■山田祥平のRe:config.sys■
PCで音楽や映像コンテンツを楽しむ場合、より豊かで良質な音を楽しみたいというのは誰もが思うことだ。今回は、PCオーディオのクオリティ底上げに貢献するドルビーのアプローチについて紹介することにしよう。
●ソフトウェアが変えるオーディオの世界音をよくするというのは大変だ。いわゆる入り口から出口までに介在するさまざまなデバイスを検討し、それらの組み合わせを評価し、最終的には自分の耳で判断しなければならない。オーディオがデジタルであるのが当たり前になってからは、そこにデジタルの処理系の検討が加わった。アナログデバイスの弱点を、デジタルの処理系で補強することが可能になったからだ。
前回は、Shureの新ヘッドフォン「SRH940」のピュアな再生傾向について言及したが、このヘッドフォンは、あまりにも素直で音源の優劣まで想像できてしまうような音の出し方をすることや、プレーヤーのアンプ出力の余裕に音場のリッチさが左右されがちなので、環境によっては評価が低くなってしまう可能性もある。これに加えて、エージング時間を比較的長く確保しないと、本来の実力が出てきにくいあたりも、このヘッドフォンに対する誤解を生んでいそうだ。メーカーとしてはエージングなどしなくても、ちゃんとした音が出るとしたいのだろうけれど、やはり、準備体操もせずにいきなりプールに飛び込んだり、全速力で走ったりするのはよくない。これは可動部分があるデバイスすべてにいえることだと思う。
ある程度、エージングを施しても、アナログデバイスの主義主張はどうにもならず、受け入れるより仕方がない。繰り返し書くけれど、クオリティと傾向、好みは別次元のものだからだ。そのあたり、うまくつじつまを合わせてくれるデバイスとして、SRSの「iWOW 3D」といった製品を併せて紹介した。アナログの体験をデジタルの力で好みの傾向に誘導するための好例だ。
デジタルオーディオプレーヤーのようなデバイスは、こうした外付けの機器やソフトウェアの力を借りて、再生のクオリティや傾向を、うまくコントロールできるし、そのためのソリューションには、さまざまなものがあり、その気になれば容易に入手することができる。その一方でPCはどうか。PCなら、ソフトウェアの力で画期的なソリューションを提供できそうだが、実際にはどうなのだろう。
●ドルビーの新テクノロジを体験PCでピュアオーディオを楽しむためには、多くのユーザーが、アクロバティカルなソリューションを含め、いろいろなチャレンジが行なわれている。ただ、カジュアルに、そしてインスタントにいい音を聞きたいという都合のいい(が、多くの人が望む)ニーズには応えられてはいないように思う。
ご存じの通り、いわゆる市販のPCは、それが一体型PCであれ、ノートPCであれ、オーディオに関しては、その部分を特にアピールしている製品以外、再生がないがしろにされがちだ。特にモバイルPCなどでは、アンプの出力も低いし、機種によってはモノラルスピーカーしか持たない製品もある。
ベンダー側としては、コスト的になかなかオーディオまで気を遣っていられないし、スペースの有効活用ということを考えると、理想のスピーカー配置も難しい。再生に際しては左右のスピーカーが同一の条件で配置されているのが理想だが、実際には鳴動するドライバからダクトを通って外に音が出てくるまでの距離が左右で違っていたりするなど、オーディオに詳しい人が見たら、びっくりするような装置も散見する。
こうした事情に果敢にチャレンジしているのがドルビーだ。その実装例として、日本エイサーの「Aspire Ethos」を試してみた。
Aspire EthosはCore i7クアッドコア搭載のWindows 7機で、HDD容量は1.5TB、当たり前のようにBDドライブを搭載し、圧巻の18.4型フルHDディスプレイを搭載する。ノートPCに、これ以上のスペックを求めるのは酷だろうという贅沢設計だ。3.8kgの重量は、何かを省略することを一切考えていないようにも感じる。
同機に搭載されているドルビーのテクノロジが「ドルビーPCエンタテイメント・エクスペリエンス・プログラム(PCEE)」だ。2011年初のCESで発表され、日本では、このノートPCが、このテクノロジを実装した最初の製品となる。
このテクノロジは、「ドルビーホームシアターv4」と「ドルビーアドバンストオーディオv2」という2つの要素で構成されている。そして、その実装にあたっては、装置ごとの再生デバイスにあわせた微調整をドルビーとPCベンダーのエンジニアが行ない、最終的な音がドルビーによって認定され、ロゴを取得して出荷できるという段取りになっている。ドルビーは今、米国、日本、台湾という3つの拠点を持つが、世界中のどこでも同様のクオリティを保てるように努力しているという。
