笠原一輝のユビキタス情報局

メガファブ路線を維持するIntelとファブレスを目指すAMD




AMDがドレスデンに所有しているFab36、こうした製造施設はThe Foundry Companyに移行される

 先々週、Intelは32nmプロセスルールへの投資を加速することを明らかにした。その投資額は、2009年中に70億ドル(日本円で約6,300億円)、2010年には80億ドル(同約7,200億円)に達する見通しであるという。ワシントンD.C.で講演した同社のポール・オッテリーニ社長兼CEOは「不景気の時こそ挑戦的に投資を行なう必要がある」と、その重要性を強調した。

 これに対して、PC用プロセッサメーカーのもう一方の雄であるAMDは、Intelとは正反対の道を行こうとしている。AMDは2008年の10月に同社が保有する製造施設などを、アブダビの投資会社などと共同で設立するThe Foundry Company (仮称)に移行し、製造施設を切り離す方針を明らかにしている。

 なぜ、この2つの会社はそれぞれ違った道を進むことになったのだろうか? その背景には、新プロセスルールへの投資が巨大になり、AMDのような規模の会社でさえ自社だけでまかなうのは難しくなってきているということがある。だが、製造施設を売却したことでAMDに勝ち目がなくなったのかと言えば、そうでもないというのがこのビジネスのおもしろいところだ。

●勝負はマイクロアーキテクチャの善し悪しだけではつかない

 筆者もPC業界の記者として働くようになってからすでに20年近くが経とうとしている。その間に、IntelとAMD、両メーカーの製品をいくつも見てきて、実際に評価にも関わってきた。その経験から言わせてもらえば、CPUのマイクロアーキテクチャ(CPUのハードウェアの仕様のこと、演算器やキャッシュの実装などのことを指す)は、Intelが良い時もあれば、逆にAMDが良い時もあり、常に、それが交互に入れ替わっていたというのが正直な感想だ。

 AMDが新しいマイクロアーキテクチャを導入してから数年はAMDがリードし、その逆にIntelが新しいマイクロアーキテクチャを導入してから数年はIntelがリード、というのがPC用プロセッサの歴史と言えるだろう。

 そうした時に疑問に思うのは、AMDがIntelに対してマイクロアーキテクチャの面でリードしている時に、どうしてAMDのシェアが急激に上がらないのだろうかということだ。これはもっともな疑問だが、マイクロアーキテクチャだけではすべてが語れないのが、半導体製品のおもしろいところだ。

 例えばプロセスルール。AMDのCPUがIntelよりもマイクロアーキテクチャで優れていても、Intelの方が1世代進んだプロセスルールを利用して製造していると、基本的に性能でも、消費電力でも、製造コストの点でもIntelが有利になるのだ。実際、AMDが45nmプロセスルールの製品を導入したのは、Intelに1年近く遅れてだった。

 そしてもう1つが製造キャパシティだ。例えば、45nmプロセスルールの導入時、Intelは新しく2つの工場を建設し、既存の工場を45nmへと改装することで、合計で4つの工場を稼働させた(その後、2つは32nmへと切り替えられた)。これに対してAMDは既存のFab36を改装して45nmプロセスルールへと移行させてだけで、製造キャパシティの点でIntelに大きく劣っていた。半導体産業は作れば作るほど安くなる規模の経済の典型例で、この多大なキャパシティはIntelのアドバンテージとなっているのだ。

 つまり、価格を含めたCPUの総合性能を決める要因は、マイクロアーキテクチャ以外にも、プロセスルールと製造キャパシティの2つがある。その点で明白にIntelはAMDを上回っており、それがPC向けプロセッサのシェアが(多少の上下はあるものの)Intel 8割、AMD 2割で推移してきた最大の理由だと言っていいだろう。

●AMDがドレスデンに作り続けたFab30/36/38という製造施設

 マイクロアーキテクチャの面では、Intelとかなり良い勝負をしているというのは誰しもが認めるところだが、プロセスルールと製造キャパシティで遅れをとっている。これが業界関係者であれば誰もが認めるAMDの状況と言えるだろう。

Fab36、Fab38の全景模型。手前の緑の建物がFab36で、奥に見える薄緑の建物がFab38(元はFab30)

 むろん、AMDとてそのことは認識していた。AMDも製造施設への投資は、かなり積極的に行なってきたと言ってよい。その最大のものは、ドイツ共和国ザクセン州ドレスデンにあるFab30/36/38という一連の製造施設だろう。

 やや個人的な話になって申し訳ないが、筆者にとってもドレスデンのAMDの製造施設というのは実に思い出深いものがある。今から10年近く前になるが、日本AMDの当時の広報担当者にオファーを頂き、ドレスデンに作られた最初のAMDの製造施設の開所式を取材したことがある。この時の製造施設はFab30と呼ばれており、130nm、後に90nmのプロセスルールでAthlonなどの製造を行なう工場となった。

 実は筆者が半導体メーカーの製造施設を訪問するのは、この時が初めてで、その巨大さにひとしきり感心した記憶がある。なにせ街の中心部を出て、のどかな田園風景を車でしばらく走ると、いきなり空港の近くに巨大な工場が見えてくるので、その落差にびっくりさせられた。

