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ローパワーでハイパフォーマンスを目指すWiiのプロセッサ




●パフォーマンス/消費電力に注目したアーキテクチャ選択

任天堂 岩田聡 代表取締役社長

 任天堂は、いよいよ次期ゲームコンソール「Wii(コード名Revolution:レボリューション)」の12月2日発売に向けて秒読み態勢に入った。先週開催されたイベント「Wii Preview」では、Wiiタイトルを多数プレイアブルで公開、また、岩田聡氏(代表取締役社長)がWiiの狙いについて説明を行なった。

 今回、これまでと異なったのは、任天堂がWiiの狙いと思想を、かなり突っ込んで説明したことだ。いくつかポイントがあるが、今回は、Wiiの心臓部であるIBM設計のCPU「Broadway(ブロードウェイ)」と、ATI Technologies設計のGPU「Hollywood(ハリウッド)」の設計思想についての説明をレポートしよう。

 イベント後の記者会見で、岩田氏はWiiのプロセッサ群の設計思想について、次のように語った。

 「プロセッサについては、他社の方向、と言うかこれまでのゲーム業界の進歩の方向は、基本的にハイパワー(&)ハイパフォーマンス。どんどん電気食っても熱が出てもいいからハイパフォーマンスのものを作ろう(という方向)。一方で、DSのような携帯型ゲーム機が何を目指しているのはローパワー(&)ローパフォーマンス。

 (その間の)ローパワーでハイパフォーマンスは、かなり難しい道。でも、今、ローパワー(&)ハイパフォーマンスを目指したらどんなことができるんだろう、と考えてきたのが(Wiiの)1つの特徴だと思う。

 僕らは、ゲーム機のプロセッサはどんなに電力食ってもいいから強力だという(技術の方向)よりも、静かで24時間インターネットにつなげたりできる特徴の方が、最終的に私たちが目指すゲーム人口拡大に寄与できると考えた。だから、そちらに(技術を)振った。

 一方、GC(GAMECUBE)の時使ってたソフトのディスクがかからないとならない。互換性を持たねばならないので、当然、アーキテクチャ的にはそこ(GC)から劇的に離れることができない。互換性を持ちながら、今の技術を使ってローパワーでハイパフォーマンスを目指すというのが私たちが目指した道」

 このように、今回、岩田氏は、Wiiの設計思想について、熱と互換性を中心に説明を行なった。わかりやすく意訳すると次のようになる。

 SCEとMicrosoftは、次世代機にパフォーマンスを追求したCPUとGPUを開発した。しかし、性能のトレードオフとして、CPUとGPUの消費電力と発熱は非常に高いものとなった。それに対して、任天堂はWiiでは、低消費電力で比較的高いパフォーマンスを目指して、プロセッサを開発した。今時のCPU業界風用語に言い換えれば、パフォーマンス/消費電力(Performance/watt)を重視したプロセッサにしたわけだ。流行の技術トレンドに、任天堂も乗っていることになる。

 任天堂がこうした選択をした理由は、ゲーム機にとって、消費電力と発熱が低く、静音で、24時間リビングで稼働させていても気にならないハード設計の方が、より重要だと考えたからだ。任天堂の目的は、新たなユーザーを獲得して、家庭内のゲーム人口を増やすこと。そのためには低消費電力のチップで、マシンを使いやすくし、可用性も高めた方がいいと判断したわけだ。

 また、任天堂は、WiiではGCとの完全な下位互換性を、低い消費電力と、あと岩田氏は触れていないが低いコストで実現しようとした。そうしたところ、論理的な回答は、GCチップセットのアーキテクチャを継承発展させた、より高パフォーマンスのチップを開発することだったというわけだ。つまり、互換性のためにも、プロセッサでラディカルなアーキテクチャ変革はできなかった。

ユーザー数の拡大を狙うWiiのコンセプト

●完全な互換性を低コストかつ低消費電力に維持する

 任天堂は、これまでゲームコンソールでは互換性はあまり考慮して来なかった。ゲーム機ハードが替わればソフトウェアも一新される“リセット型”のモデルを取ってきた。だが、発展した今のゲーム産業では、もはやそうしたソフトウェア資産の無駄遣いは許されない。任天堂に限らず、どのプラットフォームも互換性が必須条項となっている。

