下の表は、11月8日~9日に米Microsoftのスティーブ・バルマーCEOが来日した際、公開されたスケジュールである。これ以外に非公開の取材、パートナーとのミーティングなども行なわれていたようで、2日間にわたるバルマーCEOの日本での行動はまさに分刻みのものであったようだ。
【表】バルマーCEOの公開スケジュール
しかも日本にやって来る前に、インド、中国を訪問していたそうで、日本に来る前からかなりタイトなスケジュールだったようだ。 厳しいスケジュールの中、パワフルに発表会に出席し、講演を行なったバルマーCEOだが、今回の発言をあらためて見直すと、かなり大胆な発言が多い。 既存のMicrosoftのビジネスを大きく変えていこうとしているのではないか? と思える発言が多いのだ。Microsoftはこれからどういった方向に向かおうとしているのか、来日時のバルマーCEOの発言を踏まえ、考えてみたい。 ●コンシューマビジネスでは有償から無償サービスへの一部転換も
今回の来日で、バルマーCEOが最初にマスコミの前に姿を現したのは、11月8日に開催された「Windows Live」の正式サービス開始会見だ。 2005年11月に、やはり来日したバルマーCEO自身が広告を収入源としたWindows Liveをスタートすることを明言していただけに、サービススタートの正式発表とはいえ、会見のインパクトはそれほど大きなものではなかったといえるかもしれない。 だが、Q&Aセッションで、「現行は有料で提供されているソフトを、無料のサービスとして提供する可能性はあるのか?」という質問が出ると、バルマーCEOはさらりと次のように答えた。 「エンタープライズ向けソフトは、これまで通り有償で購入してもらうことができる。しかし、コンシューマ向けソフトは、一部は無料に、一部は現行通り有償で提供することになるだろう」 淡々と答えていたが、これは現状のMicrosoftのビジネスモデルが大きく変えていく意思があることを示した発言である。2005年の時点では、広告を新たな収益モデルとするという新しい方向を明確にしてはいたものの、「現行のWindowsやOfficeを無償で提供するわけではない」と説明していた。今回、具体的にどのソフトを無償のサービスとするのかまでは明言しなかったものの、2005年の発言よりも、一歩踏み込んだ発言だったといえる。 実はこの発言に衝撃を受けたのは、会場にいたマスコミ関係者よりもMicrosoft社内のスタッフだったようだ。それも無理はない。一部とはいえ、現在は有償のパッケージソフトが無償サービスとなれば、現行の収益モデルから大きな転換を余儀なくされる。組織変更も必要となってくる。バルマーCEOの発言は、「これからうちの会社は劇的に変わるぞ」と社内の人間に宣言したようなものだ。 もちろん、同じ会見の中で、広告事業が思ったほど大きな収益を得ていないことについての質問も出て、「広告ビジネスは、まだ投資段階」と答えていることから、予想通り、広告で収益があげられるとは限らない。その結果次第では、コンシューマ事業の一部を無償のサービスにできなくなる可能性は十分にある。 だが、ライバルであるGoogleの動向を考えても、Microsoftが現行のビジネスをシフトしようとする意思があることは間違いない。 同じ会見にゲストとして登場した、NTT東日本の古賀哲夫副社長は、「(光ファイバーの威力を本当に発揮するということは)Windowsのアップデートがサービスとして提供され、月額料金形式で利用することが可能となり、エンドユーザー自身はアップデートを意識せず、利用できる環境が整った時ではないか」とスピーチした。この発言に対して会場にいた記者からは、「Microsoftの記者会見のゲストとしては、大胆な発言」という声もあがった。が、バルマーCEOの発言と照らし合わせると、決して大胆すぎる発言とは言えないのではないかという気もしてくる。 ●サーバーは企業個別管理からインターネットクラウド経由での利用へ 同日の午後に行なわれた「Microsoft Partner Conference 2007」の講演では、エンタープライズビジネスのモデルも大きく変わっていくことを示唆した。 最近のMicrosoftが最大のテーマとする、「Software+Services」がどのように実装されていくのかについて、次のように話した。 