山田祥平のRe:config.sys

Excelでも解けないノートPCの足し算と引き算

 モバイルは妥協の産物だ。いつでもどこでも使えることを最優先した結果、さまざまな要素が犠牲になっている。その犠牲をどこまで軽微なものにするのかがハードウェアベンダーの腕の見せどころだ。そのバランスが絶妙なのが、MicrosoftのSurface Laptopだ。発売されたばかりのこのノートPCをしばらくの間評価できたので、その魅力を紹介しよう。

レガシーをトレンディに

 Surface Laptopは、本当にごく普通のラップトップだ。だが、ピュアタブレットにもなる着脱式でもなく、画面を折り返せるコンバーチブルでもないオーソドックスなラップトップノートPCは現在の市場にあまりない。世のなかは2in1がトレンドで、ある意味で、レガシーなノートPCをタッチ対応させただけとも言える。

 日常的に2in1も使っているが、実際の個人的な利用シーンでは、画面を取り外してピュアタブレットとして使ったり、画面を折り返してタブレットとして使うことはほとんどない。つまり、2in1のいいところを活かす機会にあまり恵まれないのだ。少なくとも個人的にはそうだ。

 歴代のSurfaceがよくできていると思ったのは、背面にあるキックスタンドを使ってタブレットPCを自立させられる点だ。実際、YOGAタイプのノートPCでも、折り返してテント状態にして使うことはよくある。ピュアタブレットとして使うさいにも自立したほうが使い勝手がいいというのは、10型を超える画面になるとそう感じることが多い。

 それはいいとして、ところがこれまでのSurfaceは、膝の上で使うのがつらかった。ちょっとした拍子に結合部分が外れてしまい、膝の向こうにタブレットが落下してしまう。自分はもちろん、他人がそういう場面に遭遇するのを何度も目撃している。

 キックスタンドは面ではなく線で本体を支えるので、膝の上での置き方にも工夫が必要だ。つまり、タイプカバーをつけて膝の上で使うと見かけの上ではラップトップになるのだが、実際にはきわめて不安定な状態だった。

3:2のタッチ画面は横位置固定でも使いやすい

 誤解を怖れずにいえばSurface LaptopはレガシーなクラムシェルPCだ。着脱式でもなく、コンバーチブルでもない。液晶を開いて向こう側に倒してもぺったりと水平になるわけでもない。それでもSurfaceのアイデンティティとも言えるアスペクト比3:2の液晶は使いやすく、しかもタッチ対応していることがこの製品の使い勝手を大きく高めている。

 ちなみにかつて、PCの画面のアスペクト比と言えば4:3が普通だった。4:3は12:9と換算できるが、3:2は12:8になる。ほんの少し違うがかつてとほぼ同じだ。結局、画面に向かって何かの作業をするにはこのあたりのアスペクト比が黄金比率だと言ってもいい。一時期、16:10に流れそうな気配があったが、HUAWEIやパナソニックが3:2を採用、ポスト16:9はその方向がトレンドになりそうだ。間違っても18:9にするといったことにならないことを祈っていたりもする。

 キーボードとディスプレイを分割不可にすることで、2in1のカテゴリを自ら外れる道を選んだこの製品、キーボードへのこだわりはどうだろう。PCとしての本体部分でもあり、Surface Pro 4までのタイプカバーよりも厚みがあるため、叩いたときの感触はタイプカバーよりずいぶんいい。厚みがあることで、固い机の上で使っても、机の固さが指に負担を与えることもないし、キータッチの音も軽減されているように感じる。

 問題を感じるとしたらキーボード内のキーの1つとして電源ボタンがアサインされていることくらいだろうか。しかも、その位置が、最上部右「F12(PgDn)」と「Del」キーの間にある。もしかしたら次の段のバックスペースキーを右手の小指で押そうとしてさわってしまい、本体をスリープさせてしまう。「^」や「¥」の入力時にもその可能性がある。

 個人的にはこのエリアのキーの使用頻度が低く、予期せぬスリープを体験することはなかったが、どうしても気になるなら、電源オプションで電源ボタンの役割を「何もしない」に割り当てておけばいい。液晶を閉じればスリープするし、電源オフはスタートメニューにあるので不便はないだろう。

八方美人の徹底否定

 持ち運びのできるPCとして考えたときに、Core i5のモデルで約1,252gというのは決して軽いとはいえない。実際、見た目の薄さでかえって重く感じるくらいだ。でも、このくらいまではカバンのなかに入れて毎日携行してもさほど負担にはならないと考える方も多そうだ。

