三浦優子のIT業界通信

1ユーザーから、社長になった弥生 岡本浩一郎氏の戦略




4月1日に弥生の新社長として就任した岡本浩一郎氏(記者会見にて)

 IT業界において個人事業主や小規模企業向けビジネスは、マーケットサイズは大きいものの、成功が難しいといわれている。予算が潤沢でないこと、専任のIT担当者が不在で製品アピールが難しいことなどがその要因となっている。そのため、中小企業向けビジネスを行なっていた企業が、より規模の大きな企業向けビジネスに注力し、ビジネスの主軸をシフトする例も少なくない。

 しかし、2008年4月1日付けで弥生の新社長に就任した岡本浩一郎氏は社長就任会見で、「我々のミッションは、中小企業・個人事業主および起業家の事業立ち上げと発展を支えるインフラであり続けること」と宣言。中小企業市場に対するこだわりを見せた。

 市場開拓が難しいとされる中小企業向けビジネスに意欲を見せるのには理由がある。「日本の企業数は確かに減っている。また、これまで業務ソフトが売られていた量販店のソフト売り場は減少傾向にある。しかし、起業した事業所の数は増えているし、そういった事業所にはSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)によるソフト提供が有効な手段になる」と、新しい事業所に、新しいソフト提供方法が有効だと確信を持っているのだという。

 ソフトをオンラインサービスとして提供することで、ユーザーにはどんなメリットが生まれるのか、岡本 新社長に聞いた。

●中小企業が使えるサービスを提供することで大きなビジネスチャンスが生まれる

 「SaaSを利用することのメリットは、大企業ユーザーよりも中小企業ユーザーにあると思っています」--弥生の岡本浩一郎新社長は、今後のビジネスについてこう説明する。

 岡本社長はSaaSのメリットを次のように指摘する。

 「弥生の場合、ユーザーの多くがIT投資を低く抑えたいと思っている。おそらく、データをバックアップして保護するという概念を持っている企業の割合も少ないと思います。そこで、ネット上でサインアップし、データは自然な流れでデータセンターに預けるという方式にした方が、トラブルも少なく、安全のはずです」。

同社が発売している会計ソフト「弥生会計08」

 弥生が提供している業務ソフトというのは、会社の経理業務を担う会計や、商品を販売する際に見積書や請求書を作成する販売管理、商品在庫を管理する在庫管理、社員の給与を計算する給与などのソフトを指す。こうしたソフトのデータが管理ミスでなくなったり、誤って流出することになれば、会社の存続を左右しかねない。きちんとセキュリティが保たれていないPCでデータ管理をするよりも、管理のしっかりしたデータセンターでデータを管理していく方が安全だといえる。

 SaaSと呼ばれる、ソフトウェアをパッケージではなく、サービス方式で提供するビジネスは、オンライン環境が整ったこれから本番を迎えるといわれる。弥生としても、これからSaaSビジネスを立ち上げ、中小企業ユーザーに提供し、ビジネスを拡大するというのが岡本社長のビジョンだ。

 確かにSaaSは中小企業に適したものとされている。しかし、実際にはすでに提供されているSaaS事例を見ると、中小企業よりも先に大企業や中堅企業での導入が目立つ。

 その理由は明確である。例えば、SaaSの最大のメリットといわれる、「ユーザーはサーバーを持つことなく、サーバーを所有したのと同等のサービスを利用できること」に対しては、自社でサーバーを運用している企業はそのメリットを理解しやすい。ところが日本の中小企業の場合、社内にサーバーを持っていないところも多く、「自社でサーバーを運用する必要がない」といわれても、そのメリットが理解できない。むしろ、サーバー運用に苦労する大企業の方がSaaSのメリットを理解し、評価する。

 弥生の場合、メインユーザーは従業員規模が10人以下の企業が多い。もちろん、自社でサーバーを持たないところも多い。こうしたユーザーにどうやってSaaSのメリットをアピールしていこうとしているのだろうか。

