山田祥平のRe:config.sys

スペースインベーダー襲来

 ヒトとコンピュータを繋ぐ重要な要素がキーボードやマウス、タッチパッドといったヒューマン・インターフェイス・デバイスだ。本当は、こればかりは何十年経とうと同じ感覚で使い続けたい。ところがそれがままならない。

タッチタイプとホームポジション

 遅れていたATOK 2017のベータ版がジャストシステムから届いた。ディープラーニングを採用した新しいエンジンが楽しみで、さっそく試しているところだ。

 インストールしながら機能解説書を読んでいると興味深い説明が目に入った。

 通常、日本語入力のオン/オフは半角/全角キーを使って行なうが、このキーは数字キーの1の左にあって、叩くためにはホームポジションから指が離れて効率が悪くなる。だから、ATOK 2017はスペースキーの右側にある変換キーを半角/全角と同じように機能するようにしたというのだ。オン/オフは頻繁に行なうので理にかなっている。1バイトアルファベットや数字を入れる時には必ずオフにするユーザーなら分かってもらえるはずだ。

 やっぱりそうかと思った。というのも、個人的にはずっと以前から変換キーに半角/全角キーを割り当てて、オン/オフを右親指でできるようにしてきたからだ。もちろんATOKにもキーアサイン変更の機能はあった。だから同じことは前からできた。でも、今回は、それが既定値になったということだ。おそらくごく普通のカジュアルユーザーは、既定値が変わったことに気が付かないかもしれないが、こうした仕様変更が行なわれるということは、開発関係者が常にUX(ユーザーエクスペリエンス)のことを考え続けているということの証でもある。

ノートPCとキーボード

 ぼく自身が日常的にキーボードで文字を入力するようになって30年以上が経った。本格的にはPC-9800シリーズのキーボードからだった。それをDOS/V機にリプレースして106キーボードに変えた時はCtrlキーとCAPS Lockキーが入れ替わったことで往生した。Aキーの左にCtrlキーがないと困るので、危機一髪だったのだが、数々のユーティリティソフトがそれを救ってくれた。そして、20年経った今も、新しくOSをインストールした時や、新しいPCを使い始める時には儀式のように、ユーティリティを使って入れ替えている。

 CtrlキーとCAPS Lockキーのように、単純に入れ替えればすむようなケースは、それでいいのだが、そうはいかないやっかいなレイアウトを持つキーボードもある。特に、別のキーボードと入れ替えるわけにはいかないノートPCではそれが悩みの種だ。

 例えば、NECパーソナルコンピュータのLavie Hybrid ZEROのキーボードもその1つだ。この製品のキーボードはスペースキーが長い。一般的な106/109キーボードのスペースキーの右端はNのキー右端からほんの少し左に寄り、Mキーの真下に変換キーがある。だが、LAVIE Hybrid ZEROでは、Mキーの下までスペースキーが伸びている。

 既に書いたように、ぼくは、右手の親指で変換キーを叩いてIMEをオン/オフしているが、ホームポジションから普通に親指を下ろすと変換キーを叩くことができる。ところがLAVIE ZEROのキーボードは、同じ感覚で親指を下ろすとスペースキーを叩いてしまうのだ。

 このことは最初に初代LAVIE Zを触った時から感じていたので、開発サイドにフィードバックした。ありがたいことに同社側でも多くの社内ユーザーに意見を求めたそうだが、その結果、特に問題なしという結果が出たそうで、今なお、レイアウトはそのままだ。ただ、NECパーソナルコンピュータ製のPC全てがそうかというと、実際にはそうではない。ほかの製品は、106/109キーボードのレイアウトに準拠したスペースキーを持っているのだ。どうしても右手親指で半角/全角を割り当てた変換キーを叩きたいので、Ctrl+スペースに半角/全角を割り当ててしのいでいる。

 最近では、東芝のdynabook Vのキーボードに違和感を感じた。こちらはこちらでスペースキーが短い。LAVIE Hybrid ZEROのスペースキー右端がMキーの中央あたりまであるのに対して、dynabook Vのスペースキー右端はNキーの左端近くまでと短い。この位置だとスペースキーを叩くつもりで右親指を下ろすと変換キーを叩いてしまう。ぼくの場合は、変換のためにスペースキーを叩こうとした時にIMEがオフになってしまうのだ。これはストレスがたまる。仕方がないので、とりあえず、変換キーにスペースを割り当ててしのぐことにした。そしてその右隣のひらがなキーに半角/全角を割り当てる。これで、大体自分の指の動きにマッチしたレイアウトになる。おかげでキーボードを見て叩くとつい間違ってしまったりする。

されどスペースキー

 Windowsのキーボードレイアウトはレジストリの書き換えでかなり自由になるし、探せばその設定のためのユーティリティはたくさんある。また、IMEの設定でもキーアサインを変えられるので、自分が物理的なキーボードに合わせることは最低限にして、キーボード側を自分に合うようにカスタマイズすることができる。このあたりは、自由度の高いPCならではの恩恵だ。

 だが、そのような工夫をしないですむ方がありがたいのは当たり前だ。そもそもキーボードはタイプライターの時代からアームが絡まないようにということでQWERTY配列が決まったわけで、その不自然な配列に人間は自分で慣れるしかなかった過去がある。

 コンピュータが普及して、タイプライターのアームがなくなっても、配列等が変わらなかったのは変えるべきではないという判断もあったに違いない。慣れ親しんできたものを変えるのはたいへんなエネルギーが必要だからだ。

 日本語キーボードは英語キーボードにはない機能キーがたくさんあるが、それも、できるだけ元のレイアウトの感覚を阻害しないように各社は工夫を重ねている。そしてそのしわ寄せがスペースキーの長さに及んでいる。

 「スペースキーは長い方が打ちやすい」、「もともと長いスペースキーは多少短くてもいいから、ほかの機能キーを使いやすいサイズにする」。とりあえずいろいろな論理はある。メーカーごとに一貫したポリシーがあるなら、そのメーカーの製品しか使わないという逃げ道もあるだろう。でも、機種によって違うというのはちょっと困る。そのたびに人間が慣れるしかないというのは、何かが違うのではないだろうか。

 ちなみに、この文章は全てをATOK 2017のベータ版で書き上げた。いらだつ誤変換が皆無だったのには驚いた。スペースキーを変換に割り当てた日本語入力ソフトはATOKが最初だ。何も変わっていないかのように入力できるのにストレスは大きく軽減している。ちょっと感動した。