第336回
欠如するインテリジェンス



3月のIDFで展示されたUMPCの試作機

 IntelがUMPC(Ultra-Mobile PC)に向けた、小型化に適したプロセッサ、チップセットを含むプラットフォーム技術を数年のレンジで整えていこうとしているが、UMPCは通常のモバイルPCとは異なり、小さいが故の問題に対処していかなければならない。MicrosoftがOrigamiで示したのは、そのごく一部分、大きな変化の始まりと言えるかもしれない。

 こうしたムーブメントは、IntelやMicrosoftだけでなく、いくつかのハードウェアベンダーやベンチャー企業の動きにもつながろうとしているが、少なくとも1~2年といったレンジでは、やや悲観的な展望を持っている。

 各社が投入していく超小型PCは、しばしば消費者を驚かし、一部ユーザーには熱狂的に受け入れられるだろう。だが、PCの新しいカテゴリとして定着するには、まだまだ乗り越えなければならない問題も多い。

 UMPCは小ささと軽さによって自由を与えてくれるが、一方で小ささによる不自由さももたらす。ところが、“小さいことによる不自由さ”を逃れるための手法が、今のPCには欠けているからだ。

●シンプルな作業に対するシンプルな手法

シャープ「W-ZERO3」

 もちろん、サイズが小さくなったとしても、十分に使いやすい製品に仕上げることはできる。最近の携帯電話やシャープの「W-ZERO3」などスマートフォンを見れば明らかだ。

 こうした製品は、一般的に家庭で使われるデジタル家電と同じアプローチで仕上げられている。ユーザーの利用形態をあらかじめ抽出しておき、それぞれの利用方法においてシンプルな操作手順をユーザーインターフェイスに実装していくのだ。利用方法が明らかならば、その手順をプログラムし、さらに限られた数のボタンを効率的に割り当て、製品全体の振る舞いと適合させながら開発を進めることができるため、簡便なリモコンでも十分に快適な操作が行なえる。

 シンプルな作業に対しては、シンプルなアプローチで操作性の改善を比較的簡単に行なうことができる。ところが、同じ作業を行なう場合でも、より汎用性の高いPCはデジタル家電的なユーザーインターフェイスの実装が行ないにくい。

 PCの場合、ユーザーの環境あるいは好みによって電子メール、スケジューラ、Webブラウザなど、インターネットを活用するための基本的なツールでさえ、特定することができない。たとえ末端のソフトウェアを固定化できても、たとえばメールやスケジューラのデータベースがどこにあるのか(サーバ上のデータを複製するのか、特定端末に置かれているのか)など、データの管理方法や場所も多様だ。

 もちろん、今現在の問題として“キーボードとポインティングデバイスと比較的大きなディスプレイ”で操作することを前提に設計されたアプリケーション群が、そのままでは便利には使えないという点もある。しかし、これはユーザーが増えてくれば変化を促すこともできるだろう。問題はやはりPCが持つ柔軟性と多様性と、どのように折り合いを付けていくかだ。

●柔軟性の高い自動化

 ここで重要なのはPCならではの柔軟性や拡張性を失ってはならないということだ。使用しているソフトウェアのバージョンアップ、あるいは新しい別のソフトウェアへの変更などを行なった際にも、ちょっとした修正で今までと同じ手法の使い方が行なえなければならない。

 たとえば「メール受信ボタンを押したら無線ダイヤルアップでネットに接続し、Outlook Expressでメールを受信。未読メールの一覧をプレビュー付きで表示」といった機能がプログラムされていたとしよう。

 Outlook Expressの代わりにThunderbirdを使っている人もいるだろうし、無線ダイヤルアップといっても携帯電話の人もいれば、AIR-EDGEあるいはb-mobileユーザーもいるだろう。超小型PCを使いやすくするため、よく使われる操作をプリプログラムしておくという手法はよく使われるものだが、個々の環境の違いに追従できるかどうかが問題になってくる。