 しかし、PS3とXbox 360では、ハイパフォーマンスを目指すためにCPUとGPUのアーキテクチャをラディカルに変えてしまった。その結果、旧ゲーム機との互換性のためには、旧ゲーム機のチップセットを搭載する高コストなハードウェアソリューション(PS3)か、完全な互換が取りにくいソフトウェアエミュレーション(Xbox 360)を取る必要があった。コストや電力、互換性のいずれかで負担が増える。

 だが、同アーキテクチャの発展型のチップを開発すれば、1組のCPUとメディアプロセッサで、Wii世代のソフトウェアと、GAMECUBE世代のソフトウェアの両方をカバーできる。コストはミニマムで、完全な互換性を取ることができる。しかし、アーキテクチャは縛られるというトレードオフがある。

 いずれにせよ結果として、Wiiは、GAMECUBEのCPU「Gekko」とメディアプロセッサ「Flipper」のアーキテクチャを継承しながら、消費電力を抑えパフォーマンスとフィーチャを発展させたチップセットを搭載することになった。これが、前世代とは隔絶したモンスターチップセットを開発したSCEやMicrosoftとの最大の違いだ。

●GAMECUBE 1.5と呼ばれるWii

 実際、Wiiのハードウェアアーキテクチャが、GAMECUBEのそれの発展版で、CPUとメディアプロセッサのアーキテクチャがかなり類似していることは、ゲーム業界では公然の秘密となっている。アーキテクチャ上の親和性が強いため、開発ツールの共通性もあり、GAMECUBEに慣れていると開発はかなりやりやすいという。

 SCEとMicrosoftの技術トレンドは、CPUのマルチコア化とGPUのハードウェアシェーダ化だが、Wiiチップセットは厳密にはそのどちらでもないという。アーキテクチャは、かなりシンプルに抑えられているようだ。

 あるゲームデベロッパはWiiを“GAMECUBE 1.5”と呼んでいた。また、別な業界関係者によると、Wiiの開発マシンは、GAMECUBE筐体に納められているという。GAMECUBE 1.5と呼ばれたりするのは、そのためでもある。GAMECUBEと同じ筐体というと、ネガティブに聞こえるかもしれないが、そうではない。むしろ逆だ。開発中のハードを小さなGAMECUBEサイズに納められたという点が、CPUとメディアプロセッサの消費電力の低さを物語っている。

 一般に、最初の開発マシンは、熱設計に余裕を持たせるために、容積に余裕のある筐体サイズと強いファンが必要となる。PS3の開発マシンの筺体が大きく、ファンノイズが大きいのは有名な話だ。おそらく、Wiiは他の2マシンと比べると、ハードウェア的にはずっと扱いやすいはずだ。熱設計やEMI(電波障害)、静音の面では、利点が多い。

●ハードをシンプルに保つことが現在では重要

 Wiiの設計思想は、現在のコンピュータと半導体の技術の状況を考えると、ある意味でリーズナブルな選択だ。

 まず、一般論で言うと、現状ではハードをシンプルに保つことは悪い戦略ではない。CPUやGPUをシンプルに保てば、パフォーマンス/消費電力を高く維持できるからだ。CPUやGPUの消費電力は、半導体のプロセス技術のスケーリングでは下がらなくなっており、そのため、ハイパフォーマンスチップの消費電力は膨大に膨れあがっている。低消費電力化には、チップアーキテクチャ上の工夫が必要になっている。

 CPUでは、シングルコアをより複雑で強力にして行くと、どんどんパフォーマンス/消費電力が悪化してしまう。CPUコアを比較的シンプルに保つことは、パフォーマンス/消費電力の面では効果が高い。

 また、今のCPUでは、パフォーマンス/消費電力を維持しながらパフォーマンスを上げる近道はマルチコア化となっている。比較的シンプルなCPUコアを複数個搭載することで、パフォーマンス/消費電力を一定に保ちながら、マルチスレッド性能を劇的に引き上げる。これが、PS3とXbox 360の取った道だ。

 しかし、激しいマルチコアCPU化にも問題がある。まず、コア数が増える分だけチップ全体の消費電力は増大する。増えるプロセッシングパフォーマンスに見合うメモリやバスも電力を消費するため、システム全体の電力はかなり増えてしまう。まず、この点で、任天堂の要求とは合わない。

