大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

20周年を迎えるエプソンダイレクトの現在、過去、未来

 エプソンダイレクトが、2013年11月に創業20周年を迎える。それにあわせて7月から、20周年キャンペーンを開始するという。

 「長年に渡って、エプソンダイレクトの製品、サービスをご活用いただいたお客様に対する感謝の気持ちを表した取り組み」(エプソンダイレクト 河合保治取締役)と位置付けるこのキャンペーンでは、「20周年記念モデルの投入も検討している」という力の入ったものになっている。エプソンダイレクトのこれまでの20年の軌跡を追うとともに、今後のエプソンダイレクトの方向性について、河合保治取締役と、事業推進部の栗林治夫部長に話を聞いた。

河合保治取締役
栗林治夫部長

 エプソンダイレクトの設立は、1993年11月である。当初は、セイコーエプソンの100%出資子会社として、DOS/Vパソコン「Endeavorシリーズ」のPC直販でスタート。1994年1月12日の業務開始日には、長野県塩尻市に設置したコールセンターは、1日で1万件の問い合わせが殺到。続く13日と14日もそれぞれ2万件の問い合わせによって、回線がパンクするという「事件」が発生したほどだった。同社では、これに対応するために、契約回線を増強。エプソングループ各社から数多くの応援社員が参加したが、それでも全ての問い合わせには、対応できないという状況だった。

 「スタート直後から多くのお客様にご迷惑をおかけし、また電話局を始めとして関係者や地元地域にもご迷惑をおかけしました。当時は、14人の技術者でスタートし、まだ何をやっていいのかがわからない段階でした。手探りで事業をスタートしましたが、その時期に比べると、この20年で明らかに大人に成長しました」と、河合取締役は冗談まじりに当時を振り返る。

 当初は、電話による固定仕様でのパッケージ型PCの販売が中心だったが、1996年からはオンライン見積もりを開始し、オンライン販売へ参入。

 さらに1997年にはBTOを開始。当初は2,000通りの組み合わせでスタートしたものが、現在では4億通りもの組み合わせを提案ができる体制へと拡張している。

 さらに、デスクトップPC「EdiCube」や、業務用ビデオ編集システム「CREASENSE」などの同社独自の製品展開を開始。「こうした独自の切り口を持った製品とBTOとの組み合わせによって、量販店店頭の品揃えでは、自らの仕事に最適なものを選択できないというユーザーに、当社製品を選択していただきました。さらに、エプソンブランドと国内生産によって実現する高い品質、小回りが利く強みを活かすことで、最短2日間で届く短納期といった点が、市場から高い評価を受け、中小企業やSOHOなどのほか、自ら開発したソフトウェアを搭載して再販するといった事業者からも多くの引き合いをいただきました。これはエプソンダイレクトが持つ大きな強みになっています」と河合取締役は語る。

現在の取扱い製品。PC以外の、エプソン商品全般を扱っている

 その後、エプソンダイレクトはエプソン販売の100%出資子会社となり、同社直販サイトである「Epson Direct Shop」では、PC以外にも、エプソンブランド製品の取り扱いを開始。現在、売上の約20%がエプソンブランドのプリンタや消耗品、プロジェクターなどのPC以外の製品群となっている。

 「エプソン製品であれば、ワンストップで購入してもらえる環境が、Epson Direct Shopに整っています」(河合取締役)とする。

 また、主力製品であるPCの累計出荷台数は、今年6月末までで約340万台に達する見込だ。

20年間で変わったもの、変わらないもの

 「この20年間で、エプソンダイレクトが変わらなかったものがいくつかあります」と河合取締役は切り出す。その1つとして河合取締役が挙げるのが、「PC直販メーカーとして、自らPCを開発し、生産してきた点」だとする。

 国内での組み立て体制、エプソンブランド製品としてのメーカー品質保証、他社に先行した最新技術の搭載などは、エプソンダイレクトがPCメーカーとして、20年間に渡ってこだわってきたものだ。