 これに対する解決方法はあるが、Microsoftの努力と移行期間が必要になると思う。

ビジュアル化されたスクリプティング環境の「Automator」

 もっとも簡単な例としてMac OS Xに実装されている「Automator」を紹介しよう。

 Mac OS X 10.4上で動作するソフトウェアは、それ自身を自動制御できるようプログラムできる。たとえばiTunesには、曲を検索したり、音量を設定したり、何らかのテキストをiPodにノートとしてアップロードしたり、といったアクションが設定されている。それぞれのアクションには入出力も定義されており、各アクションを接続していくことで作業の自動化を図れるのだ。入出力の形式さえ一致させれば、異なるアプリケーションが連動した自動処理も行なえる。

 Automatorは、自動制御可能なアプリケーションを組み合わせ、自動処理のワークフローを設計するためのツールである。と書くと、なにやら複雑な開発ツールという印象を持つだろうが、実際にはプログラミングを行なったことのない人も使える、実に簡単な道具だ。


WinFXの概要

 このAutomatorと同様の手法を駆使すれば、柔軟性の高い自動化機能をWindows上で実現することもできるだろう。それを可能にできるのはMicrosoftだけだが、実はWindows VistaにはAutomatorよりもずっと柔軟性や応用性の高い仕組みがある。「WinFX」がそれだ。

 WinFXアプリケーションはユーザーインターフェイスと処理ロジックが明確に分離されているため、世の中で使われるソフトウェアの多くがWinFX化されれば、家電ライクな定型処理のシンプルな操作性と、PCならではの柔軟性を兼ね備えた製品を開発できるようになるだろう。

 ただし、そのためにはいくつかのルール作りも必要になる。

●求められるインテリジェンス

 まず、PC上で扱うさまざまなデータの標準的な構造/形式が決められなければならない。異なるベンダーのアプリケーション同士が連動するのだから、与えるパラメータや処理の戻り値にある一定の決まりがなければならない。

 だがこちらも将来は解決しそうだ。最初のWindows Vistaには「WinFS」という機能が組み込まれなくなったが、追って追加モジュールとして提供される見込みになっている。WinFSではいくつかの標準的なデータ形式/構造について、標準スキーマが定義されている。

 標準スキーマはアドレス帳データやスケジュールデータ、メールメッセージなど、よく使われる形式しか用意されていないが、XML形式で定義されるためこれらを拡張することもできる。またスキーマを後から追加することも可能だ。

 Microsoftがうまくリーダーシップを発揮できれば、UMPCベンダーが自在に独自のユーザーインターフェイスを実装可能で、なおかつ柔軟性の高いプラットフォームを作ることも可能だろう。現在のOrigamiプロジェクトの成果は、(個人的には)あまり効率的とは思えない情報入力機能など、あまり芳しいものだとは思わないが、これから腰を据えて取り組んでいく一番最初のリリースと考えるならば悪くない位置にあるとは思う。

 もっとも、柔軟性の高い自動化機能が実現されたとしても、それで解決ではない。

 もう1つUMPCに求めたいのは「インテリジェンス」だ。

 ユーザーの振る舞いやインターネット上にあるデータの変化などに対して、PC自身が状況を判断して次の操作を指し示す。あるいは複雑なコンフィギュレーションを半自動化し、ユーザーが「やりたいこと」を示すと自動的に構成したり、処理を実行する。単にAC電源を使っているか否かだけではなく、ユーザーの振るまいや実行しているアプリケーションの種類に応じて、自動的に電源管理設定を変更する。

 UMPCが常に携帯する気にさせるハードウェアを実現できるのだとしたら、ソフトウェアのプラットフォームもそれに合わせて変化しなければならない。OrigamiプロジェクトがWindowsとWindowsの開発環境にどれほどの影響を与えるものなのか、現時点では判断できないが、OSと開発ツールのレベルから、Microsoftが取り組まなければ、そうしたインテリジェンスをUMPCが得ることはできないだろう。

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(2006年5月10日)

[Text by 本田雅一]


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