■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
GALAPAGOS |
シャープは、12月に発売を予定している電子書籍に、「GALAPAGOS(ガラパゴス)」というブランドをつけた。AQUOSなどと並ぶ製品ブランドに位置づけ、さらに海外でも通用するブランドとして展開する。
GALAPAGOSというブランドを聞いて、多くの人が驚いたはずだ。ICT産業において、ガラパゴスという言葉が指すのは決していい意味ではない。
独自の生態系の進化を遂げるガラパゴス島を語源に、日本独自の進化を遂げた日本の携帯電話市場になぞらえ、「日本固有」という意味があるからだ。これは裏を返せば「世界では通用しない」という意味にも受け取れる。
それだけに、世界戦略を視野に入れるこの製品に、GALAPAGOSのブランド名を使うのは、ある種「自虐的」ともいえる。唯一、メリットといえるのは、多くの人が忘れないブランドであるという点だ。
だがシャープは、そうした外野の声が出ることを想定しながらも、GALAPAGOSというブランドを使った。「ガラパゴスという日本語のブランド名ではなく、アルファベットのGALAPAGOSとした点に意味がある」とする。
「GALAPAGOS is not ガラパゴス」--。これがシャープのスタンスだ。
「日本固有」の意味があるのを日本語の「ガラパゴス」だとすれば、生態系の進化という点で世界的にも注目を集めるアルファベットのGALAPAGOSが、このブランドに込めた意味となる。
シャープ 岡田圭子氏 |
「ガラパゴス化という言葉を、当社では否定的には捉えていない。そして、世界の標準技術をベースに、日本ならではのきめ細かなノウハウと高いテクノロジーを融合させることで、世界で通用するモノの象徴として、日本語のガラバゴスから、アルファベット表記のGALAPAGOSへと塗り替えていく意気込みを込めている」と、シャープのオンリーワン商品・デザイン本部長の岡田圭子氏は語る。
「ダーウィンは、“生き残る種は、最も強いものでもなければ、最も知的なものでもない。最も変化に適応できる種である”という言葉を残したが、この言葉はガラパゴス島での生態の進化をヒントに得たともいわれている。GALAPAGOSという言葉は、世界の流れとはかけ離れた孤島という意味ではなく、変化に敏感に対応していく『進化』の象徴として捉えている」と続ける。
日本の厳しいユーザーの目によって生まれた製品およびサービスであること、そして、それはユーザーオリエンテッドなプラットフォームであることに起因すること、こうした日本ならではのノウハウが蓄積されたプラットフォームが、世界規模で利用されていくということ、さらに、進化を続ける製品、サービスであることを表現したブランドが、GALAPAGOSであるというわけだ。
そして、「Cool Japan×Global」というコンセプトが、このブランドに生きているとシャープでは定義する。
会見ではGALAPAGOSのブランドの前に、「進化する」という言葉をつけた。日本におけるブランド展開では、当面、「進化する GALAPAGOS」というメッセージを使うことになる。
「進化する」という言葉にも、意味がある。
日本固有を意味するガラパゴスケータイという言葉を知る人たちに対して、GALAPAGOSは進化するという意図を持たせたブランドであることを訴求するとともに、GALAPAGOSという電子書籍端末が、電子書籍を越えた端末へと進化することも含んでいるからだ。
GALAPAGOSは、Andoroid端末の1つである。
これまでは次世代XMDFフォーマットへの対応ばかりが前面に打ち出され、次世代XMDFフォーマットによる新聞や書籍の閲覧が可能な専用端末という誤解もあった。だが、GALAPAGOSはそうではなく、次世代XMDFフォーマットも利用可能なAndoroid端末とした方が適切だ。
「100のコンテンツがあれば、80個は電子書籍という訴求をするが、あとの20個はさまざまなコンテンツが利用できるということになる」として、正式な製品発表後には、Andoroidアプリケーションの動作についても順次訴求していく姿勢をみせる。
ここにもGALAPAGOSの進化の1つがある。
GALAPAGOS in not “ガラパゴス” | GALAPAGOS = Darwinism Evolution | 進化する GALAPAGOS |
●格好良さよりも骨太を優先したブランド
GALAPAGOSのブランドのほかに、2つほどの候補があったという。これらの候補をもとに、シャープは、ブランドイメージ調査を行なった。
その調査結果では、最終決定から漏れた2つの候補の方が、センスの良さ、格好良さではGALAPAGOSを上回った。つまり、最終選考のなかでは、もっともセンスが悪く、格好悪いのがGALAPAGOSだったといえる。
だが、独創性を感じるという点では、GALAPAGOSが、ズバ抜けて評価が高かった。
「時代の流れをみても、いまこそ、ガツンという骨太のネーミングの方が適している感じた。強さを感じるネーミングを選んだ」(岡田氏)とする。
また、GALAPAGOSが持つ「負のイメージ」を一般消費者がそれほど強く認識していないということも、このブランドに決めた理由の1つにありそうだ。
