大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

日本マイクロソフト本社に社員が出社しなかった日
〜3月19日に「テレワークの日」を実施



●約2,500人の社員を対象に実施
日本マイクロソフトは3月19日をテレワークの日とした

 日本マイクロソフトは、2012年3月19日を、「テレワークの日」と定め、東京・品川の本社への立ち入りを原則禁止とし、全社規模で、PCやスマートフォンなどを利用したテレワークによる業務を行なった。

 日本マイクロソフトおよびマイクロソフトディベロップメントの社員をあわせた約2,500人を対象に実施したもので、全国6カ所の支店や調布テクノロジーセンターなども対象になっている。これだけの規模でテレワークの取り組みを行なう例はこれまでになかったといえる。

 「東日本大震災から約1年を経過し、BCP(事業継続計画)や在宅勤務、テレワークなどに対する関心がますます高まっている。テレワークの日は、日本マイクロソフトとして、有事に備える準備活動の1つであるとともに、働き方を見直すきっかけや、ICTインフラを活用することで、新たな仕事の仕方を提案することも目的の1つ。その成果を広く示すことも、日本マイクロソフトの義務だといえる」と、日本マイクロソフト 業務執行役員 社長室長の牧野益巳氏は、テレワークの日を実施した狙いを語る。

 3月19日、日本マイクロソフトを訪れ、テレワークへの取り組みを取材した。


●写真や来訪客がいない受付フロア

 午前8時30分。JR品川駅から港南口に迎う通路は、出社するビジネスマンの姿であふれかえっていた。

 港南口には、IT関連業界だけでも、日本マイクロソフトのほか、ソニー本社、キヤノンマーケティングジャパン本社、コクヨ本社などが軒を連ねる。そして、インターシティやグランドコモンズといった大規模なオフィス街があることも見逃せない。

 日本マイクロソフトの出社時間のピークは午前10時前後と、他社に比べてずれているが、それでも約2,000人が勤務しているオフィスだけに、出退社時の品川駅への影響は少なくないだろう。

 日本マイクロソフト本社に向かうグランドコモンズへの通路を歩いていくと、品川駅構内に比べ、徐々にビジネスマンの姿が減ってくる。

 日本マイクロソフト本社近くに来ると、同じ品川グランドセントラルタワーの下層階に入る企業に勤務するビジネスマンが足早に会社に向かう姿はあるものの、日本マイクロソフト本社入口前には誰も人がいないという状況だ。

 中に入ると受付フロアには、警備員はいるが、来訪者用の受付カウンターは最小限のスタッフで対応する体制としている。この日はセミナーの開催も行なわれないため、セミナーに対応する受付担当者も不要となる。

 オフィス内に入っても、すぐにエレベータが到着する。2011年2月に品川本社に移転後、エレベータの数が増えたことから、それほど待たされる感じはなくなっていたが、この日は、社員や来訪者が誰もいないだけに、まったく待たないで済むというのは予想以上に快適だ。

朝の通勤時の港南口に向かう品川駅の様子。通路中央はビジネスマンの姿で埋まる 日本マイクロソフト本社の入口の様子。誰もいないのが対照的だ 日本マイクロソフト本社受付の様子。来訪者が誰もいない貴重な風景

 午前9時5分から、樋口泰行社長が、全社員を対象にした「テレワークの日 キックオフセッション」を、Lyncを通じて実施。約10分に渡って、樋口社長が挨拶をした。

 日本マイクロソフトの社員は、自分のメールアドレスの頭文字をもとに、アルファベットごとに振り分けられた10個の接続先にアクセス。PCなどに、画像、音声、パワーポイントの資料を表示して、キックオフセッションに参加することになる。10個用意された接続先のうち、1つの接続先は同時通訳によって英語の音声が流れるようになっており、外国人社員はこちらにアクセスする形としていた。

 樋口社長は、セッション開始の約10分前に会場に到着。そこでスタッフと簡単な打ち合わせをしたのち、壇上で開始時間を待った。

 目の前には空席の椅子が並べられ、その光景は、ちょっと不思議な雰囲気である。

 最初は樋口社長もやりにくそうな様子だったが、「海外ではこういうことは普通にやっているんだよね」などと語りながら、その雰囲気を自分のものにしようとしていた。

 午前9時を前に、徐々に社員が接続をはじめ、キックオフセッションがスタートした時点では、1,000人以上の社員が接続していた。

10のアクセス先に分散して接続するようにした。それを管理する10台のPC。これにPowerPoint用のバックアップ機が1台用意された キックオフセッションの準備を始める樋口社長

 社員が接続している場所は、在宅勤務の場合は、自宅というケースが多いだろうが、営業部門などでは顧客先や出張先、喫茶店など、多岐に渡っていたようだ。海外から接続した社員もいたという。また、その場のネットワーク環境や、PCやタブレット、スマートフォンなどといった、それぞれが持ち歩いているデバイスによって、音声だけで参加する社員、画像を取り込みながら参加する社員などさまざまだったという。

