●ローコスト版Pentium IIではSRAMチップがない
ようやく馴染めるようになったPentium IIプロセッサのあのゲームROMのような黒いカートリッジ。ところが、'98年の中ごろ以降に出るローコスト版Pentium IIマシンでは、あのカートリッジを見ることができなくなる。Intelは、同社が「Basic PC」と呼ぶ低価格(米国では1,000ドルクラス)マシン向けのPentium II新バージョンでは、カートリッジをやめて基板むき出しのカタチで提供するからだ。
先週のコラム「'98年にはサブ1,000ドルPC向けのPentium IIを投入」で紹介したとおり、来年Intelは、1,000ドルクラスのPC向けに現在のPentium IIとは異なるPentiumIIのバージョンを提供する。Intelの日本法人が行なった、来年のラインナップについての簡単なブリーフィングで、その内容がもう少し明らかになった。
Intelによると、ローコストPC市場に向けてIntelは'98年、233/266/300MHzの動作周波数帯で、ローコスト版のPentium II派生品を投入してゆくという。このローコスト版には2次キャッシュSRAMを省いたバージョンと、2次キャッシュSRAMをMPUと同じダイにインテグレートしたバージョンがある。Intelによると「'98年中盤にキャッシュを取り去ったバージョンを、'98年の終わりまでにキャッシュをインテグレートしたバージョンを出す」という。また、これらのローコスト版Pentium IIは、従来のPentium IIのカートリッジは使わない。Slot 1コネクタを使う点は同じだが、MPUだけを基板上に配置した薄型のものが使われる。
キャッシュレス版とキャッシュインテグレート版が登場し、フォームファクタも変わるというのは、ここ1ヶ月さまざまなメディアや業界関係者から流されていた情報(ニュースサイトWatch「Intelが2種類のローコストPentium IIを'98年後半に投入」で紹介)とほぼ一致する。今回は、その情報が正式に確認された格好だ。
Intelがこの2バージョンの新Pentium IIを投入する理由は言うまでもなく製造コストだ。サブ1,000ドルPCとなると、原価を700ドル台程度に抑える必要が出てくる。そうすると、MPUには100ドル程度しか割くことができない。ところが、今のPentium IIは、カートリッジに入れている2次キャッシュSRAMチップを他社から購入している。MPUチップ自体の製造コストは100ドルを割っているのは当然だが、それにSRAMチップコストを加えると、100ドル程度で提供するのは不可能ではなくても厳しいに違いない。そのため、このローコスト版では、SRAMチップを外すことが、もっとも重要なポイントとなっているわけだ。
●キャッシュインテグレート版ではどれだけのSRAMを搭載?
さて、今回Intelは、キャッシュインテグレート版を投入することは明らかにしたが、それを233/266/300MHzのどの周波数で提供するのかは明らかにしなかった。しかし、大容量キャッシュのインテグレートは0.25ミクロンでないと経済的なダイサイズでは不可能なのは明らかだ。それを考えると、300MHzからというのが妥当だろう。'98年終わりという登場時期を考えると、266MHz版もあるというのはちょっと考えにくい。
現在のPentium IIは512KBの2次キャッシュSRAMをカートリッジに搭載している。ところが、インテグレート版ではIntelは「最大256KB」のSRAMを統合するという。これは「0.25ミクロンでインテグレートできるのがそこまでだから」だそうだ。少ないと感じるかも知れないが、現在のSlot 1用Pentium IIがMPUコアの半分のクロックでSRAMを駆動(266MHz版の場合は133MHz)に対して、インテグレート版では同クロックで駆動することになる。「Pentium Proの時と同じ」(Intel)であり、アプリケーションにもよるが256KBあれば現在の512KBに対してそう悪くない性能をする可能性が高いだろう。
しかし、Intelの表現は“最大(up to)”256KBと微妙な言いまわしだ。これは、128KB版もありうるとも取れる。じっさい、Intelでも「コスト的なことを考えて128KBというのもありうるかも知れない」と認めている。
