大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「KIRA」は東芝のPC事業を変えることになるか?

〜KIRA V832およびV632の狙いを聞く

 東芝は、Ultrabookの新製品として、13.3型でWQHD(2,560×1,440ドット)液晶ディスプレイを搭載した「dynabook KIRA V832」と、同じく13.3型液晶ディスプレイ搭載したUltrabookとして、最長となる13時間連続バッテリ駆動を実現した「dynabook KIRA V632」を発売した。

 いずれも、「プライベートを愉しむためのUltrabook」をコンセプトに、性能とデザイン性を両立し、高い品位を持たせたのが特徴で、これまでのUltrabookとは一線を画す製品に仕上がったとしている。そして、「KIRA」という新たなサブブランドを冠した点からも、同社のこの製品への力の入れ具合が感じられる。KIRAは今後、同社の新たなサブブランド製品群として、Ultrabook以外にも広がっていくことになるという。東芝デジタルプロダクツ&サービス社商品統括部の粕谷英雄部長に、両製品への取り組みとともに、同社のPC事業戦略について聞いた。

なぜ、V832とV632が登場したのか

 東芝は、2011年11月に、国内メーカー第1号となるUltrabook「dynabook R631」を発売。2012年6月には、第3世代Coreプロセッサ搭載した進化系として「dynabook R632」を発売し、Ultrabook市場をリードしてきた。

「dynabook R631」
「dynabook R632」

 粕谷英雄部長は、「ノートPCの発売以来、東芝が追い求めてきたのが、薄い、軽いという要件。そうした取り組みの中で、BtoBに求められる機能は損なわずに、究極に薄いものを作りたいと考えて製品化したのがR631であり、R632だった」と、同社がいち早くUltrabookに取り組んだ背景を語る。

 R631およびR632では、ビジネスシーンで利用されるGigabit EthernetポートやアナログRGB(ミニD-Sub15ピン)コネクタを搭載。本来なら薄さを追求する上では制約となるこれらのポートを採用しながら、最薄部で約8.3mmを実現してみせた。

 そうした実績をもとに、同製品の開発メンバーをほぼ入れ替えることなく、コンシューマ領域に向けたUltrabookとして開発を進めたのが、2013年3月に発売したKIRA V632であり、4月に発売となったKIRA V832ということになる。

 KIRA V632は、約13時間のバッテリ駆動を実現。Gigabit EthernetポートやアナログRGB(ミニD-Sub15ピン)コネクタは省略したが、超解像技術「Resolution+」の新機能であるテクスチャエンハンスメントの採用や、新たにハーマンと共同開発したharman/kardonスピーカーを採用するなど、AV機能を強化。また、高密度実装技術を用いることで、奥行きを20mm短縮。天板にはプレス加工マグネシウム板を採用するとともに、ハニカムリブ構造の採用などにより、デザイン性と堅牢性を実現している。

 そしてKIRA V832は、V632をベースに、タッチパネルに対応した2,560×1,440ドット(WQHD)表示の13.3型ワイド液晶ディスプレイを搭載。R632に比べて、視野角は約1.7倍、コントラスト比は約2.5倍に向上させている。

「dynabook KIRA V632」
「dynabook KIRA V832」

こだわったのは必ずしも最高性能ではない

 実は、V632およびV832の開発に当たって、東芝がこだわったのは「デザイン、プレミアム感、所有感をどうやって打ち出すか。そして、品位を最重要課題に掲げた」と粕谷部長は語る。

東芝デジタルプロダクツ&サービス社商品統括部の粕谷英雄部長

 製品化に向けては、東芝の米国現地法人のマーケティング担当バイスプレジデントから、「ジャパニーズ・ヘリテージ(日本の伝統)や、日本人のクラフトマンシップ(職人魂)を訴えるような品位をもった製品、究極のフィット&フィニッシュにこだわった製品を作って欲しい」という要望が出たことも、この製品開発を後押しすることになった。

 粕谷部長は、「東芝のPCビジネスは、グローバルで戦うのが基本戦略。そのため、ここ数年は、厳しい競争環境の中で、コスト競争に打ち勝つことが重視され、リーズナブルな価格帯においての存在感を高めてきた。だがその一方で、プレミアムモデルにおける存在感が薄れているという負の側面も出てきた。一部ユーザーなどからは、コストや効率化に走り過ぎるためか、製品ロードマップがおとなしくなったという声も出ていた。こうした声を払拭するためにも、東芝として、徹底的にこだわったプレミアムモデルを投入する必要があった。競合に負けないアグレッシブな製品を投入したいと考えた」と語る。