●テレワークの有効性を実証する1日に

 10秒前からカウントダウンし、キューの合図とともに、壇上の樋口社長は、「みなさん、おはようございます。今日、テレワークの日を迎えました。みなさん、問題なくコールに入れましたでしょうか」とカメラに向かって呼びかけた。

 「今日のテレワークの日は、BCPの観点から、テレワークの有効性を確認するのが狙いだが、検証するというよりも、テレワークが有効に機能することを我々自身で実証する日にしたい。また、お客様への対応を犠牲にしたテレワークは本末転倒である。テレワークでありながらもお客様への対応を十分にできるということを確認する意味もある。我々が、自社の製品を使い、自ら実践して、課題を洗い出して、その課題の解決方法までもをお客様に提案できることが理想である。今日は、普段通り仕事をしてもらい、製品上のネックとなる部分も、我々の英知としてまとめていきたい。日本マイクロソフトは、震災からの復興、災害対策をリードできる会社になることを、日本の企業から求められている。そうした使命感をもってテレワークに取り組みたい」などとした。

 また、「品川本社では、新たなワークスタイルを提案し、すでに14万人の方々に見学に来てもらっている。見学したIT企業の方々からは、これからの働き方はこうでなくてはならない、IT企業自らがこれぐらいのことはやらなくてはならないというような声もでている。一方で、『性善説に基づいたオペレーションですね』とも言われる。どこで仕事をしてもよく、本社内にはカフェテリアもあり、ソファも、ビリヤードもある。『こんな環境であれば、自分の会社で実施したら寝てしまう社員もいる』と言われることもある。確かに、社員の高いモラルと、自主性がないと実施できないものであり、さらに、成果で計るという評価制度との組み合わせによって実現されるものである。これは、BCPやテレワークを日本の会社に提案する際に、実際に直面する文化的な課題である。今日は、そうした点までを含めて、実証したいと考えている。検証よりも、まずは成功させることが大切。高い意識と、高いモラルを持って、自社製品を使って、自らテレワークを実践する日にしたい。今日、1日がんばりましょう」と語った。

 当初は、空席を前にした雰囲気に慣れなかった様子の樋口社長だったが、身振り手振りを交えて、当初5分の予定を大幅に超過して約10分に渡り講話を行ない、PowerPointのページをめくるのをすっかり忘れるというほどの熱のこもった内容となった。

午前9時5分から挨拶をはじめた樋口社長 実は、このように誰もいない会議室で話をしている
カメラは1台が用意され、映像も配信された カメラ、配信管理などを含めて約10人のスタッフのみ 社員のPCにはこんな形でセッションの様子が配信されていた
社長室のスタッフも出社したのは3人ほど。誰もいないオフィスでの樋口社長 社員が出社しない中で、オープンスペースで樋口社長は1人で仕事を進める

 実は、日本マイクロソフトが朝の決められた時間に、今回のような「朝礼」ともいえる形で社長講話を行なったのは初めてのことである。

 その点では異例のものであったが、日本マイクロソフトにとっては、これもテレワークの実証実験の1つといえることができよう。

 講話が終わった樋口社長は、社長室へと戻り、テレワークによって、社外にいる社員などとの会議をこなしていった。

 この日、社内で行なわれるはずだった社員同士のすべての会議も、オンライン上で行なわれたという。

この日はカフェテリアも休業となっている。平日の休業は震災後以来のこと 何人かの社員はオフィスに出社して仕事をしている様子もみられた ただし、社員が使用しているPCのサポートなどを行なう部門ではほぼ全員が出社。不具合が発生した場合には迅速にサポートする

 樋口社長は、今回のテレワークの日を、「会社に出社できるのならば、出社するというのが業務の基本スタイルであり、全員が毎日テレワークだけで仕事をすることを目指したわけではない」と前置きし、「今注目されているキーワードが、グローバル化であり、BCPとなる。グローバル化が進めば進むほど、フェイス・トゥ・フェイスでの働き方には限界が生じる。そして、BCPを実行する上では、物理的に集まって仕事をする難しさが生まれる。今回のテレワークだけに業務を限定された1日を通じて、社員の仕事にどんな支障が出たのか、どんなメリットがあったのかといったことや、テレワークには向かないと言われる複雑なプロセスを要したり、多くの意見を戦わせる戦略会議での活用が可能なのかといったことも検証していきたい。グローバル化やBCPについては、多くの企業がそれに向けた対応を図りたいと考えている。そのためには、平時から、緊急時における体制を確立しておく必要がある。今回の取り組みが、その事例になればと考えている」と、樋口社長は語る。

●日本を代表するテレワークの実施企業に
日本マイクロソフト 業務執行役員 社長室長の牧野益巳氏

 日本マイクロソフトでは、2011年2月1日付けで、品川本社へと移転。それにあわせて、全社規模でモバイルワークが行なえる体制を構築した。

 Microsoft Lync、Microsoft Unified Communications、Microsoft Exchangeによる新たな社内システムを構築。エンタープライズボイスシステムの導入によって、外線電話はすべてPC上に通じることになり、社員はヘッドセット型通話装置か、USBに接続する受話器を利用して会話できるようにした。会議中や海外出張中でも、ネットワークがつながっている場所であれば、直接、社員の電話がPC上につながるようになっている。また、PC上から、複数の社員を結んで会議が行なえるようになっている。

