■元麻布春男の週刊PCホットライン■
昨今、話題になっている事象の1つに携帯電話の「SIMロック」がある。携帯電話端末を、特定の契約者番号が書かれたSIMカードでしか動作しないようにする行為が「SIMロック」であり、ユーザーが自由に端末とキャリア(通信インフラ提供会社)を選択できない象徴のような扱いを受けている。が、SIMロックを解除すれば、ユーザーには明るい未来が約束されるのだろうか。
話を進める前に、まず筆者の基本的な考え方を述べておく。筆者はSIMロックが「良い」とは思っていないが、事業の形としては「アリ」だと思っている。また、ユーザーが自由にキャリアや端末を組み合わせられない問題の本質は、SIMロックとは関係ないとも思っている。
●SIMロック解除で端末すべてのサービスを受けられるとは限らないさて、SIMロックが問題になるのは、SIMロックがなければ、ユーザーは自由に端末とキャリアを組み合わせられるのに、という思惑からだろう。確かにSIMロックが自由な組み合わせを妨げている直接的な要因になっているのは事実だが、SIMロックがなければユーザーが自由に端末とキャリアを組み合わせられるとは限らない。
図1は、わが国で「ガラケー(ガラパゴス携帯)」と呼ばれている、わが国固有のサービスや機能を持った携帯電話のモデルだ。ここでもSIMロックにより、端末は通信インフラと結びつけられているが、仮にSIMロックを外したところで、端末が自由にキャリアを移れるというわけではない。NTTドコモ/ソフトバンクとauのように、通信方式が異なる場合はもちろん、通信方式が同じで周波数帯も近接したNTTドコモとソフトバンクでさえ、自由に端末とキャリアを組み合わせられるわけではない。それは端末に組み込まれたアプリケーションの多くが、キャリアが提供するサービスと一体になっており、キャリアを移動することで使えなくなってしまうからだ。
【図1】日本の携帯電話のSIMロック |
通話だけできれば良いというのであれば、端末とキャリアの組み合わせの自由度は上がるだろうが、それでユーザーが満足しないのは、MNP(Mobile Number Portability:番号ポータビリティ)が不発に終わったことでも明らかだ。そもそも通話さえできれば良いというユーザーは、端末のSIMロック解除にそれほど興味を持っていないのではないかと思う。
SIMロック解除が話題になる大きな理由は、それを行なうと大きな恩恵を受けられそうな別の種類の端末が存在するからだ。図2は、いわゆるスマートフォンのSIMロックモデルだが、スマートフォンではサービスがキャリアから独立している。つまり、キャリアを乗り換えてもユーザーは使い慣れたアプリケーション/サービスをそのまま使い続けることができる。
【図2】スマートフォンのSIMロック |
このモデルならSIMロックを解除するメリットは大きそうだが、長期的にうまくいくとは限らない。もしこうしたモデルのスマートフォンの市場シェアが増加すれば、キャリアはその対策を講じてくると考えられるからだ。図2のモデルではキャリアは単なるインフラ会社(いわゆる土管屋)であり、付加価値を持ち得ない。それは事業としての旨みが少ない、ということでもある。
それを回避するためにも、おそらく独自のサービスに依存したアプリケーションを、自社で販売するスマートフォンにバンドルすることで、付加価値をつけられるようにするだろう(図3)。これであれば、ユーザーが他のキャリアに乗り換えた場合、アプリケーションBの部分が利用できなくなるという「痛み」が生じる。
【図3】インフラ依存サービスによるスマートフォンの囲い込み |
確かに、現時点でスマートフォンユーザーのキャリア間移動を妨げているのはSIMロックかもしれないが、おそらくそれは本質的な問題ではない。本質的な問題は、端末の仕様を決め、販売するのがキャリアである、ということだ。そこに何らかの変化(完全な分離あるいは一定の規制)がない限り、SIMロックがあろうとなかろうと、結局はユーザーが端末とキャリアを自由に選択することはできなくなるだろう。