「これから10年後の世界はどうなるのか? 私は、データやトランザクションの多くが、自社のファイアウォールの中で展開され、独自に管理されているという今の使い方は、情報やシステム管理の機能、アプリケーションやデータなどが、インターネットクラウド上に格納され、社員が持つリッチクライアントやモバイル機器から、これらを利用するようになると考えている」 つまり、現行のサーバーを自社に置いて管理する形態から、ホスティングサービスにデータを預けて、インターネット経由で利用するサービス形態へと移行していくと観測しているのだ。 午前中の記者会見で、「エンタープライズシステムは有償で販売する」と発言したことからもわかる通り、企業向けビジネスは無償サービスにシフトするわけではない。ただし、有償とはいっても、バルマーCEOのいう「インターネットクラウド」経由で利用するとなると、販売するサーバーの数は現行よりも少なくなる可能性が高い。そのかわり、より巨大なアクセスに耐えうる、強固なサーバーが必要になるということだろう。小規模サーバーから徐々に利用企業数を増やしてきた、これまでのMicrosoftのビジネスモデルからすれば、やはり大きなビジネスモデルの転換となる。 バルマーCEOはこうした変化は、「一夜にして変化するのではなく、ゆっくりと変化していく」と明日から急に変わるものではないと強調した。ただし、変化は確実に起こそうとしているようだ。 「ここ数年は、既存のビジネス同様に、ソフトウェアプロダクトを販売していくが、ゆっくりとその形は変わっていく。それに伴い、当社自身のビジネスも、パートナー自身のビジネスのやり方も変わっていく。そこで、お互いに協力できるチャンスを見つけだしていく必要がある。10年前、パートナーはTCP/IPのプロトコルスタックをWindowsに実装するというビジネスを行なっていた。しかし、TCP/IPスタックが、Windowsに標準で実装されるようになり、『ビジネスを奪われる』という人もいた。だがこの移行によって、パートナーは、さらに大きな機会を切り拓いた。Software+Servicesという変化においても、新たなビジネスチャンスがもたらされることになるだろう。なくなる仕事もあるが、変化することで、ビジネスはなくならない。ITインフラ投資のうち、約70%が既存システムの保守、運用のために利用されているが、Software+Servicesによって、ユーザー企業は新たなITやビジネスバリューに投資していくことができるようになる。そうした時代の変化にあわせたスキルを身につけることが大切。ビジネスモデルを再定義することも大切だ」 会場にいたのがパートナーだったこともあって、「Software+Services時代も、直販はしない」と、現行のパートナー経由の再販というビジネスモデルは継続する意向であることは強調した。だが、それでもこの講演の内容が、Microsoftがビジネスモデルを大きく変えていくという意思表示であることに変わりはない。 ●12年ぶりの秋葉原公式訪問では携帯売り場を細かくチェック 9日の朝には、公式には12年ぶりという秋葉原訪問を果たした。ヨドバシカメラ マルチメディアAkibaを訪問した際、取材をすることができたが、バルマーCEOが細かい説明を求めたのは、PC売り場ではなく、携帯電話売り場だった。
後からMicrosoft日本法人のスタッフに確認したところ、バルマーCEOは、日本に限らず、その国固有の商品やサービスに強い関心を示したそうである。 PC売り場でも、地上デジタル放送やワンセグ対応PCに関心を示し、店員に質問を投げかけていた。
その後は、デベロッパーを対象とした講演とQ&Aセッションに臨んだ。講演では、「私自身の特性はデベロッパーには向かないと大学時代に認識した。しかし、デベロッパーの重要性は十分に認識している」と開発者を重視していることを、「デベロッパー! デベロッパー!! デベロッパー!!!」と連呼することでアピール。 会場を訪れた開発者自身から質問を受けた際には、「今後、バルマーCEOが提唱するような、インターネットクラウド経由でサービスを利用する時代になり、他のソフトやサービスとの連携などがより盛んになっていくことになると、現在は保証を行なっていないソフトの品質保証も必要になるのでは?」