元麻布春男の週刊PCホットライン

Tick-Tockモデルのリスクが露見したIntel 6シリーズの不具合



 米国時間2011年1月31日、Intelは第2世代Intel Coreプロセッサー・ファミリー(開発コード名Sandy Bridge)に対応した、6シリーズチップセット(同Cougar Point)のSATA 2.0ポート(3.0Gbps対応)に、時間経過と共に性能が低下する設計上の問題があると発表した。なおSATA 3.0ポート(6Gbps)やオンボードに追加されたサードパーティ製のSATAおよびATAコントローラはこの問題の影響を受けない。

 この不具合は、正式出荷されたすべての6シリーズチップセットに起こり得るもので、すでに出荷停止の措置が取られている。出荷済みのマザーボードやシステムに関しては、OEMやメーカーと協力し、変更あるいは交換を行なうとしており、具体的な手順等については、これから発表される見込みだ。

 この発表を受けて、いわゆる自作を主流とする秋葉原等の店舗では6シリーズチップセットを搭載したオリジナルブランドPCやマザーボードの販売がすでに停止されている。メーカーが交換するといっても、実際の作業は店舗で行なわれる可能性も高いことを考えれば、わざわざ手間を増やしたくない、というのが正直なところだろう。Sandy Bridgeは人気が高く、ここにきて品不足だったCore i7-2600KやCore i5-2500Kといった倍率アンロック版の在庫も回復してきたタイミングだっただけに、余計に残念な事態となってしまった。

 また、メーカー製のPCについては、一部のデスクトップPCの出荷が始まり、続々とSandy Bridge搭載PCの発表/発売が行なわれている最中だっただけに、完全に出鼻をくじかれた格好だ。新製品への切り替えを見越して、すでに旧製品の製造・出荷は絞っていただろうから、SCM的に2月に売る商品があるのかちょっと心配になる。AMDのBrazosプラットフォームは、Core i5やCore i7とは市場セグメントの異なる、CULV対抗のプラットフォームだ。

 Intelは2月下旬から修正版チップセットの出荷を再開し、4月には通常の出荷体制に回復するとしているが、これではどんなに早くても、搭載PCの出荷は3月中旬以降になってしまう。3月末から4月上旬の新生活スタートシーズンにSandy Bridgeが間に合うかどうか、微妙な情勢だ。

 このSandy Bridgeに関しては、業界のウワサとして、モバイル版(ノートPC)については当初の予定より遅れる可能性がささやかれていた。1月9日に発売となったデスクトップPC版に対して、モバイル版は2月下旬、あるいはさらに遅れる、というウワサさえあった。この遅れの理由が、今回のチップセットの問題をIntelが事前に把握していたからだとは思いにくい(それならばデスクトップPC向けにも影響が出るハズ)が、何かあったのかもしれない。

 ただ、プレスリリースに「今回の問題を解決した新しいチップセット製品の製造を開始しています」と書かれていることから考えて、1月の中旬くらいには問題を把握していたのではないかと思われる。このタイミングでの発表は、不具合の原因が判明し、その対策が完了したことを示したものだろう(Intelは社内にマスクショップを持っているので、比較的短時間でフォトマスクの修正が可能)。一般的に半導体チップの製造(シリコンが工場に入ってからチップとして完成するまで)には1カ月近くかかると言われていることを考えても、発売前から問題を認識していたわけではないと思われる。Intelは、交換作業を含む今回の問題の処理費用を7億ドル、該当期間に失われる売り上げを3億ドルと見積もっているが、これだけの損失を考えれば、さすがに出荷を停止した方が良いと判断するだろう。

●チックタックに潜むリスク
Intelが採用するTick-Tockモデル。マイクロアーキテクチャの更新とソケットの更新が同タイミングとなってしまう

 さて、今回の問題で明らかになったことの1つは、チックタック(Tick-Tock)モデルに潜むリスクだ。Intelは2年でプラットフォームを更新するTick-Tockモデルを採用しており、Sandy Bridgeはマイクロアーキテクチャの更新を行なうTockのプロセッサである。この次の、新しい製造プロセスへのシュリンクを行なうTickのプロセッサであるIvy Bridgeとセットでイスラエルのデザインチームが手がける。Sandy Bridgeのシュリンクをオレゴンが行なうのは不可能ではないとしても無駄が多いし、逆にオレゴンが開発したNehalemのシュリンクをイスラエルで行なうのも効率が悪いと容易に想像できる。

 このモデルでは、マイクロアーキテクチャの変更を行なうTockのタイミングで、ソケット(チップセット)が変わる可能性が高い。Tickのタイミングでソケットを変えると、オレゴンが定義したソケットで、イスラエルが新しいマイクロアーキテクチャを実装することになったり、その逆が起こる。これも効率が悪そうだ。開発チームをオレゴンとイスラエルの2拠点体制にする以上、マイクロアーキテクチャとソケットは、同時に更新した方が効率が良い。

