1カ月集中講座

今どきのタブレット/スマートフォン向けSoC 第3回

~ローエンド~ミドルレンジを狙うプレーヤー

 第3回では、市場を席巻するQualcomm/Samsungの座を脅かす「その他」の勢力をご紹介したい。

モバイル向けSoC市場の近況

 本題に入る前に、12月6日に都内で開催されたARM Technology Symposia Tokyo 2013における基調講演のスライドをご覧いただきたい(図1)。これはモバイル向けの製品が、価格帯別に今後どう展開してゆくかを予想したものである。

【図1】ARM Technology Syposia Tokyo 2013で示されたモバイル用SoCの動向予想

 現状は2013年であるが、まだ今年が終わっていないこともあって、定量データは前年(2012年)までのものになる。

 これをベースに考えるとハイエンド、つまり最終製品価格が400ドルを超える製品に関しては今後大きな伸びを見出せず、むしろその下である200~350ドルの価格帯が飛躍していくことが分かる。

 このミドルレンジ、例えば米国なら「Nexus 4」が8GBで199ドル、16GBでも249ドルであり、ここに該当する。つまりこのクラスの伸びが大きい、と判断しているわけだ。もちろん一番伸びるのは150ドル未満のローエンド製品ではあるのだが。

 実はこの展開、ARMが投資家向けに出しているプレゼンテーションの中ではもう少し細かく出ている。このプレゼンテーションは2013年第3四半期(2013年10月)にリリースされたものだが、先に述べたとおり2013年の集計がまだ終わってないから、マーケットの数字は2012年をベースにしている。

 図2がまず、マーケット別にそれぞれSoCの製品価格と、それぞれにおける売り上げ数量予測である。ここにあるプレミアム、つまりハイエンドは2012年が3億台強、2017年で4億台だから、伸びはあるとはいえかなり頭打ち感が強い。対してミドルレンジは、2012年が2億台弱なのに2017年は5億台以上で、2.5倍もの伸びである。さらにエントリーレベル、つまりローエンドは2億台が8億台以上で4倍を超えている。

 各々の構成をもう少し詳細に見たのが図3である。“Voice Only”、つまり通話とSMSしか出来ない携帯電話はこの時点でもまだ7億1,000万台という巨大なマーケットだが、今までその上位にいたフィーチャーフォンは、2017年までにはエントリーレベルのスマートフォンに吸収されるというのがARMの見立てである。

【図2】市場別のSoC価格と売り上げ数量予測
【図3】製品セグメント別の将来予測

【お詫びと訂正】初出時、本文内の売り上げ数量予測の数値に誤りがありましたので訂正しました。

 さて、前回紹介したQualcommとかSamsungのSoCは、図3でいえばミドルレンジからプレミアム向けという位置付けになる。図2ではそれぞれのSoCのチップ価格を、

  • エントリーレベル:5ドル未満
  • ミドルレンジ:5~15ドル
  • プレミアム:15~20ドル

と推定している。ただし、これはあくまで2017年における価格であって、現状はもう少し値段が高く、

  • エントリーレベル:10ドル未満
  • ミドルレンジ:10~20ドル
  • プレミアム:20ドル以上

といったところ。もっとも、SoCの値段に定価というものは存在しない。というのは当然発注数量に応じて値段が変わる相対取引ベースだからであるが、それでも例えばハイエンド向けのSoCでは40ドル以上という数字を聞いたことがある。おおまかに言えば、製品の最終価格の5%前後というのがSoCの値段の相場であるから、スマートフォンの値段から、逆算すればおおよそのSoC価格は想像できるだろう。

 前回言及した、Snapdragonを使うと100ドルのスマートフォンを作るのは難しい、というのは、現状ではSnapdragon 200シリーズであっても5ドルを少し上回る程度の価格に値付けされているためではないかと想像する。このあたりは将来的にプロセスの微細化などで原価が下がると話は変わってくるのだが、実は最近ではプロセスの微細化が原価にあまり影響を及ぼさなくなりつつある。初期投資が莫大すぎて、これを回収するためのコストの上乗せがプロセス微細化に伴う原価削減分を上回りつつあるのだ。根本的に考え方を改めないと、こうしたミドルレンジ~ローエンド向けSoCを作るのは難しいという話である。

ミドルレンジの王者:MediaTekとBroadcom

 では、こうしたマーケットで存在感を放っているのはどこか? というと、台湾MediaTekと米Broadcomである。

 まずはMediaTek。同社は元々、CD-ROMドライブのコントローラなどを手がける会社であったが、さまざまな買収を繰り返す中で次第に広範な製品ポートフォリオを抱えるに至った。PC関連としては、チップセットビジネスをULiとして分社化した後のALiや、カメラ向けSoCであるNuCore Technologyを傘下に収めていることで有名である。