だが、GALAPAGOSのブランドについては、社内でも反対の声がないわけではなかった。特に、現場に近い社員ほど、その傾向が強かったという。
「社員レベルでは反対の声が多かったのは確か。しかし、上層部に行くほど、このブランドに対する賛成の声が増えていった」。
その決定は、日本ならではの仕組みによって、世界に対して事業を推進していくというシャープの決意でもあった。
片山幹雄社長もガラパゴスには期待を込める |
今回の発表に先立って、9月17日に都内で行なわれた記者懇親会の場において、シャープの片山幹雄社長は、GALAPAGOSの試作機を背広の内ポケットから取り出して、記者に披露してみせた。
すでにコンセプトは発表しているが、試作機段階のものを社長自らがポケットに忍ばせるというのは異例のことだ。
その席上、片山社長は、「日本の携帯電話は、ガラパゴスケータイなどと言われているが……」とあえて言及していた。今から考えるとこのコメントは、GALAPAGOSという正式ブランドを意識したものだったということがわかる。
シャープのある関係者は、「片山社長はたまに、社内の関係者がドキっとする発言をする」と苦笑するが、この発言は、まさに片山社長らしい隠れたドッキリ発言。実際、ガラパゴスケータイと発言したあとに、片山社長はちょっとした一人笑いをしたのを筆者は見逃さなかった。
この時、片山社長は、「単に新しいデバイスを投入するだけでなく、プラットフォーム上で多くのパートナーが参画できるビジネスモデルとしての提案を行なう。日本の携帯電話はガラパゴスケータイなどと比喩されているが、シャープはこのビジネスを、世界に通用するビジネスモデルへと育てていきたい」とコメントした。
そして、続けて片山社長はこうも語った。「この製品投入を機にシャープはクラウドビジネスにも投資を加速することになる」。
シャープは、第1弾として、電子ブックストアサービスを2010年12月からスタートする考えで、電子書籍コンテンツを配信。定期購読誌の自動定期配信サービスやおすすめコンテンツの無料体験の自動配信などのほか、ソフトウェアのアップデートによって端末を進化させるなど、プッシュ型のサービスを前面に打ち出した展開が進めることになる。
電子ブックストアの名称は現時点では決まってはいないが、「GALAPAGOS STORE」という名称が有力のようだ。
電子ブックストアサービスに関するデータセンターはシャープ自らが用意し、2010年12月のサービス開始時点では、新聞、雑誌、書籍など約3万冊のラインアップを取り揃える考えである。
ここでも日本の縦書き文化に最適化されている次世代XMDFフォーマット対応のコンテンツが重視され、日本固有のガラパゴス化の印象を結果として強いものにするが、今後は幅広いフォーマットにも対応していくことは間違いない。その点でも、次世代XMDFフォーマットは、日本語のガラバゴス化を象徴するような動きではない。
また、このクラウドの仕組みを利用することで、将来的には、事業部門を越えて、デジタルサイネージ向けの情報提供サービスにも拡大する考えだ。
シャープは、そのあたりまでを視野に入れて、データセンターの仕組みを構築することになる。
ところで、ブランドが正式に発表されたGALAPAGOSだが、GALAPAGOSのロゴを使用することになる専用端末のメディアタブレットについては、7月20日にコンセプトが発表された段階で示された、5.5型と10.8型のディスプレイを搭載したモデルが用意されていること、ワイヤレスLAN接続が可能になるといった内容に留まり、価格などについては詳細は発表されないままだった。一方で、スマートフォンなどでもGALAPAGOS対応製品が発売されることが明らかにされた。
今後、どんな形で端末やサービスが広がるのかはまだ明らかではないが、現時点では、まさにガラパゴス島という世界の一か所における新たな進化の動きでしかない。これが、世界が注目する「進化」へとつなげるには、まだまだ長い道のりがある。
どんな進化を遂げるのか、その進化が本当のガラバゴス島の進化のように世界的に注目を集めるものになるのか。
GALAPAGOSというブランド名をつければ、当然のことながら、「やっぱりガラバゴスな製品でしかない」と言われかねないリスクがある。それはシャープも重々承知の上での新ブランドである。
すでに幕は切って落とされた。
シャープの情報通信事業統括兼通信システム事業本部長の大畠昌巳執行役員は、「成功の最初の目安は端末の出荷台数。2011年度の早い時期に100万台の出荷を目指す」とする。
早い時期とは、第1四半期か、第2四半期かは明らかにしないが、2010年12月の製品出荷、サービス開始から半年ほどで、100万台に到達までの目途を立てることができるのかが、最初の成否を占うバロメータとなる。
そして、1年後には、世間が感じる「ガラパゴス」なのか、それともシャープが定義する「GALAPAGOS」に名実ともに進化できるのかも、この第1フェーズでの成果が大きく左右する。
世界が注目するGALAPAGOSとしての「進化」は、急速な勢いをもって進まなくてはならないはずだ。
その点で、すでに2度の発表を行なっても、まだビジネスモデルや端末の価格の姿が明確に見えないところにもどかしさを感じる。あとは、GALAPAGOSとして世界で戦えるスピード感が欲しい。