森山和道の「ヒトと機械の境界面」

未来のオフィス/家庭は可変式
〜空間に情報装備するための「ミドルウェア」



協創工房

 株式会社内田洋行の潮見オフィスには「協創工房」というスペースがある。一般公開はされていないがPCまわりの家具や周辺機器をテストし、ショウルームを兼ねた空間として使われているそうだ。同社ではPCをとりまく家具そのほかをまとめて「情報什器」と呼んでいる。

 内田洋行はこれまでさまざまな空間や環境作りに取り組んできた。同社の次世代ソリューション開発センター長 村 浩二氏と、商品企画第1部 テクニカル・デザインセンター課長の若杉浩一氏の2人は、これからは「場と間」がキーワードだという。ユビキタスな社会のなかで「場」や「間」をどう捉え直すか。それが問題だと語る。

 今回は、この内田洋行の研究とビジョンを紹介しつつ、未来のオフィス、家庭、そして知的情報空間のありようを考えてみたい。

株式会社内田洋行 次世代ソリューション開発センター長 村 浩二氏 株式会社内田洋行 開発調達事業部 商品企画第1部 テクニカル・デザインセンター課長 若杉浩一氏

●「SmartPAO」〜空間へのフリーアクセス

 内田洋行は「SmartPAO」(スマートパオ)という情報空間技術を手がけている。テントのフレームのような構造物を使い、オフィスや家庭などを簡単かつ即興でワイヤレスブロードバンド環境にするための、簡易型のインフラ・ソリューションだ。壁や天井に埋め込むタイプのデバイスとは違い、フレキシブルに環境変化へ対応できることが特徴である。

 フレームには照明やスピーカー、プロジェクタなどの機器が容易に取り付けられるようになっている。ケーブルもフレームカバーのなかに収納可能だ。

 「SmartPAO」は単なるハードウェアではない。装着された各種機器はミドルウェアを介して一元的に統合されており、手元から無線LANでワイヤレスに一括制御できる。たとえばライトの制御ならば、1個1個単位で光量調整でき、プロジェクタに資料が投影されると同時に自動で照明がダウンするといったことも可能だ。

 「SmartPAO」やそのミドルウェア類は、慶応大学環境情報学部徳田研究室や立命館大学情報理工学部西尾研究室、そして内田洋行との共同研究開発の中から生まれてきた成果である。

 建築には「スケルトン」、「インフィル」という言葉がある。スケルトンとは骨格、骨組み構造のことである。がっちりした構造体のことだ。一方、インフィルとは、内外装や、設備、間仕切りなどのことを指す。

 「SmartPAO」は「情報インフィル」である。一時期、各種ハードウェアをスケルトンのなかに埋め込む形態の建築が流行したが、あれはメンテナンスが非常に面倒だ。最近では床をフリーアクセスにするケースも多いが、フリーアクセスとはいっても、床に重量物を置いてしまうと、これまたアクセスするのが面倒である。そういったときに、即興でパッと、知的情報空間を立てられるセットが「SmartPAO」である。

SmartPAO。基本構造は柱とパネル。それに情報機器をアタッチメントする。バックヤードでは情報デバイスを制御し、サービス統合・アプリケーション提供を行うためのミドルウェアが動いている。部屋のなかに建てられた小屋のような感じで、中にはいると不思議に落ち着く
パネルはプロジェクターによる投影に使われるほか、ホワイトボードのように書き込みも可能となっている 「SmartPAO」のなかには、通常の情報機器のほか、たとえば光を使ってメールの着信などの情報をつたえるための「ユビキタスアプライアンス」なども設置できる。これは「マイクロノード」というデバイス 実は裏面にはワイヤレスPDAが収まっている。人感センサや加速度センサが実装されており、手をかざしたり、あるいはタッチしたりすると照明部分の色が次々変わり、使えるモードが変化していく

 イメージとしては無線LANのホットスポットをより強化して、複数の人間による作業、たとえばビジネス/プレゼンテーションなどにも使える空間をすぐに作ることができるのが「SmartPAO」、ということになるだろうか。

 もちろん、「SmartPAO」のなかの状況を外に中継することもできる。また、SmartPAO外にいるユーザーが、SmartPAOのプロジェクターに外部からログインしてプレゼンに参加する、といったこともできる。物理的に外部・内部にあるかは関係ない。ユーザーとして認証された人間であれば、「SmartPAO」のなかの機器にアクセスできるのだ。「SmartPAO」そのものが1つの空間を形成している。その「空間にログイン」するようなイメージである。

 ユーザーごとに機器へのアクセスを個別に制限することもできる。あるユーザーは全ての機器が使えるが、ゲストはプリンタだけしか使えない、といった制限を課すこともできるので、半ば公共的な空間でも使うことができる。

