前々回の記事ではWindows 7のSKU構成が、日本のPC市場におけるネットブックの興隆という状況にはマッチしないものであることを指摘した。その後も各所でその議論は盛り上がっているようだが、結局のところフルPCの廉価版という使われ方をしている日本のネットブックと、ネットやメールのみという使い方に限定することでフルPCとの差別化をしたいと考えているMicrosoft/Intelの思惑のずれというのがこうした事態が予想される最大の理由だろう。 こうした状況の中、MicrosoftやIntelはいったい何をしていけばいいのだろうか、そのあたりについて今回は考えていきたい。 ●何度か試みが行なわれその都度消えていった低価格PCの取り組み ネットブックのブームをどう評価するか、実はこれは難しい問題だ。というのも、業界の関係者に話を聞いてみると、見事に評価が別れるからだ。筆者自身の評価は後に披露するとして、まずは、PCメディアの関係者に多い意見を披露しておきたい。PCメディアの関係者に話を聞くと、驚くほどネットブックに対して否定的な意見の方が多いことに驚かされる。実はこうした評価はPCメディアの関係者だけでなく、PCメーカーの関係者にも多い意見だ。 なぜそうなるのかと言えば、1つにはネットブックという方向性が、これまで何度かPC業界がチャレンジしてきて、その都度消えていった方向性の1つだからだ。前回の記事でも説明したとおり、結局のところ“日本の”ネットブックは低価格PCに過ぎない。実はこれまでも何度も、低価格PCという試みは行なわれ、その都度ある程度のブームにはなったが、結局よりよい製品が登場して、消えていくというフェーズを繰り返してきた。 そもそもPC業界というのは、CPU性能の進化とそれに伴うソフトウェアの進化が相乗効果のようにして発展してきた産業だ。簡単に言えば、“CPUの性能があがる>それを利用した新しいソフトウェアが登場して、新しい使われ方をする>ユーザーが増え、さらに新しいニーズがでてくる>それに応えるさらに高性能なCPUが登場する(振り出しに戻る)……”という成長スパイラルを繰り返すことにより、大きな産業として発展してきた。その中で何度か、K6の登場、199ドルデスクトップPCなどの低価格PCのブームがやってきたが、それがメインストリームになることは無かったのだ。 ただ、いま我々の前で起きていることはそれとは状況が異なる可能性はある。本連載で初めてネットブックを紹介した記事でも指摘したように、いわゆる“クラウド”などと呼ばれるWebサービスベースのアプリケーションが増えつつあり、クライアント側には強力なプロセッサが必要のない状況が生まれつつある。 ●緊急避難的に作られたMicrosoftのULCPC版というソリューション そうした状況を受けて、MicrosoftがとったのがULCPC(Ultra Low Cost PC)という取り組みだった。結局のところULCPCの肝は、Microsoftが規定するスペック以下のPCには、Windows OSのライセンス料金を従来バージョンの半分以下にするというものだった。理屈から言えば、ハードウェアのスペックが低くてWebサイトを見たり、メールを送受信したりという使い方ぐらいにしか使えないから、OSも安価でいいだろうというのがMicrosoftの考え方だったはずだ。また、その役目にフル機能をもったWindows XP Home Edition(後にはWindows Vista Home Basicも追加されるが……)を割り当てたのは、それが1つ前の世代のOSで機能も現行のWindows Vistaに比べて少ないという判断があったからだろう。 つまり、新しくネットブック用のWindowsを作るのは時間的に無理だったので、緊急避難的に作ったソリューションだったということだ。だから、Windows 7 Starterをネットブック向けと位置づけることは、“正常な状態”へ戻すという意味でMicrosoft的には正しい判断だと言えるだろう。 だが、日本における受け止め方はそうではないことは、前々回の記事で指摘したとおりで、ネットブックを低価格なフルPCと位置づけてきた日本のユーザーにとっては、Windows 7 Starterは後退としか表現のしようがない。 ●日本のような先進国の市場では、Windows以外のソリューションを選択するのは難しい この話が難しいのは、それなら他のソリューションを探せばいいじゃないか、ということになるかと言えば、そうはいかないところだ。自社製品にだけ独自OSを展開しているAppleを除外すれば、先進国のx86クライアント市場ではWindowsがほぼ100%を占めているというのが、PC市場の現状だ。 この連載でも何度も指摘しているとおり、Microsoft自身にとっても、そしてPC業界にとっても不幸なことは、Microsoftが実質的に競争相手を持っていないことだ。もちろんAppleは競争相手ではあるが、Appleは他社にはOSを提供していないため、PCメーカーにとっての選択肢は事実上Windowsしかあり得ないのが現状だ。 Linuxはどうなんだ、という声があがりそうだが、OEMメーカーの具体的な選択肢としてLinuxが上がってくるのはなかなか難しい。その証拠に、ASUSTeKやAcerもネットブックのOSとして、新興市場やEMEA(ヨーロッパ、アフリカ、中近東)地域ではLinuxを提供しているが、日本や米国などの成熟市場では提供していないのが現状だ。 その理由は2つある。1つは日本や米国市場ではエンドユーザーの興味がWindows以外には向いていないこと、もう1つはオープンソースのLinuxは確かに価格も安価だが、誰もコントロールしていないというオープンプラットフォームに特有の問題を解決できないからだ。Linuxの特徴は、言うまでもなくオープンソースで開発が進められていることで、基本的にはOSのライセンス料は無料だ。しかし、無料なのはそのソフトウェアのライセンスそのものだけであり、実際にユーザーインターフェイスを作り込んだり、初期搭載するソフトウェアを自社で作り込んだりする必要があり、そのコストがかかる。それだけでなく、アプリケーションの互換性の検証なども自社で行なう必要があり、そのコストもやはり膨大だ。結局そうしたコストを足していくと、Windowsを買った方が安いというのが大半のOEMメーカーの結論なのだ。 やや本記事の趣旨とは外れるが、じゃあLinuxはどうしたらOEMメーカーにとって受け入れられるのかと言えば、以前も指摘したようにGoogleのような強力なプロバイダが提供し、マーケティング活動や互換性検証などを引き受けてくれることだ。つまり、Androidのx86版のようなOSが登場すれば、それをネットブックに採用しようというOEMメーカーは登場してくるだろう。 ●ネットブックがPC市場の裾野を広げ、新しいユーザーを獲得する結果につながる さて、本筋に話を戻そう。Microsoftが緊急避難的に決定したものだとはいえ、フルWindowsを低価格に提供するULCPC版のOSを搭載したネットブックは日本で売れている。結局のところ、お金が回ることが資本主義社会では何よりも大事なことであるので、製品が売れているということはそれだけで充分肯定する要素はあると言える(ちなみに、これが筆者自身のネットブックに対する評価だ)。PC業界にとって大事なことは、その売れている理由の中身をよく検討し、そしてそれを将来へとつなげていくことだ。 残念ながら、ネットブックがなぜ売れているのかという信頼性の高い調査は見たことがないので、統計としての裏付けは今のところない。筆者がPC業界の関係者に取材したところ、みな口をそろえて言っていたのは、ネットブックは大きく2つの層に売れているのだという。1つはハイエンドユーザーで、これまで日本メーカーのミニノートPCを持っていたユーザー層の乗り換え需要。そしてどちらかと言えばこちらの方が多いという関係者が多いのだが、これまで家に1台のPC、例えばデスクトップPCを持っていた家庭なので、お父さんだけでなく、お母さん、子供などが自分のPCとしてネットブックを購入する需要という2台目PCの需要だ。 前者の需要に関してはPCの単価が下がるという意味でPCの販売単価の減少を招くが、後者に関しては新しい需要を喚起しているという意味で、PC業界の発展につながっていると言える。