 そして、2つめの要素として、「ユーザーの近くでビジネスを展開してきたこと」を挙げる。

 「誤解を恐れずに言えば、エプソンダイレクトは世界一や、日本一を目指してきたメーカーではありません。しかし、エプソンのPCを長年に渡って利用してもらいたいということには、常に努力をしてきた自負があります。サポートやサービスの強化に力を注いできたのは、売るための戦略ではなく、長年に渡って使っていただき、また次もエプソンの製品を使ってもらうという長いお付き合いをさせていただくためのものです。サポート/サービス体制の強化は、お客様の声を次の製品に反映するという点でも重要なものになっていました」とする。

 2001年に、エプソンダイレクトは1つの選択を迫られた。

 それは、PC市場全体が停滞する中で、売り上げ拡大のために低価格路線を追求するのか、それとも付加価値を切り口にユーザーに訴求するのかということだ。直販メーカーには、低価格路線を選択し、売り上げの拡大を選択した例もあった。その方向性も選択肢の1つとして、エプソンダイレクト社内では、何度も議論を重ねた。

 しかし、出した結論は、従来通り、エプソンダイレクトの特徴が発揮できる付加価値路線の踏襲であった。

 「お客様に喜んでいただけるためにはどうするか。そして、我々の特徴が発揮できるのはどこか。我々が事業を継続させるための選択肢は、結果として1つしかありませんでした」

 この姿勢も、エプソンダイレクトが20年間変わらないものの1つだと言えよう。

 一方で、この20年間で変わったこととは何だろうか。河合取締役は、その1つとして、環境の変化にあわせて商品やサービスが変化してきたことを挙げる。例えば、現在、4億通りにまで拡大したBTOは、その最たるものだ。

 「現行のタワーPCでは、電源やオプションスロットの種類まで選択できるようにしています。OSだけでも10種類のラインナップの中から選択できます。もちろん、4億通り全てを事前に検証するわけにはいきませんが、長年のノウハウによって、どの組み合わせで検証をすれば、4億通りすべてをメーカーとして保証できるか、ということが分かっています」と河合取締役は語る。

自社サイトより柔らかいイメージの「エプソンダイレクト 楽天市場店」トップページ

 もう1つの変化は、エプソンダイレクトで購入するユーザーの裾野が広がっていることだ。

 もともとエプソンダイレクトの中心ユーザーは、ITリテラシーの高い層であった。だが、PC利用層の広がりや、エプソンダイレクトの品揃え拡大や、楽天市場への出店などを通じて、より幅広いユーザー層へと購入対象が広がっている。

 「3年前からスタートしたエプソンダイレクト楽天市場店では、初心者層でも購入しやすいEndeavor Sシリーズという固定仕様のPCを用意している。その結果、楽天市場を通じて当社製品を購入したユーザーの中には、エプソンがPCを販売していることを知らなかったという初心者の方も多くいらっしゃた」という。

 かつてEdiCubeシリーズの投入によって、一時的に初心者層が増加したこともあったが、現在はその時とでも比べ物にならないほど、初めてエプソンダイレクトの製品を購入するユーザーや、初心者層が増加しているという。

 その事実を裏付けるのが、エプソンダイレクトのユーザーアカウントを持つユーザーの急激な増加だ。3年前にユーザーアカウント数は100万人に達したが、現在ではこれが130万人になっている。わずか3年で30万件も増加している計算だ。

 こうしたことからも、エプソンダイレクトのPCを購入するユーザーの裾野が広がっていることがわかるだろう。

省スペースデスクトップに賭ける

20周年を記念するロゴも用意された

 20周年の節目を迎えたエプソンダイレクトは、ここにきて、自らの強みを再認識しようとしているようだ。

 河合取締役は、「PCメーカーとして、エプソンダイレクトは何を提供できるのか。それを再定義する1年にしたい」と語る。

 エプソンダイレクトがこれまで訴求してきた強みは、BTOの強みであり、サービス/サポート品質の高さであった。これに加えて、20年目の節目に訴求したいとする内容が2つあるという。

 1つは、省スペースデスクトップPCの強みだ。これまでにもエプソンダイレクトは、数多くの省スペースデスクトップPCを製品化。市場で高い評価を得てきた。本体容量2.7リットルのSTシリーズや、幅2cmのスリムデザインを採用したNP/NBシリーズ、液晶一体型のPTシリーズが代表的な製品だといえる。

