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任天堂の次世代機「Revolution」への期待が高まる理由




●GDCで歓迎される岩田氏のスピーチ

任天堂 岩田聡氏
 それは、Microsoftやソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)の幹部にとって、うらやましい光景だったに違いない。任天堂の岩田聡氏(代表取締役社長)は、ステージに登場した瞬間から、満場の拍手に包まれたからだ。

 米サンノゼで、3月20日から24日にかけて開催されたゲームデベロッパ向けカンファレンス「GDC(Game Developers Conference)」での、岩田氏のキーノートスピーチは、最初から歓迎ムードで始まった。

 そもそも、任天堂キーノートスピーチでは、会場の前にできた開場待ちの行列が、前日のSCEIキーノートスピーチよりずっと長かった。もちろん、SCEIと任天堂では、登壇者のバリューという違いはある。SCEIのスピーカーはグループ企業のSony Computer Entertainment Worldwide StudiosのPhil Harrison氏(President)であるのに対して、任天堂はトップの岩田氏。しかし、迎える雰囲気の違いは、スピーカーの格の違い以上のものがあった。

 この背景には、過去数回の岩田氏の米国でのスピーチの積み重ねがある。岩田氏は、5月のゲーム関連ショウ「E3(Electronic Entertainment Expo)」やGDCで、英語でのスピーチを重ねている。特に、昨年のGDCでのスピーチは見事で、自身を「頭脳はゲームデベロッパで、心はゲーマー」と語り、喝采を浴びた。これは、SCEIやMicrosoftの弱点を突いたうまい方法で、任天堂のイメージを上手に強化することができた。他の2社は、ゲームデベロッパかつゲーマーだった人物に率いられてはいないからだ。

 また、岩田氏が、“自分の言葉でビジョンを語る日本人”であるという点も大きい。岩田氏のスピーチは、ユーモアや余興を交えながら、自分のビジョンを明らかにしてゆくという、米国で受け入れやすいスタイルをきちんと整えている。また、英語力のレベルに関係なく、英語でコミュニケートしようという姿勢は、好感を持って受け入れられやすい。

 岩田氏と同様に、SCEIの久夛良木健氏(代表取締役社長兼グループCEO)も、英語の世界でビジョンを語ることができる珍しい日本人エグゼクティブだが、その方向性が違う。久夛良木氏が常に、コンピュータエンターテインメントという大局からビジョンを示すのに対して、岩田氏はゲーム開発に絞り込むことで共感を得ようとする。業界を超えた広い範囲では久夛良木氏のビジョンがアピールするが、ゲーム業界という枠では必ずしもそうではない。ゲーム業界の中には、久夛良木氏に対しては、強いリーダーシップは感じるものの共感を感じることができないという声も少なくない。それを理解した上での、岩田氏の戦略だと推定される。

●創造のための破壊を訴えた岩田氏

 岩田氏のスピーチのタイトルは「Disrupting Development」。GDCの日本語サイトでは「破壊的開発」と題されていたが、元の英文から言えばちょっとニュアンスが違うように感じられる。動詞「Disrupt(破壊させる)」には、そもそも派生の形容詞「Disruptive(破壊的な)」がある。しかし、岩田氏はDisruptiveではなく、わざわざ動詞にingをつけた形容詞的用法のDisruptingを使っている。

破壊してゆく開発を具体的に説明 国内でも人気の脳トレシリーズは北米にも投入

 もし、Disruptive Developmentと題してしまうと、開発によって、何かがどんどん破壊されて行くようなイメージになる。しかし、Disrupting Developmentになると、何かを壊すものの、その結果として開発がうまく進むような雰囲気になる。Disruptingのニュアンスを伝えるには、おそらく「破壊してゆく開発」というのが訳として適切ではないかと思われる。

 講演された内容も、英語タイトルの語感通りのものだった。ひとことで言えば、固定化された観念やシステムを破壊することで、新しいゲーム開発を切り開き、それによって、新しいゲーマー層に到達しようという話だ。ニンテンドーDSの成功はその例で、実際に、DSでは、従来とは別なタイプのゲームが売れ、これまでのゲーマーとは違う層に浸透しつつある。キーノートスピーチでは、DSの牽引役となっている「脳トレ(脳を鍛える大人のDSトレーニング)」シリーズの北米版のデモと、来場者への配布も行なわれた。

 実際には、岩田氏のスピーチでは、驚くような発表はあまりなかった。次世代ゲームコンソール「Revolution」についても、新しい発表はごく限られていた。

 しかし、スピーチのメッセージ性は強く、それもデベロッパにアピールする、あるいは問題提起するメッセージを前面に持って来た。少なくとも、これはデベロッパのある程度の部分にはアピールしたようで、「(SCEIとの)格の違いを感じた」と感想を語るデベロッパもいた。岩田氏は、2005年秋の「東京ゲームショウ(TGS)」のスピーチでも、Microsoftを食ってしまったが、今回も、それに成功したように見える。概観すると、岩田氏になってからの任天堂は、スピーチで他社を圧倒しているように感じられる。

