大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

Microsoft沼本コーポレートバイスプレジデントに聞く
~Office 2010がワークスタイルの標準を変える



沼本健コーポレートバイスプレジデント

 Microsoft Office 2010のパッケージ版が、6月17日から発売となる。米Microsoftの沼本健コーポレートバイスプレジデントは、「Office 2010は、世の中のワークスタイルの変化を先取りした提案を行なうことができる、最高の自信作として投入したもの」と胸を張る。沼本氏は、米国本社でOffice 2010に関するプロダクトマネジメントやグローバルにおけるマーケティングの指揮を執り、中核人物の1人として、製品化をリードしてきた存在である。Office 2010の特徴は何か、そして、Office 2010によって、ワークスタイルはどう変わるのか。沼本健コーポレートバイスプレジデントに話を聞いた。

--Office 2010のパッケージ版がいよいよ発売となります。いま、どんな気持ちで迎えていますか。

沼本 ゴールという感覚はないですね。むしろ、これから多くの人に使ってもらわなくてはならないですから、いまからが勝負です。私自身、この製品が大好きですし、自信を持って世の中に送り出せるものに仕上がっていると自負している。β版を1年以上使ってきて、その気持ちがより強くなっています。できれば、私自身が、あちこちで直接デモストレーションしたいぐらいです(笑)。私は、とにかく、みなさんに使っていただきたいと思っているんです。この進化を知るには使っていただくのが一番いいんです。

 さまざまな記事でもOffice 2010に関する多くの機能が紹介されていますが、それを読んでコンセプチュアルな観点だけで評価されるのが最も怖い。説明の仕方や解釈の仕方で、捉え方はまったく違ってしまいますから。私は、製品は説明するのではなく、使ってもらうのが一番理解してもらえると思っています。どこが進化しているのかということを実際に体験してほしい。インフォメーションワーカーにとっては、Office 2010は、1日に何時間も使うツールです。そうした利用環境で進化したOffice 2010の良さを実感してほしいんです。Officeが好きな人も、嫌いな人も(笑)、ぜひ一度使ってくださいというのが私のメッセージです。

--改めてお伺いしますが、Office 2010の特徴はなんですか。

沼本 今回のOffice 2010の最大のポイントは、「PC」、「スマートフォン(携帯電話)」、「Web」という3つのスクリーンに対応していることです。

 過去にも、我々は、モバイル版のOfficeとして、Pocket Officeなどの製品を開発してきた経緯がありました。しかし、これらの製品は、Officeのコアチームが開発したものではなかった。今回のOffice 2010では、Officeのコアとなる開発チームが、3つのスクリーンに向けて、直接、製品開発を行なった点が大きく異なります。Officeが本当の意味で、複数のデバイスで利用できる環境が整ったといえます。

 そして、複数のデバイスで利用できるという環境で、どうしてもMicrosoftがこだわった点があります。それは、どんなデバイスでOfficeを使用しても、同じように見える環境にしたという点です。ユーザーが時間とエネルギーを費やして、PCで作成したデータや文書は、スマートフォンでも、Webでも、一切損なうことなく利用してもらいたい。これは我々が最もこだわった点であり、他社には実現できていない点だといえます。そして、もう1つの特徴は、より統合したアプリケーションに進化したという点です。

--これまでの統合とはどこが違うのですか。

沼本 ワープロ、表計算という独立した機能に留まったり、一部の機能を連携するのではなく、ユニファイドコミュニケーション、ビジネスインテリジェンス、エンタープライズコンテンツ管理、コラボレーション、エンタープライズサーチという観点から、どこでも、誰でもが、1つの統合したツールとしてOffice 2010を利用できるように進化させた点です。製品間の連携が、より強固になったのがOffice 2010です。

 ただ、これはいきなりできたわけではありません。振り返ってみると、Office 2003では、Office製品とSharePointやVisioといった製品が、初めて同じスケジュールで発売されました。発売スケジュールをあわせるということは、当然、製品企画段階での摺り合わせが必要になります。それまでは、バラバラで開発を進めていたものが、初めて統一された管理環境の中で開発されたわけです。これが、Office 2007では、具体的な機能連携として進化した。Excelで作成したデータを、他のアプリケーションでも柔軟に利用できるようになり、SharePointとOfficeの連携も深まった。