 Pentium 4の時代、ソケットやチップセットの更新は、プロセッサのマイクロアーキテクチャの途中で行なわれることが多かった。これにより、プロセッサの更新とチップセットの更新のタイミングをずらし、リスクを軽減することが可能だった。が、このモデルは1つのマイクロアーキテクチャを長く引っ張りすぎる(技術革新が遅れる)という反省があり、オレゴンとイスラエルの開発2拠点体制の導入もあって、今のTick-Tockモデルとなった。Tick-Tockモデルというのは、マイクロアーキテクチャの更新と製造プロセスの更新を1年ごとに行なうというモデルであると同時に、オレゴンとイスラエルが2年サイクルで開発を担当するというモデルでもある。

 これまでは、このTick-Tockモデルがうまくいってきたが、今回、初めてリスクが露見した格好だ。せっかく新しいプロセッサ(Sandy Bridge)があるにもかかわらず、チップセットの不具合で事実上販売できなくなってしまった。Sandy Bridgeが、Westmere世代のLGA1156マザーボードで利用できれば、製品単価の高いプロセッサの出荷/販売は続けられたハズだが、それは言ってもしょうがないこと、Tick-Tockモデルが負うべきリスクということなのだろう。

 とはいえ、こうした半導体チップにまつわるトラブルは、何もこのCougar Pointが初めてではない。一番有名なリコールは、1994年10月に明らかにされたPentiumプロセッサのFDIVのバグに関するものだ。この時、Intelは求めるユーザーに対し、全プロセッサの交換を行なった。筆者の手元にも該当のプロセッサがあったが、結局、交換しなかったように記憶する(それほど影響の大きくないバグだったので、交換が面倒だった)。

CC820交換プログラムの際に、交換したVC820の箱に入っていた手紙

 2000年5月には、Rambus(RDRAM)に対応したIntel 820チップセットに、通常のSDRAMを組み合わせるためのMTH(Memory Transfer Hub)の不具合が見つかり、すでに出荷済みのマザーボード等の交換を行なった。この時Intelは、MTHを搭載した純正のCC820マザーボードを、820チップセットでRDRAMに対応したVC820マザーボードと128MBのRDRAMモジュールの組合せに交換した。交換用のRDRAMの数を揃えるのが大変であったため、RDRAMはPC800(400MHz)とPC700(350MHz)が混在する結果となった(どちらが送られてくるかは運次第)が、メモリなしのマザーボードとマザーボード+メモリの交換であったため、大きな苦情はなかったと記憶する。

 このメモリの調達費用も含め、この時のリコール費用は5億ドル近くが計上されていたハズだ。ただし、サードパーティ製マザーボードの多くでは、このようなメモリとセットにした交換は行なわれなかったから、不満に思うユーザーもいたことだろう。結局、Intelが作っているのは部品の一部(チップセット)に過ぎず、最終製品となるマザーボードはサードパーティの商品である。それをIntelが勝手に交換するわけにもいかず、最終的な作業は各ベンダーに任せるしかないのである。

●ベンダーや代理店のサポート力が問われる

 今回のチップセットの不具合に対しては、おそらくこのMTHの時のような、マザーボードの交換が行なわれることになるだろう。ただ、820チップセット搭載マザーボード/システムの一部がリコールとなったMTHの場合と異なり、今回はすべての6シリーズチップセット搭載マザーボードが対象となる。出荷は始まったばかり(累計出荷数は少ない)とはいえ、新製品の販売が事実上できなくなるという別のダメージは大きい。MTHの時は、交換するための製品がすぐに用意できたが、今回は1カ月近く、あるいはそれ以上の期間、代替品を用意できないという側面もある。そういう意味において問題はより深刻だし、何より新製品のイメージにケチがついてしまった。

 MTHの時と同様、実際にマザーボードの交換を行なうのは、各マザーボードベンダーであり、その販売代理店となる。望ましい形ではないかもしれないが、ベンダーや販売代理店のサポート力が試される。ユーザーとしては、こうしたトラブルの対応について、どのようなサポートが行なわれたか、覚えておき、次回の製品選びに役立てるくらいしか対策のとりようはない。

 というのも、こうしたトラブルや不具合は、完全に避けることができない性質のものであるからだ。全品交換となるような大規模なリコール以外にも、2000年8月にはPentium III 1.13GHzがリコールになった(ただし、このプロセッサは限定版的なもので、日本国内にはほとんど出荷されていない)し、2004年6月には約1週間の生産量に相当するICH6が製造上の問題によりリコールされるなど、ちょこちょこと問題は起こっている。

 1つのチップに集積されるトランジスタ数が10億を超えるほど、半導体は複雑化している。人間のやることだから、どんなにチェックをしても、ミスを完全になくすことは難しい。ましてや、フォトマスクから大量の複製を作る半導体では、間違いさえも大量に複製される。ミスがあってもリカバリできるよう、さまざまな工夫が施されているが、それでも100%ではないということを今回の不具合は示している。同様の事故は将来も起こり得る話であり、自分でPCを組むということは、そうした場合に自分で対処する、ということでもあるわけだ。