ユーザーから見えるこのテクノロジの体験は、たとえば、Windows 7の通知領域にある小さなアイコンをクリックすることで始まる。ここをクリックして、ドルビーホームシアターv4をオンにすると、スピーカーから再生されるすべての音が、ドルビーのテクノロジによって料理された音に変わる。あらかじめ設定されたMovie、Music、Gameという3種類のプロファイルを選択することで、効果の塩梅は異なるが、基本的に、
・インテリジェントイコライザー
・グラフィックイコライザー
・ボリュームレベラー
・ダイアログエンハンサー
の要素を設定することができる。もちろん、自分好みにプロファイルを微調整することもできるし、自分専用のプロファイルを作成することもできる。これによって、雑踏での会話など映画の台詞が聞きやすくなったり、曲ごとにまちまちな音量が平均化されたり、また、周波数特性の調整によって、違和感なく、より心地のよい再生に近づける。
今、CDなどの音楽音源は、そのすべてが2chステレオだといっていい。その一方で、映画のコンテンツには、5.1chや7.1chといったマルチチャンネルの音源がエンコードされた状態で格納されている。2ch、あるいは2.1ch程度の再生環境しかない場合には、マルチチャンネルの音源がエンコードされたあと、2chにダウンミックスされてデジタル出力、それが再生デバイスごとのDACに渡される仕組みになっている。
ドルビーホームシアターv4も例外ではなく、このテクノロジが受け取る音源は、ダウンミックスされたデジタルの2ch音源だ。それをリアルタイムで加工した上でDAC経由でアンプに渡し、スピーカーが再生する。結果として、スピーカーから出るすべての音が、このテクノロジの恩恵を受けることができる。
同じドルビーのテクノロジなのだから、5.1chで受け取とり、それを加工してからダウンミックスした方が高い効果が得られそうなものだが、その連携は行なわれていない。逆にいえば、このダウンミックスのアルゴリズムには、ドルビーとして絶対の自信があり、それを切り離すことは考えられないということなのかもしれない。
エイサーの名誉のために書いておくと、Aspire Ethosは、素のままでも相当の質の高いサウンド再生ができる。これだけを聴いていれば、ドルビーのテクノロジなど、特に必要がないと思うくらいだ。
ところが、ドルビーホームシアターv4をオンにすると印象は一変する。うまくいえないのだが、このサウンドはこんな再現で聴きたいという頭の中の想像が、そのまま現実になって聴覚に訴えるイメージだ。拙い再生環境でも、人間というのはすごいもので、それを聴きながら、リアルタイムで音場や周波数特性を補正して聴感としてとらえる。雑踏の中での会話シーンも、人間が集中すれば会話だけがクリアになるわけだ。それと似たようなことが、何も意識しなくても自然な感じでスピーカーから再生されてくる。
●ソフトウェアの柔軟性をプアな環境でも活かしたいドルビーのテクノロジが、いかに素晴らしい効果をもたらすからといって、このテクノロジを別途購入できるものではないのは残念だ。最終的な出口から出てくる音まで含めてドルビーであるということを考えれば、それは仕方がないことなのかもしれない。ただ、PCに内蔵されたスピーカーならともかく、ヘッドフォンや外部スピーカーは、どのようなものが接続されるかはわからないのだから、要望としては言っておきたい。
特に、これからは、Intelの戦略転換によって、Ultrabookカテゴリに分類される薄型PCがたくさん出てくるだろう。オーディオにとってはつらい時期になる。でも、ドルビーのテクノロジのように、ソフトウェアの力で表現力を向上させられるのなら、それも悪くないんじゃないか。背に腹は代えられない。今回はリッチな環境をさらにリッチにしてみた結果を体験してみたが、プアな再生環境でこそ使いたいテクノロジだと思う。極端な話、アップルがiPhoneやiPodのサウンド再生に手を抜いているように感じられるのは、将来的なこうした状況が視野に入っているからと考えることもできる。
ちょうど、収差がソフトウェアで解決するものと割り切ることで、レンズがチャチでも、今のデジタルカメラがそれなりの写真が撮れるようになったように、アナログの経験は、その一部がデジタルによって置き換えられていくのだろうか。寂しくもあるが、それが時代の流れというものなのかもしれない。