■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
執行役員パーソナルビジネス本部長 齋藤邦彰氏 |
富士通が、15年以上に渡って使用してきたコンシューマPCブランドの「DESKPOWER」、「BIBLO」の使用をやめ、世界統一のPCブランドに一本化する。
統一するブランド名は、デスクトップが「ESPRIMO(エスプリモ)」、ノートPCは「LIFEBOOK(ライフブック)」。すでに欧米などで使用されているブランドで、日本でも、企業向けPCのブランドとして使用されていた。
では、なぜ富士通は、PCのブランドを統一したのか。富士通の執行役員パーソナルビジネス本部長の齋藤邦彰氏にその狙いを聞いた。
--2010年夏モデルで、富士通はデスクトップの「DESKPOWER」、ノートPCの「BIBLO」のブランドを、それぞれ「ESPRIMO(エスプリモ)」、「LIFEBOOK(ライフブック)」とし、グローバルでブランドを統一しました。その理由はなんですか。
齋藤 1つは富士通全体がグローバル化する上で、PCも同様の観点からグローバル化していく必要があるという点です。富士通は、「お客様起点」でビジネスをする会社です。例えば、日本の多くの企業がグローバル化するなかで、富士通も、ともにグローバル化し、ICTの観点からサポートして行く必要がある。そのときに、使用するPCが、日本と海外で異なるブランドではなく、やはり統一したブランドで提供していくことがいい。
真のグローバルICTカンパニーを目指すという中期ビジョンの観点からも、全世界1つのPCブランドを持つ必要があったといえます。2つ目には、今後、クラウド・コンピューティングが普及する中で、富士通は半導体からサーバー、ミドルウェア、端末、サービスまでを一気通貫で提供できる唯一の会社であり、そのなかでPCのブランドを最大限に生かすためには、やはり統一したブランドで展開することが得策であると判断したことです。そして、3つ目には、富士通のPCが目指す「ライフパートナー」の実現に向けて、多くの時間、さまざまなシーンで富士通のPCを利用していただく際に、統一したブランドで提案していくことがいいと考えた点が挙げられます。
夏モデルに搭載されたLIFEBOOKのロゴ | デスクトップPCのESPRIMOのロゴ。本体にはFMVの文字はない |
今回のブランド統一では、LOOXもLIFEBOOKに統一していきます。富士通が提供するPCは、企業向け、個人向けのほか、A4ノートPCからモバイル、タブレット型、デスクトップPCのほかに、TEOのようなコンシューマエレクトロニクス機器を意識した製品まで、大変幅広いものになっています。これらの製品によって、24時間、いつでもどこでも、世界中のお客様の生活を支えるライフパートナーになりたいと考えている。これを統一したブランドで展開していくというのは自然の流れだといえます。富士通にとって、本当の意味で、直接コンシューマユーザーに自社ブランドで提供している製品はPCだけです。顔となるPCのブランドを世界で通用するブランドへと一本化したわけです。
--富士通は、2009年4月に、欧州の富士通シーメンス・コンピューターズを100%子会社化し、富士通テクノロジーソリューションズとしました。ブランド統一には、この動きも影響していますか。
齋藤 その動きは、大きなトリガーとなっています。これまでの富士通のPC事業は、リージョンオリエンテッド、つまり地域最適化を前提としていました。EMEA(欧州、中東、アフリカ)では、欧州の拠点により、独自の製品を展開し、主に企業向けビジネスを推進。北米市場ではタブレットPCを中心に、特定市場に注力するビジネスモデルとしてきました。またAPAC(アジア、太平洋地域)では、高付加価値モバイル製品を展開してきた。そして、日本では、国内生産の強みを生かして、幅広いラインアップと高付加価値の製品を投入するといったように、それぞれの地域ごとに最適化した製品の開発、生産を行ない、それを提供してきたというわけです。
しかし、グローバルで戦うという点では、地域最適化戦略は不利な部分も出てくる。端的にいえば、コスト競争力に跳ね返る部分もあるからです。そこで、プロダクトの設計、開発を統一し、その上で各地域ごとに求められる要素を乗せて、差異化を図るという体制へと再構築を行なってきた。設計の共通化や部品の共通化は、サポート体制の一本化にもつながります。こうしたプロダクトとサポート体制の統一を具体的に示すという点でも、ブランドの統一は意味があります。