●開かれた任天堂へと向かう

セガとハドソンの参入を発表

 もっとも、岩田氏時代の任天堂の強みは、スピーチだけではない。デベロッパの多くが口にするのは任天堂の変化だ。岩田イズムが浸透するにつれて、任天堂はオープンになりつつあるという声はよく聞く。事前の説明を詳しく行なうようになり、より協力的な姿勢になってきたという。広くデベロッパの意見を聞いて歩いたわけではないから断言はできないが、開かれた任天堂への努力をしていると見られる。

 オープン指向は、Revolutionの戦略にも反映されている。

 任天堂プラットフォームの場合、弱点と利点は、いずれも“任天堂の強さ”にある。任天堂のタイトル開発力があるからこそ、任天堂プラットフォームはある程度の強さを発揮できる。だが、その一方で、任天堂のタイトルが強すぎて、同社のプラットフォームではサードパーティのタイトルが成功しにくい。

 目玉タイトルの「バイオハザード」シリーズをニンテンドーゲームキューブ(GC)に投入したカプコンが、売上げ本数では惨敗してしまうのが、任天堂プラットフォームの怖さだ。あるデベロッパは「任天堂から、あの価格であの作り込み度のタイトルを出されたら、サードパーティは太刀打ちができない」と語っていた。

 だから、2005年5月のE3で、任天堂がRevolutionで過去の任天堂ゲーム機のタイトルをサポートすることを発表した時も、Revolutionが任天堂の閉じた世界になることへの懸念が出た。Revolutionは、GC、ファミコン(FC)、スーパーファミコン(SFC)、ニンテンドー64のタイトルをプレイできる(GC以外はネットワーク配信)。「このモデルだと、サードパーティが入り込む隙間があるだろうか」と当時、あるサードパーティのデベロッパは語っていた。

 しかし、今回のGDCでは、岩田氏はRevolution上でのエミュレーション環境である「Virtual Console」で、任天堂以外のゲームコンソールもエミュレートすることを明らかにした。「GENESYS(メガドライブ)」のセガタイトルと「TurboGrafx(PC-Engine)」のハドソンタイトルがサポートされる。つまり、Revolutionのモデルの中で、他社プラットフォームもひき受けることで、ビジネスチャンスを分けようとしているわけだ。任天堂をよりオープンにしようという姿勢を端的に示した。

●RevolutionのハードはGCの拡張&発展版か

Revolution本体については新発表はなし

 Revolutionの中身、つまりCPUやGPUといったチップについては、今回のGDCでも公式の説明はなかった。そもそも、任天堂はニンテンドーDS以降はチップ内容をあまり詳細には明かさなくなっている。Revolutionについても、チップ内容を詳細には明かさない可能性がある。

 ただし、ゲーム業界では、Revolutionの中身は、基本的にはGCのパワーアップ版だと言われている。GCチップセットをベースに、パフォーマンスやメモリ量などを拡張したバージョンになるようだ。これはRevolutionというハードと任天堂の戦略を考えるとリーズナブルな戦略だ。

 まず、ゲームコンソールで下位互換性を取りながら発展される方法は、大きく分けて3つある。(1)は旧チップセットをそのまま搭載してしまう方法で、これはSCEIの得意技だ。完全な互換性は取れるもののコストがかかる。(2)は主にソフトウェアで互換を取る方法で、Microsoftはこの方法でXbox 360上でXboxとの互換を取っている。コストは押さえられるが、完全な互換性を確保することは難しい。(3)は旧チップセットの上位互換の拡張チップセットを搭載すること。ほぼ完全な互換性と低コストを両立させられるが、発展性が制約され、原則として同じチップベンダーを使わなければならないという制約もある。任天堂は、低コストで確実な道を選ぶのが常なので、3つ目の道を選ぶのが自然だ。特に、GCとRevolutionは、どちらもCPUはIBM、GPUはATI Technologiesで、同じベンダーが担当するため、3の手法を採りやすい。

 それから、任天堂は、DSではプロセッサの性能を追求するのではなく、入力インターフェイスやネットワーク、ディスプレイといった周辺の付加価値で差別化する戦略を取った。そして、“破壊してゆく開発”の結果、日本市場では新しいユーザー層に到達することができた。つまり、プロセッサパフォーマンスだけがカギではないと、一応は証明できたわけだ。

 また、Revolutionの筺体サイズも、同マシンがGCからそれほど飛躍の大きなチップを搭載しないことを示唆する。Revolutionのサイズは、次世代ゲームコンソールの中では群を抜いて小さく、ハンディだ。これは、搭載チップの消費電力と発熱がそれほど大きくないことを示唆している。

 想定されるRevolutionハードは、同マシンが低コストになる可能性が高いことを示している。おそらく、任天堂はRevolutionを低価格でスタートさせることが可能になるだろう。また、ハードがGCをベースとするなら、GCからの開発環境の移行も比較的容易になる可能性が高い。

 こうした背景から、最近では、ゲーム業界での任天堂のRevolutionへの評価が変わってきている。意外と成功するのがRevolutionになるのでは、という観測だ。その結論は、これから年末までの最終レースで出る。

□関連記事
【2005年5月24日】【海外】任天堂の「Revolution」はGCの上位互換
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0524/kaigai182.htm
【2005年9月22日】【海外】コントローラで勝負する任天堂「Revolution」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0922/kaigai214.htm
【2005年5月19日】【本田】「Revolution」というパズルに足りないピース
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0519/e302.htm

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(2006年3月30日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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