大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

30年前のPC普及戦略を繰り返す、オンキヨーのスレート戦略とは



菅正雄社長

 「30年前のPC黎明期に取り組んだ施策を、今、スレートPCで繰り返すことになる」。

 オンキヨーデジタルソリューションズの菅正雄社長は、オンキヨーが打ち出すスレート戦略をこう表現する。

 オンキヨーは、2010年10月22日から、Windows 7を搭載したスレートPCとして、11.6型液晶の「TW317A5」、10.1型液晶で32GB SSDを搭載した「TW217A5」、10.1型液晶で160GB HDDを搭載した「TW117A4」の3機種をTWシリーズとして出荷した。


Windows 7搭載のスレートPC

 国内メーカーとしては競合他社に先行。1月25日時点で、累計出荷は約15,000台に達したという。

 さらに、12月27日には、Android 2.2搭載のスレートパッドとして、10.1型液晶で、16GBフラッシュメモリ搭載の「TA117C3」、同じく8GBフラッシュメモリ搭載の「TA117C1」の2機種を「TAシリーズ」として出荷。こちらの累計出荷は約2,000台に到達したという。

 菅社長によると、「中には、200~300台単位での商談も出ているが、現時点では評価用として数台のスレートPCを試験導入するというケースがほとんど。量販店店頭でも販売しているが、個人の購入は少ない状況にある。実売はまだまだこれから」と慎重な姿勢をみせる。

 だが、その一方で、顧客からの要望は多岐に渡っている。いち早く製品を投入したことで、顧客の声を収集できるというメリットも生まれている。

 「CPUをもっと強化してほしい、あるいは通信モジュールを内蔵してほしいといった要求のほか、建設業では、設計図面を電子化して現場に持っていくので、太陽の下でも見やすいものがほしいという声がある。また、医療分野では、電子カルテとして活用したり、血圧の測定結果などをBluetoothでスレートPCに取り込んだり、スレートPCを使用して症状や回復状態を患者に説明するといった使い方ができないかという話も出ている。さらに、電力会社やガス会社などでは、電子マニュアル、電子図面としての活用、流通業ではレストランなどにおいて導入されている専用端末からの置き換え用途の要求もある」。

 こうした声に共通しているのは、「ノートブックPCを置き換えるというものよりも、専用端末を置き換えたいというもの。さらに、いままで使われなかったところに浸透しはじめているというのが実感だ」とする。


スレートの需要

 もちろん、営業マンが販売促進ツールとしてスレートPCを活用したいという用途では置き換えも発生している。その多くは、クラムシェルタイプのノートブックPCでは、商談の席で、相手にプレゼンテーションしにくいこと、短時間で起動させたいという理由がその多くだ。しかし、スレートPCの需要は、金融業での金融商品の説明や、学校におけるデジタル教科書の採用などといった、むしろ新たな市場開拓という側面が強いといえる。

 「新たなデジタル機器の使い方では、欧米やアジア諸国よりも、日本の方が進んでいる。モバイルプロードバンド環境の整備も含めて、新たな利用シーンの実験を行なうのに日本は適した市場である」とも菅社長は語る。

 菅社長は、Windows搭載のスレートPCでは、3G通信モジュール搭載のほか、CPUにOakTrailやCedarTrailを搭載した製品、堅牢性を重視した製品、特定機能に特化した単機能型の製品投入の計画を明らかにし、Android搭載のスレートパッドでは、3Gなどの通信モジュールを搭載するとともに、7型ディスプレイを搭載した製品の投入を明らかにしている。

 「スレートパッドで投入する7型液晶タイプでは、4:3と、16:9のディスプレイサイズをそれぞれ用意して、用途によって使い分けてもらえるようにする」とした。

Androidを搭載したスレートパッドスレートPCのロードマップ

●30年前のPC普及戦略と同じ取り組み

 そうした中で、菅社長は、スレート端末黎明期の普及戦略において、30年前のPCの普及戦略と同じことに取り組もうとしている。

 それが、冒頭のコメントに繋がっているのだ。

 では、30年前の施策とはなにか。

 それは、スレート上でのソフトウェアの動作を確認するために、ハードウェアを積極的に貸し出し、動作検証済みのソフトウェアを増やしていこうという取り組みだ。

  1981年8月に、米IBMは、IBM PCを発売した。これは、PCの世界標準となり、その後の日本におけるDOS/Vの普及へとつながっている。また、1982年10月には日本でNECから PC-9800シリーズが発売され、1997年にPC98NXシリーズを発売されるまでの間、国内市場において、ガリバーともいわれるほどの圧倒的シェアを獲得した。そして、1989年には、世界初のノートブックPCが東芝から登場。現在では市場の過半数をノートブックPCが占めている。

 こうした新たな製品が登場した時に共通して行なわれたのは、ソフトメーカーや周辺機器メーカーなどのサードパーティーに対して、ハードメーカーが新たなプラットフォームの製品を貸し出し、対応製品の開発を促進させたということだ。

