●次世代デジタルコンテンツのためのワークステーション
PlayStation 3と同アーキテクチャのワークステーションが登場する。米ロサンゼルスで開催されているゲーム系ショウ「E3」でのプレスカンファレンスで、ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCE)グループは、ワークステーション計画を明らかにした。 PlayStation 3をメインターゲットに開発したCellプロセッサを使った汎用ワークステーションの開発で、ソニー、SCE、IBMが合意したという。Cellワークステーションのプロトタイプは、今年の第4四半期に登場する。
SCEIの茶谷公之氏(コーポレート・エグゼクティブ兼CTO)は、スピーチの中で「我々の目的は、スーパーコンピューティング能力を様々なデジタルエンターテイメントアプリケーションに提供すること。デジタルコンテンツ制作の中での膨大な浮動小数点演算性能の要求に応える」と説明した。つまり、次世代のデジタルコンテンツ制作のためのワークステーションという位置づけだ。 SCEの構想の中で、次世代デジタルコンテンツのメインのプレイヤとなるのは、CellベースのPlayStation 3。だから、最も相性がいいのはCellワークステーションという位置づけだと思われる。もっとも、ゲーム開発向けのシステム自体は今回の構想のワークステーションとは別にSCEから提供する。「SCEはCellベースのゲーム開発システムを導入するだろう。これはプログラマのためのメインツールとなる。このシステムは、ターゲットとするゲームプラットフォームに特化したアーキテクチャになる」と茶谷氏は説明する。 もっとも、SCEが構想している次世代デジタルコンテンツは、映画とゲームが融合したような形態になる。「我々が描いているのは、数年後に、ゲームと映画が融合して、完全に新しいエンターテイメントの形態が作り出されることだ」(茶谷氏)。つまり、ゲーム開発とデジタルコンテンツ開発は近い距離にある。 そのため、SCE/ソニーとIBMでは、Cellワークステーションとゲーム開発システムに対して、共通のソフトウェアファウンデーションを提供する。以前からSCEとIBMはPlayStation 3向けにOSを開発していることを明らかにしていたが、今回、ワークステーション/開発システム向けに様々な上位レイヤーも開発していることが明らかになった。つまり、ミドルウェア、ツール、アプリケーションなどの開発も進めているという。 「ソニーとSCEは、コンテンツ開発のためのコモン開発環境として、ミドルウエアやツール、アプリケーションの開発を進めている」「Cellベースのコンピューティングシステムは、ゲーム開発システムとコモン開発環境を共有する」と茶谷氏は言う。 Cellは既存のCPUとはベースアーキテクチャが大きく異なる。そのため、ソフトウェアの移植が難しいと予想される。コモン開発環境全体を、IBMとSCE/ソニーで提供するのはそのためだろう。また、おそらくOSのAPIとランタイムはPlayStation 3でも共通化されるだろう。
もっとも、同じCellプロセッサを使うと言っても、Cellワークステーションは、PlayStation 3とはいくつかの点で異なると推測される。拡張性はもちろんだが、おそらくメインのチップ構成も異なる。シングルプロセッサのPlayStation 3に対して、Cellワークステーションはマルチプロセッサになると推測される。 「(Cellは)驚異的なパフォーマンスに加えて、パラレルプロセッシングアーキテクチャであるために、より高いパフォーマンスのシステムへのスケーラビリティがある」とSCEIの茶谷氏もスピーチの中で説明する。つまり、ワークステーションでは、並列性を高めてスケールアップすることを示唆しているわけだ。現在、開発されている最初のCellプロセッサは、PlayStation 3向けと見られるため、ワークステーションはマルチプロセッサ構成で並列性を高めると推測される。 Cellプロセッサは、チップ間インターコネクトにRambusの「Redwood(レッドウッド)」テクノロジを使うと見られる。Redwoodは基本的にポイントツーポイント接続であるため、Cellワークステーションがデュアルプロセッサ構成である場合、何らかのグルーチップが必要になると推測される。 CellもメモリインターフェイスをCPUサイドに持つため、OpteronのようにCPU同士を複数個接続する方法も考えられるが、そのためにはRedwoodインターフェイスを複数備える必要がある。しかし、メイン用途がゲーム機である最初のCellプロセッサでは、おそらくRedwoodもシングルインターフェイスしか備えていないと推測される。そのため、Cellワークステーションは、デュアルプロセッサ接続のためのブリッジチップも搭載すると推測される。 また、ソニー/SCEIの久夛良木健氏(ソニー副社長/ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEO)は、Cellプロセッサと平行して、“メディアエンジン”と仮称するメディアプロセッサ型のチップを開発していることを昨年のインタビューで明かしている。おそらく、このチップもCellワークステーションに搭載されていると推測される。ちなみに、PlayStation 3世代ではレンダリングサイドでもプログラム性が要求されるため、このメディアエンジンもDirectX 9世代GPUと同様にプログラム性を持つと推測される。 CellプロセッサはRambusの「XDR DRAM(Yellowstone)」のメモリインターフェイスを搭載する。XDR DRAMは他のDRAMと互換性がほぼない。そのため、必然的にCellワークステーションのメインメモリもXDR DRAMになる。ゲーム機はメモリはオンボードになるが、RambusはXDR DRAMのモジュール規格も作っているため、ワークステーションはメモリモジュールになる可能性がある。デュアルプロセッサ構成の場合は、メモリ帯域も2倍になる。
