指摘に触れたいと思う。

 まず、クロスケーブルとストレートケーブルの混在に関して。前回は触れなかった、規格としては存在するものに1000BASE-TXと呼ばれるものがある。こちらは(10GBase-Tで脚光を浴びた)CAT6ケーブル(材質はともかく内部の配線が異なる)を使うものであるが、電気的に1000BASE-Tとは互換性がない。おまけに1000BASE-TX用のクロスケーブルの配線は1000BASE-T用とは異なっている。マーケット的に言えば、1000BASE-TXに対応した製品は余程頑張って探さないと無い、というほどにシェアは無く、(企業のバックボーンとかある種のネットワークセンターなど、当初からGbEを導入していたところはともかく)一般家庭やSOHOなどの現場でこれと出くわすことはまず無い。一応1000BASE-TXは標準化の済んだ規格ではあるが、そんなわけで前回は省いたわけだ。

 ただ厄介なのは、この1000BASE-TX向けに製造されたCAT6ケーブルが一部市場に出回っており(在庫処分の叩き売り、なんてのがこれに該当する)、しかもこれのクロスケーブルが混在していることだ。また前回の図2は本文でも触れたとおりCAT3の構造である。で、ここでは1/2/3/6ピンのみを信号として使っているが、1000BASE-Tで利用できるCAT5ではほかに4/5及び7/8ピンがそれぞれツイストペアを構成している必要があり、つまりこのCAT3のクロスケーブルを使うと、1000BASE-Tとしての通信はできないことになる。

 これが問題なのは、極性自動認識機能(AutoMDI/MDI-X)が上手く(?)働き、こうした場合には100Mbpsで自動接続をかけようとすることだ。このため、ケーブルが間違っているにも関わらず、一見繋がっているように見えるのでわかりにくいというご指摘である。

 まぁ確かにそれはその通り(これは複数世代のネットワーク機材が混在しているサーバールームなどでは大問題だろう)だが、逆に言えばこうした複数のケーブルを混在させている状況が問題とも言える。ただ確かにCAT3のケーブルは筆者の仕事場にもいくらかあったりするが、これは果たして極性自動認識機能の機能の問題なのか? というとそうでは無い気がする。一応ケーブルを混在させるとこうした状況が起こりえる、という事だけは書きとめておきたい。

 ケーブル関連でもう1つ。前回の図3でCAT5〜CAT7までの構造を紹介したが、これは「この構造が必須」という訳ではなく、「CAT5〜CAT7までの各規格を満足させるために必要な構造の代表例」である。例えばバッファローは昔から“きしめん”ケーブルという薄いケーブルを提供しており、最新の例えばETPC6FBLの場合は1.5mm厚ながらCAT6対応となっている。構造的にはCAT6と異なる(どう見てもここに十字型のスペーサーが入っているようには見えない)が、電気的にCAT6に要求される仕様を満たしていれば、これはCAT6ケーブルと名乗ることが許されるわけだ。

 そもそもこのケーブルの規格自身は別の標準(例えば10GBASE-Tの場合はISO/IEC TR24750)によって要求が定められているが、これらの中には電気的特性が定められているだけで、機械的形状は含まれていない。では前回の図3は何か? というと、標準的に作るのに、この程度の構造を取らないと実現できないという最低ラインを示しているだけである。前回の記事に関して「STPはCAT6まで存在していない、あるいはCAT6eにUTPは無い誤解しやすい」というご指摘をいただいたが、記事は前回の図3で言えば、CAT6までがUTP、CAT6e以降がSTPという扱いになる、という事なのでご注意いただければと思う。(前出のバッファローのCAT6対応きしめんケーブルも内部にシールドを設けており、なので分類としてはSTPとなる)。

 あと前回うっかり10BASE2/10BASE5を当初10BASE-2/10BASE-5と表記していたのだが、これは間違いである。“-”(ハイフン)が入るのは10BASE-T以降のみであった。お詫びして訂正したい。

 という事で本題である。10GBASE-Tはやっとの事で2007年に規格制定が終了したものの、これに対応するコントローラはなかなか出なかった。筆者が知る限り、一番最初に10GBASE-T対応を謳った製品でアナウンスされたのはTeraneticsの「TN1010」ではないかと思うが、2007年〜2008年にかけて同社はこのTN1010を使ったさまざまな製品をパートナー企業と共同開発したりデモンストレーションを行なったりするものの、採用されたケースはごく僅かである。

