山田祥平のRe:config.sys

ドコモがSIMロックを解除することでトクをするのは誰か




 ドコモが来春以降に発売する全端末で、SIMロックを解除できるようにするというニュースが世の中を騒がせている。方法等については、これから検討されるそうだが、この取り組みはぼくらにとっていいニュースなんだろうか。

●ガラケーを捨てがたいいくつかの理由

 5月末に機種変更で購入したドコモの携帯電話、N-04Bがあまりにも便利で、買い換えて本当によかったと思っている。もっとも便利だと思うのは、アクセスポイントモードだ。待ち受け画面のアイコンを選択するだけでこのモードに入り、端末は待ち受け状態になる。ポケットから端末を取り出して、アクセスポイントモードをオンにして、ポケットにしまうまで、まあ、2秒程度だろう。そのあとで、別のポケットからiPod touchを取り出すなり、カバンからノートパソコンやiPadを取り出して電源を入れると、すぐにWiFiでインターネットにアクセスできる状態になっている。

 Bluetoothでのダイアルアップを常用してきたが、iPod touchやiPadは、Bluetoothでのダイヤルアップができない。でも、このモードを使えば簡単にインターネットに接続できる。ノートパソコンからはダイヤルアップさせる手間が必要だったが、このモードをオンにする操作が加わった代わりに、ダイアルアップさせる手間がなくなったので、これでおあいこだ。

 個人的に、いわゆるガラケー、つまり、国内の携帯電話端末を使い続けている、いちばん大きな理由はオサイフケータイ機能があるからだ。電車やタクシーに乗れて、コンビニで買い物ができて、ヨドバシカメラでポイントがためられて、iDで少額決済のクレジットカード代わりになってと、毎日の生活で大活躍だ。サイフを忘れても数日の出張がこなせそうなくらいだ。複数枚のカードを端末ひとつに集約できるのは実に便利だ。

 これで、その気になれば、音楽は入るし、動画も楽しめる。GPSで位置情報を付加した写真も撮れれば、HD画質の動画も撮影できる。それに通話までできるのだから、すごいと思う。

 できれば、この端末を、国内のみならず、海外にでかけたときにも使いたい。だが、海外ではパケット代が高額なので、海外専用端末を別に持つようにしている。端末代を考慮すれば、本当にトクなのかどうか怪しいものだが、貧乏性とはそういうものだ。

 海外にいるときは、現地で調達したプリペイドのSIMカードを海外専用の端末に装着して使っている。データ通信のパケット代金についても、ローミング利用するよりも圧倒的に安いし、現地での通話も同様だ。日本国内ではSIMロックされた端末でも、そんなに不便を感じることはないし、今さら他のキャリアに乗り換えようとも思わないのだが、海外では現地調達のプリペイドSIMをドコモ端末にセットして使うことができればどんなに便利かと思う。

 今、手元にある海外用のSIMフリー端末は、3年ほど前に香港で購入したソニーエリクソンのW910iと、イー・モバイルのTouch Diamond のS21HTの2台だ。データ通信専用なら、日本通信のb-mobile WiFiや、同社のUSB端末などもある。だが、できればデータ通信と通話は1台の端末ですませたい。ただでさえ携帯する機器が多くなり充電などが煩雑なので、持ち歩く機器は少しでも少ないほうがいいからだ。

 W910iとTouch Diamondには、ちょっとした不便もある。両方ともGSMには対応しているので海外での通話には不便はないが、データ通信となるとGPRSでは速度的につらい。ところが、W910iの3Gは2,100MHzにしか対応していないし、イー・モバイルのTouch Diamondは、2100どころか、1,700MHz対応だけだ。2,100MHzに対応していれば中国等を初め、多くの国で3G通信ができるが、たとえば、3G850を使う米国のAT&Tでは3Gで使えないことが多い。もっともでかける頻度の高い米国で役にたちにくいのだ。その点、N-04Bなら全世界の多くの国で3Gのネットワークが使える。

 そんなわけで、本当はオールマイティに近いこのドコモの端末を、日本はもちろん、海外にでかけたときにも、いつも通りに使い続けたいのだが、そこにSIMロックの壁が立ちはだかる。もし、このロックが解除されれば、こうした不便がなくなるので、個人的にはとてもありがたい。

●端末とネットワークの切り離し

 たとえSIMロックが解除されても、いいことばかりではないのかもしれない。

 建前上は、キャリアがSIMロックをしてきたのは、他のキャリアのネットワークで、キャリアと各メーカーの投資によって共同開発された高性能端末を使わせたくないからだ。魅力ある端末を売っても、それが自分たちのネットワークで使われなければ意味がない。そのトラフィックによる収入を前提に端末の価格が決まっているからだ。

 具体的にはソフトバンクやイー・モバイルのSIMでドコモの端末が使われた場合、通話料金やパケット料金は彼らの収入になってしまい、ドコモにはお金が落ちてこない。それでは困るわけだ。