ゲーム機向けに開発したプロセッサをベースにワークステーションに作る。このビジョン自体はSCE/ソニーグループにとって初めてではない。'99年10月のMicroprocessor Forumでは、久夛良木氏がPlayStation 2のチップセット「Emotion Engine(EE)」と「Graphics Synthesizer(GS)」の発展チップをベースにしたワークステーション構想をぶち上げている。つまり、4年前は、PlayStation 2を発展させたワークステーションを作ろうとしていたのだ。 その時の構想では、2002年には第2世代目のEE2とGS2を搭載し、「e-CINEMA」とSCEIが呼ぶインタラクティブ3Dムービーを制作できるようにし、2005年には、EE3とGS3を搭載してより高品質な映像(4,000×2,000ドットで120フレームプログレッシブ)をオーサリングできるワークステーションを提供するとしていた。 久夛良木氏がこの時に描いた構想は、非常にわかりやすい。スピーチの中で久多良木氏は、32/64bitゲーム機の時代になってゲーム機の出荷量が飛躍的に伸び、ゲーム市場の規模も映画市場に匹敵する規模になったと説明。コンピュータゲーム機が急速な進化の結果、エンターテイメントの中心へと来ようとしているというビジョンを示した。 その上で、久多良木氏は、ゲームや音楽、映画が融合したデジタルインタラクティブなホームエンターテイメントの時代がPlayStation 2でやってくると宣言。コンピュータエンターテイメント市場の規模は、ゲーム市場よりさらに拡大、1,000億ドル規模になるというビジョンを示した。 また、2005年までに10%の家庭が、広帯域ネットワークで結ばれ、ネットワークを通じてコンテンツを配信する「e-Distribution」の時代が来るとも予測。エンターテイメントビットコンテンツとして、PlayStation 2のゲームコンテンツやデジタルミュージック、デジタルムービー(e-CINEMA)が、直接ユーザーのもとに届けられるようになると説明した。そして、そのためのコンテンツ制作に必要なエンジンがEE/GS2/3ベースのワークステーションという位置づけだった。 実際には、この構想はそのままのコースでは実を結ばなかったわけだが、今回のワークステーション戦略は、まさにそのリバイバルだ。EE3とGS3が、今回のCellとメディアエンジンに置き換わったと考えればわかりやすい。将来のリアルタイムデジタルエンターテイメントのためのクリエイティブワークステーションという位置づけもぶれていない。CPU性能が比較的貧弱なEEアーキテクチャから、高性能な汎用CPUであるCellへとアーキテクチャが変わったことで、ようやくワークステーション構想が実現したといった雰囲気だ。
CellワークステーションはSCEIにとってどういう意味があるのか。 まず、わかるのはPlayStation 3のハードウェアのうち、メインのチップの開発自体は、順調に伸展している可能性が高いということだ。Cellワークステーションが年末と発表したということは、すでにCellのサンプルが完成していて、しかも、大きな問題が見つかっていないことを意味する。「Cellのシリコンは予想以上に順調で、ターゲットクロック以上で動作している」とある関係者は語る。 以前、このコーナーで、XDR DRAMメモリのスケジュールから割り出したCellのスケジュールは、今年第1四半期にCellのサンプルが完成するというものだった。今回のCellワークステーション計画の発表は、この推測を裏付けている。実際、GDC(Game Developers Conference)があった3月頃にはCellの設計は一段落していたようだ。 通常なら、ゲーム機の心臓部のチップが完成すれば、あとは製品化へ向けて急ピッチに動いているはずだ。サンプルから量産まで1年と計算すると、2005年春にはPlayStation 3登場という計算になる。これは、以前このコーナーで予想したスケジュールだ。 ところが、その割にはPlayStation 3の話は外へ聞こえてこない。メモリから予想したスケジュールでは動いていないのは明らかだ。その原因については、ハードウェアのキーコンポーネントで完成していないものがあるのか、ソフトウェア層が完成していないのか、今のところわからない。しかし、何らかの理由でSCEはまだPlayStation 3を大々的にプッシュし始めていないようだ。 Cellワークステーションには、将来のCell機器の展開という意味でも重要なステップとなる。CellプロセッサをPlayStation 3以外の機器、特にサーバーに入れることはSCEIの戦略にとって非常に重要だ。それは、Cellプロセッサのネットワークによるネット分散アーキテクチャ「Cellコンピューティング」をスムーズに実現するためには、Cellベースのサーバーが欲しいからだ。 Cellコンピューティングは基本はピア・ツー・ピアであるため、分散コンピューティングをやろうという時にCellサーバーは必須ではない。しかし、サーバー側にもCellがある方がいいのは確かだ。久夛良木氏も昨年のインタビューで「ボトルネックになっているのは、ISPのエッジサーバーであったり、ロードバランサーであったり、プロキシサーバーであったりする。だから、それら(ISP)を、できたら同じ(Cell)アーキテクチャのシステムに変えて行く」と語っていた。 もし、Cellワークステーションがマルチプロセッサ構成なら、マルチプロセッサのサーバーも簡単に作ることができる。逆を言えば、SCE/IBMがブリッジチップも並行して開発しているのなら、Cellサーバーも早期に立ち上げるつもりでいると推測される。 □関連記事【2004年5月12日】ソニーとIBMら、CELLワークステーションを開発 http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0512/sony.htm 【2003年9月1日】【海外】久夛良木健氏が語る、PlayStation 3とCellの正体 http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0901/kaigai015.htm 【'99年10月7日】【MPF】SCEIがPlayStation2のMPU「EmotionEngine」のロードマップを発表 PlayStation2ベースのワークステーションが登場! http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/991007/mpf4.htm (2004年5月14日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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