笠原一輝のユビキタス情報局

Windows 7がネットブックブームの終わりを招く




 日本や台湾などの東アジア地域、ヨーロッパなどではネットブック特需が続いているが、コンポーネントベンダは、“ネットブックの次”を見据えた行動を起こし始めている。それが12インチや14インチなどの、ネットブックよりも大型の液晶を搭載し2kgを切るような、ウルトラポータブルノートPCの低価格化だ。AMDがCESで発表した「Yukon(ユーコン)」に対して、Intelも「Consumer ULV」というマーケティングプログラムで対抗していくことになる。

 また、MicrosoftはWindows 7のSKU(製品構成)を明らかにし、ネットブック向けのSKUがStarter Editionになることが明らかにされた。Microsoftとしては、これによりULCPC版のWindowsが単なる値段の安い“フルWindows”として利用されている現状を是正したい意向だが、ULCPC版により安価なフルWindowsを入手できていた日本のユーザーにとっては大きな後退ということになりそうだ。

●VAIO type Pの登場で活性化するミニノートPC市場

 日本にいるとネットブックの勢いは止まりそうにないと感じる。先週も、ノートPCの販売台数に占めるネットブックを含むミニノートの構成比が3割を超えたという調査結果が発表された。低価格路線のネットブックだけでなく、高付加価値路線のVAIO type Pも加わったことで、さらに市場が加速される可能性があると言える。

 しかし、ネットブック市場が、今後どうなっていくかに日本のPCメーカーは頭を悩ませている。ソニーのように高付加価値路線を進むのも1つの道だが、この道は言うまでもなくギャンブルだ。確かにVAIO type Pの出だしは上々だと言って良いだろう。

 例えば、ワイヤレスWANモデルの予約開始日である2月3日、ソニーの直販サイトであるソニースタイルは、当日だけでなく翌日の夕方近くまでアクセス集中が原因でバスケットに商品を入れるのが難しい状況が続いていた(参考:ソニースタイルの発表)。しかし、こうした尖った製品の場合、発売日に購入が集中するのはよくあることで、これはある程度は予想されたことだ。問題は、今後ブームが落ち着いた時に定番として定着していけるかだろう。今のところはうまくいっているが、それが一過性のブームではなく本物かどうかという判断は今年の終わり頃になってみないとわからない。

●米国はネットブック後に向けて動き出す

 さて、高付加価値路線に対するもう1つの道は低価格路線のネットブックだ。こちらも、日本や台湾などの東アジア地域ではかなり盛り上がっているが、実のところ米国ではすでにブームは終了している。

 米国の量販店などに行けばわかるが、相変わらずネットブックは299ドル(日本円で約3万円弱)、399ドル(同約4万円弱)という低価格の設定がされているが、あまりユーザーに注目はされていなかった。ユーザーが群がっているのは、499~699ドル(同約5~7万円)クラスのフルサイズノートPCだ。要因としてはいくつかあるのだろうが、確かに大柄の欧米人にはあの小さなキーボードが受け入れられず、自動車での移動がほとんどのため、小さいことにもあまり価値が見出されないのだろう。

 こうした方向性を受け、コンポーネントベンダ各社は次の道を模索しつつある。それが低価格ウルトラポータブルという市場だ。Yukonには複数のSKUがあり、下位SKUはAtomと同じようなネットブックやネットトップのような市場を狙っているが、上位SKU、特にAthlon Neoに関してはウルトラポータブルノートPCの低価格化という市場を狙っている。というのも、この市場の多くの製品が1,000ドル以上と非常に高価だったからだ。

 そこでAMDはYukon、中でもAthlon NeoのSKUをHPに供給して、「HP Pavilion dv2」として発表した。業界筋の情報によれば、Athlon Neoの供給はまずはHPにプライオリティが与えられているそうで、まずはHPの製品でユーザーの反応がどうかを確認したあとで、他のOEMメーカーにも供給するかどうか決めていくというのがAMDのスタンスであるようだ。

