大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

NECとレノボが合弁して「良かったこと」と「悪かったこと」



会見で握手するレノボ・ジャパンのロードリック・ラピン社長と、NECパーソナルコンピュータの高須英世社長

 2011年7月1日付けで、NECのPC事業が、NECパーソナルプロダクツから事業分割され、発足した新会社のNECパーソナルコンピュータによって推進されることになった。

 レノボの51%出資、NECの49%によって同日に発足したLenovo NEC Holdings B.Vの100%子会社として、NECのPC事業を行なうNECパーソナルコンピュータと、レノボのPC事業を行なうレノボ・ジャパンが、それぞれのブランドの製品を、日本市場で展開することになる。

 具体的な両社の話し合いは、5月27日に公正取引委員会の認可を得てからだったというが、レノボが国内販売したコンシューマ向けPCに関する電話サポートを、NECパーソナルコンピュータが受託するといったシナジー効果が早くも実現しており、今後の両社の連携によって、どんな製品、サービスが登場するのかを期待したい。


●400人規模のリストラで軽い体質になったNECのPC事業

 新たな組織体制という点では、レノボには大きな動きがないのに対して、NEC側の動きは激しい。

NECパーソナルコンピュータの高須英世社長

 NECパーソナルコンピュータの本社は、これまで通りに東京・大崎のゲートシティ大崎としているが、そこには企画開発部門が残るだけで、高須英世社長が拠点とする事実上の本社機能は、山形県米沢市の米沢事業場となる。そして、高須社長をはじめとする経営幹部は、米沢市内に住居を構えるスタイルとなる。

 また、今回の会見では具体的には言及しなかったが、スタッフ部門や営業部門などは、台東区池之端に拠点を移して、そこから対外的な活動を行なうことになる。7月4日に行なわれた記者会見で配布された資料では、東日本統括営業部の拠点とされている場所がそこになる。ちなみに西日本統括営業部はこれまでと同じ場所を拠点とする。

 これに群馬県太田市の保守サービス拠点、東京・大森のサポートセンター拠点を加えるが、本社機能の事実上の米沢移転によって、NECパーソナルコンピュータの役員および社員は、生活スタイルを変える形で、事業に取り組まざる得ないのは事実だ。

NECパーソナルコンピュータの事業体制

 なお、NECパーソナルプロダクツにおいて展開していたPC以外の事業については、7月1日付けで発足したNECエンベデッドプロダクツが継続的に行なうことになる。ここも本社は都内としているが、実際には米沢事業場が主力拠点となる。

 そして、もう1つの大きな体制変化は、NECパーソナルコンピュータへの移行に伴い、社員の20%に当たる大規模なリストラを実施した点だ。

 これまでのNECパーソナルプロダクツでは約2,000人の社員がいたが、そのうち、NECパーソナルコンピュータに異動したのは1,200人。そして、NECエンベデッドプロダクツへの異動が約300人。NECに戻った社員が約100人。残り400人が早期退職制度の対象となり、同社から退職したことになる。

 つまり、新たなPC事業体制では、実に6割の社員数という軽い体質で取り組むことになる。この点もコスト削減と収益拡大にどう反映されるのかが注目されよう。


●数十億円単位のコスト削減が可能な調達メリット

 では、レノボとの合弁会社のスタートによって、NECにはどんなメリットがあるのだろうか。

 最大のメリットは、調達コストの削減が可能になるという点だ。

 これは、レノボが本拠を持つ中国で調達する安い部材を利用するという点でのコスト削減ではなく、これまでと同じものを調達していながらも大幅にコストが削減できるという点を指す。

合併による調達のメリット

 その最たるものがCPUとOSである。

 例えば、IntelのCore iプロセッサシリーズや、MicrosoftのWindows 7は、数量によって調達価格が大きく変わる。これまでのNECの調達規模でいえば、調達価格が最も高い設定水準とならざるを得なかったが、これが世界第3位の市場シェアを伺うポジションにあるレノボのスケールメリットを生かして調達することが可能になれば、調達価格は一気に引き下げられることになる。

 IntelとMicrosoftの製品をあわせただけでも、PC 1台あたりで数千円規模の調達コストの引き下げが可能になると、ある業界関係者はみる。

 仮に、2,000円の調達コストの引き下げが可能になっただけでも、年間約250万台の出荷規模を誇るNECパーソナルコンピュータは、約50億円もの利益が自然に創出されることになる。つまり、なにもしなくても、これだけのメリットがあるというわけだ。

 問題は、これをどこに活用するかである。

 高須社長は、「日本において、魅力的な製品を開発し続けるための研究開発費への活用、より高い満足度を得るためのサービス/サポートの強化への活用、あるいはこれまでのNECブランドのPCではできなかった低価格領域の製品投入に反映させるといったことも可能だ。だが、どこにどう使うかのバランスはまだはっきりしていない」と語る。

 いずにしろ、これまでは、縮小均衡型のPCビジネスに留まっていたNECのPC事業が、成長路線へと舵を切りやすくなったのは確かである。

 NECのPC事業は、1999年に西垣浩司氏が社長に就任して以降、「PCはノンコア事業」と位置づけられ、2001年にNEC本体から分離して、NECカスタマックスとNECカスタムテクニカに分社化。2003年にこれを合併してNECパーソナルプロダクツとして、分社化したまま統合したものの、海外事業から撤退し、国内事業に集中させるなど、まさに不遇の時代を送ってきた。

