■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
米ワシントン州レドモンドの米Microsoft本社を訪れる機会を得た。
シアトル・タコマ国際空港から車で約40分。広大な敷地内に約3万人の社員が勤務する、世界最大のソフトウェアメーカーの本社キャンパスである。2009年4月には、Commonsと呼ばれる新たな棟ができるなど、本社キャンパスは、依然として拡大傾向にある。
'75年に、ビル・ゲイツ氏とポール・アレン氏によって、ニューメキシコ州アルバカーキで創業したMicrosoftは、Altair 8800向けBASICの開発で事業をスタート。'79年には、シアトルとレドモンドの中間にあるベルビューに移転。さらに、'86年には、現在の本社があるレドモンドに移転。その後、この地でキャンパスを拡張し、現在では、一般的に「Puget Sounds」と呼ばれるレドモンド、ベルビュー、シアトル、イサクアなどの本社エリアだけで132棟のオフィス棟があり、そのうち自社所有物件が79棟、賃貸物件が53棟にのぼる。本社エリア全体で1,499万1,534平方フィートという広大な延床面積を誇る。Puget Soundsエリアということで捉えれば、2010年4月時点で、39,738人の社員が勤務する。
レドモンドの本社エリアでは、各棟に番号が振られているが、すべての数字の棟があるわけではなく、若い数字でいえば、第7棟は欠番となっているという。これを利用して、新人社員研修時には、「7号棟に集合」という、いじわるな指令が出たとの逸話もある。
実は、7号棟の欠番の理由は、レドモンド市が計画していた「ベルビュー・レドモンド線」という道路の建設時期と、7号棟の建設時期が重なったことが発端だ。当初は道路建設が終わった後に7号棟を建設する予定で、先に8号棟以降の建設を開始したが、これら一連の棟の建設が終わっても道路が完成せず、Microsoftは、さらにほかのエリアの建設を優先。そのまま7号棟の建設は忘れられた存在となった。2009年にようやく竣工したが、この棟には「37号棟」という番号を振り、結局、7号棟という番号は欠番となってしまったのだ。
なお、レドモンド地域は、1~47番までの棟がある「メイン」、50番台(Red West)、80番台、120番台で構成される「ノース」、90番台や110番台、Studioや2009年に完成したCommonsなどが含まれる「ウエスト」に分類されている。
Microsoft本社キャンパスの1号棟 | 2009年に建てられた幻の7号棟こと、37号棟 |
Microsoftのキャンパス内の様子 | 駐車場は各棟ごとに設置されている。ゲスト用の駐車場もある |
オフィス内の様子。開発者それぞれに個室が与えられている | |
会議室はさまざまなサイズのものが用意されている(写真はエグゼクティブ・ブリーフィング・センターの会議室) | 会議室のスケジュールは入口のディスプレイに表示される |
約3万人の社員のほぼすべてが、個室を与えられており、社歴が長い社員ほど、窓がついた部屋を与えられる。副社長クラスでも、1年目、2年目だと窓のない部屋になることも多いという。
社員の多くは、レドモンド、ベルビュー、カークランドといった、車で15分程度で通える周辺都市に住み、多くの社員が自家用車を使用するが、シアトルなどの近隣地域とを結んだMicrosoft社員専用のシャトルバスを利用したり、自転車で通っている社員もいる。シアトルのフリーウェイは、複数人乗車の優先レーンである「カープールレーンの利用が3人以上となっており、これを利用するため複数の社員が相乗りして通勤する例もあるという。
各棟ごとに駐車場が用意されているが、その絶対数が足りないため、最近では、シャトルバスの利用者が増加しているという。シャトルには、中型、大型のシャトルバスを含めて、100台以上が常時運行しており、トヨタのプリウスも約60台がシャトル用に導入されている。シャトルの利用は無料。また、一般交通で通勤する場合も、Microsoftの社員証を見せれば、無料で乗れるという。
Microsoft本社内とシアトル市内などを結ぶシャトル | フリーウェイを疾走するシャトル | シャトルは各棟の間も移動する。基本的に午前7時から午後7時まで運行 |
シャトルは定時運行するのではなく、利用者が呼び出して利用する。運転手はその指示を確認して動く | シャトルの内部の椅子の様子 |
さらに、自転車の場合は、オフィスの部屋まで自転車を持ち込むことが可能。週に何度か自転車で通勤すると補助金が出る制度もあるという。
出勤が集中するのは午前7時。東海岸との3時間の時差を考えれば、この時間は適切だといえよう。朝は午前7時前後がフリーウェイが渋滞する混雑ぶりとなる。
その代わり、退社時間は早く、午後4時~5時に退社する社員が多いという。フリーウェイは、この時間から逆方向の渋滞がはじまることになる。
実は、勤務時間は、ほとんどの社員が自由となっている。Microsoftには、個人ごとに集中できる時間、能力が発揮できる時間が異なるという考え方があり、とくに開発者はそれにあわせた勤務を行なっている。キャンパスは24時間稼働しており、自分のIDさえあれば、いつでも出社できるようになっている。深夜に働いて、朝方帰る社員もいれば、育児のために途中家に戻ったり、あるいは自宅から会議に出るという社員もいる。こうした勤務形態は日本の企業ではほとんどない。
