笠原一輝のユビキタス情報局

高速なワイヤレスPANを実現するワイヤレスUSB




 無線技術は利便性が高い反面、セキュリティや使用周波数の問題など、実際の運用では様々な問題をはらんでいる。

 たとえば、無線LANに関しては同等の転送速度ながら別々の規格が異なる周波数で提供されたり、国により周波数の割り当てが異なるため、同じ規格の無線LANが使えなかったりすることがある。セキュリティについても課題があり、一筋縄ではいかない問題を抱えている。

 そうした中、来年にはさらに新しい規格が船出することになる。それがUWB(Ultra Wide Band)だ。UWBは数GHzという非常にレンジの広い周波数で高速に通信する規格で、ワイヤレスPAN(Personal Area Network)と呼ばれる、狭いレンジで利用される無線技術として大きな注目を集めている。

 UWBを利用した具体的なアプリケーションとして注目を集めているがワイヤレスUSBだ。ワイヤレスUSBは、UWBを利用して現在のケーブルをワイヤレスにしたUSB機器だ。今回は、ワイヤレスUSBの規格化を担当するWireless USB Promoter Groupにも参加し、IntelでワイヤレスUSBへの取り組みを担当している2人のエンジニアとお話する機会を得たので、ワイヤレスUSBについての見通しなどを伺ってきた。

●UWBを物理ネットワークとして利用するワイヤレスUSB

 ワイヤレスUSBは、簡単に言ってしまえば、現在有線で接続されているUSB機器のケーブルをなくし、無線に置き換えてしまおうという構想である。

 そのアーキテクチャは以下のスライドのようになっており、物理ネットワーク部分に、UWB(Ultra Wide Band)を利用し、その上のプロトコルの1つとしてワイヤレスUSBが存在するという形になっている。

IntelのUWBに関するスライド。物理層としてUWBを利用し、その上にのるプロトコルとしてTCP/IPやIEEE 1394、Bluetooth、ワイヤレスUSBなどがあるという構造になっている

 つまり、UWBはワイヤレスUSBだけのものではない。ワイヤレスUSB以外にも、ワイヤレス版IEEE 1394、TCP/IP、Bluetoothなど、複数のプロトコルを利用可能になっている。

 ただし、UWBの物理仕様は、現在までのところIEEEでの最終的な仕様が策定されていない。UWBの仕様はIEEE 802.15.3aで策定が進められているものの、IntelやTIを中心としたグループとMotorolaを中心としたグループの2つに分裂してしまい、標準化に必要な75%の賛成票をどちらのグループも得ることができないという状態に陥ってしまっている。

 このため、IntelやTIを中心としたマルチバンドOFDM方式をサポートする企業が集まり、MBOA(Multi-Band OFDM Alliance)という業界団体が結成され、仕様策定が進められている。

 MBOAではIEEEによる標準化を待たずに、マルチバンドOFDMを事実上の標準としていく方針を明らかにしている。そのため、ワイヤレスUSBでもマルチバンドOFDMを使用することになる。

 UWBは最大でも10m程度という非常に限られたエリアをサポートするため、100m近い中距離をサポートする無線LANとは差別化されている。UWBはリビングルームの中の無線通信を担当し、HDDレコーダ、PC、テレビなどが相互に接続する無線とし、無線LANはリビングから書斎までといった、部屋同士を接続するような、中距離通信を担当する無線として住み分けされていくことになるだろう。

●当初はワイヤードUSBの代替としての用途が期待されるワイヤレスUSB

Intel コミュニケーション&インターコネクトテクノロジラボ テクノロジーマネージャ ジェフ・ラベンクラフト氏

 Intel コミュニケーション&インターコネクトテクノロジラボ テクノロジーマネージャのジェフ・ラベンクラフト氏は、「最初のアプリケーションは、たとえばマウスなどの有線のUSBを置き換える製品になるでしょう」と、まずは現行の有線USBを置き換える製品がワイヤレスUSBの最初の用途になると説明する。