 またSolarframeは10GBase-Tの仕様策定前から同社の「10Xpress SFT9001」という10GBASE-T PHYのデモを行なったりしていたほか、Plato Networksも「早期に製品を出荷する」と2007年にはアナウンスしていた。

 ほかにAquantiaが2008年4月に同社最初の10GBASE-T PHYであるAQ1001のサンプル出荷をアナウンスしている。他にもいくつかのベンダーが10GBASE-T PHYの投入を2007年〜2008年のタイムフレームで予定していた(というか、実際に投入された)が、市場がこれに応じて立ち上がる気配は皆無だった。

 理由は何か? というと、消費電力が大きすぎるということだった。例えば最初に名前を出したTeraneticsのTN1010の場合は消費電力が10Wにも及ぶ代物であり、動作にはヒートシンクだけでは到底不可能で、アクティブファンが必要になる。これは他のベンダーも同じで、AquantiaのAQ1001も(明示はされていないが)100mのFull-reach動作時は10W近かったようだ。

 「10Wはそれほど多くないのでは?」と思われるかもしれないが、とんでもない。確かにエンドポイント側は、単に10Wプラスアルファ(10WはあくまでもPHYだけなので、ほかにMACやらホストとの接続に別のチップが必要になり、こちらが数W消費する)で済むが、問題はスイッチの側で、ポートあたり最低10Wだから、たった8ポートのスイッチでも最低80W。さらにに実際はMACの処理やポート間のルーティングも必要になる(ポート間ルーティングがまた面倒な話で、何せポートあたり10Gbpsだから、バックボーンはかなり大きな帯域が必要になる)わけで、結果8ポートのスイッチの消費電力が130〜140Wという恐ろしいものになってしまった。

 なんでこんなことになったのかというと、10GBASE-Tでエラー訂正のために利用されたLDPCが問題である。LDPCはそもそも1963年に開発された技術であるが、あまりの実装の困難さのために30年以上使われないままでいた、というものである。何が困難かというと、計算量が極めて多い点である。なにせ素直に計算すると、符号長をnとしたときに計算量が2^nに比例するという代物である。1bitなら2回で済むのが、100bitなら2^100≒約126.7穰回(=126,7000,0000京回)にもなるわけで、放置されても仕方が無いとは言える。ただ幸いな事に、計算量を減らすためのさまざまな方法が開発され、良く利用される「sum-productアルゴリズム」ではほぼ符号長に比例する程度の計算量で済むようになり、また並列化に適したアルゴリズムなので、とにかく多数の演算器を搭載するFPGAとか、高速演算が可能なDSPなどを使う事である程度実用的になってきた。

 とはいえ、2006年〜2007年当時だと、まだ130nm〜110nmプロセスがASICでは主流であり(Intelは65nmに移行していたが、AMDはまだ90nm SOIを使っていた頃である)、このプロセス上で10Gbpsの転送速度に間に合うようにLDPCの実装を行なうと、消費電力が10Wに達するほど大規模なものにならざるを得なかった、という事だ。

 これの解決はプロセスの微細化が一番早道だし、事実上他に有力な方法はない。前出のAquantiaの場合、第2世代のAQ1002の場合は、90nmプロセスを使うことでフルリーチ時6.0W/ショートリーチ時(30m以内)4.5Wに、第3世代のAQ1103では40nmプロセスまで微細化し、それぞれ3.5W/2.0Wまで消費電力を抑えている。3.5Wは環境次第ではちょっと厳しいが、2.0Wならばヒートシンク程度で何とかカバーできる範囲であり、要するにプロセスを2世代ほど微細化することで、やっと実用的な範囲まで消費電力を抑えることに成功している。

 こうした状況はほかのベンダーも似たようなものである。2008年のESCレポートでIntelの10GBASE-Tと思しきアダプタの写真を掲載した(12)が、この時もMACはヒートシンクだけで済んでいるのに、PHYには結構大きなアクティブファンがついているのがわかると思う。動作検証にはこれでいいとしても、実際の現場でこんなものは使ってられないというわけだ。