ただ、自宅でも、外出的でも、常に会社と連絡が取れる状況が確立されており、自宅に帰って、家族との時間を過ごしたあと、自宅で仕事をするという社員も少なくないという。
本社キャンパス内に点在する各棟間の移動は、シャトルを利用するのが一般的だ。ここでは、ハイブリッドカーのプリウスが活躍している。各棟間を移動するシャトルは運行時間が決まっているわけではなく、各棟の受付でシャトルを呼び出して利用する。
キャンパスの入口にはシャトルバスの発着所がある。大型バスで運行する路線もある | 主に各棟を異動するために使われるプリウスの車両 |
キャンパス内ではスターバックスのコーヒーが飲み放題 | 同様にジュースも飲み放題。しかし、お菓子は有料となっている |
スタバのコーヒーにはMicrosoftのロゴ入りカップを使う | この時期は、ちょうどWindows Phoneのロゴ入り缶ジュースが登場 |
スポーツエリアもあり、サッカーや野球ができる | こちらはテニス場だ | これまでの製品名が刻まれたプレートが設置されているエリアも |
一番最初の製品はAltair向けのBASIC。いまから35年前の'75年のことである | これはWindows 95のプレート | OS/2のプレートもある |
カフェテリアの様子。4棟に1つぐらいの割合で設置されている | 国内外の要人なども訪れるエグゼクティブ・ブリーフィング・センター |
一方、各棟の分布は、製品やプロジェクトごとに分類されており、同一部門の社員が、同じ棟や隣接する棟にいることが多い。そのため、身近な部門はどこの棟にいるかはわかっているものの、別の部門の場合、広いキャンパスのどこの棟に、何の部門が入っているかを熟知している社員は少ないようだ。
社員のコミュニケーションには、Office Communicatorを利用する。まずは、在席かどうか、連絡をとることが可能かどうかを確認して、相手にメールを入れ、必要に応じて直接会話が可能であれば、Office Communicatorを通じた音声通話でコミュニケーションを行なうというスタイルだ。
それぞれが個室であるため、隣の部屋に在室する社員への連絡も、この方式を使う場合が多いという。
ただ、いくつかの棟を訪問してみたが、各部屋に何人かが集まって議論をしているという風景をあちこちで見かけた。また廊下で話をする社員たちの姿もたびたび見ることができた。また会議室の利用も活発に行なわれており、お互いに、最適な手段を選んでコミュニケーションをとっている様子が見られた。
創業メンバーなどとの記念写真も可能。左下がビル・ゲイツ氏 | Surfaceも自由に触れることができる |
Xbox 360を約150インチの大画面で操作して遊ぶこともできる | 来場者の写真を撮影し、メッセージとともに顔写真をスクリーンに表示する展示 |
2009年に完成したCommons。ちょうど1周年を迎えたところだ | 入居している店舗は地元の店を誘致している。地域貢献の一環ともいえる | |
一度だけ利用ができるカードを使ってCommonsで食事に挑戦してみた | 購入したのはハンバーガー。飲み物とあわせて8.98ドル。結構、ウマい。ちなみにキャンパス内のカフェテリアでは、ピザが最も売れているという | ランチタイムは社員でいっぱいになる |
ちょっとしたこぼれ話だが、開発現場の会議では、時間どおりに会議がスタートすることは稀だという。
スケジューラからアラームがなってようやく動きだし、場合によってはそこからシャトルを手配して移動するという社員もいるという。そのため、会議の始まりはだいたいが10分遅れ。広いキャンパスの雰囲気をみると、10分遅れで始まるのも、なんだかわかるような気がする。
ちなみに、エグゼクティブを交えた会議では、確実に定刻前に全員が揃うという。
現在、米国本社で勤務する日本人の数は約350人。基本的には国籍を問わない会社なので、社員の国籍ごとの集計は行なっていないというが、中国やインドの社員の構成比が高まっており、それぞれ3,000人以上が勤務しているとみられる。
実は、何人からの日本人社員に、本社での勤務形態について聞いてみた。
異口同音に帰ってきたのは、「日本とは比べものにならないぐらいに、働きやすい」という声だ。なかには、「日本に帰りたくない」という声もあったほど。
「車で家から10分ほど。日本の満員電車を考えると、通勤1つをとっても嫌になる。日本に帰った際には、思わずタクシーで帰宅してしまったほど」というように、日本の劣悪な通勤環境との差の指摘は、複数の社員からあがった。
一方で、米国本社ならではの厳しさを指摘する声もあがる。
ある日本人社員は、「昨年(2009年)、Microsoftは大規模なリストラを行なった。日本にはない、そのリストラの厳しさを肌で感じた」と語る。同社は、2009年1月に、創業以来最大となる5,000人規模のリストラを実施した。そうした厳しさは米国の企業ならではのものだろう。
米国本社に勤務の際には、一度、日本法人を退社し、米国本社で採用されるというプロセスを踏む。そのため、本社で働くということは、基本的には米国本社への片道切符ということになる。
仕事をするという点では、優れた環境の中にあるが、その一方での厳しさは日本の企業以上のもの。自らの能力が、世界中から集まる社員のなかで試されるという点では、同じシアトルで実績を出し続けるマリナーズのイチロー選手の姿とだぶる。
素晴らしいオフィス環境で勤務し、そこで力を発揮するには、求められる能力も当然高くなるといえよう。