 つまり、この製品は「線のモバイル機」ではなく「点のモバイル機」だ。移動しながら使うのではなく、移動先で使うPCだ。移動中に使うにはやはり画面が大きすぎる。カメラとPCをとっかえひっかえしながら取材するといった用途には向いていない。

 でも、そんな使い方は普通じゃない。会議室などでメモをとったり、出張先のホテルで比較的長時間作業に集中するには画面は大きいほうがいい。

 移動先でデスクやテーブルが確保できればベストだが、そこはLaptopの名に恥じない。ディスプレイが脱落する心配をすることなく膝の上で作業ができる。脱着の機構をしっかりすればするほど重量はかさむ。そこさえ妥協すれば軽量化に寄与できるのだ。

 つまり、Surface Laptopは、もはやレガシーとも言えるノートPCの原点的フォームファクタ「ラップトップ」に「タッチ」という現在のコンピューティングに欠かせない要素を足し算し、ないものねだりを実現した2in1の全部感から、省略できるものを根こそぎ引き算したものと言える。

 そして、そこが新しい。だが、その新しさに対して、膝の上でPCを使わなければならないシーンに日常的に遭遇する層がどのくらいのボリュームであるのか。そこに対する何らかの提案が必要になりそうだ。ほかのベンダーがこうしたPCをなかなか出してこないのは、余計なことはしなくていいからピュアクラムシェルはとにかく安くというニーズしか見出せていないからだろう。

 もっとも、拡張性の点ではちょっと引き算しすぎという感も否めない。キーボードのある本体には右側面にSurface Connect、つまり電源端子、左側にUSB 3.0、ヘッドセットジャック、Mini DisplayPort。それだけだ。

 トレンディなUSB Type-C端子もなければ、SDカードスロットもない。この思い切りのよさはまさに究極の引き算だ。

Windows 10 Sがもたらす付加価値

 究極の引き算はハードウェアだけではない。Surface LaptopはそのOSとしてWindows 10 Sがプリインストールされている。今年(2017年)いっぱいは無料でWindows 10 Proにアップグレードできるが、それ以降は有償だ。

 ご存じのとおり、Windows 10 Sは機能を極限まで限定したWindows 10だ。つまり、OSも引き算されている。いや引き算というより制限という足し算による付加価値かもしれない。Windowsストアからダウンロードした信頼できるアプリしか実行できないのだ。ストアではUWPとして知られるモダンアプリのほか、従来のWin32アプリも入手できるが、当然のことながら一定の作法に基づいて実行されるものしか存在しない。

 一般的なサイトからダウンロードしたバイナリ、たとえば「.exe」の拡張子を持つプログラムを実行しようとしても警告のメッセージが表示され、もし、実行したいならProにアップグレードするように促される。regedit.exeの実行など、とんでもない話で、早い話がカスタマイズは設定アプリでできることだけといってもいい。

 Windowsは使えば使うほど、さまざまなプログラムが勝手気ままに振る舞うため、長年使っているうちに調子が悪くなってしまうといわれることがあるが、これだけ制限されていれば、調子が悪くなるはずもない。

 今回の評価では出荷時状態のSurface LaptopをそのままWindows 10 Sで使ってみたが、2日で音を上げてしまい、Windows 10 Proにアップグレードしてしまった。とくに、キーアサインをいじれないこと、また、自分自身の環境に欠かせない常駐アプリが使えないのが痛かった。

 さらに、Chromeブラウザにいかに自分が依存していたのかを思い知らされた。逆に言うと、その必要がないユーザーで、Officeが使えればそれでいいというのであれば、何の不自由も感じないのかもしれない。

 このことは、PCを自ら使おうというユーザーではなく、PCを使わせる立場からすれば、じつに安心だ。ヘルプを求められることも少ないだろう。親が子どもにというのはもちろん、教育の現場でも重宝するだろう。そして、あまり言及されることがないようだが企業で使うOSとしてもWindows 10 Sは悪くないOSだ。

 Surface Laptopは、ストイックでシンプルなノートPCだ。ノートPCとしての最低限の要素を装備し、そこにタッチというチャレンジを足し算する。それだけなのに、そこから醸し出される存在感はじつに未来的だ。一度使ってみれば、クラムシェルにタッチはいらないという考えがまちがっていることに気がつくだろう。

 引いて引いて引いた結果に、ちょっとだけ足す。Suraface LaptopはそうしてできたPCだ。歴代Surfaceのなかではもっとも気に入った製品だ。頑なにタッチを拒むMacBookのユーザーは別の言いわけを考えておいたほうがいいかもしれない。