大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
「熱中時代」のロケ地を利用した「熱中小学校」とは?
~IT業界有志が取り組む廃校利用による地方創生
(2015/11/30 06:00)
IT業界を巻き込んだ形で、“熱中小学校”と呼ぶ地方創生の動きが注目を集めている。
中心となっているのは、かつて日本IBMで常務取締役を務め、19年前のDOS/V誕生の立役者の1人であるとともに、ThinkPadのマーケティング戦略において陣頭指揮を執った、オフィスコロボックルの堀田一芙代表。自らは「用務員」という立場を名乗り、裏方にまわるが、日本IBM時代からのユニークな発想で、この社会人学習の切り口から、地方創生に取り組んでいる。現地を訪れて、その取り組みを追ってみた。
大人になって、もう一度、7歳の目で世界を見る
熱中小学校は、「もう一度、7歳の目で世界を見る」ことを掲げ、30代、40代の男女を中心にした社会人学習を行なうものだ。
山形県高畠町の廃校となった小学校の校舎を使い、各分野の第一線で活躍した有識者が教諭となり、ベンチャーを目指す人たちを対象に授業を行なう。
「これまで第一線で活躍し、達成感を持った教諭陣の話を聞くことで、生徒となる人たちに、やる気を出してもらうこと、ものごとの見方を変えてもらうこと、そして、刺激を与えたいと考えている。単に、『話を聞いてよかった』で終わるのではなく、生徒同士の交流を生んだり、新たなビジネスを生んだり、高畠の魅力を外に発信するきっかけになることを目指している」と堀田代表は語る。
運営母体となるのは、廃校再生プロジェクトNPO法人「はじまりの学校」。理事長には地元ソフトウェアベンダーのNDソフトウェアの佐藤廣志社長が就任。サッカーJ2のモンテディオ山形が本拠とする同県内のスタジアムのネーミングライツを9年続け、「NDソフトスタジアム山形」とするなど、地元では名前が知れ渡ったIT企業の1つだ。
熱中小学校では、毎月第2、第4土曜日を授業日として、半年間で約10回の授業を行ない、期初には入学式、期末には修了式を行なう。そのほか、運動会や音楽会なども行ない、生徒同士や地域住民との交流も図ることになる。
校長には、レンタルスペースや貸会議室などのWeb予約サービスを提供するスペースマーケットの重松大輔社長が就き、教頭にはアマゾンデータサービスジャパンでAWS技術統括を務め、退社後にソラコムを創業した玉川憲社長が就いた。
40代前後の2人が、校長、教頭を務めているのは理由がある。時沢小学校が今の校舎になってから、2010年の廃校までの期間が24年間。少なくとも、その歴史を超える25年間は熱中小学校を続けて欲しいと、堀田代表が考えているからだ。
「68歳の私が続けると、25年後には93歳。とても続けられない。だが、彼らであれば充分続けられる」と堀田氏は笑う。
そして、同年代の団塊ジュニアたちを、熱中小学校の生徒の主要ターゲットにしたいという思いがあることも、その世代と同じ40代前後の2人を、校長、教頭に就けた理由であると語る。
「団塊ジュニアは少子化の入口となる世代。彼らの世代にがんばってもらいたい。それを応援するのが熱中小学校」と、堀田代表は語る。
そのため、半年間の授業料も49歳までは1万円であるのに対して、50歳以上は2万円と倍額。高齢者の生徒からは、「シニア割引はよく聞くが、シニアが倍額というのは聞いたことがない」との声も上がる。それでも、50歳を超える生徒の参加も少なくない。
現在、第1期生として参加している85人の生徒の内訳をみると、50歳以上が21人と全体の4分の1を占める。最年長は77歳だ。そして主要ターゲットとしている31~49歳までが49人と、約半分を占める。最年少の生徒は19歳だ。
山形県内から51人が参加しており、残りの34人が、東京、宮城、北海道、埼玉、福島、石川、静岡、愛知からの参加。中には廃校になった小学校を一度卒業して、今回、再び熱中小学校に入学したという地元の人もいる。
生徒は、学校に通学して受講するのが基本となるが、仕事の都合などで通学できない生徒は、好きな時間に受講できるネットラーニングも導入している。ネットでの参加を含めて70%以上出席し、入学式や修了式を含めて、最低2回の授業を通学で受講すれば修了証がもらえる。
11月14日に行なわれた3回目の授業では、教室には40人以上の生徒が参加。ネットラーニングでは約20人の生徒が参加したという。
大人が真剣になって紙飛行機を飛ばす
熱中小学校という名称が付いたのには、1つの理由がある。
40代以上の読者であれば知っている人も多いと思うが、1978年~1981年にかけて、俳優の水谷豊さんが主演し、日本テレビ系列で放映された「熱中時代」という、大ヒット学園ドラマがあった。その第1シーズンのロケ地として利用されたのが、この山形県高畠町立時沢小学校である。