 話を元に戻そう。AMDはドレスデンに、前述のFab30だけでなく、2005年にはその隣にFab36を開設し、そして一昨年にはFab30を改装したFab38をオープンさせている。ちなみに、この“FabXX”の2桁の数字はAMDの創立以来の年数で数えて何年目に作られた工場であるかを意味しており、Fab30であれば創立30年目の年に作られた工場、Fab36であれば創立36年目の年に作られた工場であることを意味している。このように次々と新しい建物(Fab36)を建設したり、既存施設の改装(Fab38)するには多大な経費がかかるはずで、AMDはそれを続けてきた。それもこれも、製造キャパシティでのIntelとの差を埋めるためなのだ。

●製造施設を分離する戦略

 だが、AMDはその方針をここにきて大きく転換した。なぜか? Intelとの差を縮めることを諦めたのだろうか? いやそうではないのだ。理由は、プロセスルールの微細化が進むにつれ、設備に投資する額が増え続けており、もはやAMDの規模では不可能な額に到達しそうな勢いだからだ。下のスライドは2008年11月に、AMDがアナリスト向けの会見で示したもので、プロセスルールの開発コストは、90~65nm時代に比べて、45~32nm時代では倍、22~12nm時代では3倍にもなり、それに付随して工場の建設費用も高騰を続けるという見通しが示されている。また、この厳しい経済情勢で米国では企業の収益が急速に悪化している。特にAMDは、ATIを買収した時に多額の現金を使ってしまったため、キャッシュフローを確保するという意味でも、多額の投資を行なうのは厳しい状況だった。

製造プロセスルールが微細化されるにつれ、半導体メーカーにのしかかる研究開発・工場建設のコストは跳ね上がって行っている(出典:AMD "The Foundry Company November 13, 2008") 自社工場で生産することをやめる半導体メーカーも増えてきており、そこにThe Foundry Company (仮称)のビジネスチャンスがある(出典:同)

 そうした状況の基に、AMDが決断したのが、1社でまかなうのが無理なのであれば、他の会社にも負担してもらおうということだ。つまり、AMDの製造施設をAMDから切り離し、AMDだけでなく、他社も製造委託(ファウンダリサービス)として利用できるようにする。それにより、工場の建設コストを複数の半導体メーカーで折半する。それがThe Foundry Company基本的考え方なのだ。

 実際、AMDはこのような考え方をすでにプロセスルールで実行済だ。AMDの65/45nmプロセスルールはIBMと共同開発したもので、両社が協力して開発を行なうことで開発費削減と、開発期間の短縮に大きく貢献しているのだ。

●未曾有の経済危機の中、メガファブ路線とファブレス路線に別れる両社

 AMDが発表したThe Foundry Companyはそもそも正式な会社名も決まっていない。他の企業に対して、どのように製造委託のサービスを提供していくのかなども未定であり、成功するかどうかもまだまだわからない。現時点ではその評価を下すのはまだまだ時期尚早だろう

 しかし1つ言えることは、AMDの財務において工場に関する負担は消えることになり、改善が期待できる。The Foundry Companyが成功して、プロセスルールや製造キャパシティの点でIntelに追いつくことが前提になるが、AMDは投資をプロセッサやGPUの研究開発に集中させることができ、より良い製品の開発につなげることができるだろう。

 日本AMD代表取締役の吉澤俊介氏は、1月に行なわれた記者会見の中で「AMDとしては製造施設の分離を前向きにとらえている。この厳しい経済状況の中、半導体メーカーが1社でラインを埋めるのは厳しくなりつつあり、正しい判断だと考えている」と、今回の施策がIntelとの競争でAMDに有利に働くだろうという見解を明らかにしている。

 どういうことかと言えば、例えば米国市場がこれまで以上に落ち込むことになり、PCの需要が大幅に減ったとする。あるいはそれでなくてもAtomのような、より低コストで作れる製品ばかり売れ、ハイエンドの製品が売れなくなるかもしれない。そうなった場合、Intelといえどもラインを埋めるのは非常に厳しくなる。つまり巨大なキャパシティを持っていることが、Intelの足かせになる可能性だってあるのだ。ラインを埋めることができなければ、多大な投資を回収できず、Intelの収益は大幅に悪化することになる。なお、外部ファウンダリを利用する以上、逆に需要が増えたとしても委託する工場を増やせば良いわけで、そうしたことにも柔軟に対応できると言うことも製造施設を分離するメリットだ。

 もちろん、Intelだってそんなことは百も承知で、AMDの思い通りにいくとは限らない。ただ、百年に一度という言われる経済危機の中では、どんなことが起きるのか誰にも予測不可能であり、ゲームのルールが変わることが起きても不思議ではない。果たして、Intelが続けるメガファブ路線が正しいのか、AMDがとるファブレス路線が正しいのか、どっちのベット(賭け)がジャックポット(当たり)となるのかは、数年後に答えが出るだろう。

□関連記事
【2009年9月12日】Intel、32nmへの大型投資と順調な立ち上がりを強調
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0212/intel.htm
【2007年10月5日】【笠原】強力な製造体制と45nm製品でIntelに挑戦するAMD
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/1005/ubiq200.htm
【'99年10月21日】900MHzの銅配線Athlonプロセッサのサンプル製造に成功!
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/991021/amd01.htm

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(2009年2月23日)

[Reported by 笠原一輝]


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