 このため、現在規格策定が続けられているワイヤレスUSBの最初の仕様では、USB 2.0と同じ480Mbpsの転送速度を実現する見通しであるという(半径3m以内の場合)。つまり、ユーザーは、無線(ワイヤレス)のUSBも、有線(ワイヤード)のUSBも同じ速度で利用できるのだ。

 さらに、将来には、現行の有線USBではあまり利用されてこなかった使い方も見据えた規格策定を行なっているという。

 たとえば、ワイヤレスUSBでは、PC用のスタックに加えて、家電用のスタックや携帯電話用のスタックなどが用意されている。有線のUSBも当初はPCだけがホストになるという考え方だったが、後に“USB On-The-Go”といった家電でも使えるような仕様が追加されたた。ワイヤレスUSBでは当初からそうした仕様を盛り込んでいくとラベンクラフト氏は説明する。

 「現在、日本の家電ベンダも含めて、ワイヤレスUSBの取り組みに参加して頂けるように話を進めているほか、仕様へ盛り込んでほしい要求などをヒアリングしている」(ラベンクラフト氏)と、今回の来日の目的のひとつは、日本の家電ベンダとの意見交換にあることを説明した。

●中長期的には実装上の工夫でコストダウン

 ワイヤレスUSBの船出は、早くとも2005年になる可能性が高い。というのも、UWBに対応したMACやPHY(物理層)が登場するのは2005年になると予想されているからだ。ラベンクラフト氏は「2005年には、まずUWBに対応したアドオンカードが登場することになるだろう。PCIやPCカードなどの形で提供されることになるのではないだろうか」と指摘する。

Intel コミュニケーションズテクノロジラボ テクノロジマーケティングマネージャ ラファエル・コリック氏

 また、Intel コミュニケーションズテクノロジラボ テクノロジマーケティングマネージャのラファエル・コリック氏は、「おそらく、業界は2チップのUWBコントローラからスタートすることになる」と、まずはMACとPHYがそれぞれ別チップとして提供される形で実装されると予測しているという。

 これらを併せて考えると、PCや家電へのUWBの実装は、当初はそれなりのコストがかかると予想される。つまり、ワイヤレスUSBを実装するには、ある程度のコストアップがあることは否めないことになる。

 「確かに登場当初は、コストアップによる若干の価格上昇はあるかもしれない」(ラベンクラフト氏)と、業界でもその点は課題であると認識しているようだ。

 「新技術を普及させるためには、低コストであることが非常に重要だ。このため、UWBのコントローラ自体も、早い時期に1チップとなっていくだろうし、近い将来にはチップセットなどに統合され、低コストが実現されることになるだろう」(コリック氏)との言葉の通り、今後も継続的に実装コストを減らしていくことになるという。


●Bluetoothとの折り合いをつけるのが課題

 近い将来に、UWBのMACとPHYをチップセットに統合してしまうことが可能であるならば、PCベンダなどは追加コストを支払うことなくワイヤレスUSBを実装できることになり、普及への障壁はないと言っていいだろう。

 しかし、ワイヤレスUSBには解決すべき問題がある。それが現在ワイヤレスPANで利用されているBluetoothとの関係だ。普及しない、普及しないと言われ続けてきたBluetoothだが、ここ数年でヨーロッパの携帯電話で実装例が増えつつある。日本でも、まだ例は少ないが、いくつかの携帯電話に搭載され、トヨタの一部モデルのカーナビには標準でBluetoothのハンズフリー機能が搭載されるなど、携帯電話と周辺機器のインターフェイスとして徐々にではあるが受け入れられつつある。

 そこにワイヤレスUSBが登場することで、Bluetoothはどうなっていくのだろうか。ここは大きな疑問として残ることになる。というのも、ワイヤレスUSBはBluetoothの最大の特徴である低消費電力という特徴を受け継ぎながら、Bluetoothとは比較にならないほど高速なデータ転送を可能にするからだ。

 この点についてラベンクラフト氏は、「ワイヤレスUSBはワイヤレスPANでも高速なデータ転送に焦点を絞っている。これに対してBluetoothは低速なデータ通信というアプリケーションに絞っており、両者は共存する」と説明する。また、Bluetoothのソフトウェアスタック自体はUWB上でも動作するようにBluetooth SIGで作業が進められており「将来的にはBluetoothのソフトウェアもUWB上で利用できるようになる」(コリック氏)と物理層レベルでの共存が進んでいくため、共存できるというのが彼らの姿勢であるようだ。