--地域における差異化の部分とはどんな点になるのですか。
齋藤 主に、I/O部分とソフトウェアだと思ってもらっていいと思います。例えば、通信環境は各地域によって大きく異なりますから、その点では各地域の事情にあわせた通信モジュールを搭載する。あるいはタブレット機能のニーズが高い北米ではその機能を重視するという具合です。日本でもシニアを強く意識した「らくらくパソコン」がありますが、これも日本市場のニーズにあわせた展開の1つとなります。基本的にプロダクトは同じでも、その上で、地域最適仕様のものを提供するというのが基本的な考え方です。ただ、企業向けデスクトップPCをみると、日本では、90%がスリム型であるのに対して、海外では85%がミニタワーというように、市場性からプロダクトを統一しにくい分野があるのも事実です。このあたりは、なんでもかんでも統一するというのではなく、市場性をしっかりと捉えた展開をしてきます。
●LIFEBOOKとESPRIMOに込めた意味--新ブランドのLIFEBOOKとESPRIMOにはどんな意味があるのですか。
齋藤 LIFEBOOKには、お客様のライフパートナーとして、個人から企業のお客様全ての生活を傍らで支えるという富士通のPC事業が目指す意図がそのまま込められています。また、ESPRIMOは、機知に富んだことを意味するESPRIT、表現するという意味を持つEXPRESS、最高の意味するPRIMEを組み合わせた造語です。企業における端末としても、個人の端末としても、またクラウドの端末としても、あらゆるシーンで、最高品質のPCによって、皆さんの“デキル”を演出するという意図を込めています。また、今回、ワークステーションに関しても、CELSIUS(セルシオス)というブランドに統一します。これは、英語で「摂氏」を意味する言葉で、過酷な温度状況下でも作動する、耐久性のあるコンピュータをイメージしたものとなっています。
--今回は、FMVの名称を残していますが、これはどうしてですか。海外では使われていないブランドですね。
齋藤 日本向けのコンシューマPCにだけ使用するブランドとして、FMVは残しました。これは社内でも侃々諤々の議論がありました。グローバルブランドに統一する上では、FMVのブランドを外すべきだという意見は当然ありました。しかし、日本におけるFMVのブランドはかなり浸透している。残念ながら、DESKPOWERやBIBLO、LOOXのブランド想起率は1桁台と低いが、FMVはすべてのPCブランドの中でも、4人に1人が想起するという高い認知度がある。それならば、新たなグローバルブランドとのブリッジ役として、FMVを使おうと考えたわけです。
LOOXは夏商戦でも継続商品として販売される現行モデルが最後となる | 日本においてはFMVのブランドが残った |
新CMキャラクターである柴咲コウさん、唐沢寿明さんが登場するテレビCMやカタログでも、FMVは積極的に露出しています。しかし、PC本体そのものにはFMVという文字は入っていません。富士通のロゴマークと、LIFEBOOKとESPRIMOの文字だけです。これがグローバルにおける富士通のPCにおけるブランド戦略の基本姿勢となります。いつまでFMVを使用するという時限的なものはありませんが、日本におけるコンシューマ向けマーケティングの観点からFMVを使用するという形に留まることになります。
富士通の新しいメッセージは「デキルが、ココに。」 | 柴咲コウさん、唐沢寿明さんを新CMキャラクターに起用。20代後半から30代の女性にも訴求する |
--一方で、日本で展開してきたDESKPOWERやBIBLO、LOOXにブランドを統一するということもできたのではないでしょうか。また、日本でも、欧米でも使われていない、まったく新たなブランドを立ち上げるという選択肢もあったのでは。
齋藤 DESKPOWERやBIBLO、LOOXといったブランドは、日本だけの限定的なものであり、世界的な認知はゼロに等しい。一方で、欧州では、ドイツでノートPCやデスクトップでNo.1シェアを獲得。また、北米ではタブレットPCで高い認知度を誇り、香港、シンガポール、タイでもNo.1のシェアを持っている。このブランドを生かしたいという思いがあった。LIFEBOOKは、すでに海外で約15年ほど使っているブランドでもあります。ですから、日本のブランドに統一するとか、新たなブランドに統一するという議論はほとんどありませんでした。欧州では、コンシューマ向けノートPCとして「AMILO(アミーロ)」や、デスクトップPCで「SCALEO(スカレオ)」というブランドがありましたが、これもLIFEBOOKとESPRIMOに一本化しています。