 また、3コアや8コアといった他2社のCPUの広いマルチコア化は、当然、プログラム上の複雑性を増し、ゲームプログラマの開発負担を増やす。時間とともに、開発者もマルチコアプログラミングに習熟するだろうが、当面は負担が大きい。困難の結果、デベロッパがマルチコアのパフォーマンスを引き出すことができなければ、結局、パフォーマンス/消費電力も悪化してしまう。ハードルがあるわけだ。

 特に、ゲームプログラマは、CPUをローレベルで使い尽くすのが専門で、マルチスレッドで性能を引き出すのは未知のチャレンジとなる。また、ゲーム業界では、日本のデベロッパの特殊性という話もよく聞く。日本のゲーム開発現場は、メモリ量やアーキテクチャの制約の中で性能を引き出す職人技に強いが、コンピュータ科学を学問的に理解している人が少ない。それに対して、欧米は、コンピュータを学問的に把握している人材が流入するため、大枠のアーキテクチャの変化に対応が速いといった説明だ。こうした話が本当に一般論化できるのかどうかはわからないが、これまでとは違うレベルへの切り替えが求められていることは間違いない。

●浅いパイプラインのスーパースカラコア

IBMで製造されるWiiのプロセッサ「Broadway」

 ちなみに、WiiのBroadway CPUが、GAMECUBEのGekkoをベースにしているとしたら、ある程度スペックの予測はできる。Gekkoは180nmプロセスで485MHz動作、消費電力は4.9W(typical)だった。命令セットはPowerPCで、マイクロアーキテクチャはPowerPC 750CXeに近いがゲーム機向け独自拡張版。3命令発行(1つはブランチ)で、浅いパイプラインのスーパースカラ型プロセッサだ。

 そのため、任天堂とIBMが、パイプラインアーキテクチャを大胆に変えない限り、急激な高周波数化は望めない。しかし、任天堂の設計思想の基本が、パフォーマンス/消費電力の向上にある以上、消費電力へのインパクトが大きいディープパイプライン化は行なわないだろう。パイプラインを深くすると、例えばラッチオーバーヘッドだけでも消費電力が増えてしまう。

 今回、BroadwayはIBMの90nm SOIプロセスで製造される。180nmからはリニアに50%シュリンクし、トランジスタパフォーマンスもそれにほぼ沿って上がる。だから、パイプライン深度を変えなくても、計算上は周波数は900MHz程度から場合によっては1GHz前後に上がる。

 しかし、消費電力をさらに抑えようとすると、周波数はさらに抑える可能性がある。周波数を下げると電圧も下げることができるため、三乗で消費電力に効く。そのため、ラボで900MHzで動いたとしても、約80%程度の700MHz台に周波数を落とせば、900MHz時の約50%までに消費電力のアクティブ成分を下げられることになる。

 これは同じPowerPCアーキテクチャでも、Xbox 360 CPUやCellのPPE(Power Processor Element)のコアとは基本的な設計がかなり異なる。Xbox 360とPS3の汎用コアは、インオーダで非常に深いパイプラインで、高周波数化とソフトウェアスケジューリングに特化している。そのため、WiiとXbox 360/PS3のCPU性能は、周波数では単純に比較できない。特に、汎用コンピューティング性能は、浅いパイプで動的に制御した方が上げやすい。

●GPUではシェーダの搭載が分岐点

 消費電力と開発容易性についての事情はGPUも同じだ。WiiのGPUコアは、厳密な意味ではProgramable Shaderハードウェアは持たないという。パラメータベースでShader的にある程度プログラムできるハードは持つが、PCグラフィックスのハードウェアShaderほどのプログラム性は備えないと言われる。電力効率と開発負担を考えると、この設計思想も納得できる。

 GPUにプログラム性の高いProgramable Shaderハードウェアを載せれば、それだけリッチなグラフィックス表現が可能になる。しかし、トレードオフとして、電力消費が上がってしまう。一般的にプログラマブルハードは、固定ハードよりも、処理パフォーマンス当たりの電力消費が大きくなるからだ。

 あるGPU関係者は、シェーダになると同じ処理でも固定ハードより多くのサイクルタイムが必要になるため、消費電力は必然的に上がると語っていた。もちろん、固定ハードでは、プログラムハードと同じ表現はできない。しかし、単純に、3Dパイプのプロセッシングの生パフォーマンス当たりの消費電力だけを比べるなら、固定ハードの方が有利になる。