 しかし、それでも現行の2.4GHzの無線を利用するBluetoothと共存したいと思うのであれば、どうしても2.4GHzのBluetoothのMACとPHYがUWBとは別に必要になる。また、仮に高速なワイヤレスUSBがあるような状況で、1Mbps程度のBluetoothが本当に必要なのかは疑問だ。

 すでに述べたように、Bluetoothのメインアプリケーションは携帯電話だが、仮に携帯電話にワイヤレスUSBも採用された場合、同じようなワイヤレスPANを2種類搭載するのは、消費電力やスペースの観点からないだろう。

 この点に関してラベンクラフト氏は「数年はワイヤレスUSBとBluetoothは共存していくと思うが、その先に関しては誰にもわからない」と言葉を濁す。つまり、この点は業界として、どのようにしていくかが、解決策が見えていないと言うことだろう。今後、Bluetoothとどのように折り合いをつけていくのか、どのようにBluetoothからワイヤレスUSBへの移行を促すのかという点が、ワイヤレスUSBの課題の1つとなるだろう。

●使い勝手のよいセキュリティ機能を提供

 ワイヤレスUSBでは、どうしても“セキュリティ”の問題を避けて通れない。ワイヤレスLANに比べてカバーエリアが小さいとはいえ、日本のマンションのように住居が密集している環境では、きちんとしたセキュリティを確保することが重要だ。

 実際、筆者のマンションでも近所の無線LANアクセスポイントが5つも見つけられるが、そのうち2つはまったくセキュリティがかけられていない状態だった。

 なぜ、セキュリティをかけていないユーザーが居るのかと言えば、結局のところ、設定が難しいからだ。無線で簡単につながると思って購入し、実際、つなげるだけなら簡単だ。しかし、セキュリティを設定するとなると、PCに詳しいユーザーでなければ少々高いハードルと言わざるをえない。

 セキュリティが甘ければ、簡単に接続できる。セキュリティを強化すると設定が複雑になる。セキュリティは使い勝手とトレードオフの関係にあるといえる。

 ワイヤレスUSBでは128bitのAESやCCKを利用したセキュリティ機能が実装される予定で、無線LANと同じような実装をしていれば、使い勝手に対する問題が浮上してくる可能性が高い。

 Wireless USB Promoter Groupでは、すでにこの問題が討議されているという。「使い勝手の問題は普及の鍵になると考えている。現在Wireless USB Promoter Groupでは、この問題を解決すべく、いくつかのシナリオを討議している」(ラベンクラフト氏)と、ワイヤレスUSBでは、セキュリティの設定を誰でも簡単にできるような仕組みを採用していくという方針を明らかにした。

 コリックによれば、たとえば最初の一度だけケーブルでつないで認証に必要なキーを交換する方式や、ニアフィールドと呼ばれる、デバイスを認証する機器に最大限近づけて認証する方式などが検討されており、誰でも簡単に操作できるセキュリティ設定を実装していく予定であるという。

 いくつかの課題があるとはいえ、ワイヤレスUSBというコンセプトそのものは明快だ。コリック氏の言うように、簡単にセキュリティ設定ができるのであれば、ワイヤレスUSBがPCや家電の新しい無線機能としての地位を得る可能性は高いといえる。

 ラベンクラフト氏によれば、最初のワイヤレスUSBに対応した製品が登場するのは2005年、つまり来年であるとされており、もしかすると来年の今頃には「ワイヤレスUSB」に対応した製品の形がもう少し具体的に見えてくるかもしれない。


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【7月21日】Intel、ワイヤレスUSBを2005年に実用化へ
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【2月20日】【IDF】NEC、ワイヤレスUSBをデモ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0220/idf06.htm
【2003年4月16日】【元麻布】次世代の超高速無線通信技術UWB
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0416/hot257.htm

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(2004年8月9日)

[Reported by 笠原一輝]


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