 国内PC市場の成長が横ばいの中、毎年のように大幅な単価下落が進み、NECは均衡縮小型のビジネスの中で、収益を確保することに苦しんできたわけで、もはやその対策も限界に届きつつあったといえる。

 しかし、そうした苦労も今回の体制変更で、立ち位置が大きく変化することになる。

 成長を見据えることができるようになったことで、NECブランドのPC事業はどんな成長戦略を描くのか。

 約10年間に渡って、均衡縮小型ビジネスに慣れきってしまった社員のマインドをどう転換できるかにも注目したい。


●海外展開にはどこまで踏み出すのか

 そして、もう1つは、海外への展開が可能になった点だ。これには2つの要素がある。

 1つは、NECが持つ技術の海外展開だ。

 レノボ・ジャパンのロードリック・ラピン社長は、「NECは、日本市場に特化した製品を展開してきたが、ここに搭載されている技術は世界的にみても最先端のものである。例えば、LaVieなどに利用しているスクラッチリペア技術は、レノボのPCにもぜひ採用したい」と語る。

 7月4日に行なわれた会見に出席したインテル・宗像義恵副社長や、日本マイクロソフトの樋口泰行社長も、「今回の新会社によって、グローバルに新たなPC市場が創出されることを期待している」(インテル・宗像義恵副社長)、「日本のPC市場の活性化とともに、日本の技術が世界に展開されることを期待している」(日本マイクロソフトの樋口泰行社長)とコメントする。

 このように、NECならではの独自技術が、年間3,000万台規模を誇るレノボのPCに採用され、グローバルに広がるというのは、極めて大きな要素だ。

 もう1つは完成品としてのグローバル展開である。

 高須社長は、「NECブランドの製品で、海外展開していくことは考えていない」とするものの、「日本企業の海外拠点への導入においては、NECのPCの導入が図れる。これまでは海外にサポート拠点がないために、日本でNECブランドのPCを導入していた企業が、海外では別のブランドのPCを導入したり、場合によっては、海外サポート体制がないことを理由に日本で導入しているクライアントPCをひっくり返されることもあった。レノボのグローバルなサポート体制を活用することで、こうした課題も解決できる」とし、海外におけるNECブランドPCの販売促進に期待を寄せる。

 これをステップにして、その次には、NECブランドの本格的なグローバル展開を期待したいところだが、そこまでの具体的な検討は行なわれていないようだ。

●PC専業に進むのは懸念材料となるのか?

 一方で、いくつかの懸念される材料もある。

 1つは、NECの研究開発拠点との連携の点だ。

商品企画や開発の体制

 米沢事業場では、PC向けに数多くの独自技術を開発してきたが、その背景には、PC部門と密接な関係を築いてきた相模原事業所の研究部門の存在があったといえる。静音技術や水冷技術といった技術も、その連携によって成しえたものだ。

 レノボ51%の出資比率を背景にすれば、当然のことながら、この連携がこれまでに比べて薄れるのは明らかだ。

 もちろん、レノボがみなとみらいに移転した大和研究所や、中国・北京や米ノースカロライナ州ラーレイに設置している研究開発拠点の成果を活用できるという別の切り札ができるのも事実である。

 この新たな体制が、今後のNECブランドのPCにおいて、プラスとなるのか、あるいはマイナスになるのか。どんな影響が出るのかが気になるところだ。

 そして、PC専業としての展開が、さらに促進される環境にあることにも注意しておきたい。

 NECのPCは、ここ数年、PC専業であることを強力に訴求していた。レノボとの合弁によって、その姿勢はさらに加速されることになるだろう。

 だが、周りを見渡してみると、多くのPCメーカーが、携帯電話やTVといったデバイスとの連携、あるいはソリューションとの連携を前提とした製品づくりに力を注いでいることに比較すると、PC専業の考え方は、ある種、「時代遅れ」の感が否めない。

 富士通は携帯電話事業と組織を統合し、東芝もTV事業との組織統合を図り、ソニーもTVやPlayStation 3などとの連携を前面に打ち出している。ヒューレット・パッカードやデルも、ソリューションとの連携を進める一方、コンシューマ領域では、スレートPCやスマートフォン、TVとの連動提案も開始している。そして、PC市場において、最も高い成長を遂げているAppleは、周知のようにPC事業だけを推進している企業ではない。

 NECパーソナルコンピュータで生産される法人向けPCは、NECを通じて販売され、クラウド・コンピューティング時代のデバイスとしての役割を担うことになるというが、この関係だけでは、PC専業という立ち位置から大きく舵を切るものにはならない。

 NECパーソナルプロダクツは、新社名をNECパーソナルコンピュータとした。これは、まさにPC専業を示す社名とも言える。名は体を表すというように、NECパーソナルコンピュータは、これからもPC専業にこだわり続けるのか。それともレノボとの合弁を機に、新たな道を探り始めるのか。その判断は、成長戦略の舵取りには重要な要素だといえまいか。