■元麻布春男の週刊PCホットライン■
前回紹介したように、Intelは既存のTDP 35W~45WクラスのノートPC向けメインストリームプロセッサに加え、TDP 15Wクラスの低消費電力型プロセッサを育てたいとしている(図1)。あくまでも既存のメインストリーム(35W~45W)に低消費電力型(15Wクラス)を加えるのであり、メインストリームのTDPを15Wまで下げる、ということではない。ここではその意味を少し考えてみたいと思う。
【図1】ネットブックとCULVの成功でIntelは15W級のプラットフォームに市場性があると見込む |
TDPが2分の1以下に下がると、ノートPCはどうなるのか。実はバッテリー駆動時間にはあまり影響しない。バッテリー駆動時間に大きな影響を与えるのは、平均消費電力であって、消費電力の最大値と考えられるTDPではないからだ。TDPが半分になったからといって、平均消費電力まで半分になるわけではない。
そもそも現在のノートPCにおいて、CPUがその消費電力占める割合は20%前後と考えられる。消費電力に占める割合が最も大きいのは液晶ディスプレイで、ハードディスクなどのストレージ、電源部なども大きな割合を占めており、プロセッサの消費電力値、特にTDPの削減がバッテリー消費に与える影響はそれほど大きくない。
TDPの削減が最も大きく影響するのは、ヒートシンクなどプロセッサ冷却機構の小型化だ。一般にTDPが大きくなればなるほど、大きなヒートシンクが必要となり、ノートPCが大きく厚くなる。ヒートシンクを含めたノートPCの冷却機構は、プロセッサが最も熱くなる時(つまりは最も消費電力が大きくなる時)に、プロセッサを安全な温度まで冷やせるよう、設計される。TDPが熱設計時消費電力と訳されるように、TDPはヒートシンクを中核としたPCの冷却性能を規定する値だ。
プロセッサのTDPが小さくなれば、それだけヒートシンクを小さくできるから、ノートPCを小さく薄くできる。小型のヒートシンクは重量の点でも有利ではあるが、大きさ(体積)に比べると影響は小さい。つまりIntelは、プロセッサのTDPを抑えることで、ノートPCを薄くしようとしているわけだ。逆に言えば、今までIntelはノートPCの薄さをそれほど気にしていなかったことになる。
●ボリュームは15.6型が最も大きい現在、最も売れ筋のノートPCは、15.6インチワイド液晶を搭載した、2スピンドルノートPCである。重量は2.6kg程度で、厚さは35mmほど。日本国内、世界を問わず、売れ筋のノートPCはおおむねこういうスペックであり、天板の色やデザインを別にすれば、どのメーカーを買っても同じ、などと言われることさえある。
このクラスのノートPCに無理なく収まるヒートシンクで冷却可能なTDPが、35W~45Wということになる。また、このサイズを前提にするなら、プロセッサのTDPを下げてもあまり意味がない。CPU以外のパーツの大きさにより、筐体内部のレイアウトはほぼ決まっており、ヒートシンクが小さくなっても、全体が小さく薄くなるわけではないからだ。したがってTDPを35W~45Wに維持したままで、性能を高めた方が喜ばれる。
IntelのノートPC向けメインストリームプロセッサは、基本的にこのような考え方に基づいてラインナップが決められてきた。もちろんIntelだって持ち運び用として、軽量で薄いノートPCが望まれていることは知っている。が、市場規模が小さく、ボリュームが出ないニッチ、わざわざターゲットにして製品開発するまでのことはない市場だと考えてきたわけだ。
●小型軽量ノートを見直すきっかけになったネットブックそれを見直すきっかけになったのは、やはりネットブックだ。ネットブックは、安価なAtomプロセッサを採用したため、ヒートシンクは必然的に小さくなる。コストの関係から小型の液晶ディスプレイが選ばれ、光学ドライブは省略された。これによりネットブックは、「結果として」メインストリームノートPCより小さく、薄く、軽いノートPCとなった。これがIntelの予想を超えて売れた。しかも、成熟市場でもはや大幅な伸びが難しいと考えてきた、日本や米国、欧州などの先進国市場でヒット商品になった。
ネットブックに続いてIntelは、CULVを市場に投入した。コンシューマー向けに、メインストリームよりも性能は劣るものの、薄く軽量なプラットフォームを提供してみたわけだ。多くのCULVノートPCがシングルスピンドルになっているのは、小型のヒートシンクを採用可能、つまりはPCを薄型にすることができる、というCULVのメリットを訴求するためだと考えられる。