 1月のYukonの記事の中で、筆者は“Intelの低電圧版(LV版)や超低電圧版(ULV版)の価格設定に対して強いプレッシャーがかかるということが言える”と述べた。すでに、このことはIntelも認識しており、AMDもターゲットに設定している製品価格で599~1,299ドル(日本円で6万円弱~13万円弱)のレンジにマッチするような“Consumer ULV”と呼ばれる製品カテゴリの構築を目指していくことを顧客に説明しているのだという。

 現時点ではIntelがどのような戦略でこのConsumer ULVというマーケティングプログラムを展開していくのかは明らかではない。以下は筆者の推測だが、特に新しい製品を投入するというわけではないようなので、ネットブックと同じように、ある特定の仕様を満たした場合には、安価な価格で提供するという仕組みになるのではないだろうか。

 いずれにせよ、今は製品によっては20万円を超えるようなウルトラポータブルノートPCだが、今年はその価格破壊が進むと考えて間違いないだろう。これも日本のノートPCベンダにとっては非常に頭の痛い問題だと言える。

●2つの矛盾を解決するHome PremiumのメインストリームSKUへの格下げ

 ネットブックブームが続いて欲しいと思うユーザーにとってはもう1つ悪いニュースがある。それがMicrosoftが先日発表したWindows 7のSKU構成だ。

 Windows 7のSKUはMicrosoftと契約している大規模ユーザーに提供されるEnterpriseを別にすると、上からUltimate、Professional、Home Premium、Starter、Home Basicの5つのSKUになる。

 このうちHome Basicに関してはいわゆる成長市場と呼ばれる新興国向けで、日本や米国のような成熟市場では提供されないので、実質的には上から4つまでのSKUということになる。

 このWindows 7のSKUは、現行のWindows Vistaが抱えているSKU構成の3つの問題を解決すべく、よく考えられた構成になっている。図1は、現在のWindows VistaのSKU構成が抱えている3つの問題を、図2はWindows 7でその問題をどのように解決しているかを示したものだ。縦軸は価格、横軸は機能ということになる。

Windows VistaのSKU構成が抱える3つの問題(別ウィンドウで開きます)
Windows 7のSKU構成、VistaのSKU構成が抱えていた問題を解決している(同上)

 1つ目の問題はいわゆるプレミアムSKUがビジネス向け(Windows Vista Business)と家庭向け(Windows Vista Home Premium)と分かれていたことだ。しかも、微妙にBusinessの方がHome Premiumよりも上のSKUという扱いがされていたのに、Home PremiumにあってBusinessにはない機能(例えばWindows Media Center)などがあったりと、やや矛盾した面があった。そこで、Windows 7ではプレミアムSKUはProfessionalのみに統一され、企業向け、家庭向けという区別は廃止された。

 2つ目の問題はプレミアム向けのSKUであるHome Premiumとメインストリーム向けのSKUであるHome Basicの機能差があまりに大きく、Home Basicを採用するとWindows AeroというWindows Vistaの最大の特徴とも言ってよい機能がなかったり、Windows Media Centerが使えないなど、差があまりに大きかった。かといって、Home Premiumを採用すれば、OSのコストが上がってしまい、メインストリーム向けの製品にはマッチしない。OEMメーカーとしてはつらいジレンマを抱えていたのだ。

 このため、Windows 7ではHome Premiumの格下げが行われた。ドメインにログインできるなど企業向けの機能こそないものの、Windows Aeroなど機能がメインストリーム向けでも使えるようになる。これを値上げととらえる向きもあるようだが、筆者はそうは思わない。これはあくまで“プレミアムSKU”から“メインストリームSKU”への格下げであり、当然のことながら価格もメインストリーム向けSKUの価格になるだろう。値段を従来のHome Premiumと同じ価格にすることは、OEMメーカー側が認めないだろう。

●Windows 7で解消される問題と新たな問題

 これまでの2つに関しては問題が解消されることで、エンドユーザーにとってもOEMメーカーにとってもメリットがあることで歓迎して良いだろう。しかし、問題は3つめの課題が“解決”されてしまうことだ。解決してしまうのならいいだろうと思うかもしれないが、話はそう単純ではない。というのも、解決してしまう“課題”そのものが、実はネットブックの魅力の1つだからだ。