RAIDまで組める「ST160E」
厚さ2cmの「NB51E」。ディスプレイは別売
21.5型液晶一体型PC「PT100E」。バッテリが内蔵できるのが特徴。タッチ対応モデルも追加された

 これはエプソンがDNAとして持つ軽薄短小の技術を反映して商品化したものであり、デスクスペースが限定される日本の中小企業、大手企業が求めるニーズに合致したものといえよう。

 「省スペースデスクトップPCの強みに、BTOの強み、サービス/サポートの強みを組み合わせることで、エプソンダイレクトの価値を最大限に高めたいと思います」と河合取締役は語り、「省スペースデスクトップPCと言えば、エプソンダイレクトと言われるまでにブランドイメージを作り上げたいです」と宣言する。

 現在、同社の販売構成比のうち、約7割がデスクトップPC。その中で同社の特徴が打ち出せる切り口の1つが省スペースデスクトップPCだといえる。

 2つ目は業種展開である。これまでにも一部業界をターゲットにした製品を投入してきた経緯はあるが、こうした展開をさらに加速する考えだ。

 エプソンダイレクト事業推進部・栗林治夫部長は、「省スペースデスクトップPCの強みを活用した小売業向け展開、医療や文教分野への展開なども進めたい」とする。

 ここで重要な要素が、エプソングループが持つ商材との連動だ。セイコーエプソンでは、小売業向けに対応したPOSレジ向けプリンタ、さらには、プロジェクターや電子黒板といった文教市場での利用が見込まれる製品群をラインナップしている。

 「今年度(2013年度)以降は、エプソン販売のルートを活用した業種展開やビジネスニーズの展開にも力を注ぎたいです。ここに、エプソンダイレクトのPCの強みが発揮できるとともに、エプソングループとしての価値を提供できます」とする。

7月からキャンペーンを開始

 エプソンダイレクトでは、20周年を節目としたキャンペーンを、7月以降開始する予定だ。11月1日の正式な20周年を待たずにキャンペーンをスタートするのは、いち早くそのメリットをユーザーに還元したいという思いがある。

 「2014年4月にはWindows XPのサポート期限を迎えます。キャンペーンを少しでも早く開始することで、そうした環境にあるユーザーにもキャンペーンによるメリットを還元したいです」(栗林部長)という狙いもある。

 現時点では、20周年記念キャンペーンの内容については詳細が明らかにしていないが、「製品、サポート、サービスに関して幅広く展開するものになる。単に購入時に価格を割引ということだけでなく、長年に渡って、当社のPCを使ってもらうためのキャンペーンにしていきたいです」(河合取締役)とする。

 そして、気になるのは、20周年記念モデルの投入である。

 5年前の15周年の際には、エプソンダイレクトでは記念モデルとして、サイドパネルとフロントに日本の伝統工芸である蒔絵を施したり、天面の素材に本屋久杉を採用し、Endeavorのロゴを焼印で印字した限定モデルを発売した経緯があるからだ。

 「現時点では、まだ検討段階です。しかし、期待してください」と、河合取締役は、20周年記念モデルの存在を認める。

15周年時に用意された「Endeavor Pro4500 15周年記念限定モデル」龍デザイン。ほかに「さくら」「月とうさぎ」が用意された
同じく「Endeavor NJ5200Pro 15周年記念限定モデル」。天板に本屋久杉を使用していた

 これがどんな形で製品化されるのか、期待したい。

 では、今後のエプソンダイレクトはどうなるのだろうか。

 1つは今年度以降本格化する業種展開により、法人系ビジネスを強化していく方向性だ。「中小企業やSOHO、あるいは特定の業種のユーザーにとって、なくてはならない存在に高めていきたいです」(河合取締役)。

 ここには同社の省スペースデスクトップの存在や、タワーPCに代表される幅広いBTOの強みが発揮されることになろう。

 2つ目は、Web販売を通じた裾野の拡大だ。固定仕様のモデルのラインナップのほか、エプソングループが持つ幅広い商材の販売や組み合わせ提案によって、事業の幅を広げたいとする。

 そして、これからも変わらないエプソンダイレクトの姿勢として、河合取締役が挙げたのが、「お客様との長いお付き合いをさせていだたくこと」だ。そして、そのための施策を、さらに充実させたいとする。

