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目指すは「攻殻機動隊」。筑波大生が30倍の視力が手に入るウェアラブルで世界最大の学生ITコンテストに挑戦
~Microsoft Imagine Cup 2016世界大会レポート
2016年8月30日 06:00
米Microsoftは7月27日〜29日(米現地時間)の3日間、シアトル本社で学生向けITコンテスト「2016 Imagine Cup World Finals」を開催した。今年で14回目を迎えた同コンテストの世界大会には、自国の国内予選を勝ち抜いた計35カ国のファイナリストたちが集結。ワールドチャンピオンを目指して熱い闘いを繰り広げた。
日本からは、視覚拡張ウェアラブルデバイス「Bionic Scope」を開発した筑波大学のチームが世界大会に出場。学生たちは、近未来の世界を描いた人気SFアニメ「攻殻機動隊」に登場するテクノロジーの実現を目指し、センサーを独自開発してプロダクトを完成。この自信作を抱えて、さらなる挑戦の舞台に選んだのが世界最大の学生向けITコンテスト「Imagine Cup」だ。本稿では、彼らの挑戦とともに、シアトルで開催された世界大会の様子をレポートする。
独自センサー技術で、アニメの世界観を再現
「高校生の頃に『攻殻機動隊』にハマった」と話す筑波大学のBiomachine Industrial チームのメンバーたち。アニメの世界に出てくるような人間の視覚機能を進化させるデバイスを実現してみたい。そんな思いから視覚拡張ウェアラブルデバイス「Bionic Scope」の開発に着手した。彼らは、筑波大学で生体制御、ロボティクス、メカトロニクス、サイバニクスなどを学ぶ4名の学生たちだ。
彼らが開発したBionic Scopeは、肉眼では見えにくい遠くのものを拡大して鮮明に見ることができる。カメラは光学30倍ズームが可能で、奥歯を噛みしめればズームイン、意図的に大きなまばたきをすればズームアウトする。双眼鏡のように手でレンズを合わせる必要もなく、ハンズフリーで直感的に操作できるのが特徴だ。チームリーダーの村田さんは「30倍の視力を手に入れることができるうえ、近距離と遠距離をシームレスに見ることができる」とBionic Scopeの魅力を語る。
Bionic Scopeは、カメラユニット、ヘッドマウントディスプレイ、コントロールユニット、Windowsマシンで構成されている。 脳から神経を通じて目の周りの筋肉へ送られる電気信号をセンサーで皮膚の上から読み取り、その信号をもとにカメラユニットを制御する仕組みだ。
皮膚の上から生体内の微小な電気信号を獲得するためには、市販のセンサーでは性能が足りず、センサーをゼロから設計する必要があった。そのため、学生たちはセンサーの独自開発に挑戦し、高感度かつユーザビリティの高い製品開発に成功した。信号処理アルゴリズムも新規に開発したため、このシステムは簡単なキャリブレーションを行なうだけで使用可能だという。既に、生体電位信号を用いた視覚拡張デバイスのインターフェイスとして特許も出願中だ。村田さんは「開発には苦労が多かったが、再現性の高いものができあがった」とBionic Scopeの手応えを述べている。4人の専門性や得意分野を生かし、納得のいくプロダクトに仕上げることができたようだ。
世界最大の学生向けITコンテスト「Imagine Cup」へ挑戦
学生たちが創りあげたBionic Scope。この自信作を抱え、次なる挑戦として挑んだのが世界最大の学生向けITコンテスト「Imagine Cup」だ。同コンテストは、2003年にMicrosoft創始者ビル・ゲイツ氏の発案によって始まり、この10年間に参加した学生は約190カ国、延べ165万人以上を突破した。米Microsoft本社による年次イベントで、テクノロジーを使って社会の課題解決に役立つソリューションや新たな価値を提供するプロダクトを創造することで、国際競争力あるIT人材の育成を目指している。
