日本の通信業界において、この夏は非常に重要なターニングポイントになるだろう。それは言うまでもなく、NTTの分割・再編であり、これに伴い、さまざまな変動が起きることになるだろう。
7月1日、NTTはNTTグループ各社を統括する日本電信電話株式会社(持株会社)、神奈川以東をエリアとする東日本電信電話株式会社(NTT東日本)、静岡以西をエリアとする西日本電信電話株式会社(NTT西日本)、長距離及び国際を担当するNTTコミュニケーションズの4社に分割された。この分割・再編を機に、NTTはISDNの定額制サービスをはじめとする新しいサービスの計画を明らかにした。
まず、最も注目を集める定額制サービスだが、東京と大阪の一部のエリアを対象に、月額1万円でのデータ通信サービスを試験的に提供する。このサービスはNTT地域会社が地域IP網を構築し、ユーザーは地域IP網経由で特定のインターネットプロバイダに接続するという計画だ。地域IP網に接続できる回線はISDNに限られるが、プロバイダ側の接続料金も含めると、1万~1万5,000円程度でインターネットにつなぎ放題になるというわけだ。この地域IP網はNTT地域会社にとって、音声通話などとは別の将来有望な収入源のひとつとして期待されており、対象エリアではすでに準備が始められている。この月1万円という金額をどう見るかだが、単純に計算しても月に50時間以上もインターネットに接続しなければ、元が取れないため、主にインターネットヘビーユーザーやSOHOユーザーを対象にしたサービスということになりそうだ。帯域についても明らかにされていないが、OCNエコノミーなどの常時接続サービスと同様の手法を取る可能性が高いため、プロバイダのアクセスポイントに直接つなぐ状態よりも速度的には遅くなる可能性もある。
一方、試験サービスではなく、本サービスとして提供される予定なのがキャップ制料金サービスだ。実は、筆者はこちらのプランが今回の新サービスの本命と見ている。このキャップ制料金プランでは、ISDN回線の通信料(市内のみ)を一定の時間まで定額で提供する。具体的なプランはまだ明らかにされていないが、携帯電話やPHSの料金プランを例にすると、複数の料金プランが提供される可能性が高い。個人的には、月額2,000~3,000円の定額料金に1,000~2,000円程度の無料通信が含まれる程度ではないかと見ている。単純計算で、5~10時間程度はタダで使えるというわけだ。このキャップ制料金サービスは定額制サービスと違い、システム的にもそれほど大がかりなものではないため、早ければ9月中にもスタートする可能性が高い。
このほかにも、NTTでは学校向けのインターネット用割引サービスやADSLによる常時接続サービスなども提供する計画だ。なかでもADSLによる常時接続サービスはかなり期待されているが、実際にはOCNエコノミーの上位版的な位置付けでサービスされる可能性が高いため、やはり「ISDNでキャップ制料金のサービスを利用する」というのが最も一般的なインターネット接続プランということになりそうだ。
また、NTT分割・再編には直接の関係はないが、プロバイダにも大きな動きが見られた。同じ富士通系列のニフティとInfoWebが11月に統合され、国内最大級のプロバイダが誕生する。この統合は富士通グループ内でのサービスの統合というニュアンスが強いが、今後、NTTの新サービス開始により、プロバイダの乗り換えや再編などがさらに活発になる可能性が高い。さらに、無線アクセス網などの新しい通信インフラストラクチャなどが登場すれば、さらにプロバイダの再々編は加速することになるだろう。
□NTT、ISDNの定額通信サービスを発表
http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/1999/0701/nttflat.htm
□ニフティとInfoWebが統合、「@nifty」へ
http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/1999/0708/nifty.htm
7月はPHSにも新しい製品とサービスが登場した。ひとつはNTTドコモのデータカード一体型PHS『MobileCard P-in』、もうひとつは業界最大手のDDIポケットの64kbpsデータ通信サービスだ。