従って、そうしたユーザーを今後もPCを購入してくれるようにしなければ、せっかく手に入れた新しいユーザー層を再び携帯電話などに奪い返されてしまう可能性がある。 今回のネットブックブームに大きく貢献したのは、イー・モバイルがいわゆる“100円PCマーケティング”を展開していたことであることは疑いの余地はないが、大事なことはイー・モバイルの“契約縛り”が終了する2年後に、そうしたユーザーが次のPCを買ってもらえるような施策をPC業界全体として打てるかどうかだ。ちなみに、イー・モバイルが大手量販店などで“100円PCマーケティング”を始めたのは2008年の7月上旬なので、2010年の7月には“2010年問題”としてPC業界につきつけられることになる。 ●MicrosoftもIntelも、もっと広い視野に立ちPC業界の裾野を広げる選択を さて、だんだんと話が見えてきたのではないかと思う。要するに、PC業界にとって重要なのは、2年後にもう一度PCを選んでもらうために、PCをもっと魅力的な存在にしておく必要がある。 それなのにMicrosoftがWindows 7でやろうとしていることはまさにこの逆だ。1つMicrosoftに言いたいことは、結局のところ現在のネットブックはなぜ売れているのか、それはエンドユーザーにとってそれが適正な値段だからじゃないのか、ということだ。価格は市場で決定される、これが本来の資本主義のあるべき姿だ。だから、あのスペックであの値段のネットブックが売れている限り、それが適正価格なのだ。 しかし、すでに述べたようにMicrosoftはOSに関してはほぼ独占状態にある、だから価格もMicrosoft自身の思惑で決定できる。誤解無きように言っておくが、筆者はだからMicrosoftは悪だとか、そういうことが言いたいわけではない。もちろん色々なことはあったのだろうか、結局こうした状況を作り出したのはMicrosoft自身が努力してきた結果であり、それに関してとやかくいう必要はないと考えている。しかし、だからこそ価格設定にはもっと敏感になって欲しい、そう思うのだ。 Microsoftにお願いしたいのは、はっきり言えばWindows 7のSKU見直しだ。あるいは、ULCPC版のWindows 7 Home Premiumを用意することだ。アップグレードパスの提供も1つの考え方だが、それはハイエンドユーザー層には有効だが、ネットブックを買っている大多数の新しいユーザーには何の事やら理解できないだろう。米国とは異なる現状がある以上、少なくとも日本市場に関しては何らかの別の施策をぜひとも検討して欲しい。これは日本のWindows製品部門の方にぜひとも真剣に検討して欲しいと考えている。 そして、これはIntelにも言えることだが、ネットブックにかけられているハードウェア仕様の要件はぜひとも撤廃して欲しい。今のネットブックに要求されている仕様の“強制”は、明らかにハードウェアメーカーの想像力を奪う結果となっている。これはPCの革新性を奪うことで、回り回ればPC業界全体の衰退につながりかねない。PCはここ20年で大きな進化を遂げてきた。最初は単なるワープロ、表計算のための箱だったものが、インターネットに接続され、TVを見ることができるようになり、動画を再生し編集することができるようになっている。特に日本のPCベンダーはそうした新しい使い方を世に問うてきた。それもネットブックのように厳しく仕様が制限されていれば、そうした新しい想像力は生まれてこないのではないだろうか。 そうしたことを行なうことで、ネットブック市場をもっと活性化することは、結果的にPCに新しいユーザーを取り込むことになるだろう。そしてPCの良さを知ってもらえば、次にはもっとハイエンドな製品を買ってくれるかもしれないし、そうでなくともPCの裾野は広がっていくことになる。それは最終的にMicrosoftの利益にも、Intelの利益にもかなうはずだから、ぜひとも検討してみて欲しいものだ。 □関連記事 (2009年2月20日) [Reported by 笠原一輝]
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