シアトルで開催される世界大会に出場できるのは、自国の国内予選で選ばれた1チームのみだ。日本マイクロソフトでも毎年4月に国内予選を実施しており、筑波大学の学生たちもエントリーを決意した。村田さんは、「Imagine Cupは学生のITコンテストで一番有名。自分たちが作ったプロダクトを多くの人に見てもらえる良い機会だと思った」と同コンテストに懸ける思いを語る。国内予選の結果、筑波大学の学生たちは「イノベーション部門」で見事に優勝に輝いた。さらには日本代表にも選出されシアトルへの切符を手にしたのだ。
7月に開催された世界大会には、世界35カ国が参加した。各国はそれぞれ「ゲーム部門」、「ワールドシチズンシップ部門」、「イノベーション部門」の3部門に分かれて予選を闘い、各部門の1位に輝いた計3チームが最終決勝に出場する。その中からワールドチャンピオンが決まる仕組みだ。筑波大学のチームはイノベーション部門に出場した。予選では、各チームに10分間のプレゼンテーションと20分間の質疑応答が設けられ、学生たちは自ら開発したプロダクトやソリューションを審査員の前で発表した。
Imagine Cupの面白いところは、学生向けのITコンテストと言えど、技術力やアイデアの斬新性を競い合うのではないところだ。求められるのは、学生たちが創り出したものが、いかに社会でインパクトを与えることができるか。ビジネスモデルや実証実験データなど、審査員に対して説得材料を提示できなければならないと同時に、作り手の思いを表現することも重要視される。しかも、当然ではあるが、全てのやり取りは英語で行なわれる。Imagine Cupに参加した国の多くは、英語が第2外国語の学生であるため、英語でどこまで表現できるかも勝敗を決める分かれ目になるのだ。
筑波大学の学生たちは、この日までに英語を猛練習したとあって想いの込めたプレゼンテーションを披露できた。Bionic Scopeの需要として、コンサートやスポーツ観戦などエンターテイメントの用途はもちろん、空港など人が多い場所での警備や、災害時における行方不明者の捜索などにも有効だとアピールした。また、コア技術の部分はヘッドマウントディスプレイや、顕微鏡・双眼鏡など幅広いデバイスに応用が可能であると説明。どの国にとっても警備強化、災害対策、医療技術の向上は課題であることから、多くの国に新たなソリューションを提供することができると強調した。
優勝はルーマニア。患者の姿勢をデータ化する医療用ウェアラブルデバイス
各国のプレゼンテーションの結果は大会2日目に発表され、タイ(ゲーム部門1位)、ルーマニア(イノベーション部門1位)、ギリシャ(ワールドシチズンシップ部門1位)の3国が最終決勝に進んだ。残念ながら日本は入賞を逃す結果に終わったが、これについて村田さんは「プレゼンは持てる力を出し切ったが、フィージビリティ(実現可能性)に関する部分が足りなかった」と自身の分析を述べた。Bionic Scopeの需要や社会で広く普及する可能性について、より説得力のあるデータや数値が必要だったとする。
最終決勝では、医療用ウェアラブルデバイス「ENTy」を開発したルーマニアが優勝を決めた。同チームは、上半身に装着するセンサー付きのベルトと専用のアプリを開発し、患者の姿勢を24時間リアルタイムにデータ化できるソリューションを発表した。目まいなどバランス感覚が影響する病気の診断や、患者自身が自分の姿勢を可視化するのに役立つ。既に医者の協力を得て、500人以上もの患者で実証実験を行なっていることが高く評価された。ルーマニアの学生たちも「ENTyは大型医療機器が必要とされていた同分野の治療コストを軽減し、患者のリアルなデータを生かすことで従来の治療方法を一歩前進させることができる」と説得力あるスピーチを披露した。
テクノロジーを使って社会にどのようなインパクトを与えることができるか。Imagine Cupは、その問いかけを通して学生が成長できる場を提供している。実際に世界大会に参加した学生たちからも「テクノロジーを使って社会を良くしたい」という思いが強く伝わってきた。学生たちの口からは「テクノロジーは課題解決をするためのツール」という言葉が多く聞かれ、何かを変えたい、何かを作りたいと思える原動力が彼ら彼女らを突き動かしていると知った。来年はどのようなソリューションが世界大会で見られるのか。世界の若者たちの挑戦に期待したい。