 一方、ドコモにはない魅力的な端末を持つキャリアは、SIMロックを解除してしまうと、同じ理由でビジネスが成り立たなくなってしまう可能性がある。特に、iPhoneやAndroid携帯のように、日本のガラパゴスネットワークと無縁のスマートフォンは、SIMロックでもしておかない限り、その端末が魅力的であればあるほど顧客をつなぎとめておくことはできない。安くて質の高いネットワークが登場すれば、そちらにさっさと乗り換えるようになるだろう。たとえばiPhoneのユーザーの中には、ドコモのSIMで使いたいという方も少なくないと聞く。

 個人的には、端末の価格が昔ほど安くはなくなってしまった今、ドコモがSIMロックを解除することを期待するのは、ユーザーとして当然だと思うが、比較的安い価格でiPhoneなどを売るソフトバンクモバイルにそれをやれというのは、彼らにとって死活問題にもなりかねない。そうならないための2年縛り等の契約を求められるわけだ。

 ドコモはネットワークに自信があるから、端末とネットワークを別個に考えられるが、ネットワークが多少弱いソフトバンクモバイルは、端末との合わせ技でなければビジネスが成り立たないということだ。そう考えるのが妥当だろう。

 ただ、ドコモにしても、端末のSIMロックを解除するには、数万円の追加手数料が必要といったことを言い出す可能性もある。しばりがあってこそ現在の端末価格が維持できているというのも正論だ。それに、ローミング料金を大幅に値下げし、海外のプリペイドSIMを使う意味がないくらいの価格に設定するようなことも考えられる。そのあたりは、とにかくふたを開けてみないとわからない。

●実はそれほど使っていない日常的なパケット量

 SIMロック解除が求められるのは、海外におけるローミング料金が異常に高額だからだと冒頭に書いた。それが本当なのかどうかを試算してみた。もしかしたら、安上がりに済ませる方法が他にあるかもしれないと考えたからだ。

 話を簡単にするために、アメリカに5泊7日ででかけたと考えてみよう。

 ドコモでは、特定通信事業者との通信では、1日120,000パケットまでの料金が2,000円に設定されている。2,000円に達するまでの1万パケットまでは0.2円/パケットだが、そこから120,000パケットまでは課金されず、それを超えたところに0.2円/パケット青天井が待っている。たとえば、アメリカではAT&Tが特定事業者で、そのネットワークを使う限りは、この制度が適用される。先日ソフトバンクモバイルが発表した海外におけるパケット定額よりもずいぶん割高に感じる。

 この120,000パケットというのはどのくらいの量なのか。1パケットは128byteだが、プロトコルのロスなどを考えて、100byteくらいで換算すると12,000,000byte、ほぼ12MB程度だろう。

 それではと、ここ数カ月の日本国内における自分のパケット使用量を調べてみた。


一般パケットiモードパケット合計パケット1日あたり平均従量制だった場合の金額
3月46,156,650129,18946,285,8391,542,861.3308,572
4月1,604,050127,2251,731,27557,70911,542
5月1,772,151144,4251,916,57663,88612,777
6月1,888,576194,5742,083,15069,43813,888
7月378,03327,229405,26281,05216,210

 毎月、パケホーダイの上限には達しているが、それほどの量を使っていないことがわかる。iモードに使ったパケットは、ほとんどがインターネットメールの転送によるものだ。3月のパケット料が多いのは、スキー旅行で国内の宿に連泊して、一晩中繋ぎっぱなしでいろいろやっていたからだと思う。ローミング時にこんなことをしたら1日あたり30万円もかかってしまう。

 この表では1カ月を30日で計算しているし、今月はまだ7日しかたっていない。たとえこれを20日間で計算しても、1日あたりの使用量が120,000パケットを超えることはない。もちろん、平均なので、下手をすると超える日もあるのだろうが、外出時に使うインターネット接続とは、この程度のものだ。動画を楽しんだりしない限りは、驚くような量にはならない。3月のパケット使用量は例外中の例外だ。

 つまり、おそらくは、普段と同じ使い方をしている分には、ローミング時も2,000円以内におさまるということに気がつく。

 さらに、ドコモの場合、この料金は、毎月の加入プランの無料通信分でまかなうことができる。ぼくは国内ではほとんど音声通話を発信しないので、普段は「タイプSバリュー」というプランを選んでいる。このプランには、3,000円で2,000円分の無料通信分が含まれるが、ファミリー割引と継続利用期間10年超で、これが半額の1,500円になっている。

 5泊7日で渡米する月に、このプランを13,000円で11,000円の無料通信分が含まれる「タイプLLバリュー」に変更すれば、その半額の6,500円で、毎日2,000円×6日分くらいをまかなうことができる。もし、帰国して余っているようなことがあれば、別のプランに戻しておけばいい。どうせ月に2回の変更に手数料はかからない。

