山田祥平のRe:config.sys

これから始まるWindowsの大冒険

 中国・深センで開催中のWindowsハードウェア技術者向けのカンファレンスWinHEC 2016において、MicrosoftとQualcommのパートナーシップが発表され、Windows 10の64bit版がQualcomm SOCをサポートすることが明らかになった。基調講演のステージでは、実際にSnapdragon 820上で稼働するWindows 10がデモンストレーションされ、会場を沸かせた。

バッテリがスマートの足をひっぱる

 Windows 10 Mobileではなく、フルWindowsである。カーネルと標準アプリ、周辺デバイスドライバはARMネイティブで、Win32アプリについてはIAエミュレーションでサポートするという。現行のWindows 10がUbuntuをサブシステムとしてサポートしているようなイメージかと思ったが、実際には似ているけれど違うという。技術的な詳細についてはまだ分からない。

 これによって、Windowsは、IAで稼働するそれよりも、大幅な省電力を手に入れる。Microsoftによれば、IAプロセッサの圧倒的な性能とQualcomm SOCの優れたパワーマネジメントの両面で新しい市場を開拓できるはずだという。

 世の中の多くのユーザーは、デバイスを日常的に使うのに不安がない長いバッテリライフを求めている。朝でかける時に、フル充電の状態で持ち出せば、夜遅くに戻る時にも、ある程度のバッテリが残っていれば安心だ。スマートフォンと同様に、時代は、PCにも、そうした使い方のモデルを求めているわけだ。もっとも、今やスマートフォンのバッテリでの駆動時間は深刻で、ちょっとヘビーなユーザーなら、必ずといっていいほどモバイルバッテリを持ち歩いている。ARMで稼働するWindowsだからといって、本当に大きな改善が手に入るのかというと、そこには多少の不安もある。

飛ぶ鳥は落とさないで一緒に飛ぼう

 Qualcomm SOCでフルWindowsが動くようになることで、Windowsはその競合を、AndroidやiOSにまで拡げることになる。これまでは、いわばサブセットといってもいいWindows 10 Mobileで戦ってきた。ARM系プロセッサにフルWindowsは荷が重いと勝手に思い込んでいた節がある。いや、それ以前に、UWPのみの世界へのシフトを目論んでいた印象もある。

 だが、ARMは着々と処理能力を上げ、処理能力的にフルWindowsを稼働させるのに十分な実力を身に付けた。そして、その実力は、この先も伸び代がある。ムーアの法則を堅持しようとしているのはIntelだけではないからだ。

 もちろん世の中にはバッテリを馬鹿食いしても性能を求めるユーザーがいる。それでなければ成立しないユセージモデルもある。だからIntel Coreプロセッサの圧倒的な処理能力は、これからもその期待に応え続けるだろうし、その能力を活かすのはWindowsにほかならない。特に、インタラクティブなコンピューティングではその存在感は絶大だ。

 経緯として、異なるハードウェアとしてのプロセッサはOSが仮想化してきた。そして、異なるOSをアプリが仮想化する。これはすごく理想的だ。コンピュータの処理能力が高まるにつれ、仮想化のためのオーバーヘッドもだんだん無視できる程度のものに収束しつつある。

 これまでのMicrosoftは、特にモバイルのカテゴリにおいて、なりふりかまわずアプリを各OS用に用意してきた。まるでWindowsにこだわるのをやめたかのようで、このままクラウドサービスの会社に徹するのかとさえ思えるくらいだった。

 勝負に使うにはWindows Mobileが力不足気味だったこともあるのだろう。Windows 10 Mobileになって、Continuumのような機能が注目されたということは、やはり、多くのユーザーがポケットに入るWindows、できれば、これまで慣れ親しんできたWindowsと同じように使える存在を求めているということなのだろう。

 だからこそ、Microsoftは、例えそれがWindowsの立ち位置を脅かすであろうAndroidであろうがiOSであろうが、なりふりかまわず、同じアプリが使えるようにしてきた。

 そして次はOSだ。しかも、サブセット的なMobile版ではなくフルWindowsだ。

アプリの開発者はハードウェアの違いを考えなくていい

 WinHEC 2016の基調講演では、HoloLensについても言及されている。現行で開発者向けに提供されているHoloLensはCherry TrailことIntelのAtomプロセッサを搭載したスタンドアロンのWindows PC的ハードウェアだが、公演後のQAセッションでMr. HoloLensことAlex Kipman氏は、ARM搭載HoloLensを完全には否定しなかった。今のところは考えていないが可能性もあるようなのだ。

 そもそもHoloLensはハードウェアスペックが固定されたものではない。一般的なPC同様に、ハイエンドからローエンドまで、そのユセージモデルごとに異なる性能、仕様のものが使われる可能性が高い。そのハードウェア仕様の違いを吸収するのがWindows Holographicだ。

 個人的に何度かHoloLensを体験してきたが、現行の開発者向けHoloLensは、のぞいた時のガッカリ感が強い。HoloLensの世界観はシースルーのリアルとHolographicのバーチャルを組み合わせたMixed Rearityによって実現されているから余計にそう感じる。リアルとバーチャルの解像感が違いすぎて、なんだかMSX時代のスプライトを思い起こしてしまったりもするからだ。

 だが、超絶解像度のHoloGraphicをサポートするHoloLensもありだ。TrueTypeFontが、画面の解像度に応じてクリアな書体を実現したのと同じことだ。Kipman氏の説明を聞いて、ちょっと安心したところもある。

 そして、こうなると、Windows for IoTは、これからどういう道をたどるかというと、想像に難くない。これからグンと市場が広がることが分かっているシーンで、Microsoftが何をすればいいのかは自明だし、そのためにQualcommやARMとの協調路線をとっておくのは大事なことだ。

そしてIntelの奥の手はあるのか

 歴史は繰り返す。今、起ころうとしているのは、デスクトップPCをノートPCが席巻し、据置ノートPCをモバイルノートPCが置き換えようとしている状況にも似ている。つまるところは、全てがパーソナルに向かっているのだ。パーソナルに手放せないデバイスとして使いたいからこそ、それが例え電源アダプタであったとしても、他者の束縛からは逃れたいと誰もが思っているのだ。

 スマートフォンの急速充電は何のためにあるのかを考えたことがあるだろうか。バッテリを素早く充電できるようにすることで、充電しなくてもいい時間を少しでも長くするためだ。誰もがパーソナルなスマートデバイスに機動性を求めている。5分で18時間分の充電ができるなら、誰も普段は充電なんてしないだろう。でかける前にちょっとチャージすれば十分だ。

 Windows PCが、そんな願いを叶えるスマートデバイスになるためには、少なくとも今は、ARM陣営の雄としてのQualcommの力が必要だったということなのだろう。さあ、これでIntelはどう出てくるか。アッと驚く切り札が用意されているのかもしれない。年も押し迫ったこの時期に、来年(2017年)が、思いっきり楽しみになるような話題が飛び出した。なんて幸せな時代に生きているのかと思う。