●Microsoftのカンファレンスに6,500人が集まる
6,500人。これは、米Microsoft社が先週開催した開発者向けカンファレンスPDC(Professional Developers Conference)の参加者数(Microsoft発表)だ。このカンファレンス参加者数というのは、最近は自陣営への支持のバロメーターとして、各社が競い合うポイントになっている。今回、Microsoftは昨年11月に開催したPDCの3,500名から参加者をほぼ倍増させたため、ホクホク顔でこの数字を盛んに引用している。Javaに開発者が流れていると盛んに言われるが、Microsoftとしては自社プラットフォームに対する支持はまだ厚いと、とりあえず顕示できたというわけだろう。(もっとも、今年4月のJava関連カンファレンス「JavaOne」は約1万人を集めている)
しかし、今年のPDCは、昨年11月のPDCと比べると、参加した感触では新味のある要素は少なかった。昨秋は参加しなかったので発表内容しか見ていないのだが、MicrosoftはWindows NT Server 5.0のプレビューを発表、その概要を明らかにしてエンタープライズコンピューティングへの拡大傾向を明確にしている。たとえば、コード名「Viper」と呼ばれていたMicrosoft Transaction Serverやプライベートキーのセキュリティ技術Kerberosを採用したセキュリティモデルなどを発表。次期ディレクトリサービス「Active Directory」についても概要を明らかにした。しかも、その直前に開催された同社のWeb関連技術カンファレンス「Site Builder Conference」ではPCの管理コストを下げるZero Administration Windows(ZAW)とNetPC構想、それにスクリプティングによってHTMLを拡張する「Dynamic HTML」やWindowsベースのクライアント/サーバー体系「Active Platform」なども発表されている。つまり、昨年の今ごろは、Microsoftは大きく戦略を打ち出し、新キーワードが溢れるというにぎやかな状態だったわけだ。
それに比べると、今年のPDCでは、ドラスティックな要素はあまりない。昨秋の2つのカンファレンスで発表されている要素から、新たに加わったものはほとんどない。あえて探せば同社のコンポーネント技術COMの拡張「COM+」なのだが、これも、ゲイツ氏自身が「(COM+は)革新的ではないが、大きな前進だ」と言っているくらいで、革新的な戦略技術というより、Microsoftの全体構想に合わせて従来のCOMに欠けていた要素を補ったという色彩が濃い。
●Windows DNAは遺伝子のように受け継がれて行くのか?
では、PDCでMicrosoftは6,500人もの聴衆を前に何を提示したのか。それは昨年以来Microsoftがアピールしてきた各技術のディテールであり、開発の実際であり、ようは現実だ。昨年11月がWindows NT 5.0を核とするMicrosoftの新戦略のホップなら、1年かかってステップに到達したと言っていいのではないだろうか。そういう意味で言うなら、今回新しい要素がほとんどなかったということは、Microsoftの路線が少なくともこの1年間はある程度固定されていたことを意味しているわけで、Microsoftプラットフォームでの開発者に取っては歓迎すべきなのかも知れない。
そして、Microsoftは、今回、昨年以来発表したもろもろの要素をすべてはめ込んで整理した。それがアプリケーション開発の新フレームワーク「Windows DNA(Distributed interNet Application)」と言っていだろう。このWindows DNAには、Microsoftがインターネットに舵を切って以来発表されてきたほとんどの技術がはめ絵パズルのように組み込まれている。以前提唱していたActive Platformと比べて、それほど大きな枠組みの変更があるわけではないが、論理立てられ明確になったこともある。ひとつは、オブジェクト指向技術により分散環境を構築しようという方向性と3層構造のクライアント/サーバーの構築ががより明確になったこと。このパズルで目立ったのは、オブジェクト指向のトランザクションサーバーであるMicrosoftTransaction Serverが中心となり、あらゆるリソースの仲介役となるという構図だ。