 「確かに、すでに世の中にあるSaaSアプリケーションの多くが、ITリテラシーが高くないユーザーにとってはわかりにくいので、弥生がSaaSを提供する場合、もっとわかりやすいものにしていく必要はあると思います。提供方法も工夫する必要があるでしょうね。まだ確立していないものだけに、色々と考えていかなければならないところはあると思います。しかし基本は、シンプルで、わかりやすく、使いやすいものを提供する。これだけははっきりしています」と岡本社長は断言する。 

●「既存のパッケージソフトビジネスもなくなることはない」とも断言

 岡本社長がSaaSという新しいソフトの提供方式を確立することに強い意欲を見せるのには理由がある。

 「家電量販店の業務ソフト売り場に行ってもらえば、弥生は一番目立つところに置いてある人気商品です。これは今後とも変わらないよう、当社としても販売店向け営業には力を入れていきます。ただ、当社がどんなに販売店営業に力を入れても限界もあるんですよ。最近の量販店のソフト売り場、スペースが小さくなっていると思いませんか」。

 こう言いながら、岡本社長は顔を曇らせた。確かにどの店舗を見ても、ソフト売り場は小さくなるところはあっても、大きくなったという例はほとんどない。

 「お客様の中には、量販店でパッケージソフトを購入するのが一番わかりやすいと感じていらっしゃる方も多い。それを考えると、パッケージソフトビジネスがすぐにゼロになるとは考えにくいと思っています。しかし、弥生は量販店で一番売れている業務ソフトだから安心だと考えてしまうのは、間違いだとも思っています。ソフト売り場が小さくなっているのを見ると、そう考えざるを得ません」

 岡本社長はSaaSのような新しい形態でソフトが利用されていくようになっている現在の状況を、「パラダイムの転換期を迎えていると感じている」と説明する。パラダイムの転換期だからこそ、SaaSのような新しい形態でソフトを提供する準備も必要というのが岡本社長の見解だ。

 弥生では従業員規模10人以下の企業での利用が多いスタンドアロン製品に加え、もう少し規模の大きな企業をターゲットとしたネットワーク版を戦略商品として積極的に販売している。企業規模が大きくなると、量販店でソフトを買うのではなく、コピー機や他の製品を企業に売り込みにくる訪問販売事業者からソフトを購入しているところが多い。

 量販店のソフト売り場が縮小傾向にあることに危機感を覚えるのであれば、ターゲット企業の規模をより大きなところにするという戦略をとることもできる。ターゲット企業の規模をかえる戦略をとらなかった理由を、岡本社長は次のように答える。

 「日本の人口が減少し、会社の数も減っていることは事実です。この事実だけ見ると、企業向け業務ソフトビジネスは厳しいマーケット状況にあるということになります。ところが、起業した事業所の数は減っていません。むしろ、増えているんです。起業した事業所に直接アピールするようなルートを見つけることができれば、起業家向けSaaSビジネスというは大きな潜在規模をもったマーケットとなると考えています」

 起業家にアピールするルートは確立していないだけに、「弥生のブランドで訴求するというのが一番いいと思いますが、他社と協業することで訴求するという方向もあるでしょうね」と色々な可能性を考慮している。

 ただ、起業家に向けた新しいビジネスが広がる可能性があるということは、岡本社長の中で確信になっているようである。

●弥生の社長業は経営者

インタビューに答える岡本社長

 岡本社長が起業家向けビジネスに意欲を見せるのは、「自分自身も数年前は起業した経験がある」ことにも一因がある。

 「社会人としてのスタートは、野村総合研究所で証券システムのエンジニアでした。その後、コンサルタントに転職し、2000年にIT戦略コンサルティングに特化した『株式会社リアルソリューションズ』を起業しました。私自身も起業家だった時代があるんです」。

 起業した岡本社長はユーザーとして弥生シリーズを利用した経験もある。

 「私がエンジニアとして関わった証券システムは、コテコテのレガシーシステムでしたから、それに比べると弥生シリーズはPCソフトでありながら、使いやすかったし、この価格でこんな機能もあるんだ! と1ユーザーとして素直に驚きました」。

