ボタンがなく、傾けることで操作する情報端末「Waterscape」。覗き込んで息を吹きかけたり手をかざして操作する「水晶玉ディスプレイ」。極小RFIDの「ミューチップ」。工場やビルの機器をネットワーク上で監視制御できる「Webコントローラ」。最近ではホームネットワーク家電にも力を入れている日立製作所は、インタフェースやインタラクションの上でも興味深いモノをいろいろ作っている。 日立は将来のユビキタス社会をどんなふうに捉えているのだろうか? 青山にある日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL : Hitachi Human Interaction Laboratory)を訪問し、話を伺った。 【水晶玉ディスプレイ「Magicscape」】
日立デザイン本部インタラクションデザイングループの星野剛史主任デザイナーは「水晶玉ディスプレイは暇つぶし用」だという。あまり考えず、たとえば喫茶店のテーブルなどにふっと置いてあるようなイメージで製作したものだそうだ。パソコンなどよりも気軽に触れる情報端末、受動的に流れている情報をダラダラと暇つぶしで見るための端末である。 このディスプレイの特徴は、直感的に、操作方法を考えずに使えることだ。それはWaterscapeとも共通している。 「誰でも使えるようなインタフェースを作ろうと思ったときには、みんながイメージを持ってるメタファーのものは強いんですよね。実際に水晶玉を持ってる占い師はあまりいないと思うんですけども(笑)、だいたいこういうものだということは知っていますよね。だからこれを見ると、みんな手を出して覗き込んでくれるんです」 そう、もう一つの特徴は「覗き込む」ところにある。覗き込むことで視野は制限・固定され、不思議な没入感を得ることができる。覗き込むという行動そのものが人を集中させるのかもしれない。 Magicscapeそのものを商品化する予定はないという。では将来は? 「インタフェースの研究という意味では、誰もが説明書を見ないでも使えるものを目指したいと思ってます。家でビール飲んだり、家族と雑談しながら何気なく見る情報ってありますよね。そういうときに、キーボードがあってそれをさわって、という形ではないと思うんです」(星野氏) モノを見たとき、人がある行為を行なうときのレパートリーはもともと限られている。取っ手があれば引くか押すし、ボタンがあれば押す。そのような自然なインタフェースを、時間軸方向に伸びたコンテキストでも活用したいのだという。 たとえばWaterscapeは傾けると中のコンテンツが移動する。そういった「変化」を自然にユーザーに感じさせたい、ということだろうか。
同・基礎研究所 人間・情報システムラボの堀井洋一主任研究員は「因果関係だと思うんですよ」という。「こうやったらこうなりそうだ、といったことですね。インタフェースは、それが分かりやすいものじゃないといけないと思うんです。たとえば扇風機が回ったら風が起こることは見れば分かりますし、テレビのチャンネルもけっこう直感的ですね。しかしコンピュータは、その因果関係が分かりにくいことが問題なんだと思うんです。こういう操作したらこうなるんだろうと分かるようなものを色々作っていこうと思ってます」。 水晶玉ディスプレイでは、左手を出すと左側にアイコンが寄ってくる。だから右側もそうだろうと思って右手を出すと、やっぱり右側にアイコンが寄ってくる。子供が試行錯誤しながらおもちゃの使い方を覚えていくような要領で使い方を発見していくことができる。 現在のコンピュータはしなければいけないことが多すぎ、また、失敗をあまり許さないインタフェースになっている。それをなんとかしたいという。 ただ、実世界指向だといっても何でもかんでもできるようにしようと思っているわけではない。むしろ「やれることを減らし、簡単にしてしまいたい」そうだ。水晶玉ディスプレイでも流れてくる情報をただ見るしかできない。だが、それでいいのだという考え方だ。 【魔法みたいなことができるといいな ~人間よりの発想~】 実世界指向やユビキタスのインタフェースでは、あたかも万物に精霊が宿っていて、何かをやってくれるとイメージしたほうが機能が分かりやすいものが多い。エージェントに命令すれば何かやってくれるといったものはその代表だろう。それは何かメタファーに引きずられてしまったものなのだろうか、それとも機能や用途面から必然性があるのだろうか。 星野氏は必然性があるという。 「いまパソコンは色んなものに入っていって、今度は隠す方向に向かいつつありますね。そうすると次は『Aをこうしなさい』といった個々の命令を出すのではなく『面白いものを出しなさい』といった、曖昧で一括した指示を出せばすむようなものが欲しくなるんじゃないでしょうか。そういう状況があるのかな。 たとえば携帯電話はいまは「もしもし」スタイルで使われているが、実際にしたいことは、あたかも隣にいるような感じで喋ることだろう。そういったものを実現していきたいという。 