 そのMediaTekが携帯電話マーケットに進出したのは2007年。ADI(Analog Devices Inc.)の携帯電話向け事業を買収したことから始まる。これにより同社は、GSM/GPRS/EDGE/WCDMA/TD-SCDMAといった通信方式に対応した「SoftFone」シリーズベースバンドモデムや、「Othello」チップセットを入手する。当初はSoftFoneやOthelloをそのまま販売していた(ちなみに今も販売している)が、これをベースに、まずはフィーチャーフォン向けSoCに参入する。この時代のプロセッサはARM7やARM9で、フィーチャーフォンにはともかく、スマートフォンには性能的にかなり厳しかったのは事実だ。もっともこの時代、まだ同社は“スマートフォン向け”とは銘打ってはリリースしていなかった。

 そんなMediaTekのスマートフォン向けの初製品と言ってもいいのが「MT6573」である。2011年のMWC(Mobile World Congress)では、このMT6573を搭載したリファレンスの展示も行なっている。プロセッサはARM11 650MHzで、それでもAndroid 2.2でちゃんと動くもの。特筆すべきは、この時点でMediaTekは、最終製品価格として80ドルを予定していたことだ。以後も同社はこの路線を突き進む。とはいえ、トレンドとしてより高速な通信への対応が必要となったり、デュアル/クアッドコアプロセッサへのニーズの高まりなどの動向を受けて、2010年8月にはNTTドコモからLTEモデムのライセンスを受けたり、2012年8月にはクアッドコアプロセッサのSoCの開発を表明したり、といった高機能化を進めざるをえなくなる。これは後述のように、ローエンドからの突き上げがさらに激しくなってきた結果として、それなりに高機能/高価格のマーケットに移らざるをえなくなった、というのが実情である。

 元々同社はファブレスではあるものの、基本的には扱う全製品に関して内部で開発部隊を抱えて、自前で揃えるというQualcommに近いビジネスモデルを採っているから、どうしても後発の低価格ベンダーに比べると価格面での競争力は弱くなるのが、そうした状況になった主要因である。同社がTI(Texus Instruments)に並ぶSoCベンダーとしてHSA Foundationの創設メンバーに当初から名前を連ねたのは、HSAが後発の低価格ベンダーとの差別化要因に成り得る、という見通しがあったからであろう。

 もっとも、押されているとはいえ、MediaTekはミドルレンジでは間違いなく王者である。というのは、中華圏の端末機器メーカーだけでなく、HTCやソニーなどグローバルマーケット向け製品への採用も果たしているからだ。IC Insightによる2013年上半期の売上の同社のランキングは18位であるが、その成長率は33%とかなり高く、2013年後半は16位まで上昇するのではないかという予測も出ている。このIC Insightの予測によれば、MediaTekは2013年中に2億個のスマートフォン向けアプリケーションプロセッサを出荷するだろうとされており(2012年実績は1億800万個)、この数字が正しいことが前提ではあるが、ミドルレンジの王者と称しても間違ってはいないと思う。

 ちなみに設計チームごと抱えているとはいえ、アーキテクチャライセンスを受けてCPUコアを自社で開発するほどのチームではないし、ターゲットとしている市場セグメントを考えればそこまでする必要もない。利用するIPも、例えばCPUコアであれば高価格なCortex-A15ではなく、廉価なCortex-A7どまりである。高価なIPを購入して、これが製品価格を押し上げるのは出来るだけ避けたいということだろう。

 MediaTekが東の王者だとすれば、西の王者がBroadcomである。Broadcomといえばネットワーク関連製品をあまねくカバーしている半導体メーカーであり、同社もまたさまざまな企業を買収することで製品ポートフォリオを増やしてきた。スマートフォン関係で言えば、2002年のMobilink Telecom、2004年のZyray Wireless、2010年のBeceem Communicationsあたりが直接関係するところで、2013年に買収したルネサスモバイルがこれに加わる形になった。

 もっともBroadcomは、モバイル向けSoCに相当する製品はあるものの採用例はあまり多くない。むしろ、モデムを自社で用意できないSoCベンダー(例えばTIのOMAPやTegra 3までのNVIDIAなど)向けにベースバンドモデムを提供するのが中心であった。このベースバンドモデムのシェアは次第に、後述するHiSilicon TechnologiesやRDA Microelectronicsなどの新興メーカーに奪われつつあった。