 2007年9月、ライブドアホールディングスが保有していた弥生の株式をプライベート・エクイティ・ファームのMBKパートナーズが取得。岡本氏はMBKパートナーズからコンサルタントとして弥生に派遣された。それが縁となり、経営者として抜擢された。

 「社長就任前から、弥生のスタッフとは接点がありました。そういう意味では、全く知らない企業に来たわけでありません。ただし、コンサルタントはよりよい経営ができるお手伝いをする仕事ですが、あくまでも第三者として企業に関わることになります。コンサルタントとして関わるだけなら、最終責任を持つ必要もないですが、経営者として関わるとなると責任はぐっと増すことになります」

 自身で起業した経験があるとはいえ、弥生は歴史を持つ企業で、従業員も派遣社員を含めると440人弱。これだけの社員をもつ企業の社長となった岡本社長は、「これだけの規模ですから、組織としてきちんと動かしていかなければなりません。自分一人だけで何かができるわけではありませんから」と話す。

 特に弥生の場合、企業体制の変化が激しい。

 外資系企業やベンチャー企業が多いIT業界は、経営者をはじめ、社員の移動が激しい。だが、その中にあって例外なのが業務ソフトを開発・販売するメーカーである。PC産業が立ち上がったのとほぼ同時期に創業した企業で、創業者が現在でも社長をつとめているところも少なくない。

 その理由の1つは、業務ソフトは法制度に対応しなければならない部分も多く、外資系が進出しにくい領域だったことにある。

 その中にあっては例外的に体制変化が激しかったのが弥生である。外資系企業と比較しても、体制変化が大きい。

 現在の弥生の母体となっているのは、'80年に創業したシステムハウスミルキーウェイ。PCがホビー用にしか使われていなかった時代に、会計ソフトを開発した企業である。このミルキーウェイが'95年12月に米Intuit(インテュイット)に買収される。インテュイットのミルキーウェイ買収は、外資系の参入は難しいとされていた中小企業マーケットに米国企業が参入したことで話題を呼んだ。

 '97年には、「弥生シリーズ」を開発、販売していた日本マイコンを買収。インテュイットがミルキーウェイ、日本マイコンという日本の業務ソフトメーカー2社を買収し、現在の弥生のベースとなる企業ができあがった。

 2003年になるとインテュイットが日本市場から撤退することとなり、投資ファンドが出資するが、2004年になると当時絶好調だったライブドアが弥生を買収する。当時の弥生の社長だった平松庚三氏は、ライブドアの堀江貴文氏が逮捕された後、ライブドアを率いる立場となったこともあって、「弥生」という企業名は本来とは違う部分で有名になった。

 平松氏がライブドアの社長業に専念した後をうけ、2年間社長をつとめた飼沼健氏のあとを受け、岡本氏が社長に就任した。

 新社長として弥生を率いていく覚悟を岡本社長は次のように説明する。

 「社長就任前、社員の皆さんと話して、ビジネスが転換期にさしかかりどう変わっていくべきか、危機感を持っていることがわかりました。その危機感を経営者として弥生のこれからにどう反映していくのか、社員の信頼を勝ち得ていくためには、きちんと実績を出してそれを見てもらうしかない。そのポイントとなってくるのもSaaSだと思っています。最初から完成品を作り出せるわけではありませんが、今、社長室では膝詰めでパイロット版の開発を進めています。1つ、1つ作り上げていくことで成果を実感してもらえれば」

 成果がどれだけ受け入れられるのか、弥生にとっても、経営者としての岡本社長にとっても大きなチャレンジとなりそうだ。

□弥生のホームページ
http://www.yayoi-kk.co.jp/
□社長交代のニュースリリース
http://www.yayoi-kk.co.jp/news/20080318.html

バックナンバー

(2008年7月2日)

[Reported by 三浦優子]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2008 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.