品位にこだわり、細部までを何度も議論

 V632およびV832は、まずは、デザイン性を重視した。本来ならば、設計や構造上の問題、あるいは生産性の問題から、製品化された段階では、最初のデザインモックアップとは異なるものが完成するというのはよくある話だ。しかし、今回の製品開発では、当初デザインされたものからほとんど変更がないという異例ともいえるこだわりを持って開発された。

 それだけではない。むしろ、デザインモックアップから、さらに進化させるような取り組みが行なわれていたのだ。

 「標準的に設計したネジを標準的に設計したネジ穴に入れるだけでは、V632およびV832が目標とするデザイン上の美しさに届かないため、底面部のネジの位置、高さ、大きさにまでこだわった。また、筐体部分に多少隙間ができると美しさを損なう。ファンの穴から見える色も均一ではないときれいに見えない。ヒンジ部も、メカニズム上どうしても必要とされるスペースがあったが、これも小さくならないのか、といったことにも取り組んだ。こうした細かい部分を1つ1つ課題に挙げ、議論を重ねていった。私だけでも、20〜30もの課題を挙げた。これまでにないフィット&フィニッシュを実現するために、設計ルールや製造品質ルールをコントロールするところにまで踏み込み、技術陣に解決してもらった結果、完成したのがV632であり、V832であった」(粕谷部長)。

 電源周りのリングの光り方が均一でない、あるいはバックライト付きキーボードから漏れる光が均一ではないという課題も、開発現場である東京青梅の青梅事業所の部屋を真っ暗にして、何度も修正を重ねたという。

 ポートがマグネシウム筐体の穴の中央に来るような隙間の調整のほか、USBポートに差し込んだ際に、隣のポートが押され固くなって接続しにくくなるといったことが起こらないような改善も施した。まさに日本品質ならではのこだわりだ。

ネジの位置、高さ、大きさや、排気口から垣間見えるファンの形、ヒンジの隙間などにも徹底的にこだわった

 「品位を実現するために、細かい課題を1つ1つ潰すとともに、ねじれへの強さや剛性感にも注力した」(粕谷部長)。

粕谷部長納得の出来映えというキーボード

 一方で、操作性も犠牲にはしていないと胸を張る。例えば、バックライト付きキーボード。19mmのキーピッチと、1.5mmのキーストローク、そして、キートップ中央で0.2mmへこんだ指になじむ形状を実現した。

 「キーボードを叩く際の剛性感にこだわった。キーキャップの中央を0.2mmほどへこませることで、指が吸い付くような打鍵感を実現している。実際、私もV832を使用しているが、入力時にキーの端を押してしまうことがあっても、自分が思った通りに入力できる。私自身、新製品が出るたびにPCを利用し、何十、何百ものキーボードを使ってきた。このキーボードは叩きやすい」と自ら評価する。「スペックでは見えないような、優れた打鍵感を実現している。Ultrabookのキーボードなので、ある程度は我慢してなくはならない、といったようなことはない」と続ける。

高解像度ディスプレイ時代をリードする

 上位モデルのV832で採用したWQHD液晶ディスプレイもこだわりの1つだ。

 「高解像度ディスプレイは、必ず次にくるニーズだと考えている。テレビが4Kの世界へ進むなかで、PCでも4Kで映したいといった用途や、撮影した写真をRAWデータのまま表示したいといったニーズが高まってくるだろう。そうした時代の到来を見据えて、忠実な色を、忠実に再現してくれる高解像度、高品位なパネルを採用したいと考えた」という。

 V832は、生産段階で、色域をパネルごとに1台ずつ調整し、バラつきを抑えるといった取り組みを行なっている。これはV632でも行なわれているものだ。

 「生産ラインの中に、新たな暗室設備を設置した。この中では、カメラがパネルを撮影し、パネルの特性を捉える。それをもとに、パラメータを書き込み、調整するといったことが行なわれている。こうした治具も、新たに開発し、生産ラインに採用している」という。これが、生産工程において色を調整するキャリブレーションの仕組みである。

 また、独自ソフトとしてREGZAと連携できる「RZスイート」、「TOSHIBA Media Player」、「画面設定ユーティリティ」を搭載し、Adobe「Photoshop Elements 11」、「Premiere Elements 11」を付属している。

 「こうしたソフトウェアを搭載することで、プロシューマ用途にも対応するとともに、高解像度ならではの用途提案も可能になる」とする。

 実は、標準設定されている壁紙は、WQHD液晶ディスプレイの高解像度を、最も効果的に表現できるものを選んだ。「美しさを表現するために試行錯誤を繰り返した。壁紙は、20回ほど変えた」というこだわりだ。地球の向こうに太陽が見えようとする宇宙からの風景は、KIRAのイメージを表現したものだという。また、PCを立ち上げると、「KIRA」という文字が表示される工夫も、今回の製品ならではのものだ。