●「Uspaces」〜空間へのフリーアクセスを実現するユビキタスミドルウェア

 そのようなサービスを支えるのが、バックヤードにあるミドルウェアだ。先ほど、「SmartPAO」のバックヤードは、さまざまな情報デバイスを制御し、アプリケーション・サービスを提供するための幾つかのミドルウェアで統合されていると述べた。分散した知的空間をセキュアに統合協調するための基盤ミドルウェアを、内田洋行では「Uspaces」と呼んでいる。「Uspaces」は立命館大学情報理工学部西尾研究室と内田洋行とで共同開発されている。

 「Uspaces」は、コンテキストに応じて動的に各デバイスやサービスを組み替え、結合して、提供する空間を実現するためのものだ。空間にあるサービスコンポーネント、デバイスを有機的に結合するための基盤で、空間と空間の融合、結合、マルチログインなどを管理し、各サービスの連携を行なう。各ソフトウェアやデバイスが個々人に応じたサービスを提供するためのミドルウェアである。広い意味でのいわゆるSOA(Service Oriented Architecture)の一種だ。

 「Uspaces」が繋ぐのは、サービスだけではない。ある空間で提供されるサービスは、物理的に「ここ」にあるものだけではなく、遠隔地の空間から提供されるサービス、あるいは逆に遠隔地へログインするサービスも含まれる。つまり、「Uspaces」は「分散化した知的空間同士を繋ぐ」機能を持っている。もちろん、バックヤードのシステムと空間も繋がっている。村氏は「空間へのフリーアクセス」がキーワードだという。

 「Uspaces」の基本はJini/Javaで実装されている。また一般的な仕様であるDCOM(Distributed Component Object Model)やCORBA(Common Object Request Broker Architecture)、SOAP(Simple Object Access Protocol)等のプロトコルにも対応中で、それらで書かれたサービスと統合させることもできるようになるという。またUPnP(Universal Plug and Play)など情報家電との連携も視野に入れている。

 実現したいのは自由に各種サービスが使えるような環境、そしてコンテキストアウェアネスな適応的サービスの具体化だ。通常は、ある機器をコントロールしようと思ったら、それぞれ個別に制御用のドライバを入れ、個別に認証を行なわなければならない。だから、目の前にプリンタやディスプレイがあり、そこの管理者が機器を使うことを認めてくれても、気軽に使うことはできない。「Uspaces」はその煩雑さを一元管理し、空間にあるサービス・機器を自由に使えるようにしていくためのものだ。

 「Uspaces」は、まだ実験レベルで実用にはなっていないが、製品化を進めているという。ただ遠い話ではなく、近い将来には、ユーザー管理、サービス管理の基盤機能をデリバリーする予定だ。プロジェクタ、プリンタ、照明等のさまざまなコントロールサービスやアプリケーション類も順次実装されていく予定だという。

●ユビキタス・アプリケーション

 「Uspaces」のようなミドルウェアが存在すれば、具体的にはどんなことが可能になるのだろうか。一例が「Smart Meeting」だ。たとえばプレゼンシーンを考える。資料を作ったら共有ウェブサイトにアップロードする。プレゼンの場にはケータイを持参し、そのケータイで空間に認証を行なう。プレゼン開始や資料めくり、照明・スピーカコントロールもケータイから行なえる。もちろん、プレゼンを聞いている側も、プレゼンターが許可すれば、その場で資料をダウンロードできる。

 会議室だけではない。街中で使われる電子看板から簡単に情報をクリップする、といった用途に使うこともできるだろう。あるいは店舗のなかでのプロモーションに使うこともできるかもしれない。

 時と場所、個人に応じたサービスが必要とされる場所といえば駅だ。それも内田洋行のターゲットの1つで、JR東日本の「Smart Station構想」の中で、共同で研究開発を進めているという。デバイスも試作中だ。

Suicaを使ったナビゲーションデバイス「Cochira」(コチラ) 目的地を入力し、Suicaをかざすと、ルートをディスプレイだけではなく、矢印で提示する 【動画】Suicaによってナビゲーションされる様子

 このように、小さなコンポーネントを必要に応じて繋ぎ合わせてサービスを提供できるようにするべきだという考え方そのものは、徐々に普及しつつある。内田洋行のユニークなところは、その考え方をソフトウェアや電子機器・機材だけではなく、既存の机や間仕切りなどにも広げているところだ。

 「SmartPAO」もその1つだが、内田洋行では「情報インフィル」という考え方の製品を検討・販売している。特徴は、壁面やテーブルなどが、さまざまなパーツを組み合わせることで、1つのモノとなるように作られているところだ。

 たとえば机1つとっても、天板が簡単に変えられるようになっており、あるときはオフィス用にもなれば、ある時にはリビング用など、必要に応じて雰囲気や用途を変えられるように、可変性が高くなっている。場合によっては、あるインフィルは壁であったり、机であったりする。そんな感じの製品群だ。

