山田祥平のRe:config.sys

ドコモがサービスのキャリアフリー化でめざすもの

 ここのところ、ドコモがキャリアメールやdトラベルなど、各種サービスのキャリアフリー化の推進に熱心だ。その理由としては、GoogleやApple、AmazonといったOTTの存在の脅威があるのは自明だ。もちろん、MicrosoftもOTTと言っていいだろう。今回は、その背景について考えてみる。

ようやく普通になったドコモスマートフォンのキャリアメールアプリ

 「ドコモメール」なるアプリを手元の端末にインストールした。いわゆるキャリアメールとしてのSPモードメールを読み書きするためのもので、これまでのアプリは一体何だったのかと思うほど印象はいい。とはいっても、今までが酷すぎただけだ。到底、普通の人間が考えたとは思えないほど酷いユーザー体験だったものが、これで普通になっただけだとも言える。

 ドコモメールは、クラウドとローカルという2種類のストレージを持つ。これが分かりにくいのだが、ローカルは明示的に自分で端末内に置くメールの保存場所で、通常はクラウドだけを使うようだ。このクラウドストレージのメールボックスは、端末側と同期し、最新300件、1,000件、5,000件、すべて、といった条件をつけてキャッシュしておき、端末がオフラインでも読むことができる。

 近い将来、クラウドに置かれたメールはPCなどからでも読み書きできるようになる。つまり、ドコモのキャリアメールサービスがキャリアフリーになるわけだ。ただし、メールアドレスそのものは、ドコモの回線と紐付けられているので、ドコモとの契約は必要だ。

 つまり、やっていることは、GmailやOutlook.comと同じなのだが、それをキャリア自らやることに意味がある。いわば、契約の人質だったとも言えるメールを、キャリアフリーにしたのだ。将来的に、そのメールアドレスを維持するためのサービスを、回線契約とは別に用意するようなことも考えているのかもしれない。

 でも、遅すぎた感もある。個人的には、どんなに使いやすくなったとしても、キャリアメールアドレスをメインのコミュニケーション手段にすることは、将来に渡ってないだろう。

囲い込みから開放へ

 キャリアフリーのサービスというのは、例えばドコモの回線を使わないでも使えるサービスのことで、何も、昨日、今日、出現した新しい概念ではない。というよりも、インターネットという世界規模のネットワークは、キャリアを超えてサービスが利用できることが大前提だとも言える。なにしろ、インターネットは壮大なワリカンなのだから、サービスを提供するコンピュータは、どういう経路でアクセスされるのか、まったくわからないのだ。それが当然とも言えるだろう。

 携帯電話事業者は、いわゆる囲い込みの文化で事業を進めてきた経緯がある。囲い込みそのものは、英語でいえばエコシステムだ。ビジネスが成立するプラットフォームを用意し、そこに集まって商売をするわけで、これまた、縁日の夜店と大きな違いがあるわけではない。

 自ネットワーク内からしかアクセスできないサービスは、まず、安心を提供できる。そこが「勝手サービス」との大きな違いだ。かつてのパソコン通信サービスがそうだった。あの頃、パソコン通信サービスは「ネットワーク」と呼ばれてはいたが、どうにも、それには違和感があった。なぜなら、そこで行なわれていたのはネットワークでもなんでもなく、閉じたサイバー空間をリモートコンピューティングすることに過ぎなかったからだ。百歩譲って、そこには、人と人とのネットワークがあった。そう思って無理矢理納得していたことを思い出す。

 今、OTTが台頭している。つまるところは巨大化した「勝手サービス」だ。サービスを、通信事業者のサービスに頼らずに提供することで、Over The Topの頭文字をとったものだ。いわゆる通信事業者の頭越しにサービスを提供することからこう呼ばれている。

 まさに、GoogleやApple、Amazon、LINEといったサービスがやっていることがそれだ。このままでは彼らに通信以外のすべてを持って行かれてしまう。通信事業者がそうした懸念を感じるのは当たり前だ。でも、それも悪くないと思っているのかもしれない。

偉大だったiモードメール

 通信事業者は端末と通信サービス、附帯サービスを一体化して提供してきた。いわゆるスマートフォンとメール、モバイルネットワークである。

 1999年に、ドコモがiモードメールを始めたときに感動したのは、それがキャリア内に閉じず、インターネットメールとしても機能したことだった。キャリアどころか、インターネットを介してメールの交換ができたのだ。ついこの間まで、SMSさえキャリアを超えられなかったことを考えれば驚異的だ。

 日本においてSMSがあまり必要とされなかったのは、各事業者のキャリアメールが最初からインターネットメールとして機能し、キャリアを超えてやりとりできていたからだと言ってもいい。しかも、パケット通信なので、1通ごとに料金がかかるわけでもない。だから、誰もが、着信したらすぐに通知されるキャリアメールを好んで使った。いちいちPCを起動して、メールソフトを開いて、送受信しなければならないインターネットメールよりも、肌身離さず持っているケータイで読み書きできる方がずっと便利だ。そして、メールの文化を根付かせた点で、iモードメールは偉大だったと思う。

 今回のドコモによるメールのキャリアフリー化のプロジェクトは、auやソフトバンクなど、他の事業者も取り組んでいる。キャリアメールはキャリアを問わずに読み書きできるという状況が完成するのに、さほど時間はかからないだろう。今、GmailやOutlook.comのメールを読み書きするのと同じ感覚で、キャリアメールを読み書きできるようになるのは間違いない。

ドコモはGoogleになろうとしているのか

 各社のサービスを支える資金は、どこかから徴収する必要がある。無料のように見えるGmailだが、実際には、広告収入によって維持されているし、広告を排除するためには、ユーザーからサービス料金を徴収する必要がある。

 また、通信事業者は免許を受けて公共の電波を使ってビジネスをしているので、例えば、サービスが一定時間停止するようなことがあれば、総務省から指導を受けるようなことになる。

 こうしたことを考えると、キャリアフリーにしたサービスを別会社に運営をまかせてしまうようなことも検討しているかもしれない。キャリア=土管屋といったイメージを払拭するために、多大な努力をしているように見えるキャリアだが、実際に、通信以外のサービスを切り離してしまうことで得られるメリットは少なくないようにも思う。

 日本で言えば1985年に電気通信事業法が改正され、通信が自由化されたことで、それを機に電電公社はNTTとなり、民間事業者が第三者間のコミュニケーションを媒介できるようになった。第二電電などの、いわゆるNCC(New Common Carrier)が出てきて新たな電話サービスが始まった。量販店で購入した電話機を回線に接続してもよくなったのもこのタイミングだ。だから、パソコン通信サービスが始まったし、機器メーカーからモデムが発売され、廉価に入手できるようになったわけだ。

 大手老舗キャリアがサービスを分離し、MVNOが台頭し、SIMロックフリースマートフォンが少しずつ浸透する。なんだか、今の状況は、あの頃に似ているのではないか。今、メジャーなOTTに日本の企業が見当たらないのは心配だが、日本のキャリアがOTTになるのなら、それも悪くないかもしれない。

(山田 祥平)