 粕谷部長は、今回の製品をきっかけとして、高解像度を有効活用するアプリケーションの開発を促すトリガーになることも期待しているという。

 「高解像度と精度がさらに高まるタッチ機能を活用した新たなアプリケーションが、創出されるきっかけになればと考えている」とする。

 今回のWQHD液晶ディスプレイの搭載に続き、次のステップでは、4Kディスプレイの搭載も検討していくという。

 「4Kは、パネルが手ごろな価格になるタイミングで投入することになるだろう。他社に先駆けて、できるだけ早くやりたい」と、粕谷部長は意気込む。

KIRAは、どんな役割を担う製品なのか

 こうした数々のこだわりの姿勢は、今回の製品に、「KIRA」というサブブランドを付けたことからも明らかだ。

 KIRAには、サンスクリット語の「光線」や「ビーム」という意味のほかに、日本語の「綺羅」が持つ、「きらびやか」、「美しい衣装」というような意味を持たせている。そして、これまでにない高い品位を感じさせるとともに、新たなPCのカテゴリに光を当てるという意味も、新たなサブブランドに込めたという。

 また、さまざまな国において、不快感がなく意味が通じること、先端性を訴求できることから、名称をKIRAに最終決定した。

 「日本語と、サンスクリット語で同様のイメージを打ち出せたことは大きな要素だった。当初は、6個の候補から検討を開始し、最終的には2個に絞り込んだ。私自身、最終候補に残った2個のうち、KIRAの方がいいと思っていた」と決定までの経緯を明かす。

 今回の製品は、日本はKIRAと呼ぶが、米国、豪州ではKIRAまたはKIRABOOKという呼称になるという。

 社内では、当然のことながら、MacBookも強く意識して開発を行なったという。外箱にもこだわり、「捨てられないような箱」を意識。開発当初からは、これは視野に入れていたという。箱に描かれた曲線は、標準設定された壁紙の地球の曲線と同じ角度のものである。

 V632、V832で訴えかけるターゲットとしたのは、いいものを評価してくれるプロシューマやモバイルユーザー。価格設定からも、万人が広く購入するものではないが、「ああいうPCを所有してみたい」と思わせる品位を実現することが狙いだという。

箱の品位にもこだわった

Ultrabook以外のも広がりをみせるKIRAブランド

 dynabookシリーズには、現在でもいくつかのサブブランドがある。

 REGZA PCはデスクトップPCのカテゴリを意味するサブブランド。Qosmioは、AVノートPCとしてのサブブランドである。だが、KIRAはこうした製品カテゴリで区分されるサブブランドとは異なるようだ。つまり、KIRAは、東芝のUltrabookに冠されたサブブランドではないということなのだ。

 では、どんなサブブランドなのか。

 粕谷部長は、「追い求める品質、品位、など我々の想いを具現化したものにKIRAと付けたい」と表現する。

 今回、KIRAのサブブランド第1号となったV632およびV832の場合、軽量化という観点ではもっと軽くすることもできたというが、それよりも品位を優先している部分が随所に見られている。

 「キーボードの打鍵感や、見せびらかしたくなるディスプレイ、全体が醸し出すID(インダストリアル・デザイン)が、KIRAというサブブランドに込められたもの。必ずしも性能的なフラッグシップがKIRAというわけではない」。

 品位は、スペックに見えないもので表される。粕谷部長の言葉を借りれば、「何よりも、品位やユーザビリティ、コンシューマユーザーが持ちたいと思う所有感」が優先されたのがV632およびV832だという。

 粕谷部長は、「PCとしての基礎となる機能などは意識している。だが、今回の製品では、それ以上に品位にこだわっている。東芝がここまで品位にこだわったPCを開発したのは初めてのこと。究極の品位にこだわり、スペックだけでは語れないものの集合体となったPC。それがKIRAになる」。

 そこで気になるのは、KIRAのサブブランドを満たす条件とはなにか、という点である。

 粕谷部長は、「我々の意思が盛り込まれた製品として、成立するものがKIRA。これに合致する製品はそうそう出せないだろう」と前置きしながら、「必ずしも最高性能だけであったり、最も薄いだけとか、最も軽いだけといったことがKIRAの条件ではない。それぞれの製品カテゴリにおいて、何をベストと考えるか、その中で東芝が訴えかけたいものは何か、使ってもらいたい機能は何かといったものを形にし、品位や品質といったものを表現できるもの。つまり、我々の想いを最も具現化するものになる」する。