逆に、図2のモデルをSIMロック解除したからといって、すべての問題が解決するわけでもない。たとえばiPhone以外の端末でiTunesのサービスを利用したいというユーザー、あるいは端末メーカーは多いハズだ。しかしiTunesは、端末メーカーであるAppleが展開するサービスであり、他の端末にはそのサービスを解放していない。Hewlett-Packard(HP)に買収される前のPalmとAppleの間で、一悶着あったのを覚えている人も多いだろう。可能ならば端末とサービスの間の依存関係をなくし、サービスを中立にできた方が良い。
こうした問題を解消するあり方の1つは、図4のように通信インフラ、サービス、端末をすべて分離した世界だ。アプリケーションは端末に依存できなくなるから、ブラウザでの利用が主体になるかもしれない。4Gの周波数割り当てを行なう際にでも、入札者が端末を販売すること、特定のキャリアに依存したサービスを行なうことを禁じれば、ある程度は水平分業が成立する可能性はある。この図4のような世界なら、ユーザーは端末とサービス、キャリアを自由に選べそうだ。
【図4】完全な水平分業の世界 |
しかし、これでもすべての問題が解決するわけではない。スマートフォンから特定のサービスに依存したアプリケーションを排除するのは、スマートフォンの自己否定にもつながりかねない。場合によっては、この分野に強い海外ベンダーから、非関税障壁としてやり玉に挙がりそうだ。また、完全な水平分業が成立し、それだけが有効なビジネスモデルとなった時、国内の端末ベンダが生き残っていけるのか、ということも考えておくべきポイントだろう。世界シェアの大きな端末ベンダーが国内でも主流になることで、端末の価格は下がるかもしれないが、長期的に国益につながるのかどうか、考えねばならないと思う。
スマートフォンに限らず、特定のサービスを前提にするからこそ、革新的なアプリケーションが開発されるという側面は否定できない。おサイフケータイや携帯電話によるワンセグ放送の受信など、キャリアの主導により実現したサービスやアプリケーションは多数ある。それが行き過ぎて、いわゆるガラパゴス化を招く要因になったのだとしても、新しいサービスやアプリケーションの開発自体は否定されるべきものではない。
●iPhoneで注目されるようになったSIMロック問題SIMロックが悪者にされ、SIMロック解除を待望する声が大きい現在だが、実際にはわが国でもSIMロックフリーの端末が販売されていたことがあった。事実上撤退したノキアや、一部のスマートフォンには、SIMロックされていない端末が存在した。しかし、当時はほとんど話題にさえなっていない。その理由は2つ。1つは端末の魅力が必ずしも十分ではなかったこと、もう1つは端末の価格が高かったことだ。
SIMロック解除が注目されるようになった最大の理由は、iPhoneとそれに対抗するために生まれているAndroid携帯など、魅力あるスマートフォンの登場だ。iPhoneが登場しなければ、SIMロック解除など、一部のマニアだけが注目するマイナーな話題に過ぎなかっただろう。要するに、iPhoneという魅力のある端末がソフトバンクの独占販売となっているから、それを可能にしているSIMロックの解除が叫ばれているわけだ。
しかし、iPhoneがソフトバンクの独占販売となっているのは、ソフトバンクだけに責任があるわけではない。もう一方の当事者として、Appleがそれを認めているからこそ、独占販売(独占契約)が成立している。そして、ソフトバンクの独占販売が成立したのは、NTTドコモが飲めなかった契約条件をソフトバンクが飲んだからであり、商習慣としてそれは尊重されなければならない。そういう意味では、NTTドコモはiPhoneという1デバイスの影響力の大きさを見誤ったわけであり、責任の一端はNTTドコモにもある、と言えなくもない。
