「YonahはEM64Tには対応していない、だが将来のモバイル向けプロセッサではEM64Tに対応する予定だ」(Intel モバイルプラットフォーム事業部 ジェネラルマネージャ、ムーリー・イーデン氏)と、先週来日したIntelの幹部はYonahがx64(AMD64、EM64Tを総称した64bit命令セット)に対応していないと説明した。 だが、その話を聞きながら、筆者は「ムーリー、それはちょっとないんじゃないの……」、と心の中でつっこみをいれていた。というのも、イーデン氏はYonahでx64に対応しない理由として、「EM64Tに対応することでダイサイズが肥大化する問題は避けられず、バッテリ駆動時間とのトレードオフになる。また、モバイルPC上で利用するような64bitソフトウェアもほとんどない……」と自らの意志でx64に対応しなかったと説明したからだ。 イーデン氏は決して認めないだろうが、Yonahがx64非対応な理由は、そんな単純な理由ではないと筆者は考えている。なぜなら、この事実がIntel自身にとっても苦しい状況を生んでいるからだ。 ●バッテリ駆動時間のためとIntel幹部は説明するが……
「64bit化にはダイサイズの肥大化は避けられず、それはバッテリ駆動時間とのトレードオフになる。バッテリ駆動時間が25分減少する代わりに64bit対応なのと、その逆ではどちらがよい? 答えは言うまでもないだろう。そして、現時点ではx64を活用するソフトウェアもほとんどない」(イーデン氏)と、Yonahがx64に対応しない理由に関して、64bit化により演算器を複雑にする必要があり、その結果、ダイサイズが肥大化。バッテリ駆動時間へのインパクトから、Yonahは64bitに対応させなかったと説明した。 だが、これが苦しい説明であることは明らかだ。なぜなら同氏は、「Yonahでは64bitには対応させないが、将来のモバイルプロセッサは64bitに対応させる」と更に続けたからだ。 イーデン氏は64bit対応のモバイル向けプロセッサはどの世代であるか、ということを明らかにしなかったが、OEMメーカー筋の情報によれば、Yonahの2~3四半期後、つまり、2006年後半に投入する「Merom(メロン)」で、x64に対応させると説明しているという。 であれば、わずか2~3四半期後に追加する製品では25分のバッテリ駆動時間の減少を受け入れるのに、Yonahでは受け入れない、ということになる。不自然ではないだろうか?(そもそも、x64への対応でそれほどバッテリ駆動時間に影響があるとは思えないのだが……)。 ●Longhornを見据えて急速にデスクトップPCへのx64実装を進めるIntel もう1つ指摘しておきたいことは、64bit対応ソフトウェアが揃っていないという理由についてだ。百歩譲ってイーデン氏の主張が正しいとしても、デスクトップPC向けのPentium DやCeleron Dなどがすでに64bit化を進めているのはなぜなのか。 特に、今年に入ってから、同社はデスクトップPC向けのプロセッサにおいて急速に64bit化を推進している印象がある。手始めに、2月にリリースされたPentium 4 6xx(Prescott-2Mコア)でEM64Tに対応したあと、Pentium 4 5xx(Prescottコア)でも571、561のように、プロセッサナンバの下一桁を“0”から“1”に引き上げたバージョンを出荷し、EM64Tに対応させている。 さらに6月の終わりには、Celeron Dに関してもEM64T対応版をリリースし、Pentium Extreme Edition(Pentium XE)、Pentium D、Pentium 4、Celeron Dと、ハイエンドからローエンドまで64bitへの移行を済ませている。 なぜデスクトップPCでは急速な64bit化を推進しているのだろうか? 理由は2つあると筆者は思う。1つ目の理由は、対AMDという側面だ。ただ、それだけではない。もしそうなら、AMDより先にバリューPC向のCeleron DもEM64Tに対応させた理由が説明できない。対AMDという局面で不利になると考えるのであれば、EM64Tへの対応はPentium XE/Pentium D/Pentium 4だけでよかったはずだ。 これは2つめの理由で説明ができる。それはLonghorn(ロングホーン、Microsoftが2006年後半にリリースを予定している次世代Windows)だ。以前の記事でも説明したように、MicrosoftはLonghornのx64版を、現在のWindows XP Professional x64 Editionのような特別版的な位置づけではなく、メインストリーム向け製品(今のSKUでいえばHome EditionやMedia Center Edition)にも組み込んでいく方針と言われている。 現時点では、MicrosoftがどのようなSKUを用意するのかは明らかではないが、例えばx64版とIA-32版で価格差がなかった場合、PCベンダはどちらを採用するだろうか? 