常磐線 南柏駅からタクシーで5分程度の場所に、学校法人廣池学園 麗澤大学がある。 2006年2月に竣工した「麗澤大学生涯教育プラザ」の自動ドアをくぐると、目の前には開けた大きなロビーが現れた。真新しい建物の白い壁にはプロジェクターから投影された不思議な時計が映し出されている。木製の長いカウンターの一部はガラスになっており、下から映し出された画像が流れている。流れてくるニュース映像から1つを選んでタッチすると、画像が拡大され詳細が表示された。 以前、本コラムでは株式会社日立製作所によるインターフェイスデザインの取り組みと、株式会社内田洋行の考える、空間への情報装備技術やミドルウェアのコンセプトをそれぞれ別個にレポートした。今回、両社がコラボレーションを行なったと聞き、早速取材に伺った。冒頭で紹介した「インフォーメーション・カウンター」がそれである。 ●知的な暇つぶしができる? インフォメーション・カウンター このインフォメーション・カウンターには、日立の「シルエットカウンター」という技術が使われた。ガラス面の下にはプロジェクターとカメラが内蔵されており、ガラス面にかざされた物体の影を、カメラによって認識できる。タッチパネルと似たような操作が可能だが、同時に複数箇所をタッチすることができることと、テーブル面そのものに加工が必要ないこと、そしてタッチレスで操作できるのが特徴である。 また、テーブル面には無線ICタグ(RFID)のリーダーがつけられており、そこに同社の極小ICタグとして知られる「ミューチップ」を内蔵したカードやオブジェクトをかざすことで、ボタンやスイッチング操作ができる「オブジェクトリンク」機能も持っている。 現時点のコンテンツは、テーブルから壁に提示される時計のほか、テーブルでは、手やものをかざすとその部分の色が変わったり音が出たりする簡単なアート作品と、時事通信社から配信されるニュースと麗澤大学で開講されている講座の案内などが混在して流れてくるものなどだ。 ターゲットユーザーは在学生や大学関係者たち、そして一部の外部の人々。設置場所である麗澤大学生涯教育プラザは、大学院、研究センターが置かれ、オープンカレッジの場所として外部の人にも開放されている。また特別講演会、学会なども実施されるため、学術関係者なども訪れるからだ。基本的には知的な欲求を持つ人たちである。 各コンテンツは数十秒程度で次々と切り替わっていく。彼らが何となく待ち合わせや時間をつぶす場所で、長くても1分程度、ちょっと、何の気なしに眺めたり触ったりするコンテンツとして設定されている。基本的にはインフォメーションカウンターなので、あまり長い時間、滞留されても困るわけだ。
一方、実際に触っていると、もっと本格的な受付、レジストレーションや、図書館などとの連動、地域や校内の掲示板的情報提供、プレゼンテーションやゲーム、知らない人同士の対話促進などにも使えるのではないかと思われた。 大学側でも、今後、実際に運用しながらコンテンツを充実させていく予定だという。大学という環境で使われるものなので、日立側でも敢えて最初から完成品としての作り込みは行なっていないそうだ。 ●建物全体をフレキシブルな知的情報空間に 内田洋行は、建物全体の什器や情報インフラを担当した。PC教室や事務室などをのぞいてみると金属の柱が目立つ。情報機器を簡単にアタッチメントするための柱だ。天井にもフレームが走っていて、そこにプロジェクターやカメラが設置されている。配線も天井から引っ張られている。また、全てではないが、部屋と部屋とを仕切る間仕切りも移動できるようになっていることが分かる。必要に応じて、部屋全体の広さや構成が変えられるのだ。 「いわばこの建物自体を部分的に『SmartPAO』化してしまったんです」と株式会社内田洋行 開発調達事業部 テクニカル・デザインセンター係長の千代田健一氏は語る。SmartPAOとは、内田洋行が提案している、空間を簡単に情報空間化するためのインフラ・ソリューションのことだ。柱やフレームのような構造物を使って、即興でワイヤレス・ブロードバンド環境を作る。壁や天井に埋め込むのとは違って、環境変化にフレキシブルに対応できるところが特徴だ。 情報機器は陳腐化するのも早い。埋め込み式だとキャッチアップするために設備を入れ替えるのにもコストがかかる。それを簡単にするための手法の1つである。その他のコンセプトについては、以前の記事を参照してもらいたい。基本コンセプトは、小さなコンポーネントを必要に応じて繋ぎ変えることで、状況に応じてフレキシブルに変化できることだ。今回、各部屋に入れられているのも内田洋行が「情報インフィル」と呼んでいる製品である。
