■山田祥平のRe:config.sys■
筑波大学付属駒場中高等学校所属のチーム「PAKEN」が、Imagine Cup 2010 ソフトウェア開発部門日本大会で1位を獲得、7月にポーランド・ワルシャワで開催される世界大会への切符を手にした。
●スーツケース空いてませんかImagine Cupはマイクロソフトが2003年から開催している学生を対象にした技術コンテストで、今年は第8回目にあたり、ソフトウェアデザイン、ゲームデザイン、デジタルメディア、組み込み開発、ITチャレンジの5部門に分かれて世界中の学生が、技術を競い合う。昨年は、武蔵野美術大学の寺田志織さんが写真部門の世界3位に入賞するなど、日本人の活躍もめざましい。
さて、Imagine Cupの花形部門ともいえるソフトウェア開発部門の決戦は、この3月9日の午後、東京大学本郷キャンパスにある工学部学舎で開催された。
大会を通したテーマは「テクノロジを活用して、世界の社会問題を解決しよう」というもので、国連ミレニアムの8つの開発目標をITを使って解決していく。
そのの開発目標というのは、
・極度の貧困と飢餓の撲滅
・普遍的な初等教育の達成
・ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上
・幼児死亡率の引き下げ
・妊産婦の健康状態の改善
・HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止
・環境の持続可能性の確保
・開発のためのグローバル・パートナーシップの構築
となっていて、2015年を達成期限として、
・More than 500 million people will be lifted out of extreme poverty.
5億人以上といわれる極度の貧困層の救済
・More than 300 million will no longer suffer from hunger.
3億人以上の飢餓に苦しむ人々の救済
・Dramatic progress in child health will save 30 million children and more than 2 million mothers.
3,000万人の幼児および200万人以上の妊婦の健康状態の飛躍的改善
・More than 350 million people will have access to safe drinking water.
3億5,000万人の安全な飲み水の確保
・More than 650 million people will have the benefits of basic sanitation.
6億5,000万人の衛生状態の改善
・Hundreds of millions more women and girls will lead their lives in freedom, with more security and more opportunity.
1億人以上の女性と少女のより安全で機会均等な自由の獲得
といったゴールを目指している(マイクロソフトのサイトより)。このゴールを技術の力で解決していこうというのが、ImagineCupの目指すところだ。
そして、見事、世界大会への栄冠を手にしたのが筑波大学付属駒馬中高等学校所属のチーム「PAKEN」だ。石村脩くん(高2)、関川柊くん(高1)、永野泰爾くん(高2)、金井仁弘くん(中3)の4名からなる若いチームで、PAKENは「筑駒中高パーソナルコンピュータ研究会」を略したチーム名、通称は「筑駒パ研」だ。
国連ミレニアム開発目標から彼らが選んだテーマは「極度の貧困と飢餓の撲滅」だった。この問題を解決するために「余剰物資分配システム」を開発した。プレゼンテーションで壇上にたったチームは、世界が飢餓にあふれていることを訴え、さまざまな団体が貧困を支援している事実を紹介した。そして、現実問題として、支援のための輸送費が問題になっていることを訴える。その負担が支援の大きな障害になっているという。輸送費を捻出できないがゆえに、せっかくの支援物資、特に食料が無駄になってしまうこともあるらしい。
彼らの説明では、日本からは毎年1,600万人近くが外国にでかけ、そのうち31%が支援を必要とする地域が含まれるアジア方面などだという。そして、航空機に搭乗する場合、1人25kgの荷物を預けることができるが、平均的な旅客は15kgしか預けていないことを航空会社に取材して調べている。つまり、1人あたりにつき、残りの10kgを活用することができれば、約16万トンを輸送に使えるということだ。
そこで、旅客のトランクやスーツケースの隙間に支援物資を入れて輸送、そのためにかかるコストを削減しようというものだ。航空会社、倉庫、支援組織、旅行者、空港、法律、税関などをつなぐ統合プラットフォームとして、どこにどの物資をどれだけ運ぶのかを最適化したアルゴリズムで算出し、効率的な配送システムを確立した。
プレゼンテーションでは、チーム員が旅客や税関係員、支援団体員などにに扮装し、寸劇スタイルで具体的な運用の形態を披露した。
●伸びしろが評価されるImagine Cup審査の講評として東京大学大学院 准教授/博士の杉本雅則氏はPAKENの取り組んだプロジェクトに対して非常に斬新なアイディアであるが、技術的な問題もさることながら、その他の問題、例えば、法律の問題や、物資を寄託する相互の信頼関係などの問題をどのように解決するかを考える必要があることを指摘、世界大会に向かって、こうした運用上の問題を、さらに技術で解決できないかを考えてほしいとコメントした。
このコメントを受けたチームリーダーの石村くんは、自分たちのこのプロジェクトは、現段階でまだまだ発展途上であるとし、世界大会で優勝するのは無理ときっぱり。だが、過去に世界大会に参加した経験を持つ同志社大学の「NIS Lab #」など、惜しくも次点等にとどまった他のチームのメンバーや、PAKENの指導にあたったメンター企業のワンビ株式会社などに協力指導を仰ぎ、世界大会までには優勝を視野に入れることのできるソフトに仕上げたいとした。
日本チームに限ったことではないのかもしれないが、過去の例を見る限り、Imagine Cupの日本大会は、世界大会出場決定から本大会までの約3カ月の間に、プロジェクトが様変わりする。いわばラストスパートの期間にとてつもない熟成が期待されるのだ。石村くんの言うとおり、まさに発展途上で、いわゆる伸びしろの大きいことが期待されるチームが選ばれる傾向にある。
個人的には日本の横浜、韓国、パリなどの過去の世界大会に赴いて戦線を見てきたが、Imagine Cupは技術の勝負というよりも、コンセプトの勝負に近いものがある。コンセプトさえしっかりしていれば、技術的には未熟でも十分に優勝を狙える。技術は後追いでかまわないといった印象さえある。そして、プレゼンテーションで審査員の興味を惹ければ高いポイントを稼げる。
もちろん、世界は広く、各国から集まったチームは、すでにビジネスとして展開していたり、国家ぐるみで支援を受けているようなところまであり、その中で勝ち残っていくのはたいへんなことだが、ぜひ、この若いチームにがんばってもらいたいと思う。
なお、今年は、組み込み開発部門についても日本大会が開催されることになり、3月30日の日本大会で最終選考チームが決まる。また、オンラインで予選が進行中のデジタルメディア部門でも、複数の日本人が勝ち残っていて、その世界大会進出と活躍が期待される。それらについては、決定時点でお知らせしたいと思っている。
今年の世界大会はポーランドのワルシャワ。ポーランドといえばショパンを生んだ国で、折しも今年はショパン生誕200年に相当する。ソフトウェア開発部門の日本大会が開催された3月9日は、午後から降り出した冷たい雨が、会場を出るころにはいつしか雪に変わるほどの寒い日で、会場の地下教室は気温的には冷え切っていたものの、最終選考に残った学生諸君の熱気は十分に伝わってきた。世界大会に向けて、惜しみない声援を送りたいと思う。
このコラムだが、手元のフォルダでは今回はちょうど300.txtというファイル名だ。特別編などもあって連番がよくわからなくなってはいるが、2004年5月21日に掲載された第1回目からほぼ300回を数えたことになる。毎週のご愛読を感謝するとともに、今後とも引き続きご愛読いただけますように。