■元麻布春男の週刊PCホットライン■
ディスプレイの主流が液晶パネルになって、大きく普及したものの1つがマルチディスプレイ環境だ。CRTディスプレイでもマルチディスプレイ環境を構築することは可能だったが、重量、設置スペース、消費電力と熱などの理由で、それほど普及していなかった。
薄型・軽量な液晶ディスプレイが安価になるにつれて、1台のPCに複数のディスプレイを接続するユーザーが増え、OSも標準でマルチディスプレイ環境をサポートするようになった。中級クラス以上のグラフィックスカードであれば、2系統のディスプレイ出力をサポートしたもの、特に2系統のデジタル出力をサポートしたものが当たり前になっている。
マルチディスプレイを利用するメリットは、もちろん画面表示エリア(画素数)を広くとることが可能なことだが、同じ表示画素数を1台の大型ディスプレイで実現するより、はるかに安くつくことも見逃せない。液晶の表示方式(IPS/VA/TN)や画質の差に目をつぶれば、2,560×1,600ドットの表示域を持つ30インチワイドディスプレイ(15万円~25万円)より、1,680×1,050ドットの表示域を持つ22インチワイドディスプレイ(15,000円~60,000円程度)を3台購入した方がはるかに安価だ。
逆に何かと厄介なのは、ビデオカード側の対応だろう。中級クラス以上のビデオカードであれば、2系統のデジタル出力をサポートしたものが珍しくないが、マザーボードのオンボードグラフィックスだと、1系統しかないこともある。3台目以降のディスプレイを追加する場合は、ビデオカードの増設が必要になるが、省スペースタイプPCの場合、ビデオカード用のPCI Express x16スロットを複数持つ製品は多くない。
2ポートの出力を持つビデオカードの場合も、両方の出力にHDCPによる保護を付与できるとは限らないし、環境によっては動画の再生がプライマリディスプレイでしか認められないこともある。こうしたマルチディスプレイ環境ならではの問題は、ドライバの問題がからむ上、実際に使ってみるまで分からないことが少なくない。
こうしたマルチディスプレイ環境構築時の負担を、大幅に軽減するのではないかと期待されている技術の1つが、「DisplayPort」だ。VESAが標準化を進めるデジタルディスプレイインターフェイスであるDisplayPortは、ディスプレイデータやサウンドデータ(オプション)をパケット化し、シリアルインターフェイスで伝送するアーキテクチャを持つ。送り先のディスプレイのアドレスを指定してパケットを送ることで、1本のケーブルによるデイジーチェーンでマルチディスプレイ環境を構築することが技術的に可能だ。
こうした利点は、DisplayPortの規格化当初から挙げられてきたが、現時点では製品化レベルでの実用化は行なわれていない。現行の規格(DisplayPort 1.1a)でもまだ定義されておらず、間もなく登場すると言われる次のDisplayPort 1.2で、Multiple Streamsとして盛り込まれることになっている。
このMultiple Streamsの機能をDisplayPort 1.1aベースの機器に与えようというのが、IDTの「VMM1300」だ。VMM1300は、DisplayPortのソース(デジタルディスプレイ出力)を複数のディスプレイに配信するチップで、最大3台のディスプレイをサポートする。VMM1300を用いることで、外付けのドングル(DisplayPort 1.2ではハブと呼ばれる見込み)、あるいはディスプレイ自体に内蔵させてデイジーチェーン可能なディスプレイを構成することができる。
このVM1300は6月15日に発表される予定だが、それより一足早く、都内の日本IDTでデモと説明会が開催された。使われたのはVMM1300を用いたドングル。1つのディスプレイ出力を最大3台のディスプレイに出力する。これをWindowsマシンとMacBookに接続してデモが行なわれた。
来日しデモと説明を行なったIDTのジ・パーク副社長 | 複数のグラフィックスカードやUSB接続のアダプタを用いたマルチディスプレイ環境の制約 |