これには理由がある。大容量のSRAMのインテグレートは、かなりダイ(半導体本体)サイズを肥大させるからだ。半導体の場合、ダイサイズが大きくなればなるほど歩留まりも悪化し、製造コストが上がる。そのため、大容量SRAMを統合しながら経済的なダイサイズに抑えるには、それなりに製造技術に工夫が必要になる。
たとえば、同じように2次キャッシュをインテグレートすると発表しているMPUに、AMDが'98年後半に投入する予定の「AMD-K6+ 3D」がある。このチップでは256KBの2次キャッシュSRAMを含む2130万トランジスタを135平方mmという、0.35ミクロン版のMMX Pentium並みのダイサイズに詰め込んでいる。これを実現するため、AMDでは5層のメタルレイヤに加えてローカルインターコネクトと呼ばれる下層のレイヤーを生成する技術を採用した。IBM Electronicに聞いたでは、この技術はSRAMのセルを小さくするのにかなり効果があるという。これに加えて、AMDではチップ表面にボンディングパッドを配置してダイサイズを縮小するC4(Controlled Collapse Chip Connection)flip chip配線技術も採用している。つまり、こうした比較的新しい製造技術を使うことで、ようやく256KBのインテグレートを経済的なダイサイズに入れ込んでいるわけだ。
一方、Intelの現在の0.25プロセス技術はごく穏当な4層メタルレイヤだ。Intelは、おそらく歩留まりが悪くなるのを警戒しているために、最近はあまりアグレッシブな製造プロセス技術は取り込んでいない。そのため、これを変更しないとなると、統合できるSRAMの量は限られると見られる。Intelの場合は、AMDよりもダイサイズが大きくてもペイすると思われるが、それでも0.35版のPentium IIレベルの200平方mm程度が限度ではないだろうか。ローコスト化するのが目的なのだから、ダイサイズが大きくなりコストがアップしては意味がない。もしかすると、Intelは現行の製造プロセスのままで最初は128KB程度のインテグレートと無理なく抑え、次に製造プロセスに手を加えて同じ程度のダイサイズに256KBをインテグレートするというシナリオもありかもしれない。
また、そうしたバージョンでは消費電力もSRAMチップを別に搭載するPentium IIより下げることができる。となると、ノートパソコン用に投入してくることもありうるかも知れない。
●キャッシュなし版はマーケティング的な製品か?
IntelのもうひとつのローコストソリューションであるキャッシュレスPentium IIは、キャッシュインテグレート版に先駆けて登場する。これは、おそらく現行の0.35版Pentium IIから単純にキャッシュを外すだけで投入するという、簡単な方法を取るからだと思われる。しかし、このアプローチには疑問もある。というのは、キャッシュレス版はIntelがPentium IIの優位点としてたびたび強調していた「DIB(Dual Independent Bus)」アーキテクチャの利点を失うからだ。DIBというのは、2次キャッシュ用のバスとチップセットにアクセスするシステムバスを分けるアプローチで、MPUは2次キャッシュにアクセスするのにシステムバスが空くのを待つ必要がなくなる。バスの足かせを取り払うことで性能を向上させるわけだ。ところが、キャッシュがなければDIBの意味はなくなる。これはパフォーマンスにもかなり影響が出るだろう。性能を考えれば、キャッシュレスPentium IIというのは、かなり疑問のシロモノだ。
それならいっそSocket 7用にして、Pentiumの時のようにマザーボード上に2次キャッシュSRAMを載せてしまえばいいと思うかもしれないが、コトはそれほど単純ではない。それは、MMX Pentium/PentiumとPentium Pro/Pentium IIではバスプロトコルが異なるからだ。もしローコスト版Pentium IIをSocket 7に載せようとしたら、MPU上のバスインターフェイスのユニットをそっくり入れ換えないとならない。そんな再設計に労力と時間をかける意味はないわけだ。
このように考えると、キャッシュレス版のPentium IIというのは、コストを下げることと、キャッシュ搭載版(現行)Pentium IIとの差別化以外に意味はそれほどない。マーケティング的な要請から登場したMPUであって、おそらく2次キャッシュインテグレート版までのつなぎと考えた方がよさそうだ。
