Intelの開発者向け会議「Intel Developers Forum Japan 2006」で、モバイル分野について基調講演を行なったモビリティー事業本部副社長 兼 チップセット事業部長のリチャード・マリノウスキー氏との個別インタビューを行なった。同氏は米カリフォルニア州フォルサムの事業所で、主にチップセット開発に携わっている。 チップセットが主担当の同氏だが、モバイル向けチップセットやプラットフォーム技術に詳しいこともあり、基調講演に沿う形でモバイルプラットフォームとそのチップセットの将来を中心に話を進めたい。 ●“12カ月以内にUMPCは200g以内になる” 今回のIDF Japanにおけるモバイル分野の基調講演は、米国での内容をなぞるものだった。過去に、PCや電話など、個人のツールとして発展することで、普及が爆発的に伸びた例を挙げ、“ブロードインターネットサービスのパーソナル化”こそが、今後のトレンドだという。 そうしたパーソナル化されたブロードバンドの世界において、いつでもどこでも使える拡張性のある端末として、Ultra-Mobile PC(UMPC)が提案されたのをご存じの方も多いだろう。 -- ブロードバンドサービスのパーソナル化を図るため、Intelはどのような貢献ができるでしょうか。パーソナル化の流れを加速できる要素をIntelは持っていますか。 「まず、ブロードバンドサービスのメリットを享受するため、サービスを受けるための端末を小型化する必要があります。この分野で、Intelは強力なサポートができると確信しています。また軽量化も必要ですね。常に持ち歩き、ブロードバンドを楽しんでもらうには、180~200gぐらいの重さが1つの目安だと考えています」 「加えて端末自身が、本当に便利な道具でなければならないでしょう。数年間は使い続けても不満が出ない程度のパフォーマンスも必要です。今日、インターネットはめまぐるしく変化していますから、新技術に対応できるだけのパフォーマンスが必要になります」 「これらの障壁をクリアできれば、今度はどこでも簡単にインターネットに接続できる環境の構築が求められるでしょう。現在はホットスポットを使う際、ユーザーIDとパスワードでログインせねばなりません。しかし市場環境が整い、より多くの人が手軽にモバイル環境でコンピュータを使い始めれば、よりシンプルにサービスを利用する手法が確立されるでしょう」 -- Intel、Microsoftと相次いで発表されたUMPCというコンセプトが、そうした環境を整えていくための第一歩。今後、継続的に取り組むためのスタートポイントと考えていいのでしょうか。 「そのように考えています。PCアーキテクチャという業界標準を基礎に携帯型コンピュータをデザインすることで、将来的なインターネットやネットワーク接続環境に追随し、拡張していくことが可能です。また、同時に新しい標準を生み出していくこともできるでしょう。同様の製品を考えたとき、PCベースでない場合はその後の拡張に悩むことになります」 「その端的な例として“BlackBerry”の端末があります。私自身ユーザーで、メッセージの送受信には大変便利なのですが、この中には3種類ものブラウザが入っています。しかし、そのどれもが使い物にならず、単なるメッセンジャーツールとして利用しています。これはBlackBerryが基本的に固定機能の端末で、インターネットのトレンドに追いつくことができないためです」 -- 使われ方が大きく変化している時期には、汎用性の高いPCの優位性は揺るがないでしょう。しかし、ある程度用途がいくつかの方向に収斂してくれば、各々の使い方に特化した専用デバイスの方が快適になることも少なくありません。過去を振り返ると、実際にPCからスタートしながら、最終的にはアプライアンスに取り込まれていった例はたくさんあります。さて、UMPCはどうでしょう。 「確かにそうした例はたくさんあります。時間軸が進んでいけば、ある場面ではPCが不要になることもありました。しかし、現在のインターネットを見ると、革新が止まる様子はありません。ブロードバンドによる革新は、まだまだ始まったばかりだからです。世界人口のうち、高速インターネットに接続できているのは2億5,000万人ぐらいですし、モバイル環境におけるブロードバンド接続も局所的なもので、どこでも使える状態にはなっていません」 -- まずはハードウェアとして、さらに魅力的なものになる必要があると思いますが、UMPCが目標としている180~200gといった小型端末になるまで、どれぐらいの時間がかかるでしょうか。 「UMPCは今まさに始まったばかりのプロジェクトです。初めての製品ですから、今回お見せしているものも少しサイズは大きなものでしたね。しかし、この分野では大きな革新があります。特に日本は小型化や最新技術の開発に優れており、もっともチャンスが大きな国だと思います。おそらく12カ月以内には200gという目標を達成できるでしょう」