 Broadcomとしてはルネサスモバイルから買収したLTEモデムでこれを挽回するとともに、一体型SoCのシェアを増やそうという考えである。ただ現状ハイエンドに位置する「BCM23550」のスペックを見ると、クアッドコアCortex-A7という構成やデュアルSIMサポートといったあたり、MediaTekの「MT6589」に構成が近いし、実際似たようなマーケットを狙っているように思える。

 MediaTekにしてもBroadcomにしても、基本的な戦略はほぼ同じであり、LTEへの対応を差別化要因としながら、QualcomやSamsungよりも安い価格でミドルレンジ向けSoCのマーケットシェアをがっちり掴む、ということだろう。

 おそらく2014年中には、両社とも64bitのソリューションを出してくると見られる。ちなみに、Broadcomはネットワーク向けとしてすでにARM v8Aのアーキテクチャライセンスを受けているが、これを利用してモバイル向けアプリケーションを出すことにはならないと推測される。Broadcomの64bit ARMコアは既存のMIPS 64ベースのコアの置き換えであり、4命令のスーパースカラ/アウト・オブ・オーダー構成で、しかも4スレッドのSMTという代物で、明らかにモバイル向けとしてはオーバースペックである。こちらもおそらくはCortex-A53のライセンスを受ける方向になると思われる。

ローエンドの有力候補:Spreadtrum、Rockchip & RDA、HiSilicon

 いよいよ話は激戦区であるローエンド市場である。ここは中華系メーカーの独擅場である。

 まず、比較的早期に名を上げたのが中国Spreadtrum Communicationsで、ここはモデム単体と統合SoCの両方を提供している。Spreadtrumの特徴は、とにかく全てを低コストに抑えること。買えるものはとにかく買って開発コストを抑える方向であり、例えばCPUコアにしても買えるのならハードIP、でなければPOP、それも無理ならソフトIPという、非常に割り切った戦略である。

 といっても、製造プロセスは2010年にはすでに40nm、2012年後半からは28nmに移行している。また同社はモデム単体と、モデム統合SoCの両方をリリースするという、Qualcommに似た製品ラインナップを用意している。流石にLTEに関してはまだモデム単体で統合した製品は存在しないが、3G対応製品は例えば「Shark」というコード名の「SC8835S」は図4の構成で、Snapdragon 400クラスと張り合えそうなスペックである。これをQualcommよりも廉価にリリースしているわけだ。

 もちろんこのクラスになると、価格はローエンド向けの5~10ドル未満といった価格帯には収まらないわけだが、同社の「SC7710」は図5のように、非常に割り切った構成である。とはいえCPUは1GHz動作でGPUはARMのMali-400と、それなりの性能は持ち合わせており、ローエンドスマートフォン向けとしては十分なわけだ。

【図4】Spreadtrum SC8835のブロック図
【図5】Spreadtrum SC7710のブロック図

 さて、Spreadtrumはモデムを提供することを価値としたが、これとは異なるソリューションを構築したのがRockchip ElectronicsとRDA Microelectronicsの2社である。Rockchipはモデムを含まないアプリケーションプロセッサのみのSoCを提供し、一方のRDAはベースバンドモデムを提供するという補完関係にある。

 Rockchipは、現在でもこなれて値段の安いCortex-A9を中心に据え、ハイエンドのRK3188ですらクアッドコアCortex-A9+Mali-400 MP4という構成である。要するにPOPまたはハードIPを使える構成の中で最も安く仕立てた、という形だ。モデムを内蔵しない分、価格も抑えられるし製造も楽になる。とにかく余計なことはせず、ソフトウェアや開発環境はARMのエコシステムに任せる、という割り切りである。

 もっともRK3188はローエンドの中でも高価な部類に入る製品であるが、安い製品では「RK292X」のように、枯れ切った構成を手堅くまとめたものもある。プロセスも55nmと古いもので、これは生産コスト(特にマスクを含めた初期投資)をかなり抑えることが可能となっている。このクラスだと、ある程度の数量では1~2ドルの範囲で提供されるという話を聞いたことがある(このときは10万個注文という話だった)。製品価格が50ドルを切るようなローエンドスマートフォンでは、このぐらいでないと無理なのだろう。