 移転から1カ月強を経過した時点で、東日本大震災が発生。日本マイクロソフトの社員は、それから約2週間に渡って、90%以上の社員が在宅勤務を行なうことになった。

 「震災から2週間は、テレワーク環境を活用して、お客様とのコミュニケーションを図ってきた。自宅にいながら、お客様をサポートしたり、通常通りのコミュニケーションを図るといった実績ができ、新たな働き方を社員全員が体験することができた」(牧野室長)とする。

 さらに、2011年8月には、節電を目的として、4週間に渡って、毎週2〜3フロアごとに在宅勤務を実施。約30%の電力削減を実現したという。

 また、2月上旬には、経理部門が、月末決算の締め作業を、大阪支社への出張と社員の在宅勤務、フランスへ出張中の上司とを結んだ形で行ない、無事業務が完了したという。

 こうした一連の取り組み成果が認められ、日本マイクロソフトは、社団法人日本テレワーク協会が主催する第12回テレワーク推進賞において、このほど会長賞を受賞した。会長賞は最高位の賞であり、毎年表彰されるものではないとことからも、その取り組みが大きく評価されたことがわかるだろう。


第12回テレワーク推進賞の受賞式で、社団法人日本テレワーク協会の有馬利男会長から記念の楯を受け取る日本マイクロソフト 法務・政策企画統括本部政策企画本部長のステファン・デュカブル業務執行役員 日本マイクロソフト Officeビジネス本部サーバープロダクトマーケティング部エグゼクティブプロダクトマネージャの米野宏明氏

 今回のテレワークの日は、こうした経験をもとに実施したものであり、「インフラが揃っており、社員の意識も高い。そして、テレワークの働き方を支援する制度が整っていることによって、実施できたものともいえる」(牧野室長)というのも事実であり、「震災後や昨年夏の在宅勤務を経て、Lyncの有効性そのものを社員が理解していることが、テレワークの日の実施につながっている」(日本マイクロソフト Officeビジネス本部サーバープロダクトマーケティング部エグゼクティブプロダクトマネージャの米野宏明氏)という経験も見逃せない。

 実は、日本マイクロソフトでは、すでに社員の多くがテレワークを利用しており、本社に出社している社員は、全体の3〜4割程度とみられている。その点では、すでにテレワークを行ないやすい環境が出来上がっているともいえよう。

 一方で、祝日を挟んだ月曜日という点では在宅勤務を行ないやすい日だったともいえるが、日本の多くの企業が年度末を迎える慌ただしい時期での実施ともいえる。

 「もちろん、多くの企業の期末を迎えていることで、一部には懸念する声もあったが、この観点からも、日本マイクロソフトがテレワークによる取り組みを、自ら実践することで、課題を浮き彫りにすることができ、提案活動につなげることができるメリットの大きさに関して、社員に理解を求めた」と語る。

 日本マイクソフトの決算期は6月だが、多くの企業の期末が集中する3月は、営業部門にとっては重要な時期。あえて、ここで全社規模でのテレワークを実行したことにも大きな意味があるといえよう。

 一方で、日本マイクロソフトでは、テレワークに取り組む背景に、もう1つの大きな理由があるとする。

日本マイクロソフト HRプランニング&オペレーショングループシニアマネージャの大場美里氏

 日本マイクロソフト HRプランニング&オペレーショングループシニアマネージャの大場美里氏は次のように語る。

 「優秀な技術者やマーケッターが、家庭の関係でどうしても転勤しなくてはならない、あるいは家にいなくてはならないという場合にも、テレワークのシステムを活用することで、日本マイクロソフトでの勤務が可能になる。これは新たな雇用にもつながる」とする。

 日本マイクロソフトは、BCPやグローバル対応といったことだけではなく、幅広い視点でテレワークの導入効果を考えているのだ。


●今後も継続的に「テレワークの日」設定へ

 今回のテレワークの日は、昨年末からプランを検討し、1月から本格的な企画立案を開始した。約1カ月前から3回に渡って、社員に告知を行ない、19日午前9時〜9時15分の全社員のスケジュールを、「テレワークの日 キックオフセッション」として押さえた。

 「テレワークの日は、今後も継続的に実施していきたい。できれば、パトーナー会社と連動した形でテレワークを行なうなど、範囲を広げた形で取り組みたい。できれば、夏前にはもう1度開催するなど、年に2回のペースで実施したい」と、同社・米野エグゼクティブプロダクトマネージャは語る。

 また、牧野室長は、「社員の働き方、意識がさらに進めば、将来的には、当日朝になって、今日はテレワークの日であるということを告知するといったことも実施したい」と驚くべき構想も明かす。

 樋口社長も、「今後も継続的に行なっていくことは大切な取り組み」としており、継続的にテレワークの日を設けることに意欲をみせる。自社内のBCP対策に加え、自社製品を販売する営業活動にも直結すると考えているからだ。 

 日本マイクロソフトは、自ら実践することで、日本におけるテレワークの形を創造しようとしている。