ドングルは、DisplayPortのバスパワー(3.3V、1.5W)で駆動され、特に外部電源等を必要としない。PCやMacにドングルを接続すると、その時点でドングルが通電され、リンクトレーニングが行なわれて約3秒後にディスプレイ表示が行なわれる。このドングルではディスプレイを接続するポートにより、ディスプレイにアドレスが割り振られるが、デイジーチェーン可能なディスプレイであれば、ソースに近いディスプレイからアドレスが割り当てられるという。
ドングルに接続されたディスプレイは、3台分のディスプレイ表示域を合成した拡張デスクトップとして利用することも、3つのディスプレイに同じ内容をミラー表示することも可能だ。デモではホスト側で表示解像度を変更することで、拡張デスクトップとミラーの切り替えを行なっていた。ハブ構成の場合、1台のディスプレイを消すと、デスクトップは2台のディスプレイに自動的に縮退したが、デイジーチェーンの場合は、ソースに近いディスプレイの電源を落とすと、それより遠いディスプレイの表示が失われる。
これらのデモはWindows PCとMacBookの両方で行なわれたが、いずれの環境においてもドライバ等の組み込みは必要としない。ソフトウェアに依存しないこともあって、WindowsとMacで機能性もほぼ同じだ。また、HDCPはソースがサポートしていれば、すべての出力ポート(ディスプレイ)に対してHDCPによる保護が付与された出力が行なわれるということであった。
上述したように、DisplayPortのデータはパケット化されて送られる。パケットのデータ構成はフレキシブルで、解像度や色数、リフレッシュレート等を自由に設定することが可能だ。言い替えると10.8Gbpsで4台や5台のディスプレイをサポートすることも可能なわけだが、XGA(1,024×768ドット)のディスプレイを10台接続してもあまり実用性はない。3台というのは、10.8GbpsというDisplayPort 1.1aの帯域と、ディスプレイサイズ(解像度)を勘案したものなのだと思われる。
ということは、帯域が2倍になるDisplayPort 1.2に準拠した製品であれば、もっと柔軟な構成(解像度を増やす、ディスプレイの台数を増やす)も可能になる。また、すでにIDTでは、次世代製品の開発も行なわれているようで、このVMM1300ではサポートされない機能も追加される見込みだ。たとえばサウンド出力のサポート、ダイナミックなディスプレイの回転といった機能だ。
現在のVMM1300はサウンド機能をサポートしていないが、次世代品ではサポートする予定だという。その形態だが、接続されたすべてのディスプレイに同じデータが送られるようで、たとえば一番左のディスプレイにレフトチャンネル、右端のディスプレイにライトチャンネルといったものにはならないらしい。本格的なサウンド機能が欲しい場合は、ディスプレイ内蔵スピーカーではなく、外付けのオーディオ機器に接続するべき、ということなのだろう。
利用中のディスプレイの回転は、ディスプレイの解像度がダイナミックに変化することを意味する。要するに1,600×1,200ドットのディスプレイが、1,200×1,600ドットのディスプレイになるわけだ。しかし、VMM1300は利用中に、ディスプレイ解像度が変化することを想定していない。この機能は次世代品では実現する見込みだという。
気になるVMM1300搭載製品の価格だが、IDTはチップを販売するだけで、最終製品を販売するわけではない。が、デモに使われたドングルの希望小売価格は当初で150ドル以下、というあたりになりそうだという。内蔵ディスプレイは、ディスプレイそのものの価格にも依存するが、数千円程度の上乗せになるのではないかと思われる。
ケーブル1本でのマルチディスプレイは、今のところDisplayPortだけの機能であり、できるだけ手頃な価格で提供して欲しいところだ。そういう意味ではVMM1300の機能をIPとして、他社、たとえばGPUやチップセットの開発を行なうベンダに提供すれば、とも思うが、IDTはIPビジネスは手がけていないという。とりあえずはIDTのチップを内蔵した製品の登場を待つしかないようだ。
3台のディスプレイにWindowsの拡張デスクトップを表示 | 同じことがそのままMacでも可能 | Macからは横長の大きなディスプレイに見えている |
もちろんミラー表示も可能 | デモに使われたVMM1300内蔵のドングル | Macでのデモに使われたMini DisplayPort とDisplayPortの変換アダプタ。現時点でAppleはこの変換アダプタを一般には販売していない |