山田祥平のRe:config.sys

たった18カ月で次元の違うヘッドフォンを投入したShureの実力




 Shureからハイエンドモデルとなるヘッドフォン「SRHー940」が発売された。2009年秋に発売された従来モデルである「SRHー840」を聞いたときには、そのクオリティとコストパフォーマンスに驚いたが、今回はそれを凌駕する印象だ。そこには着実な進化が感じられる。

●本来の実力を引き出すための長いエージング

 手元に届いた評価機材のヘッドフォンは新品だった。とりあえず、手元のiPodに接続して音を聞いてみたが、音の素性の良さこそ感じられたものの、発表会の雑踏の中で聴いたときに感じた次元の異なるクオリティは感じられなかった。音が暴れる感じで、耳ざわりがよくないのだ。

 そこで、例によって、iPodにつないで音を出したまま放置し、エージングをしてみることにした。その間、何度か耳にあててエージングの進行を確認してみたが、なかなか音が落ち着いてこない。一般的なイヤフォンなら100時間も鳴らせば本来の実力が出てくるものだが、こいつはそうじゃないようで、一筋縄ではいかないみたいだ。

 いったん24時間休ませて、さらに100時間。合計200時間を経過したところで音が落ち着き、やかましい感じがなくなってきた。アナログというのは、これだからたいへんだし、そこがおもしろい。

 試しに従来のハイエンド機だったSRH-840と聞き比べてみると、あれほど情報量が多く感じられた840の音がおとなしく聞こえ、さらには加工感さえ感じる。これはこれで音楽を聴くシチュエーションによっては悪くないし、こちらの方が心地よいという考え方もできるのだが、音源のいいところも、悪いところも、余すことなくすべて受け止めたいというのであれば、940に軍配が上がる。

 誤解を怖れずにいってしまえば、ある意味でこの製品は、表現力とか音創りといった言葉とは無縁の領域にあるように感じる。極端に言えば入ってきたものをそのまま鳴らしているというイメージだ。だからプレーヤーのアナログアンプのアラもそのまま出てしまう。いいところも悪いところもそのまんまだ。

 手元のいくつかのiPodをとっかえひっかえ試してみたが、もっとも満足できる音を出してくれたのは初代のiPadだった。iPod touchやiPod nanoでも悪くはないのだが、音楽の空間周波数が高くなってくると、個々の音を組み立て切れていないことが手に取るようにわかる。一方、出力に余裕がある一般的なアンプにCDプレーヤーを接続して再生してみると、音場に余裕が感じられるようになるといった具合だ。

 ここのところ、イヤフォンでしかまともに音楽を聴いていない時期が続いていたのだが、こうして940の音を体験してみると、かえって、最新のイヤフォンが、あの小さなドライバで音を表現できている点の凄さを再認識すると同時に、内耳の奥底で奏でられるのと違った開放感のあるヘッドフォンで聴く音の心地よさを久しぶりに楽しめた。オープンエアのヘッドフォンやスピーカーなどとも比べていけばキリがないのだが、このクオリティを実売価格26,000円程度で楽しめるというのは、コストパフォーマンス的にはすごいことだと思う。

 ハイエンドのイヤフォンと比較したときの評価は難しいが、少なくとも同価格帯のイヤフォンと比べれば、940の実力は圧倒的だ。そもそも、イヤフォンとヘッドフォンを比べること自体、ナンセンスな話なのだが、どちらも選べる環境で音楽を楽しむなら、ぼくは940を選ぶに違いない。内耳型のイヤフォンを耳に挿入するうっとおしさもなく、純粋に音を楽しめる開放感がうれしい。840よりも50g軽い320gという重量、そして、左右ユニットをつなぐアームの形状の改良なども、明確にその装着感に功を奏しているようだ。

●透明な940サウンドに、デジタルで色をつける

 SRH-940が奏でる音は、あまりにも素直なので、人によっては味がないという評価をすることもあるかもしれない。「味」というのは難しく、それは個性とも直結する。以前、100均ショップで入手したスピーカーやイヤフォン、ヘッドフォンの話を書いたことがあるが、好き嫌いと、良い悪いは紙一重であり、特に前者はコストとはあまり連動しないことが多いからだ。

 SRH-940の特性をもっと楽しんでみようと、今回はSRSのiWOW 3Dという製品を試してみた。この製品は、iPodやiPnoneのドッグに直結できるコンパクトなアダプタから、尻尾のようなケーブルが生え、そこにイヤフォンやヘッドフォンのプラグを装着して使う。本体に用意されているのは白い丸ボタンのみで、それを押すことでオンとオフが切り替わる。電源はiPod本体から供給されるようになっている。

 このアダプタをiPodとSRH-940の間にはさむと、再生される音場の土台が補強されるイメージで、再生イメージにふくよかさが醸し出されることがわかる。仕組みとしては、ドックからデジタルで受け取った音声信号を演算し、DACを通してサラウンド処理を行ないアナログアンプ経由で処理後の音声を出力するというものだ。重量もわずか15gと、装着しっぱなしでも、さほど存在感が気になるほどではない。

 このアダプタ用には、iOS用のアプリが無償提供されていて、アプリから、アダプタの機能をコントロールすることができる。アダプタのオン、オフはもちろん、接続されているのがヘッドフォンなのか、スピーカーなのか、カーオーディオなのかを選択できるほか、Wide Surround、Deep Bass、High Trebleという3項目を個別にオン、オフすることができる。これらは好みに応じて設定すればいいが、イヤフォン、ヘッドフォンごとに印象は変わってくるのだが、少なくとも、SRH-940を使っての試聴では3項目ともにオフにした状態がよかった。

 SRSのiWOW 3Dは、非力なデジタルオーディオプレーヤーの出力を補強するという点では格好のアクセサリであるし、それが創り出す新たな特性を、きちんと表現できるという点で、SRH-940の実力がいかに高次元にあるかが実感できる。

 SRH840の発売から、今回のSRH940の発売までに要したのは18カ月足らず。長いといえば長いが、短いといえば短い。その間に起こった革新は著しいことがわかった。

 それに比べて今のPCを取り巻くオーディオ環境はどうか。次回は、PCオーディオでのアプローチについて考えてみることにしよう。デジタルとアナログのイイ関係は、今、どうなっているのだろうか。