 そして、KIRAは、コンシューマ向け製品には限定しないサブブランドであるともいう。

 「今回のV632、V832を、KIRAの第1弾として、成功させることができれば、今後、Ultrabookのカテゴリに留まらず、AIO(オールインワン)のカテゴリや、タブレットでもKIRAを展開していきたい」とする。

 東芝のPCには、過去にもいくつかのサブブランドがあった。だが、粕谷部長は、「KIRAは、かつてのlibretto、あるいはdynabookそのものが登場したときに匹敵するインパクトを持ったサブブランドになる」と、東芝にとって大きな意味を持ったサブブランドあることを強調する。

ワールトワイドで統一した売り方や、メッセージを打ち出す

 KIRAで打ち出した品位は、スペックでは表現できないだけに、これをどうエンドユーザーに伝えるかが、東芝にとっては重要なポイントとなる。

 「15秒のテレビCMでは品位は伝わりにくい。むしろ、YouTubeを利用したり、SNSなどの活用を通じて、ユーザーの口コミで広げていきたいと考えている。また、モニター制度を実施したり、ブロガーにも触ってもらう機会も設け、タッチポイントを増やすことで、認知度向上とともに、価値の理解を浸透させたい」。

 モニター募集では男性が多いというが、すでに、「待っていたものが、やっと出た」、「これまでデザインと性能を両立したものがなかった」、「見た目だけでなく、中身がすごい」という声が挙がっているという。

 また、タッチポイントとなる販売店では、製品には、直接、POPを貼らないような形で展示しているケースが目立つという。つまり、販売店側も、デザイン性や品位を感じてもらえるような展示に対して理解をしているようだ。

 日本でのマーケティングメッセージは、「その煌めきに、触れたくなる」。

 「こうした品位を前面に出したメッセージを、グローバルで統一して展開していく」と粕谷部長は語る。

 実は、4月18日のV832の発表は、日米豪3カ国が同時となった。しかも、発表時間もあわせることにした。これは、ワールドワイドで統一した売り方や、メッセージを打ち出したいという同社の姿勢を具現化したものであり、発表時間まであわせたのは、東芝のPC新製品の発表では初めてのことだったという。

 V632およびV832は、R631などの経験をもとに開発されたものであるのは明らかだ。粕谷部長も、「R631の取り組みがなければ、この製品は完成していなかった」と語る。

 そして、「この製品が、Ultrabookにおける東芝の存在感、PC市場における東芝の存在感を高めることにつながる」とするほか、「Ultrabook市場のドライブをかけ、構成比をあげる重要な製品の1つになる」とも語る。

 「スマートフォンやタブレットの需要が高まる中で、東芝として、モバイル用途において、どんな回答を出すことができるのか。そうした観点からみても、今回の製品は、我々が持つ開発ノウハウを活用することで、プレミアム感を打ち出すことができた。これは社内にとっても大きな達成感を持つものであり、技術者たちが、これをベースに、次の挑戦に向かってくれるという点でも重要な意味を持つ」と粕谷部長は語る。

2013年度の東芝PC事業のポイントは?

 2013年4月からスタートした、同社2013年度のPC事業のポイントは何になるのか。

 粕谷部長は、「KIRAが2013年度における最初の製品になる」としながら、「今後、インテルの第4世代のCoreシリーズの投入もあり、それを搭載した新製品が出てくることになる。新興国でのPC市場の成長が鈍化するなど、市場環境は予想以上に厳しい。そうした中でも、東芝では、基本機能を持った手頃な価格帯の商品から、プレミアム商品まで、ニーズをしっかりと捉えた製品を出していきたい。薄型化は必然的な流れであり、また、Windows 8のタッチ機能に対応したものにもしっかりと対応していきたい。そして、ビジネス用途においても、妥協のない製品を出していく」と意気込む。

 一方で、製品構成が大きく変化する転換期を迎えているとも語る。

 「2013年度は、Ultrabookをはじめとする新たなフォームファクターの製品が出てくる1年になる。従来のクラムシェルタイプに加えて、コンバーチブル型PCや、タブレットも加速するだろう。コンバーチブルも各社各様で取り組んでおり、どの方式がいいのかも決着がついていない。そうした流れが決まるまで、今年から来年にかけてが転換期となる。そこに対して、東芝が持つ技術を最大限に活かし、ベストな形で製品を提案する製品力で戦うことになる。PCとはこういうものであり、我々はそれに対してこういうことを考えているということを示す1年になるだろう。東芝らしさはどこに出すか。そうしたことを明確にする1年になると考えている」と語る。

 その点でも、KIRAというサブブランドを得たことで、東芝のPC事業は、新たな一歩を踏み出すことになりそうだ。

(大河原 克行)