 今回のOffice 2010では、人やチームがコラボレーションして利用するために、それらの連携がさらに深まるとともに、複数のデバイスをまたいで利用できるようになった。統合化が一層進んだことで、世の中のワークスタイルの変化を先取りし、世の中の「当たり前」のレベルを引き上げたいと思っています。

--Office 2010では、「ワークスタイル新標準の到来」という言葉を使っていますね。

沼本 Officeはこれまでにも、ワークスタイルの変化を先取りした提案を行なってきました。過去にも、インターネットインフラの普及や、eメールの普及といった時代を見越したコラボレーションツールとしての提案をいち早く行なってきています。Office 2010では、インフォメーションワーカーが協調してビジネスを進めるという仕事のやり方に最適化するとともに、ソーシャルネットワーキングやクラウド・コンピューティングといった新たなトレンドを捉えた形で活用できる環境も提案している。次の時代の新たな仕事のやり方を提示するものになっています。

 例えば、Office 2010の時代には、添付ファイルを送信するのは、もう古いという時代がやってきますよ。いま、FAXで書類を送信すると、「まだFAX使っているの」といわれます。それと同じように、「まだ添付ファイルで送っているの?」という会話をする時代が来る。これからの仕事のやり方は、メールにファイルを添付するのではなく、ファイルが置かれたURLを表記し、そこにアクセスする。クラウド・コンピューティング時代、そしてマルチデバイス時代の使い方はこうなってくるわけです。

 Office 2010は、そうした時代に対応した製品になっています。Office 2007ではリボンインターフェイスの採用など、表面的な部分では大きな変化がありました。では、Office 2010の変化は何かといえば、ワークスタイルそのものを大きく変えるということです。スマートフォンやWebでもOfficeアプリケーションを利用し、複数の人が一緒になってコラボレーション型の仕事を行なうのは、現時点ではまだ新たなワークスタイルだと位置いえますが、すぐにこれが当たり前のワークスタイルになる。β版を使い続けていて、私は、このスタイルがすでに当たり前になっていますから。こうしたワークスタイルの新標準を提案するのがOffice 2010なのです。

--Office 2010の開発に向けて、沼本コーポレートバイスプレジデントは、開発チームに対して、どんなことを言ってきましたか。

沼本 Officeの開発チームは、まさにプロ集団。WordやExcelが好きな人たちばかりで構成されています。そして、みんな長年に渡って開発をしている。職人気質の人たちばかりです。私はOffice 2003から携わっていますが、まだ新参者ですよ(笑)。そのチームに対して、私がこんな機能か欲しい、あんな機能が欲しいといっても話にならない。

 例えば、「ユーザーからこんな機能が欲しいという要望があるんだが」と提案をしても、「それはOffice 2003のときにはこうやった」とか、「こんな解決策があったけど、それはここまではできたけど、この部分はできない」などという回答が一気に返ってくる(笑)。彼らは「思いつきで言うな」ということを徹底してくるんです。本当にその機能が必要なのか、何度も何度も考えて、それで提案をしてくれと。5億人のユーザーを抱えるプロダクトですから、どんな機能が必要なのかということに対して、慎重に考える。その姿勢は驚くほどです。

 Office 2007から採用されているリボンインターフェイスも、思いつきで採用したものではありません。長い月日に渡って、何回も、何回も議論をし、試行錯誤を積み重ねて採用したものです。しかも、その浸透を長いスパンで見ている。Office 2007が登場したときには、ユーザーの間からは使いにくいといった声もあがりましたが、昨年秋以降、その評価が一気に変わっています。リボンインターフェイスに、多くのユーザーが慣れて、そのメリットを理解していただけるようになったからです。Windows 7の広がりといったことも、これを後押ししているのではないでしょうか。ですから、最初に提案するときのディスカッションの障壁は、とにかく高い(笑)。ですが、彼らがそれを納得してくれた時の動き方は凄まじい。すべてのベクトルが合ったように動き出す。

 実は、今回、私が開発チームにお願いしたのは、先に触れた、3つのデバイスへの対応でした。これまでのOfficeはあくまでもPCのアプリケーションの範囲でしかなかったが、もっと広い範囲で活用してもらう必要があると考えました。企業のオフィス内における仕事にだけ利用するものではなく、もっと幅広い使い方がされるべきだと。家庭でも利用してもらいたい、コミュニケーションのためにも広く利用してもらいたい、人生に関わるような形で製品を活用してもらいたい、そういう役割を果たすのがOffice 2010である、という考え方を盛り込んだ。