 一方のRDAは、ベースバンドプロセッサを含むさまざまな部品を提供している。実のところRDAの製品は、例えばQualcommのGobiほど洗練もされていないし、LTEへの取り組みはこれからといった段階なのだが、その代わりとして値段が非常に安いとされる。実際、構成次第ではRockchipのSoCとの合計BoM(Bill of Material:部品原価)を3~5ドルの範囲に収めることが可能なのだそうで、結果として低価格のスマートフォンで次第に存在感を増している。

 第3の勢力はHiSilicon Technologiesである。このメーカーは、QualcommとSamsungのいいとこ取りをしたようなビジネスモデルで成立している。

 同社のWireless Terminalページを見ると、「Balong 310/520/710」という3種類のモデムと、「K3V2」というアプリケーションプロセッサが出てくる。SoCはこのK3V2が現在表に出ている唯一のもので、クアッドコアCortex-A9に16コアGPU(詳細は不明)を統合し、40nmプロセスで製造されることが明らかにされている。このSoCは目立ったものとはいえないが、モデムのBalongは特徴的だ。特に「Balong 710」は2012年に投入されたのだが、この時点ではLTE Cat 4に対応した唯一のモデムであった。

 これが実現した理由は、同社が元々、中国Huawei Technologiesの事業部門の1つで、これが分社化したことに関係する。Huawei Technologiesはご存知の通りネットワーク機器の大手であり、このLTEモデムの開発に当たっては親会社が全面協力したとの専らの噂である。第2回でも説明したが、モデムの開発にはキャリア認証が不可欠であり、しかも複数のキャリアに対して同時に行なおうとするとそれだけ認証にかかる人員やテスト機材が増えることになる。この負担が非常に大きくなるのだが、同じことを親会社がやっている(例えば日本ではソフトバンクはHuawei Technologiesの製品を多数導入している)から、そのリソースを流用出来るわけだ。この結果、ことモデムに関してはQualcommを上回りかねない勢いで開発と認証が終わったようだ。つまりHiSiliconは後発組ながらも、キャリア認証コストを親会社にオフロードした関係で、Qualcommと同じ土俵に立つことに成功したわけだ。

 加えて、同社にはもう1つメリットがある。K3V2やBalongを最初に搭載したのは、やはり親会社であるHuawei Technologiesが販売する「Ascend D2」であった。これはグローバルモデル(日本ではNTTドコモ向けにカスタムモデルが販売された)で、グローバルモデルである以上、それなりの数量が間違いなく出ることになる。このあたりはSamsungのビジネスモデルそのままである。すでに後継製品の話も出ており、Huaweiの未発表モデル「Ascend P6S」には「K3V2 Pro」なるSoCが搭載される模様だ。

 ここまでで分かる通り、HiSiliconという会社はローエンドというよりもミドルレンジから(あわよくば)ハイエンド狙いのビジネスモデルになっているが、ラインナップは現状ローエンド~ミドルレンジに留まっている。今後同社がどっちに向かうのか、は今のところハッキリしていない。

第4の勢力

 ここまでで挙げていないメーカーは、実は山ほどある。すぐに思い浮かぶ範囲で列挙してみると、

  • Actions Semiconductor:Cortex-A9ベース及びMIPS32ベースのSoCを提供中。
  • Allwinner Technology:Cortex-A8/A7ベースのSoCを提供中。
  • Amlogic:会社そのものは米国にあるが、中華系の企業。MID(Mobile Internet Device)向けに「AML8726-M」というCortex-A9ベースのSoCを提供中。
  • GeneralPlus:なぜか同社の商品ページでは見つからないのだが、「GP3300x」というCortex-A8ベースSoCを提供中。
  • Ingenic Semiconductor:MIPS32ベースXBurst CPUを搭載したSoCを広く提供中。現在MIPS64ベースのXBurst 2を搭載した製品を開発中らしい。
  • Intomic(InfoTM Microelectronics): ARM11/Cortex-A5ベースのSoCを提供中。
  • WonderMedia:台湾VIAの子会社でARMベースのSoCを提供中。

とぞろぞろ出てくる。

 こうしたベンダーはいずれもモデムのソリューションがないので、専らモデムを必要としないタブレットなどを対象の中心に置いている。構成も似たようなもので、初期コストが抑えられてきた55~65nmプロセスを使い、Cortex-A5~A9クラスを、場合によってはPOPを使いながら導入して、ひたすら低コスト化。差別化はむしろソフトウェアとか導入サービスなどで行なうといった方向性だ。

 理論上はこれらのSoCにRDAあたりのモデムチップを組み合わせればスマートフォンも作れるが、それなら設計もこなれていて実績もあるRockchipのSoCの方が安全、という選択になるようだ。

(大原 雄介)