まず、MobileCard P-inだが、これはDDIポケット向けにセイコーインスツルメンツなどが販売していた製品と同じように、データ通信カードにPHSの機能を包含したものだ。データ通信部分はもちろん、64kbpsPIAFSに対応しており、ノートPCのPCカードスロットに装着したときのみ、電源が供給される仕組みだ。しかし、MobileCard P-inではさらに一歩踏み込み、デジタル携帯電話のデータ通信カードの機能も包含しているのが特徴だ。本体側面の端子にケーブルをつなぎ、デジタル携帯電話でデータ通信ができるのだ。つまり、都市圏などのPHSがカバーするエリア内では、PHSの64/32kbpsデータ通信を利用し、郊外などのPHSがカバーできないエリアではデジタル携帯電話でデータ通信をしようというわけだ。
音声通話については、イヤホンマイク端子を備えており、別売のイヤホンマイクを接続すれば、通話ができるようになっている。ダイヤルはWindows 95/98上で動作するユーティリティを利用する。このユーティリティではNTTドコモのPHSでサービスされている「きゃらメール」、「きゃらトーク」などの機能も利用できるようになっている。また、MobileCard P-inそのものはPCカードスロットを備えたWindows CEマシンなどでも動作するようだ。ちなみに、筆者は試験サービス時から愛用してきた「パルディオ611S」をMobileCard P-inに機種変更したが、何よりもかさばらないのが良く、非常に快適に利用できている。料金プランは月額1,980円の基本料金で1,000円分の無料通信を含む「パルディオ・データプラス」がおすすめだ。音声通話は通常プラン(プラン270)の3倍だが、この形状なら通話をする可能性はかなり低いので、問題ないはずだ。
一方、DDIポケット電話は7月末から64kbpsデータ通信サービスを開始した。同時に、基地局間のハンドオーバー時のタイムラグを大幅に短縮した高機能通信端末の販売も開始した。この新サービスは「 エッジ」と呼ばれる端末で実現するもので、「64kbpsデータ通信サービス」、「高速ハンドオーバー」、「PメールDX」の3つのサービスによって構成される。注目の64kbpsデータ通信サービスはベストエフォート型のPIAFS2.1で提供される。64kbpsPIAFSは基地局からの無線チャンネルを2チャンネル占有して実現するものだ。NTTドコモの提供するPIAFS2.0は、発信時に32/64kbpsのどちらで通信するのかをあらかじめ決めておく必要があるが、DDIポケットが採用したPIAFS2.1は無線チャンネルの空き状態に応じて64/32kbpsを切り替える。つまり、「無線チャンネルに空きがあれば64kbps。64kbps通信中に無線チャンネルの空きが必要になれば32kbpsに減速。再び空きが確保されれば64kbpsに増速」という仕様になっているわけだ。無線チャンネルという限られたリソースをユーザー同士で共有するといった感覚に近い。ただ、このPIAFS2.1に対応したプロバイダのアクセスポイントがまだないため、当面はPTEと呼ばれるプロトコル変換装置を介して、PIAFS2.0、ISDN64kbps同期通信モードなどのアクセスポイントに接続することになる。このPTE経由の接続は1分5円の追加料金が必要になるが、2,000年1月31日までは無料で利用できる。PIAFS2.1対応アクセスポイントは今のところ、DDIグループ内のDIONが8月中をメドに開設する予定が明らかになっている。PIAFS2.1普及のカギは各プロバイダの対応状況ということになるが、おそらく半年以上は掛かることになりそうだ。
高速ハンドオーバーについては非常に快適で、環境によっては携帯電話を上回るのではないかと思わせるほどだ。筆者が試した例をひとつ紹介すると、首都高速の谷町ジャンクションから用賀インターの区間(首都高速3号渋谷線下り)で一度も切れることなく、通話ができている。多少の雑音を聞くことはあったが、高速移動中でも切断されずに利用できたのは、正直言ってかなり驚かされた。もちろん、時間帯や回りの環境にもよるのだが、「携帯電話=つながる、PHS=切れる」という図式はもう過去のものと言い切ってしまっても過言ではないだろう。
ところで、64kbpsデータ通信と言えば、年内にもcdmaOneで64kbpsパケット通信サービスが提供されることをこのコラムでもお伝えしたが、ひとつ追加情報をお伝えしておきたい。セルラーとIDOが提供するパケット通信サービスは、両社で着々と準備が進められているようだが、64kbpsという通信速度はデータ通信に限って提供される予定で、WAPサービスでの通信速度は9.6kbpsまでとなる。つまり、cdmaOne端末のみでコンテンツを見るときは9.6kbps、データ通信カードをPCに装着してインターネット接続などをするときは64kbpsという利用形態になるわけだ。9.6kbpsという通信速度は今ひとつと考えるユーザーも多いかもしれないが、NTTドコモのiモードがすでに9.6kbpsで十分実用になるパフォーマンスを示していることからもそれほど快適性は失われないだろう。