時沢小学校は、2010年3月に廃校となり、近くの小学校へと併合された。創立は明治7年(1874年)と古い歴史を持つが、今の校舎は1987年に作られ、28年を経過したところ。まだまだ充分利用できる。いやそれどころか、各教室や体育館、図書室、音楽室を見ても、きれいなままである。
1階の職員室は、NPO法人「はじまりの学校」の事務所として利用しているほか、高畠町の地域おこし協力隊による移住相談窓口を設置。多目的ルームは、セミナールームに改造し、熱中小学校の授業を行なっている。また、理科室では、山形大学工学部の支援を得て、3Dプリンタを設置。これを使った演習も行なえるようにしている。11月からは理科ファブと呼ぶ新たな講習会を理科室でスタート。3Dプリンタやレーザー加工機の使い方を学ぶことができる。
さらに、給食室では、地元のハム、ソーセージを製造、販売するスモークハウスファインが参加して、ここでソーセージ作りを始める予定だ。
また、2階の図書室では、まだ時沢小学校時代の小学生向けの本が残っているが、今後は、熱中小学校の授業で活用した関連資料や、参考文献をライブラリー化。教諭にお願いしている「私の推薦図書3冊」をまとめて設置。さらには生徒との質疑応答集や、受講感想まとめなどを行ない、半年ごとにebook化していくことも検討しているという。
そして、体育館では入学式や修了式を行なうほか、ドローンを飛ばした演習も行なう。10月3日に行なわれた入学式では、生徒全員が金山杉による木製の椅子を組み立てたほか、パンフレットを折って紙飛行機を飛ばし、誰が一番遠くまで飛んだかを競った。折り方や飛ばし方に工夫を凝らして、大人が紙飛行機の飛ばしあいをするということはめったにあるものではない。だが、生徒たちは真剣になって紙飛行機を飛ばしていた。
IT業界を中心にユニークに教諭陣が揃う
現在、熱中小学校には、34人の教諭が在籍している。そこには堀田氏の人脈もあり、IT業界の関係者が相次いで名前を連ねている。
ワープロソフト「一太郎」の開発、販売を行なうジャストシステムの創業者であり、現在metamojiの社長を務める浮川和宣氏は「国語」を担当。国内最大規模のグループウェアのユーザー数を誇るサイボウズの青野慶久社長は「生活」を担当。さらに、教育分野において高い実績を持つ内田洋行の大久保昇社長は「理科」を担当し、自らレーサーとしても活躍するプラネックスコミュニケーションズの久保田克昭会長は「体育」を担当する。
そのほか、元日本マイクロソフト会長の古川享氏は「新技術」を担当、元インテル社長の傳田信行氏は「国際ビジネス」を担当。そして、ThinkPadをデザインした山崎和彦氏は「図画工作」を担当する。
また、IT業界以外からは、元山形大学学長の仙道富士郎氏(現・介護老人保健施設みゆきの丘施設長)が「保健」を担当。国内でTシャツ生産を行なう久米繊維工業の久米信行会長が「道徳」、オフコースのドラマーであった大間ジロー氏が「音楽」、地元の高畠ワインの村上健社長が「家庭科」を担当する。東京・代官山の蔦屋書店のアドバイザーを務めた柳本浩市氏は「図書室」担当で参加している。そして、「PTA会長」には、元日本IBM会長であり、経済同友会代表幹事を務めた北城恪太郎氏が名を連ねている。
このように、各教諭には、国語、算数、理科、社会、道徳などの担当教科名が付いているが、授業の多くは、自らの経験などをもとに講義を行なっている。
11月14日に行なわれた2015年度第3回目の授業では、元山形大学学長の仙道富士郎氏、サイボウズの青野慶久社長、久米繊維工業の久米信行会長が授業を行ない、それぞれに「南米パラグアイとの30年のつきあいから」、「働き方の多様化」、「非道徳のすすめ」と題して、自らの経験や、今取り組んでいることなどについて言及しながら、それらを通じて学んだことや考えたこと、触発された出来事などにも触れた。普段はあまり聞くことができない話に、多くの人が熱心に耳を傾けており、活発な質疑応答が行なわれた後も、先生を囲んで会話を続ける生徒の姿が見られた。
今後、運動会や音楽会なども計画されており、運動会の実行委員長には元バレーボール全日本代表選手であり、実業家でもある三屋裕子氏が就く計画がを明らかになっている。
センサーを活用した次世代百葉箱などの実証実験も
熱中小学校で取り組んでいる実証実験の1つに、次世代百葉箱がある。小学校に必ず置かれていた百葉箱は、気温や湿度を測るためのもので、中には、温度計や湿度計が入っている。
内田洋行が中心となって取り組んでいる熱中小学校の次世代百葉箱は、気温や湿度、照度、気圧を測るためのセンサーと、監視用のWebカメラを内蔵。さらに、ソラコムが提供するIoT向けのデータ通信SIM「Air SIM」を利用した「SORACOM Air」を採用。収集したデータや画像情報は、自動的にAmazon Web Service上に蓄積。ブラウザを通じて、いつでも閲覧できるようになっている。
百葉箱が設置されるのは屋外であるため、ネットワーク環境を整備することが難しいが、熱中小学校では、SIMを活用したデータ通信サービスを利用することで、手軽にネットワーク環境を実現できるようにした。
