大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

被災時に米沢での生産ラインを群馬に移管するNEC PC

~BCPプラン策定で安定的な生産体制維持に取り組む

 NECパーソナルコンピュータ(NEC PC)は、生産拠点におけるBCP(事業継続計画)の観点から、PCの生産拠点である山形県米沢市の米沢事業場の生産を、群馬県太田市の群馬事業場へ移管する体制を整えている。これは、2011年3月11日に発生した東日本大震災発生後に、生産工程の一部を群馬事業場で稼働させた経験を活かし、米沢事業場での被災状況にあわせて、PCの生産そのものを移管させることを視野に入れたものとなっている。NECパーソナルコンピュータにおけるPC生産のBCPへの取り組みを追った。

タイ洪水被害時の一部生産工程を移管

 NECパーソナルコンピュータは、国内生産のすべてを、山形県米沢市の同社米沢事業場で行なっている。

 全出荷量の中では、コンシューマ向けPCを中心に、中国で生産し、直接市場に流通するものも多いが、企業向けPCの生産やカスタマイズなどは、米沢事業場内の生産拠点を活用している。

 ここに来て、レノボ・ジャパンからの生産委託の本格化に向けて、試験的に「ThinkPad」の生産を行なうなど、レノボグループにおける国内PC生産拠点としても、今後、重要な役割を担うことになりそうだ。

 2011年3月11日の東日本大震災では、米沢事業場は震度5強の揺れに見舞われたものの、生産ラインに対する影響はほとんどなかった。だが、建屋全体では、壁が崩れたり、壁にひびが入ったりといった被害がみられ、場所によっては水漏れや照明器具の落下という被害も出ていた。

NECパーソナルコンピュータの国内PC生産拠点である米沢事業場
東日本大震災では被災状況は軽微だったが、壁の一部が崩れるといったことも発生した(2011年4月撮影)
災害発生時にPC生産の移管先となる群馬事業場
複数の要素を検討した結果、群馬事業場への移管が最適であると結論づけた

 震災が発生した金曜日から土日をはさんだ震災後最初の月曜日には、社員の出勤率が約80%に達しており、停電も土日の2日間で回復。一部ネットワークが遮断されたものの、設備への被災は軽微で、月曜日の通常始業時間には生産ラインが問題なく稼働した。そのため、群馬事業場に生産を移管するといったことは行なわれなかった。

 だが、その後のタイの洪水被害の影響でHDDの入荷が一時的に逼迫。その際に、米沢事業場でHDDを搭載しない形であらかじめ生産したPCに、その後入荷したHDDを後から搭載する作業を群馬事業場で実施。通常製品と同様のエージング検査や、最終検査などを行ない、群馬事業場から出荷した経験がある。

 この時は、8ラインを設置。約4週間に渡って、47,000台のPCを群馬事業場から出荷したという。

NECパーソナルコンピュータ東日本テクニカルセンターの星野敬正センター長

 「この時に、果たして人が短期間に集められるのかといった懸念もあったが、実際には稼働初日だけで65人の作業者を集めることができた。当社の技術者による生産作業に関する教育もスムーズにいき、短時間で立ち上げることができた」と語るのは、NECパーソナルコンピュータ東日本テクニカルセンターの星野敬正センター長。

 続けて、「スムーズに体制を構築でき、すぐに生産を開始することができたのは想定以上のものだった。BCPを策定する上で、これがいい予行練習になった。これならば、緊急時に群馬事業場へ生産を移管することも可能であると判断した」とする。

 群馬事業場がある太田市は製造業が集中している地域でもあり、そうした太田市ならではの特有の環境があることもスムーズな体制確立につながったといえるだろう。

デスクトップPC生産の経験が生きる

 同社では、東日本大震災で、米沢事業場が受けた被災レベルを2と位置づけ、米沢事業場での生産復旧を優先する形で、プランを策定することにした。

 これをベースに、米沢事業場だけの局所災害の場合はレベル1として米沢事業場での生産を優先する一方、震度6の地震となり、物流において正常ルートが崩壊し、輸送手段の確保に困難が予想される場合をレベル3として、群馬事業場への移管を検討する水準と位置づけた。

 さらに、震度7の地震で、社員の出勤率が30~50%の場合をレベル4、震度7以上で地域が被災し、出勤率が30%以下になった場合をレベル5として、これらのケースでは群馬事業場への生産移管を行なうことにした。

米沢事業場の被災ケースを5つのレベルに分ける
群馬事業場で生産ラインを構築する際のフロアレイアウト
社員のスキルマップを作成し、これにより生産ラインでの配置を決定する
米沢事業場と結んだ製品出荷情報管理システムと製品トレーサビリティ情報収集システム
2011年後半にHDDの搭載作業を行なったエリア
天井にはLANケーブルなどが配線されており、検査工程などの自由なレイアウトが可能