□ドコモ、データカード型PHSと携帯/PHS両用のデータ通信カードを14日発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/990705/docomo.htm
□DDI、64K PIAFSサービスを7月末から提供。対応端末が三洋電機から発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/990713/ddi.htm
6月にポケットボード ピュアの上位モデル『ポケットボードプラス』を発売したNTTドコモだが、続いて7月16日にはWebブラウザ機能を搭載した『ブラウザボード』を発売した。ブラウザボードはかねてから噂にのぼっていたシャープのコミュニケーションパルをベースにしたモバイル端末で、7月末からNTTドコモ中央エリアでの販売が開始された。そのほかのエリアについても順次、発売される予定となっている。
ブラウザボードはコミュニケーションパルをベースにした製品だが、実はさまざまな面で改良が図られている。たとえば、接続できる端末を携帯電話だけでなく、PHSやドッチーモにも対応している。しかもPHS部分のデータ通信機能は64/32kbpsに対応しているため、Webページのブラウズなども快適にできるようになっている。今のところ、64kbpsデータ通信が利用できる端末はドッチーモのPHS部分に限られるが、間もなく、64kbpsデータ通信サービス対応PHSが発売されるという情報もあるので、今後はさらに幅広いユーザーがモバイル端末として利用できるようになるだろう。機能的にはインターネットメール、10円メール、Webページの閲覧、スケジュール帳、アドレス帳、電卓、世界時計など、PDAとしてのひと通りの機能を取り揃えている。メールのチェックとWebページの閲覧という普通のユーザーのニーズは、これ1台でほぼ満たせることになる。筆者もドッチーモと組み合わせて利用しているが、細かい部分に不満は残るものの、かなり実用性の高い製品と見ている。なお、ブラウザボードについては別途レポートをお送りする予定なので、詳細はそちらをお待ちいただきたい。
ブラウザボードが発表される一方、米Hewlette-Packardから携帯情報端末の草分け的な存在とも言える『HP 200LX』の生産中止がアナウンスされた。HP 200LXは筆者も以前、愛用していたが、非常に優れたモバイル端末だ。ポケットボードやブラウザボードのようなお手軽モバイル端末もHP 200LXが存在したからこそ、生まれてきたと言っても過言ではないだろう。しかし、激しい時代の移り変わりとともに、市場のニーズを満たしきれなくなり、ついに生産中止がアナウンスされたわけだ。国内では一部のユーザーグループが生産中止反対の署名活動などをしているが、ひとつの時代が終わったという感は否めない。
生産中止やそれに対する反対署名活動の是非についてはコメントしないが、ここ1年ほどの間に、急速にモバイルコンピューティングが普及したことにより、市場の性質が大きく変わってきたのは間違いないだろう。前回のコラムでも触れたが、これからのモバイルコンピューティングには「手軽さ」、「通信との連携」といった機能が欠かせなくなってきている。特に、携帯電話やPHSなどが普及している日本市場は、その傾向が顕著に出ている。7月19日に掲載された西川和久氏の「モバイルマシン六つ巴の戦い!? ~ おでかけ用メールマシンを選ぶ ~」にもその傾向が表われている。
もちろん、HP 200LXもこうした要素を持たないわけではないが、やはり、初期導入のしやすさや万人に受け入れられるわかりやすさという点では、一連のお手軽モバイル端末に一日の長がある。かなり厳しい表現になってしまうが、「趣味的なモバイルコンピューティング」から「実用的かつ一般的なモバイルコンピューティング」に時代は移り変わろうとしているのかもしれない。
□米HP、HP 200LXシリーズの生産を中止
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/990707/hp.htm
□NTT DoCoMo、ブラウザ機能を搭載した「Browser Board」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/990716/docomo.htm
□西川和久の「モバイルマシン六つ巴の戦い!?」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/990719/mobile.htm
[Text by 法林岳之]