説明するまでもないだろう。だからIntelは急速にEM64Tの推進を図っている、こう考えるのが自然ではないだろうか。 だからこそ、YonahがEM64Tに対応しないというのは非常に奇妙に感じるのだ。Longhornで急速にx64化が進むなら、その半年前にリリースされるYonahでも、できれば64bitに対応しておきたい、筆者がIntel自身ならこう思うだろう。 ●性能面でAthlon 64 X2に対して苦戦を強いられているPentium D 実は、これ以外にも筆者が考える理由がある。それは現在、デスクトップPC用CPUの性能面において、IntelがAMDに対して、苦しい立場に置かれているという現状だ。この状況は、少なくともIntelが「Conroe(コンロー、コードネーム)」をリリースする2006年後半まで続くと見られる。 4月、5月にAMDとIntelは相次いでデュアルコアCPUをリリースした。それがAMDの「Athlon 64 X2」、Intelの「Pentium Extreme Edition」(以下Pentium 4 XE)、Pentium Dだ。最高グレードの製品(Athlon 64 X2 4800+とPentium 4 XE 840)を性能で比較してみると、多和田氏の記事からもわかるように、明らかにAthlon 64 X2 4800+がPentium 4 XE 840を凌駕している(この記事ではPentium D 840の結果がないが、Pentium XE 840とPentium Dの差はHTテクノロジだけであるので、とりあえずPentium XE 840の結果との比較ということにさせていただきたい)。 過去に、AthlonがPentium IIIの性能を上回ったり、逆にPentium 4がAthlonを上回ったり、あるいは双方いい勝負だったりということはあったが、ここまで両社のトップグレードの製品で性能に差がついたという記憶は筆者にはない。 AMDがAthlon 64 X2の性能にいかに自信をもっているかは、その価格設定からも見て取れる。Athlon 64 X2のトップグレードである4800+は1,001ドル、4600+が803ドル、4400+が581ドル、4200+が537ドルとなっている。 ちなみに、Intel側は、Pentium Extreme Editionの999ドルはマーケットセグメントが異なるので別格としても、通常ラインであるPentium D 840が530ドル、830が316ドル、820に至っては241ドルだ(いずれも7月上旬現在、両社のWebサイトより)。 なぜ、こうした状況になってしまったのか? その理由も本誌の読者なら察しがつくだろう。それはTejas(テハス、Prescottの後継としてリリースされるはずだった製品)のキャンセルという緊急事態を受け、現在のPentium D、つまりSmithfield(スミスフィールド)が急遽作られたことが影響している。 IntelはTejasで4GHzを超え、5GHzにも届く製品をリリースするはずだった。PrescottやTejasがベースとなっているNetBurstマイクロアーキテクチャはクロックが上がれば上がるほど性能がでるコアとして知られている。さらにTejasでは演算器周りにも手を入れていたと言われ、仮に4GHzを超えるクロックで動作していれば、少なくともシングルスレッドではAthlon 64 X2を上回ることができただろう。 だが、Tejasはキャンセルされてしまった(そのあたりの事情に関しては後藤氏の記事「Intelが次世代デスクトップCPU「Tejas」をキャンセル」を参照して欲しい)。理由は、消費電力が限界を超えてしまった、という可能性が高い。 TejasのキャンセルによりPrescottコアをベースにしたデュアルコア製品となったSmithfieldだが、こちらも消費電力を“枠内”に抑えるために、シングルコアに比べてクロック周波数を下げなければならなかった。Pentium 4 570/571が3.80GHzで動作しているのに対して、Pentium D 840は3.20GHzにすぎない。これに対して、Athlon 64 X2 4800+の動作クロックは2.4GHzで、シングルコアのトップグレードであるAthlon 64 4000+と同クロックで動作している。 現在のベンチマークプログラムのほとんどはシングルスレッド動作のプログラムなので、クロックが低いPentium Dが、クロックがシングルと同じAthlon 64 X2にかなわないのは理にかなった結果と言える。 ●2006年の第1四半期に65nmのPreslerを投入するが……