MicrosoftはこのWindows DNAを、おそらく今後Microsoftプラットフォームを中心としたアプリケーション開発の大きな枠組みとして堅持してゆくつもりだと思われる。つまり、DNAのように受け継がれ進化させようというのが、ネーミングの由来だろう。もっとも、カンファレンスの昼食時に同席したPDC常連の米国の開発者たちは「Microsoftは毎回カンファレンスのたびに技術に新しい名前をつける。それほど真面目に受け止めることはないよ」と言っていたので、それもどうかわからないが。
●ゲイツ氏はWindows NT 5.0に未来をかけると宣言
さて、ゲイツ氏はPDC最終日のスピーチで「Windows NT 5.0にMicrosoftの未来を賭ける」と言い切った。同じようなセリフは、他のMicrosoft幹部の口からも聞こえた。その反面、Windows 98については、もはやほとんど言及もされなかった。
MicrosoftのOS開発の力点がWindows NTに移ったことは、すでにこれまでも何回も表明されていたが、今回はそれが決定的になったと言えるだろう。Windows 98の先はコンシューマ用OSもWindows NTベースに移ることも、改めて明示され、デュアルWindows路線が終わることが明確になった。
このように、MicrosoftのOS戦略の旗手になったWindows NT 5.0だが、しかし、その将来には不安もある。たとえば、PDCのデモで、Windows NT 5.0は落ちるシーンが何回かあった。まだごく初期のベータ版だからと断っていたが、Windows NT 5.0ではカーネル自身にもかなり変更が加わることを考えるとかなり不安になる。そもそも、Windows NTの発想というのは、マイクロカーネル的なカーネルを作り、そこには手をつけずにきっちり堅牢に守ることで、高い安定性とを確保するという話だった。それが、次のバージョンでカーネルにも手が入り、その上にまた新しいサービスをてんこ盛りにするというわけで、これではまたまたコードが枯れないことになってしまう。
これは、Microsoftが時間をかけて枯れて安定したOSを作り、その上にじっくりと各サービスを構築する路線ではなく、ともかく急いで技術レベルでUNIXなどと同列に並べるというレース展開を選んでしまったことに起因するだろう。これは、マーケティング的にはいい判断なのかも知れないが、信頼性が要求される市場に入る時に大きな障害になる可能性もある。実際、Windows NTユーザーの数が増えるに連れて、安定性の問題を指摘する声はどんどん増えている。今回は、これに対する有効な回答は示されなかったように見える。
●PDC参加者のさらっとした反応
このほか、PDCで感じたのは、Microsoftプラットフォームの開発者たちの“さらっ”とした反応だ。すでにニュースで伝えたが、最終日のゲイツ氏のスピーチでは、ナチュラルな音声読み上げやジェスチャ認識といった、Microsoftの先進技術が披露された。しかし、これに対する観衆の反応は、拍手はあるものの、今ひとつ熱が入っていなかった(そのように感じられた)。もしこれが、米Apple Computer社のカンファレンスで、壇上にいるのがスティーブ・ジョブズ氏だったなら、おそらくこの手のデモは大喝采を浴びただろう。
ところが、Microsoftのカンファレンスでは、むしろ、ゲイツ氏が「シリアスな開発者にとってC(言語)がこれからももっともポピュラーな開発言語であり続けるだろう」と発言した時の方がずっと大きな喝采が巻き起こった。つまり、当たり前の話だが、PDCに集っているのは、リアリスティックな開発者であって、ゲイツ氏やWindowsに心酔するファンではないわけだ。おそらく、彼らがMicrosoftに求めているのは、現実的な解と路線であって、夢物語ではない。彼らがWindowsを担いでいるのは、Windowsを愛しているからではなく、ビジネスになるからではないだろうか。事実、MacintoshやJavaの熱狂的な支持者には何人も会ったことがあるが、同じような感覚のMicrosoft信者というのは見かけたことがない。
こういう冷めた支持層は、Microsoftにとって弱点でもあるし利点でもあると思う。というのは、熱狂というのはうまく行けば大きなうねりを作り出せるが、失敗すると大きな落胆と失望につながりやすいからだ。Microsoftには、その利点がない代わりに危険もない。これが、Microsoftが堅実にここまで勝ち進んできた理由のひとつかも知れない。
【参考記事】後藤弘茂のMicrosoft Professional Developers Conference(PDC)レポート
【9/24】 第1回 ■アプリケーション開発フレームワーク「Windows DNA」を発表
【9/25】 第2回 ■Windows CE 2.0の概要を発表
【9/28】 第3回 ■ゲイツ氏がナチュラルインターフェイスを披露
('97/10/2)
[Reported by 後藤 弘茂]