なお、インフォメーションカウンターそのものの価格はおよそ300万円程度で、今後は、ショウルームや準公共空間での応用を考えているそうだ。 最初はメインエントランスには、塔のような形をした情報機器をシンボルとして設置する予定だったという。行灯のように映像が映し出されるようなものが想定されていたそうだ。しかし、もう少し面白いことがやりたいと考え、テーブルに映し出された画像を手やICタグで操作できるインテリジェント・カウンターを設置することになったのだそうだ。 日立と内田洋行は、会社としての繋がりはまだそれほど深くはない。デザイナー同士での繋がりは、いわば「課外活動」として、あったのだという。いまのIT技術は何か違う。もっと違うインタラクションが考えられるのではないか。そんなことをずっと議論していたのだそうだ。 内田洋行は、家具をおさめる一環として、ITを空間に装着するやりかた自体、そもそも建築の作り方自体から見直したほうがいいのではないかというアプローチを行なってきた。一方日立は、RFIDやインターフェイス技術などを使って、より価値の高い経験を提供することを目指している。 従来、情報機器を空間に装備するときは、機器を家具や建物の壁や天井、床に埋め込んで隠す方向性が一般的だった。だが、情報機器の陳腐化は早い。それならば、その場所で受けるサービスを活性化するためにも、逆にパッと取り替える方向で考えたほうがいい。これが内田洋行の基本的な考え方だ。 一方、機器を取り替えることを前提にして考えると、情報機器デザインの考え方もまた変わってくる。こんなふうに装着されるのであれば、こういうデザインだよねとなる。そんな話を、デザイナー同士でしていたのだそうだ。 ただ、実際の共同作業となると、家具とPC、家電では数量のオーダーも違うし、製品寿命も保守の考え方もまるで違う。だからこそ「プロトタイプ作りからやらないと世の中に問うことができない」のだ。そのための課外活動である。内田洋行には「スクラップ&ビルドよりも、ビルド&スクラップのほうがいい」、つまり先に新しいモノを作って見せ、使ってもらうことで利便性を知ってもらうほうが良いという言葉があるそうで、プロトタイピングもその一環だそうだ。 今回のインフォメーション・カウンターも、このカウンターを作ったことで、逆にさまざまな使い方のアイデアが浮かんでくる。実際に大学側にどう使ってもらうかも今後の課題だ。以前の取材で内田洋行の若杉氏は「作りすぎないことが重要」と語ったが、ここにもそのコンセプトは活かされている。プロダクトを生み出す側があまり作り込みすぎず、ユーザーが使いながら完成品へともっていく余地を残しておくことで、逆にユーザーは自分たち自身の道具としていくことが可能になる。そうでなければ、入れたはいいが、あまり使われず役立たずで終わってしまう。 今回のカウンターにしても、今後どういう運命を辿るかは、まだ分からない。それはおそらく、今後、さらにオフィスや学校、家庭内へも導入が目指されるITソリューションやユビキタス関連のアプリケーション全体に言えることだ。だからこそ、建築の段階からシステムを考え直さないと駄目なのだという。 日立・丸山幸伸氏、内田洋行・千代田健一氏の両氏らも「PCと家電を単に2つくっつけただけでは駄目だ」と語る。家具だけではできないことがあり、PCだけではできないことがある。だが、両者をうまく融合し、連携させると、単に2つを組み合わせた以上のことができるようになる可能性がある。 さらにそれをユーザーが面倒を見て育てていくことができれば、より価値の高いユーザー経験が創出される。会社にとっても、高く売れる商品ができるようになる、というわけだ。 千代田氏は「まだまだ人騒がせなことをやっていきたい」と笑みを浮かべる。家具とIT、あるいはITと建築が組み合わさることで何が生み出されてくるのか。両社の動きに期待したい。
□学校法人廣池学園 麗澤大学 (2006年4月5日) [Reported by 森山和道]
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