しかも、Intelにとって苦しいのは、今後しばらく、この状況が大きく改善される可能性が低いということだ。 OEMベンダ筋の情報によれば、Intelは今年中に現行のPentium Dより更に高速なグレードを追加する予定はないという。Intelが次のグレードを追加するのは、来年、つまり2006年の第1四半期になるという。これは、製造プロセスルールが65nmプロセスルールに微細化された「Presler(プレスラー)」における話で、950(3.40GHz)、940(3.20GHz)、930(3GHz)、920(2.80GHz)の各グレードが追加されるという。 Preslerがリリースされたとしても、Athlon 64 X2との性能差が縮まる可能性は低いと筆者は考えている。 PreslerとSmithfieldの大きな違いは、プロセスルール以外に、L2キャッシュの容量程度になる可能性が高い。Smithfieldでは1MB×2というキャッシュ構成だったが、Preslerに関しては2MB×2となる。Preslerでも、依然として2つのコアがそれぞれにバスを持つという構成は変わらず(しかもPreslerでは2つのコアが1つの基板上に別々に実装される形を取る)、クロック上昇とキャッシュ以外に性能向上が期待できそうな要素があまりないのだ。 これに対して、AMD側は同じ時期にAthlon 64 X2用に新しいデュアルコアを導入する。それが「Windsor(ウインドソール)」だ。Windsorにおいて、AMDは仮想化技術“Pacifica”、セキュリティ技術“Presidio”を導入するほか、新しくデュアルチャネルのDDR2 SDRAMをサポートする。 DDR2は現行Socket 939でサポートされているDDRとはピン数などが異なるため、新しいCPUソケットとして、開発コードネーム“M2”と呼ばれるものが導入される。DDR2の導入により、Windsorでは、現在Athlon 64 X2に採用されているToledoコアに比べて、性能向上が期待できる。 こうした状況で、Pentium DとAthlon 64 X2の性能差が急速に縮まるということは、かなり厳しいのではないだろうか。 ●“Yonah-DT(仮名)”は不可能、それはx64に対応していないから…… Intelにとって、この状況を覆す武器になるのが、2006年後半に予定されている「Conroe」だ。Conroeについては、すでに以前の記事でも触れたように、Meromをベースに、デスクトップPC向けの改良を加えたコアと見られており、Intelの歴史上初めて、モバイル用に開発したCPUコアが、デスクトップPCに採用されることになる。 現在のPentium Mは、モバイル向けとして、低電圧でうまく動作するような設計がされているが、Merom世代に関しては、モバイル向けの低電圧でも、デスクトップPCむけのある程度の電圧でも動作するような設計をしてくると見られている。 そしてモバイル向けに低電圧にチューニングしたものをMeromとして、デスクトップPC向けに、それより高い電圧向けにチューニングしたものをConroeとしてくる可能性が高い。現在のPentium Mでも十分な性能を発揮しているが、それを高い電圧で動かし高クロックで動作するとなれば、さらに高い性能を発揮する可能性は高い。この段階で、Athlon 64 X2の後継となるWindsorないしはその後継と、Conroeがどのような位置づけになるかはまだまだ未知数だが、少なくとも現在より悪いということは考えにくいだろう。 だが、よく考えてみれば、MeromをConroeとして投入して状況を改善することが可能なら、Yonahを高い電圧で動作するようにチューニングし、仮に“Yonah-DT(仮名)”としてPreslerの代わりとして投入することも可能ではないだろうか? そうすれば、厳しい期間を半年短縮できる。 しかし、これは絶対にできない。その理由は、この記事のテーマでもある、“YonahがEM64Tに対応していない”からだ。現行製品のPentium XE、Pentium D、Pentium 4さらにはバリューPC向けのCeleron DすらEM64Tに対応しているのに、その後継にEM64T非対応の製品を投入できるだろうか? これは出来ない相談だ。 もしかしたら、ほかにもYonah-DT(仮名)が実現できない理由はあるかもしれない。すでに述べたように、Meromは、Banias系統とはいえ、かなり手を入れられていると言われ、DothanをベースとされるYonahとはだいぶ異なるのかもしれない。だが、それも「EM64Tに対応していない」という理由の前にはたぶん小さな点にすぎないと筆者は思う。 こうして考えると、Yonahはx64対応にさせたいというのが普通だろう。だとすれば、何らかの理由で、断念せざるを得なかった、と考えるのが自然ではないだろうか。 それでは、なぜIntelはYonahをEM64Tに対応させることができなかったのだろうか。次回以降ではそのあたりを考えていきたいと思う。 □【関連記事】 (2005年7月20日) [Reported by 笠原一輝]
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