 また、Shaderのプログラム性は、ソフトウェア開発側の負担を増やす。これは、特に日本のコンソールゲーム開発現場では障壁の1つとなる。それは、コンソールのデベロッパの多くは、シェーダの経験が比較的浅いからだ。PS2までのハードがShaderハードウェアを持たなかったので、これは当然の話だが、PCグラフィックスの世界はすでに5年以上もShader Model 2.0以上の高度なシェーダでのプログラミングに慣れている。この差は大きい。

●マルチコアとシェーダの2大難関を回避する

 一般論で言うと、現在のゲーム開発では、マルチコアとシェーダが2つのチャレンジとなっている。そのために、特にスタート時点の今は、開発負担が大きく、デベロッパは試行錯誤を重ねている状態にある。Wiiの狙いは、ハードウェアをシンプルに保つことで、消費電力を下げてハード自体を扱いやすくすると同時に、デベロッパの開発負担を減らすことにあると見られる。実際、任天堂はそうした説明も以前に行なった。

 つまり、ソフトウェアを作ること自体は割と簡単にして、デベロッパにはゲーム自体を面白くする点に労力を割いてもらおうというのがWiiの思想だ。

「Wiiリモコン」を持つ岩田社長(左)と同社専務取締役 情報開発本部長 宮本茂氏

 そして、そのためのしかけとして、Wiiではユニークなコントローラを標準にし、ゲーム性を変えるチャンスを増やした。PC業界から見ると、この“ゲーム性”の部分がわかりにくいが、ゲーム業界ではゲームはムービーではなくゲーム性が本質とよく言う。つまり、見た目の絵やサウンドではなく、ゲームとして面白いかどうかが、ゲームとして重要な点というわけだ。任天堂の方向性は、ここにデベロッパをフォーカスさせるものだと言える。

 こうして概観すると、任天堂のWiiの設計思想も、十分に納得できる背景がある。しかし、任天堂の戦略で問題があるのは、こうしたWiiの設計思想が、あまり浸透していない点だ。対デベロッパはともかく、少なくとも、メディアには、設計思想はそれほど強力には打ち出していない。今の時点でも、まだ浸透していない。

 任天堂としては、そうした裏方の事情は、表には出さないで、結果として面白いコンテンツがWii向けに揃えばいいと考えているようだ。この点は、設計や開発の思想を前面に押し出す他の2社と大きく異なる点だ。また、任天堂は設計思想につながるハードウェアのスペックについても、公式に言及することを避けている。

 「私たちから、これ(Wiiのスペック)について数字を言うつもりはない。パワーゲームをしているならうちのクルマは何馬力と言えばいい。しかし、パワーゲームをしていない、うちの会社が、何馬力と自慢することは、なんらお客にアピールしないことははっきりしているから」と岩田氏は説明する。

 GAMECUBEの時も任天堂はハードウェアスペックの説明については消極的だったが、今回はそれ以上に慎重になっている。任天堂は、ニンテンドーDSのあたりからハードウェアスペックの公開にはますます慎重になっており、Wiiでもそれは続いている。

 もっとも、任天堂が警戒心を強めている理由もわかる。スペックを公表すると、背景にある思想がすっ飛ばされて、スペックだけが一人歩きしがちだ。そして、スペックだけで見れば、PS3とXbox 360に比べてWiiは大きく見劣りする。任天堂は他社と単純にスペックだけで比較されてしまうことを恐れていると推測される。

 同じことは、ゲーム画面の静止画についても言える。SD出力で高度なシェーダを持たないWiiのグラフィックスは、静止した画面ショットだけで比較すると、どうしてもXbox 360やPS3やPCより弱く見えてしまう。だから、任天堂は、Wiiでは特徴のあるあのコントローラで操作しているところを露出させるように気を配っている。メディアで流れるのは、ほとんどの場合、静止画なので、Wiiが一方的に不利になってしまうからだ。

 全体的に見ると、任天堂の現在の戦略は次のようなものに見える。メディアにはキャッチーな数字や絵は流れやすいが、思想はややこしいから理解されにくい。それなら、設計思想ともども、危ういスペック情報については抑えてしまおうというのが、戦略だと見られる。

 しかし、この方策にはいくつか問題がある。最大の問題は、スペックを語らないことで、Wiiのハードウェアスペックが低いという印象を強めてしまいかねない点だ。もっとも、DSのように、スペックを問われることなく爆発する可能性もあるため、どう転ぶかはまだ予想がつかない。

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(2006年9月20日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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