もう1つの価格も、SIMロック解除と切り離すことができない問題だ。SIMロックされた端末は、特定のキャリアで利用する(そのキャリアへの収入が保証されている)ことを前提に低価格で売られている。それは何も日本に限ったことではなく、米国やヨーロッパでも変わらない。そして、少なくとも米国で売れている端末のほとんどは、SIMロックされた端末だが、それはSIMロックされていない端末が相当に高価であるからだ。そもそも、Verizon WirelessやSprintの端末にはSIMカードが存在しない(通信方式がCDMAのため)から、SIMロックが問題になることさえない(もちろんこうしたSIMカードのない端末は特定キャリアでしか使えない)。
多くの国と国境を接する(他のキャリアを利用する機会が増える)ヨーロッパでは、もう少しSIMロックフリー端末の比率が上がるかもしれないが、それでも安価なSIMロックされた端末の方がシェアは上だろう。SIMカードを差し替えて使いたい(電話番号が変わっても通信費の安い現地キャリアを使いたい)という人よりも、ローミングで済ませる人(多少、通信費が割高になっても同じ電話番号をキープしたい人)の方が、割合としては多いのではないかと思われる。
おそらく、売られている端末のほとんどがSIMロックフリーであるのは、中華圏の国だ。が、それはSIMロックが彼の国ではほとんど意味を持ち得ない、ということが理由として大きいと思う。少なくとも、多くの国でSIMロックフリー端末は存在するが、世界的にそれが主流ということはない。
●理想的なケータイ市場とはそういう状況で、なぜ総務省がSIMロックフリー化を推進したいのか、筆者にはよく分からない。言い方を変えれば、SIMロックを解除することで、どのような世界の構築を目指したいのかが、ピンとこない。SIMロックを全面的に解除してしまえば、失うもの(初期コストの安さ)もある。SIMロックの時限化を行なったところで、3年前の端末を持ってキャリア間を移動することにどれだけの意味があるのかも分からない。というより古い端末を使い続ける人(端末の新機能に興味を持たない人)は、SIMロック問題にそれほど関心を持っているのだろうか。
ユーザーのキャリア間の移動を促進したいというのであれば、SIMロック解除だけでは十分ではない。たとえば着うた等のコンテンツに施されたDRMは、ユーザーのキャリア間移動どころか、機種変更さえ阻害している。SIMロック解除を政策としてかかげるのであれば、DRM解除も掲げるべきではないのか。少なくとも、DRMはSIMカードを暗号鍵として使うなどして、SIMカードとコンテンツを結び付け、端末やキャリアを超えて移動可能にするべきだろう。
かくいう筆者は、図5のような形が理想的な世界ではないかと思っている。つまり、1つの市場の中で、さまざまなビジネスモデルが共存可能な世界だ。ガラケー(端末C)やスマートフォン(端末A)はもちろん、端末、サービス、通信インフラが独立したモデル(端末B)から、すべてが1つに統合されたモデル(端末D)まで、おのおのが独自の魅力を持ち、市場で競争力を持ち得る世界である。アプリケーションが端末にくっついているのは、携帯電話の世界では、PCのようなハードウェアの標準化はとりあえず起こらないのではないか、と筆者が考えていることを表す。
【図5】筆者が考えるさまざまなビジネスモデルが共存可能な世界 |
もちろん、これは筆者が考える1つの理想であり、異なる理想を考えている人もいることだろう。実現性についてもどの程度あるかは分からない。が、こうした世界を目指すべきではないか、政策的な誘導を行なうべきではないか、とは思っている(それで実現するという保証も全くないが、目指すということが大事だ)。弊害もあるにせよ、キャリア主導のサービスによって実現した機能は少なくないし、スマートフォンのように端末とサービスが密接に連携することで、新しい利用モデルが誕生することもある。要は、市場の成長を持続させるには、多様性を維持し続けることが重要だと思っており、それをいかにして担保するかが政策的な課題ではないかと考えている。その枠組みの中で、SIMロックがどうあるべきか、という議論もなされるべきだろう。