それまでシングルスピンドルのノートPCは、こと海外においては完全にニッチ扱いでしかなかった。が、ネットブックという先例があったせいか、シングルスピンドルのCULVノートPCは市場に受け入れられた。残念ながら、2011年時点において、ネットブック、CULVとも一段落してしまった感はあるものの、軽量・薄型・安価というバリューポジションに、潜在的に大きな新市場があることを、Intelはネットブックで気づき、CULVで確認したのである。これは、薄さという価値が、性能という価値とトレードオフし得る、ということにほかならない。加えて、ネットブックやCULVノートPCが、メインストリームのノートPC市場をほとんど浸食しなかった点も、Intelにとっては心強かったことだろう。
先日発表されたThinkPad X1を見れば分かるように、TDP 35Wクラスのプロセッサを使っても、薄型のノートPCを作ることはできる。だが、薄型のノートPCにTDP 35Wクラスのプロセッサを収めるには、冷却に高度な工夫が必要となり、結果として製品価格が上昇する。性能が同じだとして、薄くする代わりに高い製品と、分厚いが安い製品はどちらが売れるのか、という対比では、量が出るのは後者だというのがこれまでの結論であり、それは今後も変わらないだろう。ThinkPad X1の位置づけもプレミアムモデルであり、企業の大量一括導入を目指すボリュームモデルではない。
レノボ「ThinkPad X1」 |
●TDP 15Wクラスを積極的に展開する戦略へ
今回のInvestor MeetingでオッテリーニCEOが打ち出した、TDP 15W級のデザインターゲットは、従来のCULVをさらに強化、発展させようとするものだと考えられる。TDP 15W級のプロセッサであれば、価格の上昇なしに、薄型の筐体に収めることができる。その代わりに性能面では若干の犠牲が必要になるだろう。その点ではCULVと変わらないが、プラットフォームとしてもっと積極的にプッシュしていく、ということだと思われる。
もし、メインストリームノートPC向けプロセッサの性能を維持したままで、TDPを35Wから15Wへ引き下げようとすると、極端に歩留まりが低下し、価格が跳ね上がってしまう。もちろん、メインストリームノートPCは薄くなるだろうが、多くの日常的にPCを持ち運ばないユーザーにとって、それは比較的どうでも良いことだ。メインストリームノートPC向けプロセッサのTDPが下がるとしても、今回の半分以下といったドラスティックなものではなく、35Wを32Wへ、45Wを40Wへ、といった漸進的なものになるだろう。
TDP 15Wのプロセッサをリリースする最大の理由はノートPCの薄型化。成長分野と見られるタブレットデバイスに対抗するためにも、ノートPCの薄型化は不可欠と考えているのだろう |
おそらく2012年の第1四半期、IntelはIvy Bridgeという開発コード名で知られる次世代のプロセッサをリリースする。Ivy Bridgeは、改良型のマイクロアーキテクチャ(Sandy Bridgeベース)に新しい22nmプロセスを組み合わせるTickのプロセッサだ。ここでの目玉はプロセス技術の更新にある。
22nmプロセスでは、ノードルールの微細化とともにTri-Gateトランジスタが導入され、さらなる性能向上と省電力化が期待されている。だが、だからといってIvy Bridgeになって全体としてTDPが下がるかというと、おそらく変わりはしない。その理由はすでに述べた通りだ。TDPを維持したまま、性能を引き上げてくるだろう。ただし、平均消費電力は低下することが期待されるため、バッテリー駆動時間は伸びる傾向にあるだろうが、PC全体に占めるプロセッサの消費電力の割合を考えれば、それは劇的なものではない。
そこにTDP 15Wの設計目標が加わるというのは、ULV~LVクラスの品種が増え、上位に比べれば絶対性能は低くなるものの、薄型のPCを設計しやすくなる、ということを意味する。22nmプロセスが省電力化することを考えれば、従来のULV~LVプロセッサよりは、メインストリームプロセッサに対する性能上のハンディキャップは減少するだろう(が、なくなるわけではない)。
PCが誕生しておおよそ30年が経過した。30年という時間は、1つの製品を成熟させるに十分な長さだ。そうそう、アッと驚くような画期的な革新は起こりにくくなっている。それでも、毎年、毎年、少しずつ改良は続けられているのである。