 この方法を使うと、1日120,000パケット2,000円というサービスを半額の1,000円で手に入れることができる。5泊6日なら6,000円。安いとはいえないが、払えない金額でもないなと思う。

●もちろん手放しで褒められるわけじゃないガラケー

 と、ここまで書いたところで、N-04Bの取扱説明書をパラパラとめくっていたら、「アクセスポイントモードは海外では使えない」という記述があることに気がついた。

 不思議に思ってドコモに問い合わせてみたところ、あらかじめ接続先として登録されているAPNがPPP接続に設定されているからだという。国内においては、それでいいのだが、海外ローミング時はIP接続が必要らしい。マニュアルの記述ではできないことにしてあるが、ネットワークによってはAPNの接続をIPに設定することで、正常に使える可能性もあるかもしれないということだった。接続方法の設定は電話機単体ではできないので、FOMA設定ユーティリティやモデムの初期化コマンドを使い「AT+CGDCONT=9,"IP","mopera.net" &w」などと適当な番号にAPNを割り当てればいいはずだ。

 ただ、実際にこの設定をして、IPでもPPPでも接続が可能なはずの国内において試してみると、IP接続に設定した場合にはアクセスポイントモードからはエラーになって接続できない。PCからBluetooth経由でダイヤルアップ接続させた場合には、IP接続設定のAPNでも正常につながる。つまりN-04Bのアクセスポイントモードは、APNに設定されたPDPtypeがIPの場合には接続ができない。そして、これは仕様であり、取扱説明書にもPPP接続しかできないと明記されている。

 ちなみに、ドコモとしては、海外ローミング時のプロバイダーへの接続に関してはIP接続のみをサポートし、PPP接続はサポートしないということだった。それが、PPPモードでしか接続できないアクセスポイントモードが海外で使えない理由なのだそうだ。この制限はなんとかしてほしいと思う。あまりにもチグハグだ。こんなに便利な機能が海外で使えないというのは実に惜しい。でも、こうした回答がワンストップで得られるのは、端末とキャリアが一体化している利点でもある。

●日本の携帯電話が世界を舞台にする日はやってくるのか

 いずれにしても、SIMロックが解除されるまでは、こうした方法で、海外での使用時のコストを下げる工夫をし、解除されたあかつきには、入手が容易なところでは海外のプリペイドSIMを使うようになり、そうでない地域でだけローミングを使うようになるだろう。ローミングは自分だけの問題ではない。たとえば、現地の人と通話する際に、相手にコスト的な負担を与えてしまう。電話が国際電話になってしまっては、発着信ともに相手に迷惑だ。

 日本からかかってくる電話の着信に関しては、転送電話の転送先を、海外の携帯電話の番号に設定しておけばいい。ローミング着信では1分あたり175円もかかるが、転送先をアメリカの携帯電話にすれば、平日昼間の料金は1分あたり68円と1/3近い。アメリカの携帯電話は着信時にもお金がかかるが、それを勘定にいれても半額程度で済む。

 好きな端末で好きなネットワークを使える世界。しかもできるだけリーズナブルな料金で。それがSIMロック解除によって得られる恩恵だ。本当にリーズナブルな料金なのであれば、特に、SIMロックされていても不満はないのだが、今後、大量に普及すると思われるスマートフォンのことを考えると、早いうちに、端末と通信サービスは切り離しておくべきかもしれない。今回のドコモの決断は、それを見越したものなのだろう。ビジネスモデルを変えるきっかけにしようとしているともいえる。

 キャリアが端末ベンダーを突き放せば、日本でもキャリアと関係なく、魅力的なスマートフォンを作ろうとするベンダーも出てくるだろう。SIMロックでキャリアに縛られることから解放されたいと感じているのは、もしかしたら、ユーザー以上に端末ベンダーなのかもしれない。

 でなければ、世界を舞台に自社製品を展開できないからだ。そういう意味では通信コストを削減したい一般のユーザー以上に、ベンダーはシビアな選択を迫られる。端末開発費用の一部を負担してもらえなくなることを覚悟の上でキャリアと訣別し、世界に打って出ようというベンダーもいるはずだ。

 各社の携帯メールがキャリア相互でやりとりできるSMSと融合し、iモードのようなセキュアな空間がクラウド上のサービスとして提供されるようになれば、ハードウェアとしてのガラケー端末は変われるはずで、日本発の端末が世界で使われるようになるのも夢じゃない。そのためも、まずは、SIMロック解除は荒療治かもしれないが、いいきっかけになるだろう。

 キャリアが端末の魅力だけで戦ったら、こういう結果になるのはわかりきっているはずなのに、どうして同じ道をたどるのか。でも、最初にトクをするのは、たぶんドコモだ。そこに納得できないという気持ちもわかる。