-- バッテリ持続時間はともかくとして、軽量化のためには小型化が必要で、小型化のためには消費電力、発熱を抑えなければなりません。UMPCは現在、超低電圧版Dothanで作られており、年内にはIntel Core Solo版が登場すると聞いています。しかし、この段階では200gは難しいでしょう。ではその下、さらに消費電力が少ないUMPC向けのプラットフォーム提供を考えているのでしょうか。 「我々はこの分野(UMPC)にかなり多くの投資をしています。ユーザーがUMPCを魅力的だと思うためには、購入してから数年はソフトウェアをステップアップしながら使えるパフォーマンスが必要です。低消費電力かつ高速でなければならない。そうしたニーズを満たすために、UMPC専用のプラットフォーム技術を提供する計画をIntel社内で検討はしています。しかし、まだ具体的にお話しできるほど進んでいるわけではありません」 -- 超低電圧版あるいはシングルコア版といったプロセッサは、今後主流となっていくデュアルコアプロセッサに比べれば、数的にはかなり小さな市場でしょう。失礼ながらIntelは市場性が見込めないと判断すると、2年ぐらいですぐに諦めてしまう例が過去にもいくつかありました。Intelはこの小さなマーケットに、継続的に取り組んでいけるのでしょうか。 「“真にパーソナルなPCベースのデバイスを提供する”というビジョンを信じるかどうかです。我々Intelは信じています。ブロードバンドも、WiFiが普及し、WiMAXが登場します。PCを小型化し、どこからでもブロードバンドからのサービスを利用するメリットが大きくなっているのです。UMPCはノートPC市場を置き換えるものではなく、市場を拡大するものです。業界全体での市場拡大への取り組みになります」 「技術的にも、Intelは“ウルトラローパワー”の分野にきちんと投資し、全社的に取り組んでいきます。(それはプロセッサだけでなくシステム全体での取り組みなのか? との問いに)チップセットも、プロセッサも、コンセプトPCも、それぞれUMPC向けに専門の部門が存在し、UMPCのために研究開発を行なっています」 -- UMPCは基本的にPCそのものですから、PCと同様の拡張性を備えることに疑いはありません。今後、Intelもそこに投資するとのことであれば、フォームファクタも徐々に改善していくのでしょう。しかしながら、現在、PC向けに提供されているWebページ、Webサービスは、ほとんどが大きな画面とキーボード、マウスを備えるデバイス向けに設計されています。UMPCの利点を生かすには、UMPC向けのサービスや、PC向けにデザインされたアプリケーションをUMPCで快適に使うための何らかの手法が必要ではないですか? 「その通りです。しかし、まずはハードウェアが存在しなければ市場を形成し得ません。より良いハードウェアを提供し、新しい標準フォームファクタを生みだし、ある一定以上の市場規模を形成させるだけの台数を普及させる必要があります。そうでなければ、UMPC向けにネット上のサービスやアプリケーションを開発してくれないでしょう。しかし、ハードウェアの基礎さえ整えば、その先は難しくはありません。なぜなら、この技術はPCという標準に基づいており、あらゆるソフトウェア企業、サービス企業はUMPC向けのアプリケーションを提供できます。そうした多様性が多くのアイディアを取り込み、コミュニティを形成することで、UMPCは発展していくと思います」 「もっとも、すでにRSSやマッシュアップ、AJAXといった新しいWebアプリケーションの手法が確立されてきているため、UMPC向けにカスタマイズされたアプリケーションが展開されるのはそう遠くないことでしょう。これは時間が解決します」 -- 話をノートPC向けチップセットに移しますが、Napaの成果はすばらしく、パフォーマンスの上昇とプラットフォームレベルの省電力化を同時に果たしました。ではSanta Rosaはどうでしょう? チップセット内蔵GPUのパフォーマンスが上がり、無線LANはIEEE 802.11nとなります。こうした部分での消費電力は増加傾向にあります。バッテリ持続時間はあまり心配していませんが、発熱やTDPエンベロープなどが大きくなることはありませんか。 「確かにGPUは大きな問題です。だからこそ、我々はGPUをチップセット内蔵にしたのです。HD映像のデコードや3Dグラフィックスなどの重い処理を、専用のチップセット内蔵グラフィック回路でハンドリングすることで、消費電力を最適に管理することができます」 「テクニカルな面では、Santa Rosaには新しい製造プロセスを採用し、積極的に新しい省電力設計手法を取り込んでいます。さまざまな省電力の工夫を行なうことで、Napaと同じフォームファクタをSanta Rosaでも維持できると考えています」 -- チップセットはPCを取り巻く多くの新技術を取り込み、しかも素早く設計から製造まで進めなければ、技術トレンドに沿った製品を提供できません。この点、長期間で設計を行なうプロセッサとは大きく異なります。そのチップセットは、これまでを見るとかなり保守的なデザインだったように思います。“省電力化”は、どちらかといえば練り込み、追い込んで削減していくアプローチ手法ですから、省電力設計と一言で言ってもプロセッサほどには最適化できないのでは。 「確かにチップセットの開発サイクルは短い。モバイルとデスクトップという異なるニーズに対して、異なる特徴を持たせたチップセットを同時に提供せねばならず、しかも毎年新しい要素を詰め込んだチップセットを出さなければならない。これは大きなチャレンジです。しかし、たくさんの開発チームを持ち、効率的に開発を平行して行なっていますから、問題はありません」 「チップセット内部で使う回路のカスタマイズも、プロセッサほどではないにしろ頻繁に使われるようになってきました。回路の細かな実装にしても、電圧制御にしても、かなり多くの要素を取り込んでいます。もちろん、トランジスタレベルの電力管理も行なっています。省電力に対しては、プロセッサだけ、チップセットだけではなく、Intel全体が省電力プラットフォームを構築するのだという考え方に基づいてやっています。我々は過去の失敗に学び、総合的な消費電力の低下を目指して作業を進めています」 【お詫びと訂正】マリノウスキー氏が12カ月以内に200gを切ると話した、としておりますが、インテルより訂正がありました。詳細は第334回の冒頭にございますのでご覧ください。 □関連記事 (2006年4月10日) [Text by 本田雅一]
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