 群馬事業場に生産移管先を決めた背景には、同事業場でかつてデスクトップPCを生産していたことで、生産のための基本的なインフラが整っていることが大きい。随所に、電源を確保しやすく、生産に適したインフラを備えたエリアが残っており、これを利用できるからだ。

 また、現在でもPCの修理拠点として、同社製PCの修理を行なうエンジニアがいること、それに伴い部品を在庫として確保していることも見逃せない。同時に、認定中古PCであるリフレッシュPCの再生拠点でもあり、ノウハウが蓄積されていることも大きな要素だ。そして、先に触れたように、人材の確保でも優位性が発揮できる点もポイントの1つだ。

 NECパーソナルコンピュータの星野センター長は、「NECグループの各生産拠点や、委託可能な外部の企業などを含めて、BCPの検討を行なった。フロアの確保、ITの接続性、電源容量、物流手段の確保、PC生産の経験といった要素を総合的に判断し、群馬事業場への移管が最適だと判断した」という。

部品在庫エリアを生産ラインに

 仮に米沢事業場が被災し、PCの生産に関してBCPが発動された場合、群馬事業場では、1号棟1階の部品倉庫を移動させ、ここにPCの生産ラインを構築することになる。目標は1週間以内での本格稼働である。

 ここは元々デスクトップPCが生産されていたエリアであり、電源などのインフラが確保しやすい場所である。

 確保が可能な面積は、約4,500平方mで、これは米沢事業場のPC生産フロアの約半分に当たるという。ここには最大で10ラインを敷設することができ、1ラインあたりで1日200台の生産が可能だという。

 例えば、これを2シフト体制で10ラインを稼働させれば、最大で1日あたり4,000台のPCが生産できる規模になるという。これはかつてPC-9800シリーズなどを同事業場で生産していた当時の生産数量に匹敵するものだ。

 BCPによって稼働する生産ラインのフロアレイアウトでは、電源供給が柔軟に行ないやすいエリアに、組立および検査ラインを配置。その前部分に生産部材を置いて、ラインに部品を供給。さらに組立および検査ラインの後ろに、ランニング試験、最終検査および梱包ライン、完成品置き場を配置するというものになっている。

BCPによって生産ラインが構築されることになる部品倉庫エリア
天井には電源を供給できる仕組みがそのまま残されている
このコンセントをレールに接続して電源を確保する
レールにコンセントを接続している様子
部品倉庫の中をレールが用意されているのは、かつてPC生産を行なっていたため

派遣会社との連携で人材確保の手段も確立

 一方で、生産ラインに投入する人材確保も鍵になる。群馬事業場で生産ラインを立ち上げた際には、1シフトで約200人の人員が必要だと見込んでいる。

 「生産ラインでの作業者の確保については、4社の派遣会社と契約を結んでおり、これにより230人規模の人員が確保できるようになっている。この確保については、四半期ごとに1度ずつ精査を行ない、派遣会社にその体制が確保され続けているかを確認することになっている」(星野センター長)という。

 人員確保のリードタイムは1週間であり、病欠が出た場合にも3時間で人員補充が可能な体制としている。

 また、作業者のスキル確保に向けては、米沢事業場からキーマンが呼べない場合にも、修理拠点のキーマンが中心となって、教育を行なうといったことが可能だ。

 「修理を担当しているスタッフの中には、かつて、デスクトップPCの生産に従事していたという経験者も少なくない」という点も心強い。

 同社では、群馬事業場で勤務する社員を対象に、PC生産に関するスキルマップを新たに作成し、これをもとにPC生産移管時の人員配置を進めることになるという。

生産管理システムの連携も完了

 生産移管時のもう1つのポイントが、生産に関わるITシステムの導入である。実は、これもすでに対応が終わっている。

 NECパーソナルコンピュータでは、マザーボードのシリアルナンバーなどを元に、製品トレーサビリティの情報を収集するシステムと、NECロジスティクスと連動して、製品出荷を管理する製品出荷情報管理システムとによって、生産ITシステムを構築しているが、これを群馬事業場にも導入し、米沢事業場と通信回線で結び、相互に連携できるようになっている。

 また、通信回線が使用できなくなった場合にも、製品トレーサビリティ情報収集システムでは、ローカルのPCにデータを一時保存。製品出荷管理システムも代替ソフトウェアで出荷情報を出力し、東京の製品倉庫に転送できるようにした。

 実は、米沢事業場が東日本大震災で被災した際には、ネットワークが遮断されるという事態に見舞われた。そのため、米沢事業場とのネットワークが遮断された場合でも、群馬事業場で独立して生産が行なえるように仕組みを構築したというわけだ。

 このように、NECパーソナルコンピュータでは、米沢事業場が被災した場合にも、群馬事業場で代替生産が可能な体制を整えている。今後、定期的に検証を行ない、緊急の事態が発生した場合にも、確実に代替生産が可能な体制を維持する考えだ。

 かつてのデスクトップPCの生産拠点というインフラをBCPに活用できることは、極めて有効なものだといえるだろう。

(大河原 克行)