 現時点で、Microsoftがネットブック向けに提供しているのは、Windows XP Home Edition ULCPC版とWindows Vista Home Basic ULCPC版となっている。例えば、XP HomeのULCPC版は搭載されるネットブックがMicrosoftのULCPC要件を満たせば、Windows Vista Home Basic通常版の半額程度となる30ドル以下の価格でOEMメーカーに提供される。

 忘れてならないことは、ULCPC版は、いずれも通常品のWindows XP Home EditionやWindows Vista Home Basicと同等の機能を備えている。つまり、XP HomeであればProfessional特有の機能であるドメインログオンやマルチCPU対応などを除けば、フル機能を備えたOSと言うことができる。

 OEMメーカーの観点から見れば、このことはとても不思議なことだ。なぜ同じOSでしかもフル機能のものが、片方は30ドルで、もう片方は60ドルなのか、と。結局その価格差は製品に乗せることになるので、他社のULCPC版が売れて、自社の通常版が売れないとなれば、当然OEMメーカーからは文句が出ることになる。

 このため、MicrosoftはWindows 7世代では機能に制限を加えたバージョンのWindows 7 Starter Editionをネットブック向けと位置づける。現時点ではMicrosoftはStarter Editionの仕様を明らかにしていないが、OEMメーカー筋の情報によれば解像度や、同時に開けるウインドウの数などの機能に制限ができるのだという。このことはつまり、ULCPC版の格下げと言ってよい。

 ところが、問題なのは日本などネットブックが売れている市場で、これが受け入れられるかどうかだ。結局のところ、東アジアやヨーロッパなどでネットブックが売れているのは、本当にユーザーがインターネットやメールだけという用途を受け入れたというのではなく、ネットブックをフルPCの軽量かつ廉価版と見ているからだ。ノートPCも、ネットブックもどちらにもフル機能のWindowsが搭載されている現状では、こうなっても仕方ないだろう。

 しかし、Windows 7 Starterのような制限をもったWindowsを搭載したネットブックが、フル機能のPCの廉価版としてネットブックを見てきた日本のユーザーにとって魅力的だろうか。残念ながら筆者にはそうは思えない。

●Windows 7登場で日本のネットブックブームの終わりが始まる

 もちろん、OEMメーカー側はWindows 7 Starterに換えて、Windows 7 Home Premiumを搭載することはできる。ただ、その場合には製品自体の値上げはどうしても避けられないので、ネットブックというカテゴリーそのものの価格レンジが1段階上がってしまう可能性はある。となると、今度は低価格ノートPCとの価格競争が始まることになる。AMDもIntelも真剣にコンシューマ向けの低価格ウルトラポータブルノートPCの市場を検討していることはすでに述べたとおりで、これとの競合は避けられないだろう。

 このULCPC版の格下げをどう考えるかは立場により異なるだろう。製品を提供するOEMメーカーの立場に立って考えれば、同じ製品なのに2つの価格が存在するという矛盾が解消されるわけで歓迎すべき事態だし、エンドユーザーに立ってみれば実質的な値上げということになるので、歓迎できない事態だと言える。

 いずれにせよ、フルWindowsの価格が2つあるというMicrosoftの矛盾した価格戦略が生み出した日本のネットブックというブームは、皮肉にもMicrosoftがネットブックに最適とアピールするWindows 7の登場により、泡と消えゆく可能性が高いと言えるのではないだろうか。

□関連記事
【1月14日】【笠原】AMD Yukonによるウルトラポータブルの価格破壊
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0114/ubiq240.htm
【2月4日】Microsoft、Windows 7のSKUを6つに決定
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0204/ms.htm
【2月4日】【元麻布】Windows 7のラインナップが明らかに、実質値上げか
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0204/hot596.htm

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(2009年2月9日)

[Reported by 笠原一輝]


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