「もうちょっと人間に寄ったところから発想していきたい」ということが共通した思いだ。 「いまはコンピュータにああしろこうしろ」と言われているようなものだ、と堀井氏も言う。こういうふうにボタンを押せばこうしてやってもいいぞ、と言われているようなものだということだ。そうではなく、ちょっとこうしてみるか、といった感覚で操作できるようなものがいいなという。 「目的とか機能実現とか、かっちりしたファンクションではないものを実現しようとしているんです。たとえば新聞を読むときには今までどおり読めばいいですよね。でも、実際にはそれ以前の気持ちがあるじゃないですか。たとえばいま社会はどうなっているんだろうかとか、最近の流行はなんなんだろうとか。つまり新聞を読む以前の上流側で人間の意図を汲み取って何かやってくれるものができないか。何割かは外すんだろうけど、それでも何割かは当たっているようなもの。それができるといいなと思ってます」(堀井氏)
もともとWaterscapeの発想のもとは、携帯電話を電車のなかでどんなふうに使っているかということを調査したところから始まった。すると情報を取ってるとかニュースを見ているとか言っている割には、実際にはコンテンツそのものが目的ではなく、ニュースサイトを見ているということそのものが目的になっていることが分かった。 たとえば着信履歴や過去のメールを読み直したりといったことは誰でも経験があるだろう。そういったヒマなときに、手のなかでもてあそべるものが欲しいな、という点から着想して、他愛なく時間をつぶせるものとしてWaterscapeを作ったのだという。 水晶玉ディスプレイもその延長上にある。いわばWaterscapeの据え置き版が水晶玉ディスプレイだ。他にもいろいろなディスプレイを考えているという。 実世界指向は、人間のもともとの動作や知識をインタフェースとして利用しようという考え方だ。もともと人間は機械に対する適応力も持っている。人間の自然な身振りをうまく使えば、人間が何も身につけずにコンピューターを使うことができるかもしれない。 何も身につけずに自分の動作を機械に認識させるとなると、手軽なところはカメラだ。堀井氏は、自分をカメラで常時監視させて公開する実験も行なっている。最初は嫌だったが、馴れてくるとそうでもなくなったそうだ。 「赤ちゃんを見守っていることに関しては『問題がある』という人は少ないんです。もちろん親が見る場合だけですが。ですが寝たきりの老人になってくると、ある人たちにとっては心理的抵抗がある。そのへん、センシングされる人の気持ちも考えなくちゃいけないなということでやってます」 音声が録音されているのに比べると、画像を撮られることは心理的抵抗が低い。そうはいっても実際には加工も必要だ。心理的な敷居を下げるために一番手軽な加工は、ピントをぼかすことだという。監視カメラのなかには、映像は送られているが、顔の部分だけ隠したり、アニメ映像に動きを変換して送るといった技術もある。「ちょっとした前提だけで許せるようになったり、許せなくなったりする」と堀井氏はいう。実際の運用では、技術をどのようにうまく組み合わせるかが重要になる。 「その人がいま何をしたい、ということにあわせて情報を伝えたり助けたりすることが大事だと思うんです。しかも直感的な操作で--」(堀井氏) ただ、HHIL全体として、絶対にこうするんだ、という研ぎ澄まされた目標があるわけではないそうだ。自分たちが作ったもの自体にインスパイアされて、試行錯誤しているのだという。 【情報回転寿司 Prius Air View】
もともと水晶玉ディスプレイも外に出すつもりで作ったものではなかったと同デザイン本部 ユーザーエクスペリエンスリサーチセンタ インタラクションデザイングループの丸山幸伸氏も言う。 「我々は、これには市場ニーズはないと思っていたんですが、引き合いもあるんですよ。おそらく、決まり切った空間デザインに困っていた人たちがいたんでしょうね。それで、これなら収まると思ったみたいです」 丸山氏はもともと情報機器や携帯電話のデザインの担当者だった。2000年頃から、これからはワイヤレスの世界に行く、そうなるとデザインの枠組みも変わるんじゃないかということが、リアリティを持って語られ始めたのだという。 「浮遊感という言葉がキーワードなんじゃないかと言い出したんですけどね。バッテリは小さくなって長寿命で、ワイヤレスで、軽やかなものになっていくんですね。たまたま当時、デザインの潮流も、'60年代の工業デザインを求めるようになってきていた。それでアクロバティックなデザインのものが増えたんですね。'60年代の楽天的な未来感と、ワイヤレスの浮遊感を表現しようという話になったんです」 その結果、日立社内でも横断的なプロジェクトが始まり、アメリカから帰国した星野氏らと一緒に、研究所の堀井氏らとの共同プロジェクトが始まったのだという。 当時、Waterscapeの中心になったデザイナーの中島氏が、「ダウンロードという言葉が気に入らない」と言い出したのだそうだ。