 現在では主にオフィスや学校などをターゲットにした「D-MOLO」(ディモーロ)というシリーズだけが販売されているが、新たな情報インフィルも今後、本格展開していくそうだ。


協創工房内のD-MOLO一例。天板を変えるだけで、ノーマルなオフィスの机にもなるし、バーカウンターにもなるし、重厚な役員室向けにも変化させることができる
役員室向けといった雰囲気の例 見た目だけではなく、脚部にはPCを収納できるような機能もある

●ユビキタス技術で生まれる、「見立て」で変化する空間

 どんな形になるにせよ、遠くない将来、環境側の情報装備が進むことは間違いない。そのときには情報インフィルやスマートファニチュアなどが活躍することになるのだろう。その裏側では制御ソフトウェア群と、それを束ねる「Uspaces」のようなミドルウェアが動く。そして空間と空間が繋がったなかで、人々は個別にログインしながら仕事をすることになる。

 そのなかでは、単なるネットワーク管理だけではなく、ローカルな情報空間そのものを維持管理するようなビジネスも生まれるだろうし、新しい情報什器も必要とされるだろう。

 村氏・若杉氏はともに「ITはデザインや空間を変えるマテリアルになる」と語る。現状では、既存の机の上にPCをドンと置いて使っているが、遠くない将来、机そのものも変わるだろうし、PCそのものも全く違った形になるだろうということだ。

 オフィス家具のデザインも、「作り込まない、余地があるデザイン」、「引いたデザイン」になっていくだろうという。大枠は決めるが、細かいところまでは突き詰めないデザイン、ということだ。

「0.5はデザインするが、残りの0.5はユーザーが決める。そんなデザインのほうがこれからは向いている」と若杉氏は語る。

 建築にしても、ようやくスケルトンとインフィルを分けるという発想が生まれ、あとでインフィルは動かせるようにしておくという形が取られるケースも出てきたが、現状ではまだまだだという。どうしても最初から作り込んでしまい、一度作るとなかなか変えられない「重たい空間」を作ってしまうケースが多い。そんななかで内田洋行は、ハード面ソフト面両面において中間的な「ミドルウェア」を作ろうとしていると言えるのかもしれない。

 もし、建築においても「0.5だけ作る」ことができるようになれば、用途や装備したい情報デバイスが未確定であっても、そのリスクを先送りにできる。いや、常に場が用途に応じて変わっていくとすれば、常に建築途上、といった形をとったほうがいいのかもしれない。

 変わるのはオフィスだけではない。初めにこれからのキーワードは「場」だと述べたが、これからの「場」は、固定的・限定的なものでなく、その時の状況に応じて多義的な空間になっていくだろうというのが両氏の考え方だ。現在は、職場に置かれる家具と、家庭のリビングに置かれている家具のデザインは全く違う。

 だがこれからは、両者の間はどんどん近づいていく。「○○専用」ではなく、あるときはリビング、あるときは仕事場、あるときはプレゼンルーム、そんなふうに空間そのものの意味が状況に応じて変わっていくのではないかという。あたかも、日本の昔ながらの居間が、ちゃぶ台1つ置くとダイニングになり、片づけると寝室へと変わったように。

「SmartPAO」も庵や数寄屋に似ている。

 もともとユビキタス技術は、「いつでもどこでも」、そして「いまだけあなただけ」のサービスを実現するためのものだ。そのための新しいサービス・デザインも必要となるが、ユビキタスサービスを受けるためには物理的な場も、可変になっていたほうがいいのかもしれない。場が多義的になってくると、逆に、使う側の知恵と工夫、センスがものを言うようになる。

 もう1つの問題は「間」だ。気の利いたサービスを提供するためには「間」が重要だ。ユビキタス的な言葉でいえば、コンテキスト・アウェアネスということになる。

 村氏は、大事なことは「強弱をつける」ことではないかという。余計なものは出さないということだ。「強烈な存在感を持つマテリアルを置くと、ほかのうるさい部分が見えなくなる。そうやって強弱をつけ、陰影をつけることで、いろいろな見立てができる空間が生まれる」と語る。

 たとえば内田洋行では最近、大きな杉材を天板等に使ったオフィス家具をデザインして提供している。杉材はブナやナラに比べて非常に安いため、大きなものを使ってもローコストですむのだ。大きな存在感を持つ部材をオフィスなどにドンと用いると、ケーブルまわりなど、ごちゃごちゃしたものが気にならなくなる。

 そんなデザインコンセプトを持った家具を情報装備し、さらに、照明だけではなく、香りや音まで制御して、多種多様な用途に対応できる、さまざまな「見立て」ができる空間を創る……。近未来のスマート・ワークプレイスはそんな感じになるのかもしれない。


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【2004年6月2日】【森山】New Education Expo 2004レポート
〜2005年の教室事情 - PCは教育を変えられるか
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0602/kyokai25.htm

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(2005年2月15日)

[Reported by 森山和道]

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