これまでは各国でバラバラのブランドが使用されていた | グローバル展開においてプロダクトの共通化を図った |
--グローバルブランドの一本化によって、国内向け製品でこだわってきた日本国内生産が薄れる印象があります。その点はどうなりますか。
齋藤 富士通のノートPCは、島根富士通で基板から組立まで生産し、デスクトップPCは福島の富士通アイソテックでアセンブリ生産しています。この基本姿勢は変わりません。一部製品では、海外のODMが持つ能力を生かした製品を国内市場に投入することもあるでしょうか。しかし、コンシューマPCに関しては全体の9割は国内生産による製品となりますし、コスト競争力が要求される企業向け製品においても8割程度は日本で生産されたものになります。ESPRIMOのブランドの意味にもありますように、高質の製品を引き続き提供していくという姿勢は変えません。日本に生産拠点、開発拠点があるということは、グローバルで戦う上でも大きな武器になると考えています。例えば、ネットブックも富士通は島根で生産している。これによって、ネットブックに対して、ユーザーはどんな要求をもっているのか、改善すべき点はどこなのかといったことが理解でき、それをすぐに製品に反映できる。これはODMで生産していては不可能なことです。そして、こうしたノウハウを持っていることが、ODMとの商談にも生かしていける。富士通ならではの提案ができるからです。こうした強みを全世界展開に生かしたいと考えています。
--今後、LIFEBOOKとESPRIMOのブランドイメージをどんな風にしていきたいですか。
齋藤 ブランド統一にあわせて、国内におけるキッッチフレーズを「デキルが、ココに。」としました。1人1人がやりたいこと、望むこと、想像したことを、デキルようにするのがFMVであるというメッセージです。富士通が取り組むお客様起点、そして、お客様の役に立つという姿勢を、示したのがこの新たなキャッチフレーズとなります。
夏モデルでは、「3D体験」、「デジタル放送」、「らくらく操作」、「快適PCライフ」の4つのデキルを提案しましたが、コンシューマ製品では、こうした「デキル」の提案を積極的にしていきたい。一方、コマーシャル製品では、ミッションクリティカルシステム、クラウド・コンピューティングといった企業情報システムの出口となる部分がPCとなりますから、高い信頼性の実現や、高質といったことにこだわりたい。スパコンを開発する技術ノウハウの流れを汲んだ製品が、LIFEBOOKとESPRIMOであるということも知っていただきたいです。
--ブランド統一で臨む2010年度における富士通のPC事業はどうなりますか。
齋藤 振り返れば、2009年度は地盤づくりの1年でした。どういったプロダクトポートフォリオを構築するか、ラインアップをどうするか、グローバルでの均一のサポートを実施できる体制にするにどうするかといったことを検討し、一方でグローバルで戦うコスト競争力を備える筋肉質な体質に向けた体制強化を図った。部品、生産、物流といった観点でも徹底した見直しを行なった。
2010年度は、こうした2009年度の実績をベースに、次に飛躍するための体制強化をもう一段図っていく。つまり、出荷台数を伸ばすためにどうするかということを考えていくことです。CPUやメモリ、ドライブというのは調達量によって、コストがまったく違ってくる。これを世界で戦えるところにまで引き上げる必要があります。中国をはじめとする、今後、成長が見込まれる市場におけるチャネル開拓や、世界規模でのブランドプロモーションなども積極的に展開していくつもりです。日本では、柴咲コウさん、唐沢寿明さんを新CMキャラクターに起用したことで、もっと露出を高めていきたいですし、富士通が得意とする高齢者、ビジネスマン、初心者などに加えて、20代後半から30代の女性にも訴求していきたい。店頭でもその点の訴求を積極化します。
--2009年度の富士通のPC事業の出荷実績は、前年比23.5%減の563万台、大幅な前年割れとなりました。一方で、2010年度の出荷計画は、前年比3.2%増の580万台としています。その先は、どうなりますか。
齋藤 2010年度の実績をもとに、2011年度以降は成長戦略を描きます。最低でも700万台はやっていかなくてはならない、そう考えています。
--その先には、年間1,000万台という数字が見えてくると。
齋藤 そうした規模も次の目標になってくるでしょうね。