ダウンロードということは、情報が「上」か降ってくるわけだ。それはユーザー中心の立場からすればおかしいだろう。そういう論理だ。 中島氏らは製品のデザインにも関わっており、そのインタフェースの指向は、日立のPC「Prius」にも反映されている。 Priusのインフォメーションリングは、いわば「コンピュータの顔色」を示すデバイスだ。最初は、たとえばアタックされているときに「助けて」ということをユーザーに伝えるためのものとして使えないかなという狙いがあったのだという。 しかしながら機能と色を対応させて実際にやってしまうと非常にうるさいものになってしまい、しかもユーザーがどの色が何を表現しているのか覚えなくてはいけなくなってしまった。そのため今はイルミネーションに特化している。擬人化とは違う。HDの回転音を聞きながらPCの調子を探るときがあるが、あれとどこか似た感じだ。 Prius Air Viewの流れる画面を見ていると、つい指で押したくなる衝動を感じる。デザイナーたちの間では冗談交じりに「情報回転寿司」と説明しているそうだ。差し出されるとつい受け取ってしまう。そんな効果を確かに感じる。不思議だが、言い得て妙である。 なんとなく流れている情報でも、その中から欲しいものを選択する力は人間のなかにある。機械がすべきことは、選択に足る情報をうるさくない範囲で提示することだという考え方がAir VIewには反映されている。 【Inspire the Next】 たとえば液晶ディスプレイ付きのリモコンなど、お蔵入りになっているインタフェースやモノも非常に多いという。商品化という意味では価格が一番のネックになる。バランスや安定性を追求する日立ならば尚更だろう。 ただ、やることやってれば、他に何かやっていても文句を言われない社風があり、幹部達からは比較的温かい目で見られているそうだ。もともと「製作所」であり、技術者たちの集団であるという側面が、日立のアイデンティテイを形成しているのかもしれない。 ネットワークによって家電やPCが繋がれる時代は遅かれ早かれやってくるのかもしれない。その時代ではカメラやプロジェクタも入ってくる。そうなると他の用途にも使える。HHILでは実世界を指し示すポインターによって家電製品を操作するアイデアのデモンストレーションを何度か披露している。
オブジェクトを直接リモコンで示すことで、スイッチのオン・オフを操作する<ダイレクト・オペレーション>、オブジェクトの横にプロジェクターで投影した操作パネルを表示して操作する<パネル・オペレーション>、たとえばビデオのラックからテレビに「ドラッグ・アンド・ドロップ」することで操作する<コンテクスト・オペレーション>の3つをこのインタフェースでは提案している。 たとえば、ポインタを使ってメールをテーブル上に表示させるようなことができる。「あれをこうしてくれよ」といった、指示語的なインタフェースの提案だ。ただ、白い壁が空いてないとダメとか、プロジェクタがないとダメとか、現状のデモでは色々問題があるが。 Object Linkは人のさりげない動作で情報機器や家電、あるいは家そのものをコントロールするためのアプリケーションだ。
Object Linkの実用的な使い方としては、たとえば部屋のキーをテーブルに置くと、キーあるいはそのストラップにつけられたタグによって持ち主が認証され、自分宛のメールや連絡事項、留守中の予約録画情報、お風呂が入ってますよ、といった「部屋」からのメッセージが提示されたり、いつもオンにする電灯やエアコンなどのスイッチが入る、といったものも提案されている。鍵を持ち上げると画面は消える。機械が一方的に情報を出すのではなく、人がちょっとした動作で意志を示せる点が嬉しい。また、鍵を置くというのは非常に自然な動作である。これは今すぐにでも欲しい!
水晶型ディスプレイ(Magicscape)やObject Linkは市販こそされてないが、もし希望があれば作ることは可能だという。
構えず使え、使い終わったら片づける必要もない。新しいモノが導入されても、いまやってる生活スタイルを変えずにすむもの。いまの日常生活の延長上にのっているもの。努力する嬉しさ、ツールを使いこなす楽しさを肯定しつつも、日常生活では人間に何かを強いるのではないもの。心地よさを提供できるもの。それが一貫したテーマだ。 人によって、インタフェースの好みも違う。中には苦労して使いこなしたいという人もいるかもしれない。その多様さにも対応できるのが理想だ。ホームネットワークでそれぞれの家電が繋がるにしても、実際の家庭では1つのディスプレイで何でもできるというよりは、むしろ家電同士の「連携」が重要になってくることは間違いない。 日立がこれからのユビキタス社会において、どんなインタフェース、コミュニケーション・デザインを提案してくるのか--。楽しみに見ていたい。 □日立製作所
(2003年10月27日)
[Reported by 森山和道]
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