■山田祥平のRe:config.sys■
コンシューマこそキングでありクイーンだ。彼らをもっとも大事にしなければならない。米Intel本社副社長 兼 PC クライアント事業本部長のムーリー・エデン氏はSandy Bridgeのお披露目イベントで、そう言い切った。もはや、エンタープライズの時代ではなく、プロセッサの処理能力を貪欲に堪能するコンシューマにこそ、この第2世代のCore iプロセッサを捧げたいということだ。
●テーブル大のタブレットエデン氏のいうように、もはや、エンタープライズで使われるPCは、すでにコモディティとなり、高い付加価値を持つ商品ではなくなってしまった。
一方、同じ日の夕方、CES2011開幕前夜には、例年通り、その基調講演をMicrosoftのスティーブ・バルマー氏が担当した。
期待されていたSlate PCの具体的な姿は発表されず、新しいSurfaceの紹介でお茶を濁された。こちらは、Samsungとの協力によって実現されたハードウェアで、テーブル上のディスプレイデバイスをマルチタッチで操作する近未来的な操作方法は従来と同じだが、ポインティングのセンサーが新たになり、厚み1インチのボディに収まっている。早い話がテーブル大のタブレットだ。
Samsungご自慢のゴリラガラスが使われている点も特徴の1つだ。これをみて1970年代の喫茶店に設置されていたスペース・インベーダーを思い起こすのは年をとった証拠だろうか。ピクセルセンスのテクノロジーが採用され、1つ1つのピクセルが、カメラの役割を果たす。デモンストーレーションでは 「I CAN SEE」と書かれた紙がテーブルの上に置かれ、それをディスプレイが認識して何かが起こるはずだったのだが、そこはあっけなく素通りされた。きっとトラブルが発生したんだろう。
Microsoftの3スクリーン戦略は、TV、携帯電話、PCという3種類のデバイスが持つスクリーンを、高度に連携させていくというものだが、この日の基調講演では、それがおさらいされたにすぎない。XBox、Windows Phone 7の順調な進捗状況が紹介され、さらに次期Windowsが各社のSoCをサポートするということが発表されている。基調講演の会場で隣に座った女性が、バルマー氏の基調講演の間、ずっと、Windows Pnone 7をさわっていたのが気になったのだが、首から提げたCESのバッジをみたらMicrosoftの社員だったというのは内緒だ。
それはそれとして、次期WindowsがSoCに載り、IntelとAMDに加え、ARMをサポートするという発表だが、これは、Microsoftのパートナーがこぞって協力した結果であり、業界全体に影響を与えるだろうとバルマー氏は興奮して語っていた。
このことは、裏返していえば、Windowsはしばらくドラスティックには変わらないということも意味するわけで、なにしろ、現在、1秒間に7コピーが売れているという驚異的なセールスを達成したWindows 7なのだから、そうそう次のバージョンがどうというわけにはいかないのだろう。
●チックとタックが非同期にWindowsがSoCに載るというのはどういうことなのかというと、PCを構成する要素が極小化するということを意味する。つまり、それは、Windowsがコモディティ化することだ。そのことで、今まではPCが使われなかったシーンでもPCが使われるようになる。いわば、Windowsのシュリンクであり、新世代プロセッサの高付加価値をコンシューマに捧げるIntelとは反対のアプローチだ。というよりも、Intelのチックタック戦略をそのまま取り入れた結果ということもできる。
携帯電話にあてはめて考えればわかりやすいかもしれない。コンシューマが使って楽しい機能を満載した携帯電話は、今、スマートフォンとしてビジネスの現場に入っていこうとしているが、コンシューマ市場のスマートフォンは、そのずっと先をひた走っている。エンタープライズはコンシューマのお古を使うのだ。そして、これがIntelのアプローチ。対してMicrosoftは、コンシューマにエンタープライズのお古を使わせようとしている。
そもそもPCは、その出自が大きな子どものオモチャだったわけで、そのオモチャを大人が取り上げた。そうして、いつのまにか、PCは大人のものになってしまったわけだ。いったん大人のものになってしまったオモチャを子どもが取り戻すのはたいへんだ。これが今の状況であり、Intelのやり方は、高い処理性能を付加価値として吹き込み、それをなんとかしようとするモデル。対するMicrosoftは強引に大人のオモチャを子どもに使わせるモデルだ。どちらが正解なのかはまだわからない。業界全体が、大きく舵をきるためには、まだ少し時間がかかるだろう。
●新たな黒船をデジャブの中に見つようそれにしても、ここのところ、デジャブのような感覚を持つことが本当に多い。たとえば、Android端末の怒濤のような躍進をみていると、日本のパソコンの先駆けともいえるNECのPC-9801シリーズが、コンパックの黒船襲来によってPC一色に変わっていき、それにとって代わられた頃にそっくりだ。
クラウドがそれを加速するものだから、かつての速度とは比較にならない急展開を見せているところが、当時とはちょっと異なるが、このデジャブを、いかにビジネスとして取り込むことができるかどうかで各社の運命が左右されるのだろう。GPS専業に近いメーカーのガーミンなどは、これからどうしていくのだろうかと余計な心配さえしてしまう。
今年のCESは始まったばかりだが、イベント全体の規模が大きくなりすぎた感は強い。CESに通い始めて10年以上になるが、ラスベガスの街を覆う雰囲気はCOMDEX全盛期に近いものがある。これもまたデジャブだ。当時のCESは、もっと大人の雰囲気を持っていたように思う。子どもの手玉をとるという点では、最終的に大人のCESがずっと長けていたということなんだろう。だからCOMDEXは終わり、CESが残った。
今回の渡米で腹がたつのは、ラスベガス全体のネットワークインフラの頼りなさだ。まるで使いものにならない。かろうじて、ClearのWiMAXが快適に使えるのがせめてもの救いだ。こちらは比較的新しいサービスだからということもあるのだろう。そういう意味では回線がパンクしない程度のユーザーしかいないことを心配する必要があるのかもしれない。
WiMAXをのぞいては、会場のWi-Fiも、3Gの通信も悲惨な状態だ。ITのイベント会場にいるのに、インターネット接続が不自由というのはちょっとがっかりだ。持ち歩いているデバイスすべてがインターネットReadyなのに、まるで役にたたない。渡米にあわせてAT&Tの100MBパケットパックを3つ、合計300MB分を用意しておいたのだが、滞在中の1週間で使い切れるかどうか。年始の午前零時前後は携帯電話がつながりにくくなり、メールの遅延が発生するかもしれないということがニュースになる国とはわけがちがう。それはそれで大きな国なんだということを実感できる。
例年、CESで新しい年を迎え、これから先のことを考える。おもしろかろうがおもしろくなかろうが、盛況だろうがそうでなかろうが、毎年、同じ時期に同じ場所にきて、同じイベントを体験し、これまでと何が違うのかを考えるのは楽しい。今年も、そうして新しい年がやってきた。
新年あけましておめでとうございます。どうか、今年もご愛読いただけますよう。