山田祥平のRe:config.sys

プロパティ・アウェア・メディアが叶えるターゲティング・コンテンツ




 今、デジタルサイネージがおもしろい。デジタルサイネージは、街頭や店舗店頭、駅、空港、電車内といった場所に設置され、さまざまな情報や広告を映し出すインフォメーションシステムだ。たとえばNECは、その事業を強化するために新たなブランド「PanelDirector」を新設、サービスソリューションとしてこのトレンドを加速させようとしている。

●ソリューションとしてのサイネージビジネス

 NECの取り組みは、この事業を、単なる表示デバイスのハードウェアビジネスにとどめるのではなく、コンテンツ作成支援からサービスの運用までを含むトータルソリューションとして提供しようというものだ。

 たとえば、あるディスプレイで、特定のコンテンツを表示したとしよう。従来型のサイネージでは、そこでおしまいだ。単なる電光掲示板にすぎない。そのコンテンツが広告だったとして、それで売り上げが伸びたとか、今まで注目されにくかった商品が売れるようになったといった副作用は期待できるが、それが本当にサイネージによる効果なのかどうかはわかりにくい。

 そこで、NECは、コンテンツを表示し、その価値を測定、その結果にあわせてコンテンツ内容を見直し、新たなコンテンツをプランニングして、新たにディスプレイ表示するという循環を構築するというトータルサービスを提供しようというビジネスを考えた。

 街角に設置されたディスプレイの注目度は、その興味の度合いとして、

・Imprint: 強い印象を与えた
・Impression: 印象を与えた
・Feeling: 意識付けを与えた

という3つの段階に分類できるという。これが視認効果だ。NECのシステムでは、ディスプレイにカメラを装備し、この視認効果をコンテンツを意識した視聴者がディスプレイの前にいた滞留時間、ディスプレイとの距離などによって測定集計することができる。さらに、顔認識の技術によって、それを見た人の性別や年齢を判断し、よりキメ細かく視認効果を測定できる。多人種にも対応し、ワールドワイドでの展開も可能だ。

 発表会で披露されたデモでは、飲食店のメニュー紹介ディスプレイの前に立った人の属性を測定、20代の女性なら、お得なディスカウントメニューを表示し、その場で赤外線によって携帯電話でクーポンゲットできるコンテンツを、20代の男性ならボリューム満点のメニューに切り替わる様子が紹介された。システム的にはFeliCaなどとの連携も可能だそうだ。

 NECによれば、この認識は性別判定で90%程度、年齢は10歳区切りで70%の正答率を実現しているという。この70%というのは、ヒトがヒトの年齢を言い当てるのとほぼ同じなのだそうだ。たとえば、コンビニなどでは店員が客の年齢を推定してPOSレジに入力しているそうだが、それと同程度の精度がある情報を収集できるわけだ。

●サイネージが拓く新たなビジネスモデル

 新たな領域に踏み込もうとしているNECのサイネージ提案を見て考えた。今までマスを対象としてきたテレビや新聞などのメディアに掲載された広告よりも、また、ブラウザの履歴を参照し、行動履歴て判断したユーザーの属性によって表示される広告を切り替えるような方法よりも、さらにつっこんだ広告の提示ができそうだ。

 たとえば、20型を少し超えるようなHDディスプレイと数千円のWebカメラ、そしてネットワーク配信を受けてコンテンツを表示するためのセットトップボックスを組み合わせたシステムを用意する。ハードウェアのコストはトータルで5万円もしないくらいにおさめることができるはずだ。

 このシステムを、街の飲食店や小売店に配布する。店側は、自店で表示したいコンテンツを簡単なWebアプリで作成して表示させることができる。

 ただ、このビジネスモデルでは、店側がハードウェアをリース調達し、サービスに対しては、いくらかのコストを支払わなければならない。もちろん、通信費や電気代も必要だ。

 そこで、店側のコンテンツだけではなく、ネットワークを経由して配信を受けた広告を表示するようにする。店側の属性を登録しておくことで、効果のある属性を持つ店のディスプレイにのみ広告が配信される。しかも、広告が表示されるのは、広告対象として指定した属性を持つ視聴者が前に立ったときのみだ。そして、その人数や視認効果をカウントして、広告主は料金を支払い、店側は、その料金のうち一定の割合をキャッシュバックされる。それによって、ハードウェアコストはペイできるかもしれないし、店によっては、このシステムそのもので利益を出せるところもでてくるだろう。利益はいらないから、広告配信は最小限にしたいというリクエストも出せる。もちろん、ライバル店の広告は配信拒否といった配慮も必要だろう。

 広告を集める側も、広告を表示する地域、対象となる視聴者、年齢などを細かく指定できるので、営業もしやすいはずだ。規模もまちまちだ。特定駅周辺の不動産屋のみに引っ越しサービスの広告を表示するなど、新聞の折り込みチラシや集合住宅のポストに投げ込まれるチラシに近い、いやそれ以上にリアルな対象選別が可能になる。また、マスを対象とするなら、属性を無視して広告を表示すればいい。これで、ロングテールの頭からしっぽまでをフルカバーできることになるはずだ。原宿駅周辺の飲食店に出入りする10代の女性に、夕方6時から9時の間の3時間だけ広告を見せたいといったピンポイントの展開ができるメディアが、かつてあっただろうか。

●存在そのものが対話を始める

 このビジネスモデルを成功させるには、とにかく、リアル社会のありとあらゆるところに、サイネージディスプレイを設置する必要がある。そのために通信事業者とタイアップする。HD品質のビデオなどリッチなコンテンツの配信には、広い帯域のネットワークが必要で、それを設置場所に引き込まなければならない。普通に考えればまあ光ファイバーが妥当なところだろう。その引き込み時に2本のファイバーを束ねる。1本はコンテンツ配信のための専用回線、もう1本はパブリックなネットワークのための回線だ。

 たとえば、UQコミュニケーションズが、この方法で光ケーブルを引き込み、サイネージ端末が置かれた店舗を、すべてWiMAXの基地局にしていくといった方法をとることができれば、全国津々浦々をカバーするサービスエリアを、今までのノウハウとは別の方法で実現できるかもしれない。UQコミュニケーションズによれば、今、基地局のコストは、規模によってまちまちで、広域のものでは基地局そのものが数百万円、建設に数百万円、回線の維持に月額7万円程度が必要だが、小規模なものは、かなり低い価格で設置ができるという。店舗に置かれるセットトップボックスと一体型にできるくらいのものなら、コスト的にも見合うようなプランができるかもしれない。

 こうして、広告主、その広告対象ルーティング、広告効果の測定とプランニングソリューション、ハードウェアとしてのデバイス、通信インフラといった新旧のビジネスをうまく融合させていくことができれば、これまでは考えられなかったような柔軟なメディアネットワークが誕生するはずだ。

 見る側が積極的な働きかけをする必要がなく、存在そのものがITによって認識され、潜在的に求めているであろうコンテンツを提供される無意識のインタラクティブ性。八百屋の前を通りかかった主婦が「奥さん、今日は里芋が安いよ」と声をかけられて、つい手にとってしまうような対話が可能になる。