●対x86互換メーカーのための戦略
ではIntelはなぜそこまでしてローコストのPentium IIを作ろうとしているのか。MMX Pentiumではなぜダメなのか。それは、3つの要素がある。ひとつはローコストPC市場が急拡大しつつありIntelとしても無視できないからだ。市場調査では店頭シェアで30%を超えたという結果も出ており、大きな波になっているのは間違いがない。米Intel社の副社長兼Business Platform Group本部長、パトリック・P・ゲルシンガー氏も、同社がこの市場を「今は非常に重視している」と、COMDEXの際に行われた外国記者向けのグループQ&Aセッションで語っている。
二つ目の要素はこの1,000ドルクラスPCの市場に、Intelにとってはうるさい相手のx86MPUメーカー米AMD社と米Cyrix社が注力しており、'98年後半には300MHz(Cyrixの場合はPR300)クラスのMPUをこの市場に投入してくる可能性が高いからだ。MMXPentiumではこれを迎え撃つには非力すぎる、拡大しつつある市場をみすみす他のメーカーに渡すわけには行かないというわけだ。実際、利幅が少ない1,000ドルPCでは、PCメーカーは利益を確保するためにIntelへの忠誠心を捨てても、他のMPUを採用せざるをえなくなりつつある。たとえば、Compaq Computerが平然と799ドルのPresarioを売っていられるのは、チップセット込みで100ドル台のMediaGXを採用しているからだ。つまり、Intelとしては、PCメーカーに対してソリューションを提供しないとならない状況になっており、その回答がこの2バージョンの新Pentium IIというわけだ。
三つ目の要素は、Intelがこの12月に戦略を大きく転換し、ローコストのクライアントや家庭用セットトップボックスを重視し始めたことだ。こうした市場では当然、従来のIntel製品より低コストのMPUが必要とされる。将来的な展開を考えると、このローコスト版Pentium IIというのは大きな意味を持ってくる。
●カートリッジコストも削減
COMDEXで、ゲルシンガー氏は、ローエンド市場に向けたアプローチはMPU単体ではなく、「マザーボード、パッケージ、システムアーキテクチャ、冷却システム、電源などあらゆる要素において、コスト削減を考える必要がある。当社は、すでに、このすべてについて着手している」と語った。ローエンドPentium IIの、裸の基板はその取り組みのひとつであることは言うまでもない。Pentium IIは、あのカートリッジだけでもそれなりのコストがかかっているわけで、これを簡略化することでコストを下げることが目的というわけだ。もちろん、そのために現在のPentium IIのあのクーリングユニットとは異なる冷却のアプローチも必要になるだろう。ただし、Slot 1との互換は維持することで、プラットフォームの統一を図れるようにしたというわけだ。
また、Intelは、ローコストPCに向けたコスト削減のアプローチのひとつとして、ソフトモデムの推進も含まれていることを明かした。これもじつは以前から明らかにしていた展開だ。今年4月のWinHEC(Microsoftのハードウェア開発者向けカンファレンス)で、Microsoftは次世代PCガイドライン「PC 98」ではWDM(Win32 Driver Model)ベースのソフトモデムをプッシュしていた。'98年のローエンドPCではソフトモデムが一般化するというシナリオで、Intelのアプローチもこれに乗ったモノだ。
1,000ドルPCに本気になったIntel。ボリュームゾーンだけでなく、ローエンド市場でも覇権を守ることができるだろうか。
□参考記事
【12/2】後藤弘茂のCOMDEX Fall '97レポート
「'98年にはサブ1,000ドルPC向けのPentium IIを投入」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/971202/comdex10.htm
【11/11】後藤弘茂のニュースサイトWatch
「Intelが2種類のローコストPentium IIを来年後半に投入」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/971111/kaigai02.htm
[Reported by 後藤 弘茂]