 とくに黎明期はアーキテクチャー間の競争が激しく、とりわけ日本の市場では、NECのPC-9800シリーズ用に開発されたアプリケーションソフトは、富士通のFMRシリーズでは動作しないというように、他社製品と互換性がない状況が生まれていた。つまり、ソフトウェアの数の差がシェアの差に直結したのであった。

 東芝がノートブックPCを投入したときも、それまで主流だった5インチFD(フロッピーディスク)から、ノートブックPCに搭載された3.5インチFDへとメディアをシフトするという変化が必要となり、東芝の社員は、世界規模で、アプリケーションソフトを3.5インチへの移行してもらえるようにソフトメーカーへの働き掛けを行なってきた。実は、この中に、当時、東芝に在籍していた、オンキヨーデジタルソリューションズの菅正雄社長の姿もあった。

 「黎明期には何をしなくてはならないか。それを身を持って体験した経験を生かし、今、30年前と同じことに取り組むことにした」と菅社長は語る。

オンキヨーのスレートPCの戦略

●ハードウェアプラットフォームの提供

 スレート普及戦略として、菅社長が掲げたのが、ハードウェアプラットフォームの提供だ。

 ソフトウェアメーカー、周辺機器メーカー、またシステムインテグレータに、スレートPCおよびスレートパッドを提供し、ソフトウェアやソリューション、接続する周辺機器の動作を確認してもらい、その上で製品をリリースをしてもらうというわけだ。

 「オンキヨーのスレートPCで動作を確認したことをサードパーティーも当社も訴求することができる。これによって、ユーザーが安心して利用できる環境が提供できる」

 オンキヨーがスレートPCを出荷して以降、ここ数カ月の間に、企業ユーザーから寄せられた声の中には、「本当にビジネスシーンで使えるのか」、「安定した利用は可能なのか」、「継続的に製品が提供されるのか」というものばかりだ。裏を返せば、その問題が解決されない限り、企業へのスレートPC普及はままならないといえよう。

 いち早く製品を投入した強みを生かして、企業が安心して利用できるための動作確認を自ら構築することで、サードパーティーがこれを利用。スレート端末の標準製品としての位置づけを獲得しようというのがオンキヨーにとっての大きな狙いということになる。

 まさに約30年前にみられたPC黎明期やノートブックPC黎明期と同じ手法で、標準的に地位を狙うということになる。

 そして、機器を貸し出すことで、スレートPCに最適化したアプリケーションの開発が促進され、それがスレートPC市場の拡大につながるともみている。

 「Android環境は、いよいよこれからアプリケーションが増加する段階。また、Windows環境においても、従来からのソフトウェアが動作するとはいうものの、マウスとキーボードに最適化したインターフェイスとなっていることが多く、マルチタッチに最適化したアプリケーションはまだ少ない。例えば、画面の四隅をクリックするというのはマウスでは操作しやすいが、指でタッチするには使いにくい。こうした点での改善も、実際の機器が手元にあることで気がつくことができる」という。

●ポータルサイトも開設

 そして、もう1つ同社が取り組むのが、2月末をめどに開設する「オンキヨースレートプラザ」である。

 これはWeb上に開設する同社スレートの関連情報をまとめたポータルサイトともいえるものだが、オンキヨーのスレート端末での動作が確認されたソフトウェアや周辺機器をここで紹介。さらには、企業における導入事例の紹介も同サイトを通じて行なっていくという。

 これもかつてのPC黎明期の成功事例の1つだ。

 かつて、NECはPC-9800シリーズにおいて、同製品で動作するソフトウェアを網羅した「PC-9800シリーズ アプリケーションガイド」を冊子として発行。これによって、アプリケーションソフトの豊富さを訴求してみせ、その安心感が企業ユーザーの導入、個人ユーザーの購入を後押しした。

 オンキヨーのスレートPCで、安心して使えるアプリケーションや周辺機器が数多いことが確認できれば、企業や個人がオンキヨーのスレートPCを指名買いするケースが増加するのは確かだろう。

 現在、オンキヨーは、PC市場においては国内市場シェアは10位以内にも入っていない。
 スレートという新たな市場が対象とはいえ、そこで、まだPC市場でシェアが小さいオンキヨーが、この市場でどれだけ存在感を発揮できるかも大きな課題だろう。

 それはオンキヨーでも強く認識している。

 菅社長は、「スレート端末は、デスクトップPC、ノートブックPCと並ぶ、PC市場の第3の柱になるのは確実。今後2~3年で、200~300万台の新たな市場を創出することになるだろう」と予測する一方、「急拡大する市場の広がりにおいて、我々がどう追随していくかが課題になる」との見解を示す。

 「今は他社に先行することができた。このチャンスを生かして、スレート分野におけるナンバーワンを目指したい」と、菅社長は語る。

 スレートといえば、オンキヨーというブランドを作り上げることができるか。オンキヨーは、PC黎明期の経験を生かして、新たな市場で戦おうとしている。