 Office 2010の進化は何かと言われれば、PCだけのアプリケーションから、人が利用する数多くのデバイスでアプリケーションが利用できる進化にあるといえます。そして、クラウド・コンピューティングの時代に最適な製品であるという点です。最初は、なかなかこれが理解されませんでしたね。しかし何度も、何度も、辛抱強く説明して、それでようやく理解をしてもらった。職人ばかりですから、消化するまで時間がかかるんです(笑)。ですから、Office 2010ではモバイル版、Web版も、Officeのコアチームが開発を行なっているんです。

--米国本社ならではの苦労ですね。

沼本 誤解を恐れずにいえば、とにかくエネルギー消費量が高い(笑)。動きが早いですし、ディスカッションが大好きな社員ばかりですから。この仕事が好きでないと務まりませんね。今は、楽しんで仕事をしています。

--仕事のやり方で気をつけていることはありますか。

沼本 これは私のやり方なんですが、1カ月に何時間か、古い製品しか使わない時間とか、他社の競合製品しか使わない時間というのを設けているんです。そうすると、現行製品を使っていて、なんかイライラすると思う部分はここにあったのかとか、逆に快適だと思う理由はここにあった、なんてことがわかるんです。

 先日も、古いバージョンを使っていたら、どうもイライラする。気がついたのが、フォントの違いなんです。こんなところでも、仕事をする上でのストレスの感じ方が違うんです。

 もう1つ、私は、もし「この案件をあなたが決めていいよ」と言われたらどうするか、ということを常に考えているんです。多くの人の意見を聞いて、その中から自分だったらどう判断するのかということを考えている。これによって、頭の中が整理され、自分の意見がまとまってくる。そして、必要なものはなにかといったものもわかってくる。自分の意見をコミットすると、他人から新たな情報も入りやすい。残りの選択肢を切るというのは非常に大変なことです。しかし、実際の仕事のなかではこうしたことが常に求められてくるものです。その場その場で、自分なりの判断をしっかり行なうということが大切なんです。

--Office 2007までは、現在Windowsの開発を指揮しているSteven Sinofsky氏が、開発の陣頭指揮してきました。そして、Office 2010では、Antoine Leblond氏がクライアントPC製品の開発の指揮を執り、今後のOffice製品の開発では、Kurt Delbene氏が担当することになります。リーダーが変わると、開発チームの雰囲気は変わるものですか?

沼本 大きな意味では変化はありません。もちろんリーダーが与える影響がまったくないわけではありませんが、Officeの開発チームには、独特のカルチャーがあり、これが深く浸透している。まさに職人気質の人間たちの集団なんですよ。具体的な機能は、議論に議論を重ねて、ボトムアップ型でやります。Office 2010は、開発者の汗の結晶という言葉が当てはまるプロダクトです。

--Office 2010におけるグローバルのマーケティング戦略の柱はなんですか。

沼本 今回、ワールドワイドでのコミュニケーションメッセージに「Real Life Tools」という言葉を使っています。Officeはビジネスツールではなくて、人のためのツールであり、エンドユーザーの1人1人がやりたいと思ったことを達成するための支援ができるツールでありたい。個人の健康管理のためや、趣味のため、家族のコミュニケーションのためにも活用してもらいたい。こうした事例もどんどん紹介してきます。生活のあらゆるシーンで活用し、みなさんの人生にインパクトを与えるツールであることを訴求していきます。

--日本では、「冴子先生 2010」として、冴子先生を復活させたプロモーションを行なっていますが。

沼本 内容をあとで聞いてびっくりしました(笑)。こんなやり方があったのかと。日本の細かいプロモーション施策は、日本法人に任せています。私もぜひ冴子先生 2010にお会いしたいですね。

--冒頭、Office 2010は自信作だという発言がありましたが、完成度は100点満点ですか?

沼本 私の基本姿勢は、ハーフエンプティ。常にもっとやりたい、もっとこんなものが欲しいということを考えていますから、100点満点だなんてことは、絶対に言わないですよ(笑)。ただ、使っていただいたユーザーには、絶対満足していただける自信がある。これは確かです。日本のユーザーの方々には、まずは、Office 2010を使ってみていただきたいですね。