という質問に対し、「その通りだ」と答えた。 これも前日のビジネスモデルの変化同様、「即明日から変わるものではない」とも強調した。だが、今後Software+Servicesが現在以上に欠かせない、世の中のインフラ的存在となっていくためには、ソフトの品質保証も必要になってくるだろうとはっきり答えたのである。 これはMicrosoftだけのビジネスモデル転換に留まらないことではあるが、世界でトップのソフトウェアベンダーのCEOが、「将来はソフトにも品質保証が必要となる」と考えているということは、ソフトウェアビジネス産業に与える影響は大きい。 ●日本固有のデジタル放送、ハイビジョンのニーズへの理解も強調
同日の午後は、シニア層のICT(情報通信技術)活用推進に向けた取り組み、「アクティブシニア推進計画」、国内のPCメーカー、周辺機器メーカー、ソフトメーカー、放送事業者、コンテンツプロバイダおよびサービスプロバイダなど48社と共に設立した、「ウィンドウズデジタルライフスタイルコンソーシアム(WDLC)」の発表の2つに登場した。 WDLCでは、従来のようにPCメーカー、周辺機器メーカー、ソフトウェアメーカーといったPC関連企業だけが参加するのではなく、放送局などコンテンツ事業者、さらにはヨドバシカメラ、ビックカメラ、ジャパネットたかたといった販売店も加わっているのがポイント。2日間、繰り返し強調してきたSoftware+Servicesを実現するからには、PC業界に留まらない企業連携が必要となってくることを実践したコンソーシアムだ。 ただ、この概要を聞いて、少々不安がよぎった。ちょうど1年前、バルマーCEOが来日した際、日本のPCメーカー8社と共同で「PC Innovation Future Forum」というイベントが開催された。このイベントでは、日本のPCメーカーからMicrosoftに対する率直な注文が寄せられた。その内容自体は、決して目新しいものではなく、日本で取材していれば度々耳にするものだった。だが、バルマーCEOは熱心にメモを取り、各社の要望を真摯に聞いていた。 かつては日本のPCメーカーと、バルマーCEO、ビル・ゲイツ氏との距離はなく、お互いの意向を理解しあっているという印象があった。しかし、現在は日本のPCメーカーと米Microsoft首脳陣との距離は、昔に比べるとかなり遠くなってしまっていたようだ。これは決して良好な状態とはいえない。1年経って、この距離は縮まったのだろうか? 気になって質問してみるとバルマーCEOは、「その点については、会場にいるPCメーカー自身に聞いてもらった方がいいかもしれない」としながら、次のように答えた。 「日本固有のニーズについては、色々と聞いて勉強している。日本ではデジタル放送が進展しており、多く人が関心を持っていることは理解した。また、ハイビジョンに対する関心が非常に高く、ハイビジョンカメラが大変よく売れているということも学んだ」 具体的な内容に及んでいることから、昨年(2006年)のイベントで気になった部分については、かなり詳細に確認したことが伺えた。 ●歴史的転換期の予感も 今回の来日でバルマーCEOが話した内容をおさらいしてみると、会場で感じた以上にビジネスモデルの変化を厭わない発言が多かったことをあらためて痛感した。 1日目のMicrosoft Partner Conference 2007終了後のパートナー表彰式で、顔なじみのパートナー企業幹部と顔を合わせた。その人は、Microsoft Partner Conference 2007の講演を聞いただけだったが、「淡々と話していたが、我々パートナーにとって、かなり刺激的なことを言っている。Microsoftの大きな方針転換宣言であり、そこについていけるパートナー、ついていけないパートナーが明確に出てくるだろうと感じた」という。 同様にMicrosoftのビジネスモデルが分岐点を迎えたことを感じた人は、他にも大勢いただろう。もしかすると、Microsoftの歴史の中でも、大きな転換期におけるバルマーCEOの来日だったのではないだろうか。 □マイクロソフトのホームページ (2007年11月15日) [Reported by 三浦優子]
【PC Watchホームページ】
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