SORACOM Airでは、基本料金が1日10円、1MBあたり0.2円からの従量課金制となっており、また深夜時間帯の料金を安く設定しているため、昼間の間にため込んだデータや、重い画像データなどは、深夜に一括でアップロードするといった使い方が可能になる。また、NTTドコモのLTE/3G回線を利用。データ通信速度の変更や、使用の開始や休止といった手続きも簡単にできる。
一方、IoTデバイスとして、ぷらっとホームのOpenBlocks IoT BX1を採用。小型で、安価な次世代百葉箱システムが構築できるという。収集したデータは、直近24時間の気温、湿度などをグラフ表示。複数拠点で収集したデータを比較することもできる。
オフィスコロボックルの堀田一芙代表は、「次世代百葉箱を全国の小中学校に設置すれば、インターネットを通じて、各地のデータをすぐに比較することができるようになる。気象観測や気温に関する授業、自由研究にも利用できる。全国各地の学校に設置されている百葉箱が見直され、子供たちの理科への関心が高まることを期待したい」と語る。
総務省のサテライトオフィス実証実験も開始
熱中小学校では、2階に置かれていた教室を利用して、サテライトオフィスを設置している。現在、ソラコム、オフィスコロボックル、デジタルデザイン、森の学校、360°の各社が入居している。
これらの企業では、教室をIoTのショールームとして活用したり、地域の住民に開放ししている教室を使った予約システムの実験や、監視カメラによる見守りシステムなどの実験も行なっている。
サテライトオフィスを設置している企業の中には、総務省のふるさとサテライト実証実験に参画しているケースもあり、いくつかの具体的な取り組みがスタートしている。
1つは、高齢者マネジメント支援システムの検証として、オフィスコロボックルの堀田代表が、社外取締役や非常勤監査役を務めている東京本社の企業の取締役会および監査役会に、サテライトオフィスからTV会議システムで参加している。
もう1つは、安心・安全確保のための勤怠管理および家族見守りの実証実験だ。デジタルデザインの社員が、東京オフィスと熱中小学校のサテライトオフィスにそれぞれ大画面TVを設置。これを壁に配置し、常にその様子を表示することで、遠く離れていても、壁の向こう側で働いているような雰囲気を実現するというものだ。また、社員の1人が参加して、新潟の実家にWebカメラを設置。実家に住む両親を、スマートフォンを通じて見守るという実験も同時に進めている。
学校の施設を有効活用したさまざまな取り組みが行なわれているというわけだ。
地域をまたいだ地方創生活動に
熱中小学校の活動は、早くも次のステップに移ろうとしている。
1つは、熱中小学校の新年度生徒募集だ。2016年4月から始まる半年間の新学期において、40人の生徒を新たに募集する。第2、第4土曜日を授業日とし、約16回に渡って、授業や入学式、修了式が行なわれる。第1期生もそのまま継続的に受講することができる。
2つ目は、授業の一環として、耕作破棄ぶどう畑の再生に取り組むことだ。熱中小学校の周辺には、ぶどう畑が放置された状態で残っている。これを教諭と生徒が一緒になって再生させようというものだ。3年越しのプロジェクトになるが、既にぶどう苗の購入準備を行なっており、来年(2016年)から具体的な活動に入る予定だ。
そして、3つ目が熱中小学校の活動を、高畠町以外にも広げるという取り組みだ。ネットラーニングの導入によって、熱中小学校を訪れなくても授業を受けることは可能になっているが、この仕組みをさらに発展させて、高畠町以外の地域にも教室(分校)を設置。熱中小学校の授業を、ほかの拠点からリアルタイムストリーミングサービスで参加できるようにする。
さらに、教室を置いた場所でも教諭を探し出し、それぞれの地域の生徒が参加できるようにしたり、熱中小学校の教諭が教室に出張して授業を行なったりといったことにも取り組む。
その第1弾として、福島県会津若松市で、「會津熱中塾」を、2016年4月からスタートする。教室には、地元の末廣酒造が所有する嘉永年間から続く嘉永蔵を使用。11月15日にはオープンスクールを実施したのに続き、2016年1月24日にオープンスクールを開催して、生徒の募集を行なう。
「會津熱中塾で募集する生徒は、熱中小学校同様に、国籍、住所、年齢は問わないが、やはり、次世代を担う団塊ジュニア世代を中心に募集したい。同時に、会津大学や会津短大の学生にとってもプラスになるような取り組みに発展させたい」と堀田代表は語る。今後、こうした取り組みは、帯広や八丈島にも広げていく計画だという。
複数の地域社会をまたいだ地方創生の取り組みは、今後の熱中小学校を象徴する特徴になりそうだ。
「自分の地域だけが活性化すればいいというのではなく、複数の地域が一緒になって活性化を図りたい。そうしたプロジェクトに発展させたい」と堀田代表は語る。
熱中小学校の取り組みがどんな形で全国に広がっていくのかが楽しみである。