 エプソンダイレクトでは、ユーザーの声を聞くことに時間を割く努力をしている。これまでにも、直販の強みを活かして、ユーザーの声を数多く収集し、それを製品に反映してきたが、その取り組みをさらに一歩進め、営業部門、マーケティング部門、そして、エンジニアを含む商品企画部門の社員たちが、直接、ユーザーのもとに出向き、声を聞くといった活動を開始している。

 「ある大学生に、なぜ『安心プラス保証』という定額保守サポートの期間が3年までなのかと言われました。大学生にしてみれば、4年間の保証が欲しいのが当然です。そこで、すぐに4年間のメニューを用意しました。同様に企業ユーザーからは、他社は5年間の保証期間であり、できれば6年間の保守が欲しいという要望もありました。これにもすぐに対応しました。こうした現場の声をもとに、お客様の困りごとを解決することに力を注いでいきたいです」と、河合取締役は顧客起点でのビジネスに、よりシフトしている姿勢を示す。

 メーカーであるセイコーエプソンの100%子会社から、販売会社であるエプソン販売の100%子会社へと変わったことも、よりエンドユーザーに近い立場でのビジネスを実現するには得策だと判断している。この体制は当面変わらないとみられる。

 一方で、河合取締役は、こんなことも語る。

 「WebでPCを購入する40歳のビジネスコンシューマユーザーのアンケートでは、購入時に思い出すPCメーカーは、平均3.6社。その中で、デル、HPの認知度が高いですが、3番手以降はそれほど差がありません。ここで頭1つ抜け出せば、3.6社という土俵の中に入ってきます。ではそのためにどうするか。まずは省スペースデスクトップPCならばエプソンダイレクトというような認知度を高め、そうしたニーズにおいては、必ず選択肢に入るという状況を作り上げたいです」。

 パナソニックのLets'noteがビジネスモバイルPCというイメージが定着し、その分野におけるPC購入時には必ず検討材料に挙がるといったような状況を、省スペースデスクトップPCの領域で作り上げたいというわけだ。このイメージ作りは、エプソンダイレクトの今後の成長には不可欠な戦略だと言えよう。

 人間でいえば成人式を迎える20年目の節目を迎えるエプソンダイレクトは、これからも成長戦略を加速させる考えだ。

 「成長に向けた課題はいくつもあります。たとえば、ノートPCの場合、以前はOEMに月5,000台のオーダーでも専用の型を作ってくれましたが、今はその規模では対応してもらえず、独自のデザインが打ち出しにくい状況にあります。こうした課題を1つ1つ解決していく必要があります」とする。

 その一方で、PC市場が縮小傾向にある中で、PCに特化した同社の今後の手の打ち方も気になるところだ。

 「インターネットでつないで利用する、いわばカジュアルユースの領域は、タブレットやスマートフォンにとって代わられているのは事実であり、コンシューマPC市場は明らかに市場が縮小しています。しかし、業務で利用されるPCは確実に残っていくと考えています。お客様がいる限り、当社はPC事業を継続していきます」とする。

 では、タブレットへの取り組みはどうなるのか。

 「低価格のコンシューマ向けタブレットをやるつもりはありません。やるとすれば、ビジネス向けタブレット。また、当社のこれまでの取り組みからもOSはWindowsになる可能性が高いでしょう」(河合取締役)とする。

 ここでは、特定分野向けの大量導入型ビジネスよりも、中小規模やSOHO市場などを中心にフォーカスする一方、電子黒板などと連動させた文教分野向け、自治体や医療施設と連携した高齢者向けサービス展開などの提案を進めることになりそうだ。

 エプソンダイレクトブランドのタブレット端末の投入時期については明言しなかったが、Windows8.1投入のタイミングが、1つの可能性となりそうだ。

 こうしたみると、エプソンダイレクトは、まずは、省スペースデスクトットPCとしてのイメージ定着や、エプソングループとの連動によって得意とする業種への展開、そして、エンドユーザーの裾野拡大策といった点が、20年目における次の一手となる。この成果を次の成長にどうつなげるかが、3年先や5年先に向けた成長戦略の鍵になりそうだ。

(大河原 克行)