2008年のESCで展示された、Intelの10GBASE-T対応と思われるアダプタ

 こうした問題があったため、2006年〜2008年にかけて採用を検討していたさまざまなエンドユーザーが、結局10GBASE-Tを見送ることになってしまった。当初考えられていたエンドユーザーというのはサーバーやHPC向けであるが、どちらのケースでも問題になったのはエンドポイントそのものよりもスイッチである。8ポートで100Wを超えるとなると、サーバールームなどで良く見かける24ポートとか48ポートのスイッチは到底作りえない(48ポートだと下手をすると1KW近い消費電力&排熱になるわけで、サイズも4U程度が必要になるし、電力供給も不安になってくる)。だからといって8〜16ポートくらいで多段構成を取るのは無駄が多いし、HPC向けではレイテンシが大きな問題になる。

 結局、「もうちょっとプロセス微細化が進んで現実的な消費電力になるまで見送ろう」となったわけだが、プロセスが1世代進むのに平均2〜3年かかっている昨今では、これだけで4〜5年の待ちになる計算だ。だからといって何もせずに4〜5年待てるかというとそんなわけもなく、特に最近のネットワークトラフィック増加は著しいため、10GbEへの移行は待ったなしである。このため、多くのエンドユーザーは10GBASE-Rや10GBASE-CX4を利用する形で10GbEに移行することになった。

 ここで面白いことが起きた。サーバー内のキャビネット、あるいは小規模なHPCでは同軸ケーブルベースの10GBASE-CX4を利用することが多かった。10GBASE-CX4は3.125Gbpsの通信路4本をあわせて12.5Gbpsとし、ここで8B/10Bエンコーディングをかけることで実効転送速度10Gbpsを確保するというもので、比較的無理のない規格である。もっとも実際には信号線だけで16本(作動信号なので、片方向あたり4対=8本。双方向で16本という計算である)になるが、実際にはそれほど太いケーブルにはなっていない。

 ところがコネクタ(というか、コネクタとモジュールが一体化したもの)は10BASE-R系と共通のXAUI 4レーンPCSを採用しており、これがデカい&高価、という話が出てきた。そこでこれをもっと簡素化できないか、ということで登場したのがSFF-8431である。これを策定したのはSFF Committeeで、最新版の仕様書は同組織のFTPサイトから入手できる。

 このSFF-8431とは、8.5Gbps及び10GbpsのEthernetを、もっと小型のモジュールで利用するための規格であり、電気的特性は基本的には従来の10GbEに順ずる(異なる部分がSFF-8431に定義されている)ものである。この小型モジュールはSFP/SFP+と呼ばれ、既に広く利用され始めている。このSFF-8431のAppendix Eに「SFP+ DIRECT ATTACH CABLE SPECIFICATIONS "10GSFP+CU"」として定義されたのが、10GBASE-CXをベースに小型化したモジュールである。基本的には10GBASE-CXと同等だが、小型化に伴い若干の電気的変更などもあり、結果伝達距離がやや短くなっているのが欠点だが、その分小型化と低価格化が図れるほか、(いくつかのベンダーに聞いた話では)省電力化も実現できるらしい。

 配線の数などは減らないから、長期的に見れば10GBASE-Tよりも割高なのは間違いないが、現在の10GBASE-Tよりは遥かに割安であり、もちろん10GBASE-CXなどよりもずっと利用しやすい価格で製品を提供できるため、「つなぎ」と割り切れば魅力的な案である。実は2008年の終りから2009年にかけて、いくつかのベンダーは10GBASE-T対応製品を中止あるいは凍結し、代わりに10GSFP+CUでの製品提供をアナウンスし始めた。

 昨年(2009年)10月にはニューハンプシャー大学にて10GSFP+CUのPlugfest(相互接続性テスト)が行なわれており、ここにはPHYベンダーとしてAMCC/Broadcom/ClariPhy/Cortina System/Intel/Vitesseが、ケーブルベンダーとしてはAmphenol/FCI/Molex/Panduit/Tyco Electronics/Volexといったところが参加している。このPlugfestの主催はethernet allianceであり、その意味ではある業界団体が勝手に策定した仕様について、別の業界団体が相互接続性の確認を行なったというだけでしかないのだが、実際問題としてこうした業界団体に加盟する企業が製品を売っている以上、これが(10GBASE-Tはもとより10GBASE-CX4をもさしおいて)標準になりつつあるのは火を見るより明らかである。

 実際主要なネットワーク機器ベンダーは10GBASE-Rなどの標準構成に加えて、SFF-8431で定義されたSFP/SFP+対応製品を標準ラインナップで用意し始めており、恐らくこのまま使い続けられることになると思われる。

 では10GBASE-Tは死んだのか? というあたりを次回ご紹介したい。

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(2010年 11月 1日)

[Text by 大原 雄介]